- 澤田瞳子とは?──時代を越えて“息づく声”を書きあてる作家
- 澤田瞳子おすすめ本 21選
- 1. 『星落ちて、なお (文春文庫)』
- 2. 『若冲』
- 3. 『火定 (PHP文芸文庫)』
- 4. 『孤鷹の天』
- 5. 『龍華記 (角川文庫)』
- 6. 『満つる月の如し 仏師・定朝 (徳間文庫)』
- 7. 『腐れ梅』
- 8. 『落花』
- 9. 『月人壮士 (中公文庫)』
- 10. 『能楽ものがたり 稚児桜』
- 11. 『輝山』
- 12. 『漆花ひとつ』
- 13. 『名残の花』
- 14. 『隠された帝』
- 15. 『恋ふらむ鳥は』
- 16. 『師走の扶持』
- 17. 『梧桐に眠る』
- 18. 『京都の歩き方―歴史小説家50の視点―(新潮選書)』
- 19. 『日輪の賦 (幻冬舎時代小説文庫)』
- 20. 『しらゆきの果て』
- 21. 『のち更に咲く』
- 【まとめ】澤田瞳子の作品世界をめぐる旅
- FAQ
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澤田瞳子とは?──時代を越えて“息づく声”を書きあてる作家
澤田瞳子という作家を読むと、歴史小説という枠がゆっくりほどけていく。 たとえば古代の疫病に怯える若者の息遣いが、いまの世界のどこかと響き合ってしまう瞬間がある。あるいは、忘れられた芸能の片隅で生き続けた名もなき者の手の温度が、自分の掌にも残るような気がする。
彼女は、京都市在住。佛教大学で文化財を学び、博士課程で古代史・文化史を専門的に掘り下げた研究者肌の書き手だ。作品には必ず、学術的裏付けのある時代考証がある。しかしそれ以上に、彼女の歴史小説が読者を離さない理由は、史料に残らない“情”の部分を掬い上げる感覚の鋭さにある。
奈良時代・平安時代・中世・近世と活動範囲は広いが、どの時代でも「周縁に立たされた者の視点」を動かさない。権勢の中心ではなく、名前の残らない官人、追いやられた芸能者、歴史の表には出てこない職人や女性たち。彼らの視線を通すことで、逆説的に“その時代の輪郭”がくっきりと浮かび上がる。
いま、日本の歴史小説でここまで重層的に「声なき者の声」を描ける作家は多くない。彼女の作品を読むことは過去を学ぶことでありながら、同時に、自分自身の立ち止まり方を学ぶことでもある。
澤田瞳子おすすめ本 21選
1. 『星落ちて、なお (文春文庫)』
幕末から明治という激動の時代に、画鬼・河鍋暁斎の娘として生まれた暁翠。その半生は、父の巨大な影に押しつぶされるようでいて、しかし確実に自分の道を刻みつけていく“光”に満ちている。読んでいるあいだ中、暁翠という女性の芯の強さに震える瞬間が何度もあった。
この作品のすごさは、芸術の才能を「血筋」や「天才の遺伝」だけで語らないところにある。父が天才なら娘も天才であれ──という重圧は、読む者に静かに迫ってくるが、暁翠はそれを正面から受け止めない。彼女は彼女自身の絵を探す。そこに胸を締めつけられた。
読者にとっての刺さりどころは、暁翠が描く葛藤だけではない。幕末から明治の絵師たちの“仕事の現場”が生々しいほどに書かれ、筆の重さ、墨の匂い、絵を売って暮らす現実までが立ち上がってくる。この生活感が澤田作品の魅力で、その時代の光と影が皮膚の裏側にまで染みるようだ。
読み終えたときの感触は静かな熱に近い。美術を描いた小説でありながら、生きるということ自体が芸術行為なのだと思わせる力を持つ。芸術家の伝記ものが苦手でも、この作品は“人の物語”として胸に残る。
2. 『若冲』
澤田瞳子のデビュー作にして、すでに完成されている。 伊藤若冲という天才は、史料の少なさゆえに“謎の絵師”として語られがちだ。しかし本作では、その謎の部分を都合よく美化せず、むしろ若冲の「偏り」「執着」「歪み」まで描き切る。その描写の鋭さに驚いた。
若冲が絵に向かう理由が「救い」ではなく「衝動」にある。だからこそ、あの異様なまでの生命力が絵に宿るのだと、読んでいて腹の底で得心がいった。
京都の商家に生まれた若冲の孤独や、同時代の絵師たちの空気も克明だ。芸術史を学んだ作者だから書ける“絵師の生活”の細部は、歴史小説でありながら生活小説のようなリアリティを帯びていた。
若冲を知っている人にも知らない人にも読んでほしい。天才の物語ではなく、人間の物語として染み込んでくるはずだ。
3. 『火定 (PHP文芸文庫)』
奈良時代、天然痘が広がっていく世界。のどの奥がざわつくような恐怖が、冒頭からずっと続く。それは“疫病の恐怖を描く物語”という表層を越え、生きることの残酷さと優しさが渦を巻いて押し寄せてくるからだ。
疫病に対して、当時の人々は何を頼りにしたのか──薬か、呪術か、祈りか。 この作品は答えをひとつに絞らない。曖昧さのまま、しかし確かに人が人を思う感情だけが残る。そこが澤田作品の強さでもある。
人物同士の関係が柔らかく、しかし無慈悲に変わっていくのを見ていると、歴史とは遠い時代の話ではなく“いまの世界”と地続きであると感じる瞬間がくる。疫病を題材にしながら、読者自身の記憶を刺激するような小説だ。
読後、深く息をつきたくなる。暗いのに、どこか救われる。そんな不思議な余韻を残す一冊だ。
4. 『孤鷹の天』
奈良時代の官僚世界は、いま読むと驚くほど現代的だ。派閥の対立、政治の駆け引き、個々の野心と不安。本作の主人公たちは、古代の衣をまといながら、どこか現代の職場にも通じる息苦しさを抱えている。
その息苦しさの中で、なお誠実に生きようとする姿が胸に刺さる。澤田瞳子は権力の中心を主役にしない。中心に近い“周辺”に立つ人間たちの視線を重ね、その揺らぎの中で時代そのものを描き出してしまう。
静かな場面でこそ光る小説で、言葉の隙間に漂う孤独感が美しい。大事件の派手さではなく、人の心の動きで読ませる重厚な歴史小説だ。
5. 『龍華記 (角川文庫)』
南北朝の僧兵という、一般的な歴史小説ではあまり描かれない世界が舞台になる。僧兵という言葉から連想する荒々しさとは裏腹に、彼らの心の奥底には「祈り」と「暴力」がずっとせり合っている。本作はその対立を丁寧に描く。
戦うしかなかった若者たちが、自分の存在理由を探し続ける姿は、どこか青春小説にも似ている。
戦乱の時代で“生きるとは何か”を問う物語であり、同時に“人は何を信じて生きられるのか”という問いが背景で脈打つ。読んでいて胸の奥が熱くなる瞬間が多い。
6. 『満つる月の如し 仏師・定朝 (徳間文庫)』
仏像彫刻に革命をもたらした天才・定朝の生涯。 「芸術家の物語」というより、「ひとりの職人が、何を背負いながら生きたのか」を描く作品だ。
読んでいると、木を削る音や、木屑が舞う気配がほとんど映像のように浮かぶ。澤田瞳子の筆致は、職人の“手”を描くのがうまい。技術の伝承、人の評価、弟子との関係──そうしたものが積み重なった静かな波のような物語だ。
歴史上の偉人を神格化しない。むしろ定朝の弱さや迷いを丁寧に出すことで、読者が彼の作品を“人間の造形物”として深く感じられるようになる。
7. 『腐れ梅』
菅原道真の死後、平安京には怨霊への恐怖が渦巻いていた。 本作は「怨霊もの」として読める一方で、人間の噂や恐れがどれほど強烈に社会を動かすかを描いた作品でもある。
読みながら、時代が変わっても“噂の力”は同じだと痛感した。誰かの言葉が火種になり、一気に空気が変わる。人々の不安が形を持ったときに、怨霊という存在が生まれる。
ミステリーとしても読める構造で、じわじわと恐怖が広がる。華やかな平安文学の裏側に、こんな闇があったのかという驚きがある。
8. 『落花』
応仁の乱前夜という、歴史の教科書では一行で済まされてしまう「不穏な空白」を、ここまで濃密に書き込んだ小説はそう多くない。 主人公は世阿弥の甥・音阿弥。能という芸能の世界に生きる者の視点から、室町の都がゆっくりと崩れていく気配を見つめていく。
澤田瞳子がうまいのは、戦乱そのものよりも「戦乱が始まる前の揺れ」を描くところだ。 人々は日々の仕事を続けながら、どこかで「このままでは済まない」と感じている。 その肌ざわりが、現代に生きるこちらの感覚とやけに重なってしまう瞬間がある。
能楽の場面は、舞台の構図や謡の響きまでが目と耳に迫ってくるようだ。 芸能はただの娯楽ではなく、権力の象徴でもあり、また人々の心をつなぐ祈りの場でもある。 音阿弥はその狭間で引き裂かれながら、それでも舞台に立つことを選ぶ。 読んでいて、何かを表現するとはどういう行為なのかをあらためて考えさせられた。
この本が刺さるのは、歴史好きだけではない。 自分の仕事が、社会の大きな流れの中でどんな意味を持つのか悩んだことのある人なら、音阿弥の視線が骨身にしみるはずだ。 読み終えたあと、タイトルの「落花」という言葉の、美しさと残酷さがじわじわ効いてくる。
9. 『月人壮士 (中公文庫)』
聖武天皇の時代、天然痘の流行と政争の渦中で生きる若者たちを描いた物語。 同じく疫病を扱う『火定』とつい並べて読みたくなるが、こちらはより若い視点、未熟さと衝動を抱えた登場人物たちの動きが中心になる。
彼らは歴史に名を残す大人物ではない。 しかし、彼らの選択と失敗と迷いの積み重ねが、確かに「時代」の一部を形づくっている。 そこを真正面から描き切ることで、大きな歴史叙事詩というより、ひとりひとりの青春小説の集合体のような読後感が生まれる。
政争の描写も、専門用語の羅列ではなく、人間関係の延長として理解できるように書かれている。 権力闘争に巻きこまれながら、それでも自分の小さな幸福を守りたいと願う人物たちの姿は、どこか身近で切ない。
「歴史は苦手だけど、若者の物語は好き」という読者にこそ勧めたい一冊だ。 奈良時代という遠い世界が、彼らの不器用さを通して一気に現在の距離まで近づいてくる。
10. 『能楽ものがたり 稚児桜』
「花月」「弱法師」など、能の名作演目を小説として立ち上げ直した作品集。 能というと、静かで難解な古典芸能というイメージが先に立ちがちだが、この本はその壁をやわらかく砕いてくれる。
一篇ごとに、演目に潜む“物語の核”がぐっと前に出てくる。 たとえば親と子の断絶であったり、報いようのない恋情であったり、己の罪との向き合い方であったり。 どれも、現代小説で描かれていてもおかしくない感情だ。
読んでいると、いつのまにか舞台の見取り図が頭に描かれてくる。 橋掛かりを渡る人物の足音、面の奥で動く視線、謡の余韻。 澤田瞳子の筆は、演目の解説書とはまったく違う方向から、能の世界へゆっくりと読者を誘っていく。
「能を観に行ってみたいけれど、何から入ればいいのかわからない」という人にとって、これは最良の入口のひとつになる。 一篇読み終えるごとに、元となった演目を舞台で観たくなる。そんな連鎖を生む、稀有な一冊だ。
11. 『輝山』
舞台は石見銀山。 世界遺産として名前を聞いたことはあっても、そこで生きた人々の息遣いまで想像できる人は多くないだろう。 この作品は、銀という富の源を掘り続けた人々の肉体と精神を、容赦なく、しかしどこか敬意を込めて描いている。
坑道の暗さ、湿り気、崩落の恐怖。 日々の仕事の危険と隣り合わせでありながら、そこで笑い、恋をし、家族を持つ人々がいる。 歴史の表にはまず出てこない「銀掘り」という存在が、ページをめくるごとに生身の人間として立ち上がってくる感覚がある。
読んでいて苦しくなる場面も少なくない。 しかしその苦しさを避けずに読み進めた先に、彼らが選んだささやかな誇りや、山そのものへの愛着が見えてくる。 きれいごとではない希望が、暗闇の向こうでかすかに光るような読後感だ。
「世界遺産の裏側にいる人たち」を知りたい人に強くすすめたい。 観光ガイドでは決して触れられない、山と人間の物語がここにある。
12. 『漆花ひとつ』
江戸時代、女性でありながら漆工として生きた長野横笛の物語。 「職人の世界に飛び込む女性」という設定は一見わかりやすいが、この作品はその枠をはるかに超えてくる。
横笛は、ただ「男社会に挑む強い女性」ではない。 自らの手で漆を塗り、研ぎ、模様を施す行為に取り憑かれた人間として描かれる。 読んでいると、漆の匂いと光沢、塗り重ねる時間の長さが、自分の指先にまでまとわりついてくるようだ。
周囲の視線は冷たく、理解者は少ない。 それでも横笛は、自分の「美しい」と感じる形を追い続ける。 その頑なさは時に身を削るが、同時に読者にとってはまぶしい。
仕事や創作にのめり込んだ経験のある人ほど、横笛の執着に胸がざわつくだろう。 女性の生き方小説としても、職人ものとしても、そして純粋な「美の追及の物語」としても読める、層の厚い一冊だ。
13. 『名残の花』
盲目の女旅芸人──瞽女(ごぜ)。 今の日本ではほとんど忘れられた存在だが、かつて彼女たちは村から村へと芸を売り歩き、人々の記憶を語り継ぐ“声の運び手”だった。 『名残の花』は、その苛烈な生をひとりの女性の人生に凝縮して描いていく。
瞽女は職能の誇りと同時に、社会の最下層的な扱いを受けることも多かった。 主人公が味わう屈辱や孤独は痛いほど生々しい。 しかしその一方で、彼女が語る物語は人を救い、時に魂を震わせ、村の記憶を結び直していく。 芸能とは何か。 声とは何か。 この二つの問いが、しずかな光をまといながら胸に残る。
読者にとっての読後感は、どこか祈りに似ている。 過酷な人生の中でも、彼女が誰かに向けて放つ言葉や唄は、確かに未来につながる“灯”のように思える瞬間がある。
舞台芸能の歴史に興味がある人だけでなく、「声を失いそうになった経験のある人」こそ深く刺さる一冊だ。 声があるかぎり、人は絶望しきれない──そんな強さがある。
14. 『隠された帝』
奈良時代、女帝・称徳天皇の崩御後の皇位継承。 歴史書ではわずかな記述しか残らない“空白の時間”に、濃密な人間ドラマを流し込んだ作品だ。
皇位をめぐる政治劇──と聞くと硬い話に思えるが、この小説の中心にいるのは、常に「個人の感情」だ。 誰が誰を信じ、誰に裏切られ、何を守ろうとしたのか。 その一点が積み重なり、結果として歴史的な大転換点へとつながっていく。
澤田瞳子は「巨大な歴史現象」を主語にしない。 歴史を動かすのは、名もなき焦り、愛、恐れ、迷い。 その視点の確かさが、作品全体を芯から揺るぎないものにしている。
読んでいる間、まるで薄暗い宮中の回廊を歩いているような気分になる。 密談の息遣い、誘うような沈黙、張り巡らされた視線。 政治の中枢がいかに孤独で、いかに脆いものかがよくわかる。
重厚な歴史ミステリーとしても読めるし、心理劇として読むこともできる。 歴史小説を“人物の物語”として楽しむ読者におすすめしたい。
15. 『恋ふらむ鳥は』
額田王の娘・十市皇女。 彼女の視点から語られるのは、古代最大の内乱「壬申の乱」。 学校で習ったはずの出来事が、ここでは肉声を伴って迫ってくる。
十市皇女は、誰かに操られる側でも、英雄的に運命を切り拓く側でもない。 ただ、自分の心と自分の願いを選び取ろうとするひとりの女性だ。 その弱さと強さが、読むほどに共鳴してくる。
壬申の乱の戦略や史実よりも、彼女が「誰を愛し、誰を恐れ、何を失ったのか」に焦点がある。 だから歴史が苦手でも読めるし、逆に史実を知っている読者は、これまでの認識が揺らぐ瞬間を味わえる。
澤田瞳子は、歴史を“誰かの感情”から紡げる作家だということを改めて実感できる一冊。 古代ロマンでありながら、ページを閉じたあと残るのは、ひとりの女性の生き方の余韻だ。
16. 『師走の扶持』
舞台は江戸。 貧しい武家の娘が、家族を支えるために働きに出るという、市井の小さな生活史を描いた物語だ。 派手さはないが、だからこそ胸に沁みる。
主人公は決して強いわけではない。 むしろ日々の生活に翻弄され、無力感に飲み込まれそうになりながら、自分の「できること」を必死に探す。 その姿には、現代を生きる私たちの感覚がそのまま映り込んでいるようだ。
澤田瞳子の作品には、豪華絢爛な歴史の裏にある人々の暮らしの息遣いが必ずある。 本作はその中でも特に“家族”に寄り添う一冊で、どの場面も切実だ。
読み終えたとき、小さな努力が積み重なる日々の尊さを静かに思い出す。 淡く、しかし力のある物語だ。
17. 『梧桐に眠る』
澤田瞳子の作品の中でも、特に“静けさ”の美を持つ一冊だと思う。 舞台は、過去の影に触れ続けることを宿命づけられた人々の、心の奥のひそやかな軋み。その軋みが、物語の進行とともに少しずつ、しかし確実に音を立てていく。
読んでいて印象的なのは、過去と現在の境界がぼんやりと融けていく感覚だ。 澤田作品ではときおり“時の層”が重なり、登場人物たちの息遣いが、歴史の深い闇や、時を経た痛みと混じり合うことがある。 本作はまさにその特徴が鮮明で、ページをめくるたびに、遠い誰かの記憶に手を触れてしまうようなざらつきが残る。
生者と死者のあわい、過去と現在のあわい、言葉にできない感情のあわい。 その“あわい”にずっと物語が留まり続けるからこそ、読後の余韻が長く尾を引く。
派手な展開を求める人には向かない。 けれど、静かに沈んでいくような物語を、胸の奥の深いところで受け止めたい読者にとっては、きわめて豊かな読書体験になる。
18. 『京都の歩き方―歴史小説家50の視点―(新潮選書)』
これはフィクションではない。 しかし、澤田瞳子という作家の“視点”をもっとも鮮やかに実感できる一冊でもある。
京都という街は、観光案内の視線ではとらえきれない。 歴史小説家の眼で見たとき、その街角には、古代の祈り、中世の血、近世の匂いが折り重なって立ち上がる。 本書は、そんな「時の層」を歩くためのガイドであり、同時に“京都の物語を読む方法”でもある。
五十の視点は、どれも短く、しかし濃い。 寺の石段ひとつ、道端の社ひとつに、千年の記憶が寄り添っていることを教えてくれる。 そしてその視線が、彼女の小説の世界をいかに形づくっているかが、はっきりわかる。
京都を歩いたことのある人なら、読後にきっともう一度歩きたくなる。 まだ訪れたことがない人には、この本が先に“精神の地図”を作ってくれる。
作品世界の裏側をのぞきたい澤田ファンには必読の一冊だ。
19. 『日輪の賦 (幻冬舎時代小説文庫)』
古代の空気が色濃く漂う作品。 太陽──日輪──という象徴を軸に、人々の祈り、畏れ、欲望が複雑に絡み合っていく。 澤田作品は宗教・信仰の取り扱いが上手いが、本作ではその深みがより柔らかく、しかし力強く描かれている。
古代の祭祀や儀礼についての描写は、研究者の視点と小説家の感性が見事に噛み合っており、形式ではなく“人間が何を願ったのか”が中心にある。 そのため、歴史背景を知らずとも、心の底にある普遍的な祈りが自然と伝わってくる。
登場人物たちは運命に抗おうとしながら、どうにもならない力に揺れ続ける。 その揺れを丁寧に追う語り口が、物語に独特の緊張感を生んでいる。
読後、胸の奥に静かな光がともるような作品。 古代ものが好きな人はもちろん、澤田瞳子の“神話的な側面”を味わいたい読者にぜひすすめたい。
20. 『しらゆきの果て』
雪の白さは、いつも澄んでいるわけではない。 澤田瞳子の描く「白」は、冷たさも、痛みも、赦しもすべて含んだ“多層の白”だ。 本作は、その白の中に埋もれていく人間たちの感情を、ゆっくりと掘り起こしていく物語。
雪の降り積もる情景と、登場人物たちの内面が美しく重ね合わされている。 失ったもの、抱え続ける罪、言えない孤独……そういったものを抱えた人間の姿が、雪の静寂の中で浮かび上がってくる。
“過去は消えない”という現実を突きつけながら、それでも前に進む道を探す物語でもある。 読んでいると、寒さの中でふっと温度が上がる瞬間があり、そのわずかな温もりが忘れがたい。
季節の匂いや風景とともに読むと、さらに深い読後感が広がる一冊だ。
21. 『のち更に咲く』
タイトル通り、“咲く”ことについての物語だと思う。 しかしそれは華やかな開花ではなく、むしろ遅れて咲く、あるいは傷ついた後に咲く、そのような静かな力を指している。
登場人物たちは皆、どこかに欠けを抱え、迷いを抱え、過去に足を引かれながらも、少しずつ前に歩く。 その歩みは慎重で、転ぶこともある。 けれど、澤田作品特有の「人が人の影にならずに済む道筋」が、柔らかく照らし出されていく。
人間関係の距離感が丁寧で、誰かが誰かを救うのではなく、互いが“寄り添い方”を学んでいく。 この描き方が非常に澤田瞳子的で、読んでいて胸がじんわりと温かくなる。
人生が思い通りにいかない時期に読むと、タイトルの一言がまっすぐ胸に落ちてくる。 「まだ咲いていい」と背中を押してくれるような物語だ。
【まとめ】澤田瞳子の作品世界をめぐる旅
全20冊を通して感じるのは、澤田瞳子という作家が「歴史に名を残さなかった人々の物語」に強く光を当て続けていることだ。
古代の宮中、奈良時代の疫病、能の世界、銀山、職人、旅芸人、武家の娘── どの物語にも「名もなき者の声」が響き続ける。
作品を読み進めるごとに、歴史というものが“教科書の記述”ではなく、“誰かの生の集積”であることに気づかされる。 そして、自分がいま立っている日常もまた、未来から見れば歴史になるのだという感覚が残る。
どれから読めばいいか迷う人のために、気分別のおすすめを置いておく。
- 人物の内面の熱を味わいたいなら:『星落ちて、なお』
- 芸術家の孤独を知りたいなら:『若冲』
- 古代の緊張と息遣いを感じたいなら:『火定』『月人壮士』
- 職人の生を深く味わいたいなら:『漆花ひとつ』『満つる月の如し』
- 芸能の闇を覗きたいなら:『落花』『名残の花』
- 歴史の裏の“日々”を知りたいなら:『師走の扶持』
どの作品にも静かな熱があり、読後に「自分の生き方を少しだけ正したくなる」余韻が宿る。 その感覚自体が、澤田瞳子の小説が持つ力なのだと思う。
FAQ
Q1. 澤田瞳子の小説は難しくない?歴史に詳しくなくても読める?
意外かもしれないが、「歴史知識ゼロ」で読める作品が多い。 彼女の小説は、年号や制度ではなく「人間の感情」を軸に物語が動くため、人物の気持ちが理解できれば自然と読める。 むしろ、知識より“登場人物の息遣い”を追うほうが楽しめる。
Q2. どの作品から入るのがおすすめ?
読みやすさで選ぶなら『星落ちて、なお』、 芸術への情熱で選ぶなら『若冲』、 静かで深い味わいを求めるなら『師走の扶持』が入り口として最適。 逆に『隠された帝』『恋ふらむ鳥は』は少し重厚なので、慣れてきた頃に読むと味わいが深くなる。
Q3. 歴史小説が苦手でも面白い?
むしろ歴史が苦手な人にこそ向いている。 澤田作品の中心にあるのは「何を失い、何を守ろうとしたか」という普遍的な感情で、そこに時代の空気が重なるだけ。 難解な制度説明ではなく、物語として楽しめる構造になっている。
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