芥川賞
芥川賞は、物語の「出来事」より、言葉の選び方や視点のズレで心を揺らす文学だ。まずは近年受賞作で当たりやすい入口を掴み、刺さった作家だけ前後の年代へ伸ばすと、読書が途切れにくい。受賞作一覧と、いま読む価値が落ちない代表作70冊をまとめた。 芥川…
炭鉱の町のことを、自分は本当に知っていると言えるだろうか。そう問いかけてくるのが、高橋揆一郎の小説だ。北海道の炭鉱町に生まれ、坑夫の家に育った作家が、北の暗がりと人間の温度を、淡々とした文体の中にぎゅっと閉じ込めている。 ページを繰るたび、…
部活で汗を流していた頃の匂い。真夜中のボクシングジムのざらついた空気。病院のベッドで天井を見つめながら笑うしかない夜。高橋三千綱の本を読み始めると、忘れていたはずの体の記憶が次々と呼び起こされる。 ここでは、青春小説からスポーツ小説、病と老…
スプリットタンや刺青、摂食障害や不倫、コロナ禍、母と娘の軋轢。どれも重そうに見えるが、金原ひとみの小説を読むと、それらが不思議と「自分のこと」として体の中に入ってくる。 日々の苛立ちや虚無感を抱えたまま、それでも生きていくための言葉がほしい…
信仰のことなんてよくわからないのに、なぜか「沈黙」だけはずっと気になっている。重そうだから手を伸ばしかねているうちに、いつのまにか時間だけが過ぎていく──そんな感覚を抱いている人は多いと思う。遠藤周作の小説は、決して「信者だけの文学」ではな…
どうしようもなく生きづらい日や、人間関係の空気が重く感じられる夜に、ふと寄りかかりたくなる作家がいる。赤染晶子の文章には、そんなときにだけ見える細い光の筋のようなものが、いつもかすかに揺れている。 アンネ・フランクから場末の劇場、京都のパン…
激しい恋愛小説が読みたいときも、家族との向き合い方に悩んだときも、現実から少しだけ遠くへ歩き出したい夜も、辻仁成の本はいつも「今の自分」に痛いくらい寄り添ってくる。パリと日本を行き来しながら、小説・エッセイ・音楽を横断してきた彼の作品は、…
人の心の奥底にある、どうしようもない暴力性や欲望、それでもなお手放せない優しさに触れてみたいとき、花村萬月という作家は避けて通れない。 修道院、ヤクザ、戦国武将、原発労働者――社会の縁に立つ人間たちの物語を追っているうちに、自分の中の暗がりに…
綿矢りさ作品を読む前に──あなたの「モヤモヤ」に火がつく本たち 恋愛がうまくいかない、人間関係でいつもひとりだけ浮いている気がする、自分の「女としての生き方」にうまく折り合いがつかない──綿矢りさの小説は、そんなモヤモヤを容赦なく言語化してくる…
田辺聖子の小説は、恋を「正しい物語」に整えない。みっともなさや可笑しさ、言い訳や強がりまで抱えたまま、人が生き延びる感じが残る。映画化でも知られる代表作から、古典の語り直し、評伝、老いの快活さまで、いまの暮らしに効く10冊を選んだ。 田辺聖子…
池澤夏樹の本は、物語の熱に寄りかかりながら、同時に「世界をどう見るか」を静かに鍛えてくる。小説、紀行、エッセイを行き来しつつ、読む人の視点そのものを少しだけ更新してくれる17冊を選んだ。 池澤夏樹とは 池澤夏樹のおすすめ本17選 1. スティル・ラ…
ドラッグ、セックス、暴力、戦争、バブル経済、ネット社会、中学生のエクソダス。村上龍の小説世界はいつも、時代のひび割れた部分を真正面から見つめてきた。それなのに、読み終えたあとに残るのは「人間をまだ信じていたい」という、かすかな祈りに近い感…
世界がふと別の顔を見せる瞬間がある。仕事帰りの電車の窓、眠れない夜の天井、見慣れた街角。安部公房の小説を読むと、その「ずれた現実」がじわじわと輪郭を持ちはじめ、自分の足場までぐらついてくる。 ここでは膨大な作品群のなかから、長編・短編・戯曲…
物語そのものがひっくり返り、数式やプログラムが登場人物のようにしゃべり出す――円城塔を読み始めると、ひとの頭の中にある「小説」の定義が静かに書き換えられていく。難解だと噂を聞いて身構えていたのに、ページをめくる手がなぜか止まらない、そんな読…
ふと、静かな長編が読みたくなる瞬間がある。派手な仕掛けはなくても、人の心の揺れや風景の匂いがじわじわ沁みてくるような物語だ。宮本輝の小説は、まさにその欲求にぴたりとはまる。川沿いの町、戦後の商店街、遠い国の川や山。どの作品にも、そこに暮ら…
村田喜代子の小説を読むと、ふと耳の奥で古い風の音がする。日常の隙間に潜む気配や、人間の身体に刻まれた記憶が、ゆっくりと立ち上がってくる瞬間がある。老い、土地、夢、民俗。そのどれもが静かに、しかし強く読者の心を揺らす。まずは彼女の軌跡と世界…
森敦を読むということは、物語を追うことではなく、風景の奥に沈んだ“気配”に触れることに近い。雪深い山寺、海の匂いが混じる幼い日の記憶、旅の途中で出会った人々の沈黙──それらがそっと積もり、読者の内部で静かな響きを生む。 森敦の作品は、派手な事件…
青春の焦燥や性のざらつきから、仏教やキリスト教、古代・中世の天皇や武将まで。三田誠広の作品群を眺めていると、「自分は何者か」「なぜ生きるのか」という問いが、時代もジャンルも飛び越えて何度も立ち上がってくる。同じ作家が書いたとは思えないほど…
唐十郎の作品を読むと、都市のどこかに隠れていたはずの暗がりが、ゆっくりと輪郭を持ちはじめる。路地裏の湿った風、テント劇場の残り香、誰かの声がかすかに溶け残るような空気。そんな“世界の裏面”に触れたような感覚が、読者の身体にいつまでも残る。戯…
官能的な小説のイメージが強い池田満寿夫だが、実際に本を並べてみると、小説よりむしろエッセイや美術書、料理本まで横断する「生き方の百科事典」のような顔が見えてくる。芸術、恋愛、美、食事、そのすべてを全力で楽しみ、同時に徹底的に疑い抜いた人間…
スマホの画面を指先でなぞるように、私たちは毎日どこかから拾ってきた「名言」を眺めている。誰の言葉かも曖昧なまま、それでも心に刺さった一行をスクリーンショットして保存し、いつの間にか自分の持ち物のように抱えこんでいる。鈴木結生の小説は、そん…
物語がこちらを試すように立ち上がってくる瞬間がある。安堂ホセの小説には、その感覚がいつも潜んでいる。読むたびに、社会の影と人の弱さをのぞき込む視線が、ふと自分自身へ返ってくる。ここでは、そんな作家の代表作をゆっくり辿るために、まずは導入と…
人の身体はどこまでが「自分」なのか。その輪郭がぼやける瞬間を正面から描き切る作家はそう多くない。朝比奈秋の作品には、触れると痛むような生々しさと、揺れる意識の静かな震えが共存している。読み進めるほど、身体の奥に眠っていた感覚がゆっくり呼び…
「荒地の家族」をきっかけに名前を知ったけれど、どの本から読めばいいのか迷っている。震災や東北というテーマに興味はあるけれど、重すぎたら少し怖い。そんなためらいを抱えたまま、本屋や画面の前で立ち止まっている人はきっと少なくないと思う。 佐藤厚…
井戸川射子の作品を読むと、まるで日常の薄皮がそっと剥がされ、内側のかすかな震えが露わになるような感覚がある。何も起きていないように見える場面でも、言葉の配置や沈黙の間にだけ生まれる微細な感情の揺れがあり、それが読者の心をじわじわと満たして…
山を歩くとき、なぜ自分はこんなにも息をしているのだろうとふと思う瞬間がある。街ではほとんど感じないはずの、身体の奥で鳴る小さな鐘の音。それが、松永K三蔵の小説を読むと、不思議と胸の奥で何度も響き出す。会社で削られる心、帰宅後の沈黙、そして休…
ニュースで「元自衛官の芥川賞作家」と聞いたことはあっても、まだ砂川文次の本を開いたことがない人は多いと思う。だが一冊読んでみると、戦争も、災害も、官庁の会議室も、どこか自分の生活のすぐ隣にあるものとして立ち上がってくる。派手なドラマではな…
読む前と読んだ後で、胸の深いところに沈んでいたなにかがゆっくり動き出す。李琴峰の作品には、そんな静かな変化をもたらす力がある。国境と言語、ジェンダーと暴力、親密さと孤独。遠くの問題ではなく、今の社会のひずみを照らしながら、それでも人が寄り…
静けさの奥でじわりと広がるものに触れたいとき、石沢麻依の文章ほど、今の私たちの感情に寄り添う響きを放つものは少ない。彼女の物語は表面的な劇性を避けながら、都市の片隅や、ふとした記憶の継ぎ目に潜む「言葉にならない揺らぎ」を拾い上げてくる。そ…
高山羽根子の本をどこから読むか迷っている人へ 現実と非現実のあいだを、音もなく行き来するような物語が読みたくなる瞬間がある。派手な事件も、大きなカタルシスもないのに、気づけば自分の視界のピントが少しずれている。高山羽根子の小説は、まさにそん…