仕事に行きたくない朝や、なんとなく世界から置いていかれているような夜に、津村記久子の小説をひらくと、肩の力がふっと抜ける。しんどさはそのままあるのに、なぜか笑えてくるし、「ここで生きていてもいいのかもしれない」と思えてくる。不思議なやさしさと、鋭い観察眼が同時に働いている作家だ。
このページでは、芥川賞受賞作からサッカー小説、エッセイ、作文教室まで、津村作品の中でも「まず押さえておきたい21冊」をまとめて紹介する。働くことと生きること、そのあいだでいつも少しだけ迷っている人に向けて、入口ごとにじっくりレビューしていく。
- 津村記久子とは?
- 津村記久子おすすめ本レビュー
- 1. ポトスライムの舟(芥川賞受賞作)
- 2. 君は永遠にそいつらより若い(太宰治賞受賞作)
- 3. 水車小屋のネネ(谷崎潤一郎賞受賞・長編)
- 4. この世にたやすい仕事はない(連作お仕事小説)
- 5. サキの忘れ物(日常の奇跡を描く短編集)
- 6. つまらない住宅地のすべての家(NHKドラマ化の群像サスペンス)
- 7. ディス・イズ・ザ・デイ(サッカー本大賞受賞のスタジアム小説)
- 8. ミュージック・ブレス・ユー!!(音楽に救われる青春長編)
- 9. ワーカーズ・ダイジェスト(仕事に忙殺される人々の連作)
- 10. 浮遊霊ブラジル(紫式部文学賞受賞の短編集)
- 11. アレグリアとは仕事はできない(初期お仕事短編集)
- 12. やりなおし世界文学(新潮文庫)
- 13. 現代生活独習ノート(現代を生きるための短編集)
- 14. ウエストウイング(雑居ビルの群像劇)
- 15. やりたいことは二度寝だけ(脱力系エッセイ)
- 16. エヴリシング・フロウズ(中学生ヒロシの成長物語)
- 17. カソウスキの行方(現代女性の生きづらさを描く短編集)
- 18. 苦手から始める作文教室(書くことが怖い人へ)
- 19. うどん陣営の受難(社内政治コメディ)
- 20. 婚礼、葬礼、その他(人生の節目をめぐる短編集)
- 21. うそコンシェルジュ
- 関連グッズ・サービス
- まとめ:どの一冊から津村記久子を始めるか
- FAQ
- 関連リンク記事
津村記久子とは?
津村記久子は1978年大阪市生まれ。大学在学中に書いた「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)が太宰治賞を受賞しデビューした。
その後、『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、「ポトスライムの舟」で芥川賞、『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、「給水塔と亀」で川端康成文学賞、『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞と、主要文学賞をほぼコンプリートしてきた稀有な書き手でもある。
作品は一貫して「働くこと」と「生きづらさ」を正面から扱うが、告発調にはならない。しんどい職場、報われにくい友情、うまくいかない家族。それらを、淡々とした関西弁まじりの文体と、くすっと笑ってしまうユーモアで描き出す。読後には、状況が劇的に変わるわけではないのに、なぜか心持ちだけが少し変わっている。その微妙な「変化の手前」を、津村は執拗にすくい上げてきた。
いまや「お仕事小説」「労働文学」というジャンルを語るとき、津村記久子の名前を外すことはできない。フルタイム勤務を続けながら創作を続けてきた経歴も含めて、「生活者の側から書かれた文学」として共感を集めている。
津村記久子おすすめ本レビュー
1. ポトスライムの舟(芥川賞受賞作)
『ポトスライムの舟』は、契約社員として働く29歳のナガセが主人公だ。ふとしたきっかけで、自分の年収と、世界一周旅行のツアー料金がほぼ同じだと知る。途端に、いつもの残業や細々した出費が、別のスケールで見え始める。「年収=世界一周」という、ちょっと極端だけれども妙にリアルな換算が、読者の中にも居座ってしまうのがおそろしい。
物語自体は、派手な事件が起きるわけではない。工場での単調な作業、同僚とのちょっとした会話、家に帰ってからのぼんやりした時間。そうした「何でもない日々」が、世界一周という非日常のイメージにじわじわ照らされていく。そのコントラストが、ナガセの心の中の揺れを浮き彫りにする。
印象的なのは、津村の視線がナガセに過度な自己啓発を要求しないところだ。「夢を叶えるために環境を変えろ」と背中を押すのではなく、「いまの場所にいながら、世界の広さを想像する」という、ごく小さなシフトにとどまる。読んでいると、「自分の生活の中にも、まだ見えていない回路があるのかもしれない」と思わされる。
ナガセの周りにいる人たちもいい。世界一周の話を聞いても「すごいな」と言いつつ、自分は特に動かない同僚たち。どこか冷めているのに、完全に諦めているわけでもない。その距離感が、今の日本の空気を正確に写し取っているように感じられる。
労働小説でありながら、読後に残るのは静かな希望だ。大きな決断をしなくても、「自分はどこに行きたいのか」「何にお金と時間を使いたいのか」を考え始めること自体が、もうすでに世界一周の一歩目なのだと教えてくれる。
2. 君は永遠にそいつらより若い(太宰治賞受賞作)
デビュー作『君は永遠にそいつらより若い』は、大学の卒業を控えた女性・主人公の一人称で語られる。就職活動や友人関係、どこか不穏なキャンパスの空気。なにかが決定的におかしいわけではないのに、ページをめくるごとに、じわじわと「世界の歪み」が露わになっていく。
タイトルの「そいつら」は誰なのか。読み進めるうちに、それは大人たちかもしれないし、人を切り捨てる社会の側かもしれないし、自分自身の中の冷たい部分かもしれないと感じ始める。若さは決して優位性ではなく、「まだ汚れていない」ことでもない。ただ、理不尽を理不尽なまま見てしまう、その痛さのことを指しているのだと思わされる。
この作品の怖さは、「事件」が起きてからではなく、事件が起こる前の空気が丁寧に書かれているところにある。昼下がりの教室、コンビニ帰りの道、とりとめのない会話。そのどこかに、これから起こることの予感が混じっている。読者はそれをうすうす察知しながらも、目をそらすことができない。
就職活動の不安や、SNS以前の人間関係の窮屈さなど、描かれているのはロストジェネレーション的な若者像だが、今読むとむしろ「令和の若者小説」のようにも感じられる。居場所のなさ、選択肢の多さと少なさ、誰も悪人ではないのに誰かが傷つく構造。そのすべてが、静かに胸に残る。
3. 水車小屋のネネ(谷崎潤一郎賞受賞・長編)
『水車小屋のネネ』は、18歳と8歳の姉妹がたどり着いた町を舞台に、40年にわたる人々の人生を描く大長編だ。そこで彼女たちが出会うのが、おしゃべりな鳥「ネネ」。しゃべる鳥というファンタジックな存在がいるのに、物語全体の手触りは驚くほど生活に近い。
ネネは物語の中心人物というより、「場の記憶」を体現する存在だ。季節がめぐり、人が入れ替わり、喜びと悲しみが積み重なっても、水車小屋とネネはそこにいて、ただ見守り続ける。読んでいると、自分の人生もどこかで誰かに見守られていたのではないかという、少し照れくさい感覚が湧いてくる。
印象的なのは、「親切」に対する視線だ。帯にある「誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ」というフレーズどおり、この小説に出てくる親切は、大きな自己犠牲ではない。スーパーでのちょっとした声かけ、行き場のない人を一晩泊める、土産話を多めに盛って語る。そうした、見逃されてしまうレベルの行いに、津村は徹底してカメラを向ける。
長編だが、章ごとに焦点が変わるので、一気読みしなくてもいい。むしろ、少しずつ読み進めることで、自分自身の時間の流れと物語の時間がゆるやかに重なってくる。読み終えたとき、ネネの声が自分の生活にも聞こえてきそうになる。
4. この世にたやすい仕事はない(連作お仕事小説)
タイトルに強い共感を覚えた人は多いはずだ。『この世にたやすい仕事はない』は、燃え尽き症候群になって前職を辞めた女性が、職業安定所の職員に「コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますか」と冗談半分で尋ねるところから始まる。「ありますよ」と返された瞬間、この小説の世界が静かに開いていく。
主人公は、「作家を隠しカメラで監視する仕事」「バス車内アナウンスの原稿を書く仕事」「おかきの袋のうら面に載せる豆知識を考える仕事」「町の掲示物を貼って回る仕事」「森の中の小屋でチケットをもぎる仕事」と、5つの職場を短期で転々とする。それぞれの仕事は、客観的に見ればどこかおかしく、少しだけ可笑しい。
しかし、津村の筆は「変な仕事」を笑いものにしない。どの職場にも、人の生活と誇りがあり、そこにしかない風通しの悪さや妙なルールがある。主人公は疲れながらも、それぞれの現場で小さなつながりを見つけていく。その過程が、読み手の「働くこと」への感覚を少しずつ変えていく。
特に心に残るのは、「迷ったらええがな」という空気だ。キャリアにまつわる自己啓発本が「決めろ」「動け」と迫ってくるのに対し、この小説は「ぐるぐる迷っている時間も、たぶん必要だ」と言ってくれる。実際、主人公の迷走は、次の一歩のための充電期間として描かれる。
仕事に疲れたとき、「自分だけがダメなのではなく、そもそもこの世にたやすい仕事なんてない」と笑いながら確認したくなる一冊だ。
5. サキの忘れ物(日常の奇跡を描く短編集)
『サキの忘れ物』は、表題作を含む短編集だ。どの作品も事件は小さい。家庭内のちょっとした行き違い、職場でのささいなトラブル、通学路での記憶のズレ。けれど、その小さな「ずれ」が、登場人物の世界の見え方を変えてしまう。
表題作は大学入試や教科書にも採用され、静かな名作として広まった。ある「忘れ物」をきっかけに、家族のあいだでずっと見ないふりをしてきた感情が、少しだけ姿を現す。泣ける話ではないのに、読み終えると胸の奥がじんわりと温かくなり、なぜか過去の自分の「忘れ物」まで思い出してしまう。
一篇一篇は短いので、まとまった時間が取れない日にも手に取りやすい。通勤電車の中や、寝る前の10分など、日常の隙間に読み込むと、自分の周りの景色の中にも「サキの忘れ物」的な瞬間が潜んでいることに気づかされるはずだ。
6. つまらない住宅地のすべての家(NHKドラマ化の群像サスペンス)
タイトルだけ見ると、地味そうな住宅地の話に思えるが、中身はかなりスリリングだ。舞台は、どこにでもありそうな郊外の住宅地。見栄や秘密を抱えた住民たちのもとに、「逃亡犯が潜んでいるかもしれない」という噂が流れ込む。
恐怖と不安は、真っ先に「よそ者」に向かう。自分の家族を守りたい気持ちと、「誰かを疑いたくない」気持ち。そのあいだで揺れる人々の心理が、細やかに描かれていく。津村はここでも、単純な善悪の構図をつくろうとしない。卑怯な振る舞いにも、どこか人間らしい動機が見え隠れする。
逃亡犯の存在は、一種の「試金石」だ。平凡だったはずの住宅地が、恐怖とスリルで色づいていく過程は、まるで日常そのものが別ジャンルの小説に変貌していくかのようだ。NHKでドラマ化されたのも頷ける、映像的な群像劇である。
7. ディス・イズ・ザ・デイ(サッカー本大賞受賞のスタジアム小説)
『ディス・イズ・ザ・デイ』は、サッカー2部リーグ最終節の「その1日」を、サポーターたちの視点から描く連作短編だ。昇格と降格がかかった試合は、プレーする選手にとっても、応援する人々にとっても「特別な日」になる。
津村が描くのは、ゴール裏で声を枯らして歌う人、バックスタンドで家族連れで観戦する人、遠征費をひねり出して夜行バスで通う人。サポーターとしての熱量と、日常生活のしんどさが、同じ身体の中に同居している様子がありありと伝わってくる。
サッカーに詳しくなくても楽しめるのは、試合結果そのものよりも、「応援するという行為」が持つ意味に焦点が当てられているからだ。報われないかもしれないのに、それでもスタジアムに通い続ける人たちの姿は、仕事や趣味に打ち込む誰かの姿と重なって見える。
8. ミュージック・ブレス・ユー!!(音楽に救われる青春長編)
『ミュージック・ブレス・ユー!!』は、音楽だけが救いの高校生アザミを中心に描く青春小説だ。学校生活や家庭環境は決して明るいものではない。それでも、バンドの音やライブハウスの熱気、CDショップの棚の前で立ち尽くす時間が、アザミの世界をどうにか支えている。
津村は、青春小説にありがちな「才能の開花」や「大逆転」を安易に用意しない。音楽によってすべてが解決するわけではないし、アザミも劇的に変わるわけではない。その代わり、きわめて現実的なスピードで、少しずつ自分と世界との距離感を変えていく。
ライブハウスの湿った空気、終電に間に合わせるために走る夜の街、音楽雑誌のレビューに救われたり傷ついたりする感覚。そうした細部が、音楽に人生を支えられてきた人なら誰しも覚えがあるものとして立ち上がる。音楽好きの読者にとっては、何度も読み返したくなる一冊だ。
9. ワーカーズ・ダイジェスト(仕事に忙殺される人々の連作)
『ワーカーズ・ダイジェスト』は、仕事に忙殺される二人の主人公を軸にした連作短編集だ。残業続きの会社員、仕事のために私生活を削っている人、働き方を変えたいのに変えられない人。どの作品にも、「働かないと生きていけない」という当たり前すぎる前提が重くのしかかっている。
しかし、津村は決して絶望だけを書かない。登場人物たちは、愚痴をこぼし、ささやかな楽しみを見つけ、たまに突拍子もない行動に出る。どんなにギリギリでも、「笑い」を完全には手放さない。そのバランス感覚が、読んでいる側の救いにもなる。
「働き方改革」という言葉が空々しく聞こえる日も、この本の登場人物たちの姿はまったく古びない。むしろ、今のほうが痛切に響いてしまう部分も多い。
10. 浮遊霊ブラジル(紫式部文学賞受賞の短編集)
『浮遊霊ブラジル』は、「給水塔と亀」(川端康成文学賞受賞)をはじめとする短編を収めた一冊だ。タイトルどおり、どこかふわふわと現実から浮いたような物語が多いのに、読んでいる最中はなぜか「自分の生活の延長」に感じられる不思議な感覚がある。
たとえば、ふとした拍子に「自分は浮遊霊なのかもしれない」と思ってしまうような瞬間。職場や家庭で、自分だけが透明になっているような気がするとき。津村はそうした「半分だけ非現実」の状態を、するすると物語にしてしまう。
短い話が多いので、通勤・通学の合間に少しずつ読むのにも向いている。日常に飽き飽きしているときに開くと、「現実の方がよほど奇妙かもしれない」と思えてくる。
11. アレグリアとは仕事はできない(初期お仕事短編集)
『アレグリアとは仕事はできない』は、職場に導入された新型コピー機「アレグリア」と格闘するOLなど、仕事の不条理と可笑しみを描いた短編を集めた初期作品集だ。コピー機一つでここまで物語が広がるのか、と感心してしまう。
イライラする機械トラブルや、意味のわからない新システムの導入も、津村の手にかかると、どこか愛おしい喜劇になる。読者は、登場人物と一緒に「もう勘弁してくれ」と笑いながら、いつのまにか自分の職場を重ねている。
12. やりなおし世界文学(新潮文庫)
『やりなおし世界文学』は、津村記久子が「学生時代に読みきれなかった本」や「途中で挫折した古典」に、もう一度向き合っていくエッセイ集だ。大げさな文学論ではなく、生活者として読むときに生じる戸惑いやおかしみが率直に綴られていて、読書のハードルがするすると下がっていく。
たとえば、名作の登場人物がどうしても好きになれなかったり、筋は覚えていないのに特定の場面だけ妙に記憶に残っていたりする、あの不思議な読書体験。津村はそうした「読者のわがまま」こそが読書の醍醐味だと肯定する。学校で習ったときには理解できなかった作品も、大人になって読み直すとまったく違う景色が見えるという発見が、ページのあちこちに転がっている。
さらに面白いのは、読書に対する津村の姿勢が、小説家という肩書きよりずっと「普通の読者」に近いことだ。古典だからといって構えず、時には愚痴をこぼし、時には熱中してしまう。そうした等身大の読み方が、こちらの肩の力も抜いてくれる。
名作文学を「読みたいけれど、少し怖い」と感じている人には特におすすめだ。やりなおしの読書は遅すぎることはないし、一度失敗した本に戻ることも決して恥ずかしくない。むしろ、いまの自分の視点で読み直した瞬間に、作品がまったく別の顔を見せてくれる——その体験をやさしく導いてくれる一冊である。
13. 現代生活独習ノート(現代を生きるための短編集)
『現代生活独習ノート』は、「現代社会を生きる不器用な人々」へのエールが込められた短編集だ。お金、仕事、家族、健康。どの話題も避けて通れないのに、誰もちゃんとした答えを持っていない。そんな現代生活を、あくまで「独習」しようとする人たちが登場する。
タイトルどおり、これはマニュアルではない。完璧な正解を教えてくれる本ではなく、「こんなふうに迷っている人が、ここにもいるよ」と伝えてくれる本だ。読み終えたとき、「自分の独習ノートもかなりヘンテコだけど、それでいいのかもしれない」と思えてくる。
14. ウエストウイング(雑居ビルの群像劇)
『ウエストウイング』の舞台は、大阪の雑居ビル「ウエストウイング」。そこで働くさまざまな人々の、ゆるやかなつながりが描かれる。テナントの入れ替わりや、ビルの老朽化とともに、登場人物たちの人生も少しずつ変化していく。
華やかなオフィスビルではなく、どちらかといえば地味で、少しさびれたビルを舞台にしているところが津村らしい。日々の愚痴やささやかな喜びが、ビルの壁や廊下に染みついていくような感覚がある。大きなストーリーがなくても、日常の積み重ねだけで小説はここまで面白くなるのだと気づかされる。
15. やりたいことは二度寝だけ(脱力系エッセイ)
『やりたいことは二度寝だけ』は、タイトルからして肩の力が抜けるエッセイ集だ。芥川賞作家と聞いてイメージしがちな「ストイックな創作生活」とはほど遠い、マヌケで愛おしい日常が次々と披露される。
仕事帰りのコンビニ、二度寝の幸福、観戦する側としてのサッカー愛。どれも大げさな話ではないのに、「こういうところで人はちゃんと生きているのだ」と感じさせられる。仕事や家事に追われているとき、ベッドの上でごろごろしながら読みたい一冊だ。
16. エヴリシング・フロウズ(中学生ヒロシの成長物語)
『エヴリシング・フロウズ』は、何もかもがうまくいかない中学生・ヒロシの視点から描かれる青春小説だ。友人関係のぎこちなさ、家庭の空気の重さ、将来に対する漠然とした不安。思春期特有の「どこにも持っていきようのない感情」が、淡々とした文体で綴られていく。
作中でヒロシが「助けるよ」とさらりと言う場面がある。そこには、「いい人になろう」という意識的な決意よりも、反射的な優しさがある。その瞬間を津村は過度にドラマチックに描かない。ただ、そこにある人間性の良さだけを、そっと照らしてみせる。
中学生の物語でありながら、大人が読んでも刺さる部分が多い。むしろ、「あのとき誰かがこう言ってくれたら、人生が少し違っていたかもしれない」と、過去の自分を思い出してしまう人も多いだろう。
17. カソウスキの行方(現代女性の生きづらさを描く短編集)
『カソウスキの行方』は、仮想恋愛やネット上のつながりに逃避する女性たちを描いた短編集だ。現実の恋愛や仕事に疲れたとき、人はどこに逃げ込むのか。SNSやオンラインゲーム、メールのやり取りなど、現代的な「仮想空間」が舞台となる。
津村は、仮想に逃げることを全否定しない。そこには確かに救いがあり、現実よりも正直になれる瞬間もある。ただし、すべてを仮想に預けてしまうと、足元からじわじわと現実が崩れていく。その危うさを、説教ではなく物語として体感させてくれる。
18. 苦手から始める作文教室(書くことが怖い人へ)
『苦手から始める作文教室』は、文章を書くのが苦手な人に向けた「やさしい実用書」だ。とはいえ、決してハウツーだけに終始しない。津村自身の作文体験や、うまく書けないときのもどかしさも、包み隠さず語られている。
「うまく書こうとしなくていい」「とりあえず一文書いてみるところからでいい」という姿勢は、作文だけでなく、仕事や人間関係にもそのまま応用できる。学校の先生や、子どもに文章を教える立場の人にとっても、ヒントの多い一冊だ。
19. うどん陣営の受難(社内政治コメディ)
『うどん陣営の受難』は、社長選を巡る社内政治に巻き込まれた「うどん好き」社員たちの奮闘を描く中編だ。社内の派閥争いが、「うどん派」か「そば派」かという、もはや冗談のような軸で語られていく。
しかし、読んでいると笑いだけでは終わらない。どうでもよさそうな対立に人が本気になってしまうのはなぜか。職場の飲み会や、意味のわからないルールに、妙に熱量が注がれるのはなぜか。そうした疑問が、じわじわと浮かび上がってくる。
20. 婚礼、葬礼、その他(人生の節目をめぐる短編集)
『婚礼、葬礼、その他』は、冠婚葬祭という「人生の節目」をテーマにした短編集だ。結婚式の披露宴、親族の葬儀、法事の席。どの場面にも、きれいごとだけではない人間の本音が渦巻いている。
津村は、そうした場の「居心地の悪さ」を逃さない。列席者の服装の微妙な差、親戚同士の力関係、形式と本音のズレ。それらを、少し毒のあるユーモアで切り取ってみせる。読んでいるうちに、自分が出席した式や葬儀の記憶もひょいひょいと呼び起こされるはずだ。
21. うそコンシェルジュ
『うそコンシェルジュ』は、津村記久子の短編の中でも、特に「発想の自由さ」が楽しめる作品集だ。タイトルどおり、日常の中にふと滑り込んでくる「うそ」や「ごまかし」や「思い込み」を題材にした物語が並ぶ。それらは決して悪意のあるうそではなく、人が何とか自分を守るためにつく、ちいさな防波堤のようなものだ。
たとえば、つい見栄を張ってしまったり、やってもいない努力をしたふりをしてしまったりする瞬間。誰にでも覚えがあるそうした「うそ」を、津村は説教せず、笑い飛ばすのでもなく、丁寧にほどいていく。嘘をついたことよりも、嘘をつかざるを得なかった背景と心の揺らぎを大切に描いているところが、津村作品らしい優しさだ。
この本の魅力は、読んでいると「うそ」という概念そのものが少し揺らいでくることだ。誰かを傷つけないためのうそ、自分を奮い立たせるためのうそ、日常をやり過ごすためのうそ。それらは悪ではなく、生活に必要な潤滑油のように作用していることが多い。津村はそれを知っていて、その事実を押しつけがましくなく示してくれる。
読み終わると、「あのときの自分の小さなうそは、そこまで責めなくてもよかったのかもしれない」と、不思議な赦しの感覚が残る。自分をちょっと笑いたいときや、気持ちが硬くなってしまった日の気分転換にもぴったりだ。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
- Audible
- 通勤中に津村作品を聴きたいなら、オーディオブックの利用が便利だ。紙の本とは違うリズムで言葉が入ってくるので、会話のテンポや間の取り方をより鮮明に味わえる。
- Kindle Unlimited
- 津村作品は文庫も多いが、日常のすき間でちょっとずつ読み進めたい人には電子書籍との相性がいい。スマホに何冊も入れておけば、「待ち時間がそのまま読書時間」になる。
- じっくり読みたい人には、目に優しいKindle端末もおすすめだ。紙の本と同じ感覚で文字に集中できるので、『水車小屋のネネ』のような長編も疲れにくい。
- 仕事帰りにサッカー観戦やライブを楽しむ読者なら、スタジアムやホールへの移動中にエッセイを読むと、現実世界と津村ワールドがいい具合に二重写しになってくる。その時間を、ちょっとした「ご褒美ルーティン」にしてしまうのも楽しい。
まとめ:どの一冊から津村記久子を始めるか
津村記久子の小説は、どれも静かで地味に見えるのに、読み終わると身体の奥に残る。「働くことなんて嫌いだ」と言い切ってしまうほど疲れた日でも、津村の登場人物たちに出会うと、「それでも明日、仕事に行くか」と、ほんの少しだけ思い直せる。
気分や状況に合わせて、こんな選び方をしてみてほしい。
- 気分で選びたいなら:日常の中の小さな奇跡を味わえる『サキの忘れ物』『浮遊霊ブラジル』
- じっくり長編に浸かりたいなら:人生の長い時間をともに歩める『水車小屋のネネ』『ポトスライムの舟』
- 仕事のしんどさを笑い飛ばしたいなら:お仕事小説の集大成とも言える『この世にたやすい仕事はない』『ワーカーズ・ダイジェスト』『アレグリアとは仕事はできない』
- 津村本人の素顔に触れたいなら:脱力系エッセイ『やりたいことは二度寝だけ』と、やさしい実用書『苦手から始める作文教室』
どの一冊から始めてもいい。ただ、どれか一冊でも読み終えたとき、きっとあなたの中に「自分の生活をもう一度見てみよう」という小さな変化が生まれているはずだ。その変化こそが、津村記久子という作家が読者に渡してくれる、いちばん大きな贈り物だと思う。
FAQ
Q1. 津村記久子を初めて読むなら、本当に一冊だけ選ぶとしたら?
一冊だけなら、『ポトスライムの舟』をすすめたい。分量はそれほど多くないが、「働くこと」「お金」「ささやかな夢」という津村作品の核が、ぎゅっと詰まっている。契約社員のナガセの視点は、非正規で働いたことのある人なら誰でも、どこかで自分の記憶とリンクするはずだ。
Q2. 仕事で消耗しているときに読むなら、どの作品がいい?
「今はとにかく仕事の話だけ読みたい」というときは、『この世にたやすい仕事はない』と『ワーカーズ・ダイジェスト』の二冊をセットで読むのがいい。前者は奇妙な仕事を巡る少しファンタジー寄りのお仕事小説、後者はより現実寄りの労働小説だ。両方読むと、「仕事のしんどさを笑いに変える」感覚と、「それでも何とか続けていく」感覚の両方が、少しだけ自分の中でも育ってくる。
Q3. 短編集と長編、どちらから入るのがおすすめ?
忙しくてまとまった時間が取りにくいなら、『浮遊霊ブラジル』や『サキの忘れ物』『婚礼、葬礼、その他』など短編集から入るといい。一話一話が完結しているので、通勤時間や寝る前の10分で読み進められる。物語の世界にじっくり浸かりたい人は、『水車小屋のネネ』や『エヴリシング・フロウズ』といった長編を選ぶと、時間の流れごと物語に運ばれていく感覚を味わえる。
Q4. 津村作品は暗そうで手が出しにくい。救いはある?
確かに、パワハラやブラック企業、孤独など、重いテーマが多い。しかし津村は、絶望を書きたいのではなく、「それでもやっていく人」を書きたい作家だと感じる。登場人物たちは完全に救われるわけではないが、どこかで小さな笑いを見つけ、誰かにさりげなく手を差し伸べる。その「救いの手前」で踏みとどまる感じが、逆に現実の読者にとっては大きな救いになっている。






















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