ミスタッチにとらわれず、情緒豊かな演奏をされるフジコ・ヘミングさん。逆境に負けない強さを持ちながら、繊細な心を守り続けてきた少女のようなピアニスト。戦争を生き抜き、差別や聴力の障害を持ちながらも自らの力を信じ続けてきた素敵な女性です。センチメンタルで心に響く演奏はクラシックファン以外の方からも愛され続けています。ご自身でもエッセイや絵本、イラスト集などを出版されています。多彩な芸術の才能をお持ちで、絵を描くこと、手芸、散歩、動物との触れ合い、読書と感性を磨き続け、動物や人への援助を忘れない敬虔なキリスト教徒です。今回はエッセイで紹介されていたフジコさんの愛読書を紹介いたします。ちょっぴりレトロな雰囲気を味わえ、愛情と優しさを分け与えてもらえるような本です。
春の嵐―ゲルトルート
ヘッセ (著) (新潮文庫)
だれにでも訪れる青春のまぶしさ。その光あふれる時期にソリの事故で体に障害を抱えてしまうことになった作曲家のクーン、オペラ歌手のムオト、妻のゲルトルートを軸として、音楽と孤独の魂が連鎖しあうヘッセ流幸福論。愛や友情、人間の成熟について考えさせられる一冊です。叙情詩のような切なく儚い文体が心に染み入り、運命を受け入れる勇気を与えてくれる作品です。
歯車―他二篇
芥川 龍之介 (著) (岩波文庫)
片頭痛の発作で閃輝暗点という歯車のようなギザギザが視界によぎることがあります。芥川龍之介は片頭痛持ちといわれており、その経験を文学に落とし込んだ唯一の私小説というエピソードで有名な「歯車」と「玄鶴山房」「或阿呆の一生」の晩年に書かれた短編が収録されています。フジコさんが最新のエッセイで最近読んだ本として紹介されていたのは「歯車」です。死を目前にし、狂気と夢の世界に誘われるマジックリアリズムのような作品。気味の悪い描写もありますが、運命に振り回される孤独と幻影の美しさがクセになる作品です。
風と共に去りぬ (1)
マーガレット・ミッチェル (著) (新潮文庫)
フジコさんが子どものころ、夢中になって読んだという名作。全四巻からなる長編小説です。美しく気高いスカーレット。オハラを主人公に、南北戦争に翻弄されていく人間の在り方が描かれています。映画化もされているのでご覧になっている方もたくさんいらっしゃるだろうと思いますが、原作のスカーレットのタフさは現代女性よりも肝が据わっている印象です。「100分で名著」でも紹介され話題になっています。あっという間に読み終わってしまうので、長編だと気後れしている方にも手にとって欲しい作品です。
どんなに過酷な運命でも受けとめかたによってその人の人生が大きく変わるもの。苦労も災難も美しさに昇華させる、そんなフジコさんらしい本のセレクトです。ひとつひとつのことに美を見出せる才能を開花させてくれるかもしれません。