テセウスの船を読むべき理由
未解決事件と聞くだけで、触手が伸びてしまい、つい購入をしてしまう。そんな漫画好きの方はいませんか? 明日、仕事が朝早いからもう寝ないといけないのは分かっているけど、続きが気になって読む事を止められない。そんな作品群に確実にランクインするのが、今回の「テセウスの船」となります。
家族の敵を討つ! タイムスリップ未解決事件解明物語
一言で言うなら、「家族の敵を討つ! タイムスリップ未解決事件解明物語」となります。
タイムスリップ型犯罪事件漫画で最近有名なのは、映画化やドラマ化もされた「僕だけがいない街」。これに続くのが「横浜線ドッペルゲンガー」、「サマータイムレンダ」あたりで、変わり種としては犯罪事件ではないですがビートルズファンとしては嬉しい「僕たちはビートルズ」になります。どれも甲乙付けがたいですが、時代背景や伏線、事件の複雑さ、犯人の異様さ、何より感情移入できる作品としては「テセウスの船」が何歩もリードをしているのではないでしょうか?
真っ先に主人公の不幸を明かす手法が新鮮
その理由として、タイムスリップの特徴は当然ながら過去に戻って、謎や事件を解明していくのが基本としての大前提となります。ポイントはいくつかあり、犯人がどれだけ残忍なのか、主人公(田村心)がどれだけ不幸に陥ったのか、謎がどれだけ多くあるのか? その点で主人公は、幸せな家族が事件に巻き込まれてバラバラになり、姉と施設暮らしを余儀なくされる。その後成長をして結婚をしたが、再び不幸が訪れる。物語のプロローグとしては、これ以上のない最高のスタートを切っています。また、そこから事件の全容を最初に伝えて、読者を引きずり込むのも巧みです。第一話だけで、普通の未解決事件ファンなら先が気になって仕方がなくなるからです。事件の謎と犯人の異常性は徐々に広げるようにして、真っ先に主人公の不幸を明かす手法も、とても新鮮で共感しました。
練りに練られたストーリー
父親が犯罪者となり、主人公は事件を出来るだけ遠ざけ拘わらないようにしてきたが、愛妻を亡くしてしまいその形見となる日記(ノート)から心が動かされ、事件現場に出向く事になり、そこでタイムスリップが起こってしまう。実に練りに練られたもので、これだけですっかり病みつきになるほど、「テセウスの船」はお気に入りの作品になってしまったのです。
※現在「モーニング」にて掲載されている「テセウスの船」(作者:東元俊哉)。単行本は2019年2月段階で6巻まで発売中。
大まかなあらすじ!
殺人鬼の出現によって平穏な生活が一変
舞台は1989年の北海道。音臼村で父・佐野文吾は、警察官として平凡ながらも、家族と村人を大事に慎ましく生活を送っていた。最愛の妻・和子は妊娠し新しく誕生する子供(将来の田村心)に”正義”と名付けよう予定を立てていた。何もかも順調だったはずが、正体不明の殺人鬼の出現によって平穏な生活が一変し、家族はバラバラになってしまった。
そして、時は流れて現在。大人に成長した田村心は、結婚をして傍から見ると幸せだが、心の奥底には父親が大量殺人犯として死刑判決をうけた事件を一時も忘れる事が出来ずにいた。姉や兄が通った小学校では児童16人を含む21人が青酸カリで毒殺された、今でも世間を賑わせる事件が起きたからだ。それも、犯人は実の父親で元警官。これほどショッキングな出来事は未だかつてなかった。
不思議な現象が起こり事件前の1989年の世界に
父親は獄中でも無実を訴えるが、聞く耳を持たれず時間だけが過ぎていく。出産を控えた妻が亡くなる不幸に遭った田村心は、事件発生以来初めて音臼村を訪ねると、そこで不思議な現象が起こり事件前の1989年の世界に戻ってしまう。戸惑いながらも事件解明を探ろうと奮闘するが、身分を証明するものが何一つない未来人にとって、タイムスリップした過去ではあまりにも不審者であり異質な存在であった。
犯人は一体誰で、なぜ父親を陥れたのか?
田村心がいくら疑惑を解明しようと頑張っても、犯人の壁はあまりにも高い。果たして、犯人は一体誰で、なぜ父親を陥れたのか? 謎が謎を呼ぶ、タイムスリップ&クライムサスペンスの本格物語です。
登場人物
田村心(たむらしん)
主人公であり、父親は殺人犯で現在服役中の佐野文吾。「殺人犯の息子」として世間から厳しい視線を逃げるように暮らしてきたが、最愛の妻が身籠ったまま亡くなり、そこから事件を解明する気持ちが芽生える。少々頼りない面もあるが、教員免許を取得した頑張り屋。性格は真面目で今風なイケメンの20代後半。母親の苗字・田村を名乗り現在は生活を送る。事件現場の1989年にタイムスリップし、そこでは教師として佐野家に下宿しながら謎に迫る。
佐野文吾(さのぶんご)
田村心の父親で職業は警察官だったが、現在は死刑判決の服役囚。警察官らしく性格は真面目で家族思い。とても大量殺人を起こす人物には見えないが、その正義感が仇になった。天然パーマに太眉が特徴。
佐野和子
田村心の母で、佐野文吾の妻。タイムスリップ後の佐野が捕まる前の世界では、良き妻であり良き母親。子供を大事に育て、怪しすぎる田村心の同居を容認する心の広さも兼ね備えている。
金丸北海道県警の刑事
田村心を不審者と疑い、執拗に迫る。
田村由紀
田村心の妻。出産後亡くなってしまうが、タイムスリップ後に再び現代に戻ると、今度は別人として田村心の前に出現する。
佐野鈴(村田藍)
田村心の姉で長女。顔のほくろと痣が特徴。タイムスリップ後の現在では、整形し名前も変えて生活している。
佐野慎吾
田村心の兄で第二子。幼少期は明るく陽気だが、父親の逮捕が全てを変えてしまった。
長谷川
新聞配達員。子供たちには人気だが、怪しい一面がある。田村心も疑いをかけているが…。
木村さつき
事件現場となった音臼小学校教師。タイムスリップした田村心と同年代という事で、何かと良く接してくれる理解者。
おすすめポイント!
犯人が誰なのか、まったく見当もつかない
犯人が誰なのか、途中までまったく見当もつかないのが「テセウスの船」の最重要おすすめ点です。序盤で怪しい人物が登場しますが、それはもちろん前フリですし、顔すら出てこないので、誰が大量殺人を起こしたのか予測できません。また、犯人の息子という設定がある田村心が、現代でも何かとおどおどし、マスクを着用しながら生活をしているのもリアリティがあります。
事件の謎を一旦忘れて、親子が寄り添える関係に
田村心にとって、父親は生まれる前に逮捕されてしまい、その後はニュースや雑誌記事でしか情報が得られなかった存在。その二人が、タイムスリップした世界では関係を深め、互いに信頼をしていく。そして、現代に戻った後も刑務所に赴き、また会話をしていくのは感動させます。事件の謎を一旦忘れて、親子が寄り添える関係になっていくのが、「テセウスの船」のもう一つの見どころでもあります。
主人公宅に届く不気味な絵の意味
作品が進むにつれて、犯人らしき人物から主人公宅に届く不気味な絵が、どのような意味を持っているのか? 個人的にはそこに注目をしています。住所を知っているから送れるので、身内の犯行説? それとも、住所を知り得る人物なのか。偶然、住所を知った設定にはしないと思うので、狂気的な犯人が長年追いかけているとするのが自然です。しかし、その後は事件を起こしていないなど、色々と考えを巡らせてしまいます。
各巻毎の感想!
1巻:本格サスペンス漫画の始まり
久しぶりに本格サスペンス漫画に出会えて、嬉しく感じました。主人公が長年苦しんできた気持ちとして、マスクで顔を隠すのが手放せないなど、細部の拘りというか配慮も犯罪者の息子らしさが出ています。
また、このタイプの作品だと、あまりにも時代背景が古すぎると理解出来ずに共感できない事もありますが、程よいタイムスリップで父親も母親もまだ生きているのが、今後どのように事件の全容を解明させ、夫婦が向き合うようになるのか余韻を残させます。
2巻:大量毒殺事件の様子
大量毒殺事件が起こる手前の様子を描いています。まだ、犯人の影さえ掴めていませんが、周囲では不審な事が起こっていて、それに嫌が応にも巻き込まれてしまう佐野一家。主人公が本来は命名すべきだった名前の由来、父親など家族とのやり取り、教師の夢を事件現場で叶える皮肉など、実に丁寧に作品が作られています。
3巻:混沌さが増していく
姉が事件に巻き込まれて行方不明になるのが、3巻のクライマックスです。父と弟である田村心が必死に探しなんとか発見された事で、本来は解決の糸口となるはずなのに、それでも混沌さが増していく。この一難去ってまた一難という手法をタイムスリップ物に取りいれるのは定番すぎて、二番煎じになり兼ねませんが、「テセウスの船」はそれが子供にする事で、謎解明しないのも致し方なしと説得力があります。
4巻:再び現代へ
1989年にタイムスリップした田村心が、再び現代に戻る。しかし、今度の世界はあまりにも前と変わってしまった。亡くなったはずの妻・田村由紀が生きているのは嬉しい誤算だが、それは結婚していた事実も消えた事を物語っています。唯一の幸せすらも取り上げる作者は、どこまでも厳しい現実主義者だと思ってしまったものです。確かに、タイムスリップ作品ではこの手の事はよくありますが、最初の世界では妊産婦死亡にして、戻った世界では赤の他人。これは、中々思い浮かばないですし、実行できないものです。
5巻:父、姉との再会
父、姉との再会が5巻のポイントです。それぞれと久しぶりに再会し、想いが溢れるところなどは、これは映画化確定なのではと一人で思ってしまったものです。事件への展開は進みませんが、それは現代編なので仕方がありません。
6巻:解明の為のヒント
無差別殺人事件の解明の為のヒントが、一気に溢れてきます。姉の結婚相手など怪しい人物も出てきて、物語が再び動き始めた気がします。正直に言うと、前半というか4巻ぐらいからやや停滞感もありますが、それも丁寧に作っているなら納得です。
まとめ
殺人事件の謎解明タイムスリップで、それも犯人は父親だから頼りない息子が乗り出す。これだけでも感情移入できるのに、幼少期は施設育ち、最愛の妻は亡くなり、姉は整形しその結婚相手も怪しく、兄も疎遠。正に不幸のオンパレードなのに、どこか淡々さと映るのは、主人公がイケメンだからでしょう。悲しい顔にもそこまで悲壮感がないのは、「テセウスの船」としての希望なのか唯一の失敗なのか? それは今後の作品内容にかかっています。