小説の神様と呼ばれた志賀直哉を、きちんと「一人の作家」として味わいたい人は多いと思う。けれど短編が多く、版もいろいろあって「どこから入るべきか」で迷いやすい作家でもある。この記事では、代表的な短編・長編から随筆、入門ガイドまで、志賀直哉を立体的に楽しめる15冊をまとめて案内する。
読書の順番や版の違いも含めて、できるだけ実感ベースで書いた。学生時代の教科書で読んだ人も、大人になって読み直したい人も、どこか一冊から静かに入り直してほしい。
- 志賀直哉について──「小説の神様」と呼ばれる理由
- 読み方ガイド:志賀直哉15冊の歩き方
- 志賀直哉おすすめ本15選
- 関連グッズ・サービスで楽しみを広げる
- まとめ:志賀直哉と、静かな時間を取り戻す
- FAQ(よくある質問)
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志賀直哉について──「小説の神様」と呼ばれる理由
志賀直哉は1883年生まれ。学習院で育ち、武者小路実篤らとともに雑誌「白樺」を創刊した中心人物の一人だ。華族・上流階級の出身でありながら、作品の舞台は城崎や網走、奈良の町や家庭の食卓など、ごく身近な日常が多い。その日常を、極限まで削ぎ落とした文体で描ききったところに、彼の特異さがある。
師弟や父子の葛藤、夫婦のあいだの微妙な距離、死と生の境目に立った一瞬の感覚。志賀の作品には、大事件はあまり起こらない。けれど、人物の心の温度や息づかいが、妙に生々しく伝わってくる。自伝的要素の濃い作品も多く、日本の「私小説」を語るときに彼の名を外すことはできない。
同時代の作家たちからの信頼も厚く、川端康成は志賀を「小説の神様」と呼び、格の違いをはっきり認めている。技巧よりも「どう生きるか」という倫理観が強く、近代日本の知識人が抱えた良心の痛みや潔癖さが、そのまま文章の芯になっている印象だ。
今読むと、スリリングな展開はほとんどないのに、なぜかページを閉じにくい。余計な修飾のない文が続くのに、読後に身体の奥が静かに熱を帯びる。そんな独特の読書体験を味わわせてくれるのが、志賀直哉という作家だと思う。
読み方ガイド:志賀直哉15冊の歩き方
20冊もあると、どこから読めばいいか迷うはずなので、ざっくり「入り口別」にナビを置いておく。
- まず一冊で代表作をつかみたい人:1. 小僧の神様・城の崎にて(新潮文庫)
- 長編でどっぷり浸かりたい人:2. 暗夜行路(新潮文庫) / 6. 暗夜行路 前篇(岩波文庫) / 11. 暗夜行路(角川文庫)
- 父子の葛藤テーマに興味がある人:3. 和解(新潮文庫)
- 短編をバランスよく味わいたい人:4. 清兵衛と瓢箪・網走まで / 7. 小僧の神様・他十篇(岩波文庫) / 5. ちくま日本文学 志賀直哉
- 随筆や創作ノートから作家の頭の中を覗きたい人:9. 志賀直哉随筆集 / 12. 白い線 / 13. 創作余談
- ビジュアルで生涯を追いかけたい人:14. 新潮日本文学アルバム 志賀直哉
この20冊を全部読む必要はまったくない。いまの自分の生活や心の状態に近い一冊から拾って、そこから少しずつ枝を伸ばしていくような読み方がいちばん心地いいと思う。
志賀直哉おすすめ本15選
1. 小僧の神様・城の崎にて(新潮文庫)
志賀直哉の短編の「うまいところ」が一度に味わえる、決定版の一冊だと思う。「小僧の神様」と「城の崎にて」という二つの代表作を軸に、初期から円熟期までがコンパクトに並び、志賀という作家の変化も見えてくる編集になっている。
「小僧の神様」は、奉公先のパン屋で働く少年が、ひょんなできごとから人の善意と自分の小ささを知る話だ。ストーリー自体は素朴なのに、少年の心の揺れが妙にくっきり残る。読んだあと、なぜか自分の子どものころの失敗や、誰かに優しくしてもらった場面がふっとよみがえったりする。
一方「城の崎にて」は、作者自身の事故体験をもとにした静かな作品だ。死にかけたあと、療養先の城崎で小動物の死を目撃する。そのときの感覚を、ほとんど感情説明をせずに書いていく。派手な描写はないのに、身体の芯の方がじわっと冷たくなっていくような読後感がある。
この文庫は、ほかにも「范の犯罪」「赤西蠣太」など、どれも短くて濃い作品がならぶ。ちょっと疲れている夜に、1編だけ開いて読む、という付き合い方が似合う一冊だ。紙の書籍でゆっくりページをめくるのもいいし、電子で持ち歩きながらすきま時間に読み返すなら、Kindle Unlimited で他の作家の短編と一緒に読むのも悪くない。
教科書で「城の崎にて」だけ読んで「地味だな」と思っていた人ほど、この一冊を通読したときの印象は大きく変わるはずだ。志賀直哉って、こんなに人の心の細部にこだわっていたのか、と。
2. 暗夜行路
志賀直哉が生涯をかけて書き続け、ようやく完成させた唯一の本格長編。自我の確立、罪悪感、救いへの希求といった重たいテーマを、驚くほど澄んだ文体で追いかけていく。
主人公の時任謙作は、幼いころの秘密と、家族にまつわるある事実に一生苦しめられる。彼はどこまでも真面目で、自分の弱さも卑怯さも直視しようとするが、それゆえに救われない時間が長く続く。読んでいて息苦しくなる場面も多いが、その息苦しさ自体がこの作品の核になっているように感じる。
山深い温泉地への旅、夫婦の対話、仕事仲間との微妙な距離。どの場面も派手な事件は起こらないのに、謙作の心の中では常に波が立っている。その波を、志賀は一つひとつ確かめるように書きつけていく。長編小説でここまで「内心の正直さ」にこだわった作品は、日本文学全体を見渡してもそう多くない。
忙しい人にはハードルが高く見えるかもしれないが、章ごとに切れ目がはっきりしているので、日々少しずつ進める読み方ができる。寝る前に数ページだけ読むと、自分の人生の選択や家族との関係について、じわじわ考えさせられる。
物語としての爽快感より、「生きるとは何か」をじっくり味わいたい人に向いた一冊だ。最初の長編として挑戦してもいいし、短編で志賀に慣れてから挑む「到達点」として取っておくのも悪くない。
3. 和解
父と子の確執をここまで真正面から書いた作品は、日本文学の中でもそう多くないと思う。志賀自身の父との葛藤を色濃く反映した作品で、読んでいるとこちらの心も、どこかざらざらした感触を持ち続けることになる。
主人公・欽一は、父の支配的な態度に反発しつつ、どこか父への尊敬も捨てきれない。家を飛び出し、自分の道を歩こうとするが、心のどこかで父の影を引きずり続ける。その複雑な感情の絡まりを、志賀は淡々とした文体で少しずつほぐしていく。
面白いのは、タイトルが「和解」であることだ。対立や決裂ではなく、和解を目指している。ただし、そこにあるのはハッピーエンドではない。年月を経て、互いの弱さや限界を知ったうえで「それでもこうやって折り合うしかない」という地点に立つ。その地点にたどり着くまでの細かな心理の往復運動が、読んでいて痛いほどリアルだ。
自分の親との関係にモヤモヤを抱えている人が読むと、胸を突かれる場面が多いと思う。親への怒りと感謝が同居していたり、もういい大人なのに子どものように反発したくなったり。そうした感情を「みっともないもの」と切り捨てず、じっと見つめる勇気をくれる作品だ。
短編としてはそれほど長くないので、一晩で読み切ることもできる。けれど、読後しばらくは、自分の家族の顔が次々浮かんできて眠れなくなるかもしれない。
4. 清兵衛と瓢箪・網走まで(新潮文庫)
志賀直哉の「短編作家」としての腕前を堪能したいなら、この一冊がとても便利だ。表題作「清兵衛と瓢箪」は、瓢箪を愛しすぎた少年と、それを理解しない大人たちの話。読んだ瞬間に、誰もが心のどこかに持っている「どうしようもなく好きなもの」の記憶が呼び起こされる。
清兵衛の視点から見る世界は、瓢箪の形や色で満ちている。しかし、教師や親はそれを「くだらないもの」としか見ない。そのすれ違いが、笑えるようでいて、どこか残酷だ。子どものころ、大人に理解されなかった自分の趣味やこだわりを思い出して苦くなる読者も多いはずだ。
「網走まで」は、列車旅行の途中に出会う人々との短い交流を描いた作品だが、そこにも志賀らしい観察眼が生きている。旅先でふと隣に座った他人の仕草や話し方から、その人の人生を想像してしまうことがあると思う。その瞬間を、言葉にできるぎりぎりのラインで捉えようとする姿勢が感じられる。
この文庫一冊で、ユーモラスな作品から、静かな余韻を残すものまで幅広く触れられるので、「とにかく志賀の短編をたくさん読みたい」という人の最初の選択肢にちょうどいい。学校の課題読書にも向くし、通勤電車で1編ずつ読み進めるのにも合う。
5. ちくま日本文学 志賀直哉(ちくま文庫)
新潮文庫や岩波文庫の定番とは少し違う切り口で、現代の読者向けに再編集されたアンソロジー。すでに教科書でいくつか読んだことがある人や、別版を持っている人にもおすすめしたい一冊だ。
収録作のラインナップは、代表作に加え、ややマイナーだけれど今読むと刺さる短編がほどよく混ざっている印象がある。編集方針に現代的な視点が反映されていて、「いまの私たちが読みたい志賀直哉」というテーマで選ばれている感じがするのだ。
巻末の解説や年譜も充実しているので、作家の人生と作品の関係をざっと俯瞰したい人にも向いている。別の版で読んだことのある作品でも、収録順や隣り合う作品が変わると、不思議と印象が変わる。短編集の編集って、やはり一つの表現なんだなと感じさせてくれる本だ。
すでに新潮文庫の「小僧の神様・城の崎にて」を持っている人なら、このちくま版は「もう一段階踏み込んだ読み替え用」として手元に置くと楽しい。読み比べを通して、自分の中で志賀直哉像が少しずつ立体的になっていく。
6. 暗夜行路 前篇(岩波文庫)
長編『暗夜行路』に本気で向き合いたい人には、岩波文庫版という選択肢がある。新潮文庫版と内容が違うわけではないが、詳細な注釈や解説がつき、テキストをじっくり読み解きたい人にはありがたい構成になっている。
前篇では、主人公の幼少期から青年期にかけての成長と、家族の秘密を知ってしまうところまでが描かれる。物語としてはここが一番ドラマチックであり、同時に彼の人生の傷が刻まれる決定的な部分でもある。
岩波版の良さは、単に「難しい言葉にルビが振られている」というレベルではなく、当時の風俗や社会状況、地名などについての注を通じて、作品世界が生きた時代の空気ごと立ち上がってくるところだ。現代の読者にとって距離のある要素が、注釈を介して少し身近になる。
専門書のように構えて読む必要はなく、わからないところだけ軽く注を確認するくらいでいい。むしろ、ゆっくりとページを戻りながら読む体験そのものが、この作品と相性がいいように思う。
7. 小僧の神様・他十篇(岩波文庫)
同じ「小僧の神様」でも、新潮文庫版とは収録作が微妙に違う。こちらの岩波文庫版では、「赤西蠣太」など別の短編が加わり、作家の初期から中期にかけての表情がまた違った角度から見える編集になっている。
同じ作品でも、版が変わると紙の質や文字組み、解説のトーンが変わる。その違いを楽しめるようになってくると、読書の快楽は一段階深くなる。この岩波版は、まさにそうした「版の違いを味わう」ステップにふさわしい一冊だ。
「赤西蠣太」は、どこか不器用で、世間とうまく折り合えない人物を描いた作品だが、志賀の中にあるユーモアと冷徹さのバランスがよく出ている。読者としては、笑っていいのか、同情すべきなのか、少し戸惑う。その戸惑いこそが、この作家の魅力だとも言える。
すでに新潮文庫版の「小僧の神様・城の崎にて」を読んだ人が、次に手を伸ばす一冊としてちょうどいい。二つの版を並べて、本棚に「志賀直哉の短編コーナー」を作りたくなる。
8. 秋 百年文庫(ポプラ社)
ポプラ社の「百年文庫」シリーズの一冊。短いながらも深い余韻を残す「秋」を中心に、「流行感冒」など隠れた名作が収録されている。文庫のサイズや装丁も美しく、本棚に並べて持っておきたくなるシリーズだ。
「流行感冒」は、パンデミックを思わせる流行病が人々の生活を変えていくさまを、志賀らしい観察眼で捉えた作品だ。最近の出来事と重ねて読むと、妙なリアリティを感じてゾクッとする。
百年文庫シリーズは、一冊の分量が薄く、デザイン性も高いので、読書のモチベーションが落ちているときの「再起動ボタン」としても機能する。分厚い全集にはまだ手が伸びないけれど、作家の空気に触れておきたい、というときにちょうどいい。
9. 志賀直哉随筆集(岩波文庫)
小説の神様が「ものを書くこと」「生きること」についてどんなことを考えていたのか。そこに興味があるなら、この随筆集は必読だと思う。「奈良」をはじめとする紀行文や、日常の細部を綴った文章には、小説とはまた違う軽さと視野の広さがある。
志賀の文章は、ときに潔癖すぎると感じられることもあるが、随筆になるとその潔癖さがむしろ心地よい。街並みの描写や、寺社の空気、旅先の人とのやりとりを、さっぱりとした文で書き残していく。読んでいるうちに、自分もその土地を歩いているような気分になる。
小説に少し疲れたとき、枕元に置いておきたいタイプの本だ。数ページ読んで本を閉じるだけで、頭の中が少し整理されるような感覚がある。
10. 城の崎にて・小僧の神様(角川文庫)
新潮文庫版と並ぶ定番の一冊。角川文庫版の特徴は、文字が大きめでレイアウトが読みやすいこと。視力が気になる人や、長時間の読書がつらくなってきた世代には、とてもありがたい作りになっている。
収録作としては、タイトル通り「城の崎にて」と「小僧の神様」が軸になっているが、解説やカバーデザインの雰囲気が新潮版とはかなり違う。どちらを「正解」にする必要はなく、むしろ二つの版を読み比べて、自分が落ち着く方を選べばいい。
すでに他版で読んだことがある人にとっては、「読み直し用の一冊」としても優秀だ。人生のタイミングが変わると、同じ作品でも違って見える。その違いを確認するための器として、この角川版はちょうどいい。
11. 暗夜行路(角川文庫)
こちらも『暗夜行路』の角川文庫版。内容は当然同じだが、紙質や活字の印象、解説の切り口が違うだけで、読み心地はだいぶ変わる。自分の手にしっくりくる版を選びたい人には重要なポイントだ。
角川版の魅力は、カバーと造本の雰囲気がやや「大衆文庫寄り」であること。いい意味で構えずに手に取りやすく、カフェや電車の中でも開きやすい一冊になっている。
長編に取り組むとき、「読みやすさ」は馬鹿にできない。文字の大きさや行間の広さ一つで、読了までのハードルはぐっと変わる。新潮版か岩波版で挫折した人が、角川版であっさり通読できた、というケースも普通にありそうだ。
12. 白い線
志賀直哉の創作観や美意識に深く触れたい人に向いた一冊。ややマニアックな選択だが、その分だけ読後の充実感も大きい。
文章の書き方や、自作の成り立ち、他の作家への評価などがさりげなく出てくる随想を読んでいると、「小説の神様」もまた悩み、迷い、試行錯誤していたことがよくわかる。完璧に見える作品の裏側に、人間くさい逡巡がたっぷり詰まっているのだ。
創作をしている人が読むと、自分の原稿を開きたくなるような刺激を受けると思う。そうでなくても、言葉に敏感な読者なら、文章の一行一行から立ち上がる「書くことの喜びと苦さ」に共感するはずだ。
13. 創作余談
自作の成立過程や裏話を本人が語った、いわば「志賀直哉版・創作ノート」。文学作品を読むとき、「作者の意図」を詮索しすぎるのは野暮だと言われることもあるが、この本では作者自身がかなり踏み込んで語ってくれる。
どういうきっかけで物語を書き始めたのか、どの部分で苦労したのか、何を削り、何を残したのか。そうしたプロセスの断片を読むと、作品そのものを読み返したくなる。小説とこの本を行き来することで、立体的な読書体験が生まれる。
書き手志望の人にはもちろん、ただ「志賀直哉という人間」をもっと知りたい読み手にも向いている。完璧に見える作家像に、少しずつひびが入り、そのひびから人間的な温度が染み出してくるような一冊だ。
14. 新潮日本文学アルバム 志賀直哉(新潮社)
文章だけでなく、写真や資料で志賀直哉の生涯を辿りたい人にぴったりのビジュアルガイド。若い頃の肖像写真から、奈良に居を構えてからの穏やかな表情まで、時代を追った写真が並ぶ。
文章で読んでいるときには想像しにくかった生活の具体的な風景──書斎の様子や、家族との写真、当時の奈良の町並みなど──が視覚情報として入ってくると、作品世界の手触りも変わる。長編や短編を読み進める合間にこの本をめくると、「このときこういう顔をしていたのか」と妙に納得できる瞬間がある。
一気読みするタイプの本ではないが、書棚に一冊あると、何度でも開きたくなるアルバムだ。音声で文学を聴くのが好きな人なら、作品そのものは Audible で聴きながら、休憩にこのアルバムを眺める、という楽しみ方もできる。
15. 少年少女日本文学館 志賀直哉(講談社)
イラストや解説が豊富に入り、物語世界への入口を広く開けてくれるシリーズの一冊。硬いイメージのある文豪たちを、「ストーリーブック」として読みやすく再構成している。
志賀直哉の作品は、内容そのものは子どもにとってもわかりやすいものが多い。ただ、原文のままだと、漢字や言い回しでつまずきやすい。このシリーズでは、そのあたりをうまく補ってくれる。
親子で一緒に読むと、同じ物語を違う感性で受け取ることができる。読書のあと、「清兵衛ってどう思った?」といった会話が自然に生まれるのも、この本の良さだ。
関連グッズ・サービスで楽しみを広げる
志賀直哉の作品は、集中して読むとかなり心に響く。そのぶん、読み方や環境を少し整えると、体験がぐっと豊かになる。
- 電子書籍でまとめて読みたいなら、短編をいろいろ試し読みしやすい Kindle Unlimited を一度体験してみるといい。岩波版・新潮版と電子を組み合わせると、通勤と自宅で読む本を使い分けやすい。
- 耳で聞きながら味わいたい人は、朗読版が豊富な Audible も相性がいい。台所仕事をしながら「城の崎にて」を聴くと、静かな旅の風景がふっと立ち上がる。
- 読みながら感じたフレーズを書きとめるための小さなノートとペンを一つ決めておくのもおすすめだ。志賀の文は一文一文が短くて力があるので、書き写しているうちに、自然と自分の文章も整ってくる。
まとめ:志賀直哉と、静かな時間を取り戻す
志賀直哉の作品は、派手な事件やどんでん返しとはあまり縁がない。その代わり、仕事や家族、人間関係にくたびれた頭を、一度ゆっくり冷やしてくれるような力がある。短編を一つ読むだけで、自分の生活の細部の輪郭が少しだけはっきりする。
どこから読めばいいか、あらためてざっくり整理しておく。
- 気分で選ぶなら:『小僧の神様・城の崎にて(新潮文庫)』
- じっくり読みたいなら:『暗夜行路(新潮文庫)』『暗夜行路 前篇(岩波文庫)』
- 短時間で読みたいなら:『清兵衛と瓢箪・網走まで』『秋 百年文庫』
- 作家の人生ごと味わいたいなら:『志賀直哉随筆集』『新潮日本文学アルバム 志賀直哉』
どの本から入ってもかまわない。いまの自分の体温にいちばん近そうな一冊を選んで、静かな時間を確保してほしい。ページを閉じたあと、少しだけ世界の見え方が澄んでいたら、その読書はきっと成功だ。
FAQ(よくある質問)
Q1. 志賀直哉は難しいと聞いたけれど、本当に読める?
たしかに一部の長編や随筆は、当時の社会背景や地名がわかりにくく感じられることもある。ただ、文章そのものは驚くほど簡潔で、難しい漢字も多くない。まず『小僧の神様・城の崎にて』や『清兵衛と瓢箪・網走まで』といった短編中心の文庫から入れば、拍子抜けするくらいスッと読めるはずだ。どうしても不安なら、『文豪ナビ 志賀直哉』や『教科書で読む 志賀直哉』のようなガイド付きの一冊から始めると安心だと思う。
Q2. 長編『暗夜行路』を読むなら、どの版がいい?
「とにかく一度、物語を最後まで追いかけたい」という人には、新潮文庫版がいちばんバランスがいい。注や解説よりも読みやすさを重視したい人は角川文庫版、『一語一句を味わいながら読解したい』という人は岩波文庫版(前篇・後篇)を選ぶといい。もし時間と気力に余裕があるなら、新潮版で一度通読したあと、岩波版で部分的に読み直すと、作品の表情がぐっと豊かに見えてくる。
Q3. 子どもや中高生におすすめするならどの本?
中学生くらいなら、偕成社文庫の『小僧の神様』や、『少年少女日本文学館 志賀直哉』のような子ども向けシリーズが安心だ。語注やイラストがあるので、「古典を読まされている」感覚より、「物語を楽しんでいる」感覚が先に立つ。高校生以上なら、『教科書で読む 志賀直哉』で教科書テキストを読み直しつつ、『小僧の神様・城の崎にて』など一般の文庫にも少しずつ手を伸ばしていくといいと思う。大人が一緒に読んで感想を話し合えると、読書体験はさらに豊かになる。














