「トクサツガガガ」はビッグコミックスピリッツで2019年2月現在連載中の、オタクなOLの日常と葛藤を描きつつ、「トクサツ」つまり特殊撮影技術を用いた映像作品の素晴らしさをこれでもかと詰め込んだマンガです。
同年1月にNHKでドラマ化されるやこれまた大反響を呼び、特撮ヒーローを経てブレイクするイケメン俳優が増えてきたという昨今の傾向と共に、同分野の理解と地位向上に一役も二役も買っている、と話題になっています。
あらすじ
「特撮オタク女子」が主人公
商社OLの仲村叶は、26歳にもなって特オタ、
つまり生活の全てが特撮で回っている「おたく女子」でした。
隠れキリシタンならぬ、隠れオタな彼女。
しかしDVDの軍資金のために自炊をすれば「女子力高い」と勘違いされ、
撮り溜めたドラマを見るために誘いを断れば彼氏の存在を疑われるなど、
ちょっとした生き辛さに葛藤を覚える毎日です。
後輩の悩みやトラブルをズバっと解決してあげる事もあるのですが、
そんな時仲村さんの脳内では、単に特撮の名シーンが横溢しているに過ぎない、なんてことも。
戦隊モノの如くどんどんヲタ仲間が増えていく
しかしふとした縁が、閉塞的なオタライフに彩りを添えます。
あらゆる事象を特撮フィルターで勝手に解決していく彼女に導かれるようにして、まさに戦隊モノの如くどんどんヲタ仲間が増えていくのでした。
電車内でイクトゥス(さりげないグッズ)を駆使して知り合った吉田さんとの交流を皮切りに、外へ外へと広がっていく仲村さんのオタ世界。
ヒーローショー・B級映画上映お泊り会・ビーチグラビア撮影会・登山・模型店でのジオラマ作り・なんちゃっておせち作り・児童施設での影絵芝居体験など様々なイベントを通じて、次第に共有の喜びと、特オタでい続ける勇気を育んでゆきます。
ラスボス母と対峙する
そんな仲村さんにも、ついにラスボスと対峙する日がやってきました。
それは、今は遠くに住んでいる母。
幼少期に特撮モノを禁じられ、女の子らしさを強いられた経験のある仲村さん。
大人になって再び目覚めたとは、口が裂けても言えません。
しかしそれでも、今は色んな力をくれる仲間もでき、
ヲタである自分とある程度向き合えるようになったじゃないか。
そう思った彼女は、いつか「お母ちゃん」に本心を打ち明けようと決心します。
しかし娘の巧妙な隠蔽工作を掻い潜ってその趣味を突き止め、
それを激しく否定するお母ちゃん。
先手を取られた焦りと幼い頃のトラウマがない混ぜになった仲村さんは生まれて初めてといえるほど母に辛く当たり、
二人は半ば絶縁状態という事態に陥ってしまいます。
仲村さんがこよなく愛する特撮ドラマ「獣将王」も、気づけば最終回を目前にしたクライマックスの時期を迎えていました。
一度はお母ちゃんとの関わりを諦めた彼女も「このままでは終われない」と能動的な結末を選択し、有給を取って実家に向かいます。母ともう一度、ちゃんと向き合うために。
「トクサツガガガ」はこんな作品
特撮ああるあるが分かる
「トクサツガガガ」は、基本的には特撮作品の小ネタや技術的なバックヤード、裏事情を絡めた日常あるあるネタと、そこから仲村さんが導き出す「人生の教訓」がワンセットの、一話完結に似たスタイルで毎回進行します。
作中の世界においての戦隊モノの現行作品として「獣将王(ジュウショウワン)」という劇中作が登場し、仲村さんの窮地にダブるように断片的なシーンが描かれますが、むしろこの「獣将王」が作中の時間経過を牽引してくれる存在になっています(戦隊モノは、大抵1作品4クールがお約束です)。
一話完結で読みやすい
毎回毎回、自分もしくは誰かのピンチになぜか脳裏に浮かび、救ってくれる「獣将王」やその他のヒーローたちの名場面。
仲村さん本人にしてみれば、
「よだれを垂らして妄想していたら、丸く収まった」だけに過ぎないのですが、
それを知らない周囲の人々にとっては
「考え方がオトナで、強い人だ」という尊敬の念が、
読者にとっては
「特撮が人生にとって大切な事を教えてくれる」という読後感が残り、
いわゆる「何か勝手に納得してくれた…」状態になるわけです。
趣味や仲間の大切さ
盟友吉田さんとの出会いを皮切りに、急速に育まれていく共有パワー。
しかし真面目なオタ議論に導かれた客観性は、直面したくなかったであろう様々な現実をも彼女たちに突きつけ、
「私たち、端から見てこんな痛い連中なんだ…」と愕然とする事もしばしば。
そんな時の、特撮を持ち上げたいのか貶めたいのかよくわからなくなってくるお通夜のような微妙な空気が大好きです。
もしかしたら特撮がどうこうではなく、好きなものを素直に愛でる事、そして共有できる仲間がいる事は素晴らしいね、というのが最大のテーマなのかもしれません。
「好きなものは好きでいい」が分かる
また、仲村さんを始めとして様々なジャンルのオタクが登場し、「好きなものは好きでいいんだ」と訴えている本作ですが、その一方で周囲の目などに葛藤する心理を細やかに描いているのも特筆すべき点でしょう。
現実でも、自分の趣味しか頭になく交通機関に悪影響を与える人々が問題になったりしています。
私たちも自分がそうならない、とは限りませんから、「ガガガ」のキャラたちのように「一度悩んで、自分を受け入れる」というプロセスを経るのはとても大切な事なのではないでしょうか。
マニアックとはいえ、特撮ヒーロードラマは誰もが幼少時に親しんだジャンルです。
それが半ばギャグ漫画と化している乗りの良さと相まって、一般人にも非常に理解しやすい内容となっているのも本作の特徴と言えます。
ちなみにタイトルについて。
英語の夢中に相当するgagaに一文字足して「ガガガ」とのことですが、
この字余りな雑然さは、不器用だけど一生懸命な仲村さんが、
いつも前のめりにつんのめっている様子に似ているな、と勝手に考察させていただきます。
個性的な登場人物
可愛いアホの子「仲村さん」
実は容姿端麗、家事一般もそこそここなせて子供好き。おまけに裏表がなくて優しい…と、傍目から見て仲村さんはかなりの「優良物件」に思えます(実際、オタバレしていない同僚にはそう思われている)。
しかし本人は別に女子力を高めようと思ってそうしているのではなく、例えばしなやかに引き締まった足なども、「おもちゃを捜し求めて自転車で走り回る」日々の賜物であったりと、全然自覚がないのがたまらなく魅力的に映ります。
素直ないじられキャラ
また素直ないじられキャラなので、作中での周囲からのツッコミや物理攻撃も凄い事になっており、愛され度もナンバーワン、さすがは主人公、といった感じです。
仲村さんはいつの間にかトラブルを解決している事も多いのですが、そんな知らず知らずの僥倖だけが彼女の処世術ではありません。
妄想好きで引っ込み思案でも、基本憎まず疎まずで、常に体当たり。
子供みたいに拗ねることはあっても、ネチネチした陰険さは微塵もありません。
また熟練のおじいおばあが経営する、懐かしの小さなおもちゃ屋さんや本屋さんが作中にはまだまだ残っていて、仲村さんの成長やふれあいの場であったりもします。
少しずつ前進する仲村さんの姿は、登場人物の全てにとって太陽の如くなのです。
元々本作はそれがメインなので当然とはいえ、毎回仲村さんに感心するのは、老若男女問わず人の気持ちを一呼吸置いて理解しようとする姿勢です。
変なプライドに拘った上辺のかっこよさではなくて、本当に大切なのは何かをちゃんと知ってるんですね。
周りに良い人がどんどん増えていくのも当然の流れです。
そして言うまでもなく、それは特撮が自然に(ここ大事です)教えてくれたこと。
その事実に仲村さん自身が行き当たるのはいつの日でしょうか。
「お母ちゃん」より怖い!?最恐キャラ「吉田さん」
仲村さんの初めての仲間にして相棒、作戦参謀である吉田さんは、360度どこから見てもおっとりしっとり大人の女性。
どんなに仲良くなっても敬語を崩さない、ほどよい距離感も安心できます。
メインキャラの中で唯一の彼氏持ち
メインキャラの中で唯一の彼氏持ちなのも納得なら、特撮ファンの小学生「ダミアン」が一目ぼれをするのも、幼少時に戦隊ヒロインの色気にやられて、「何か」に目覚めた経験をお持ちの男性諸氏には懐かしささえ感じるのでは。
しかしカメラに並々ならぬ情熱を燃やしたかと思えば、しばしば空回りする仲村さんに厳しすぎるツッコミを入れたり、年齢に触れられて足蹴りをするなど、たぶん怒らせると一番恐い人物なのではないでしょうか。
淑やかな黒さ
微笑みながら毒を吐き、イマイチな作品を「自分が語り合いたいから、最後まで見てもらえるように」とわざと伏せて仲村さんにすすめたりといった、淑やかな黒さが彼女の最大の魅力です。
とりあえず吉田さんの目元に集中線(推理マンガなどでよくある、ピンときた時のアレです)が出たら何か天変地異が起こる前触れですので、仲村さん逃げてー!とみんなで叫びましょう。
味方につけると頼もしい、ぶっとびキャラ「北代さん」
メインのオタク女子三人中、北代さんだけはアイドルオタクです。
他人に自分のオタバレをされ、周囲に鋭いバリアを張るようになってしまった彼女も、初めは敵視していた仲村さんと和解してからは欠かせない友人の一人となりました。
「追加戦士」な一匹狼
彼女のポジションは戦隊モノでいう「追加戦士」に相当し、「初めは相容れないけれど、紆余曲折を経て仲間になる一匹狼」というその基本形を見事に体現したキャラと言えます。
仲間になってからも常に渋面で、デレるどころか突き放すような言動も多い北代さんですが、それでも各種イベントでは異様なノリの良さを見せたり、厄介ごとでもしっかり仲村さんの悩みに付き合ってあげるなど、随所に見え隠れするその優しさは充分に読者のカタルシスを解放してくれますし、なあなあの仲良しこよしに喝を入れるスパイス的な役割を担っています。
常識はずれなアイデア
真顔で放つツッコミは読んでいる最中の飲食厳禁なほどの破壊力を持ち、仲間に加わった途端に常識はずれなアイデアを次々と披露するぶっとび感は彼女ならではで、特に海での撮影回は必見です。
最後に
主要キャラの他にも、仲村さんに変なあだなを付けられた個性豊かな登場人物が次々と登場し、笑いとちょっとした感動を与えてくれる本作。
特撮に興味のない方でも是非手にとってほしいと思います。