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【麻見和史おすすめ本21選】シリーズの読む順番が見える警察ミステリー小説【代表作〈警視庁殺人分析班〉〈警視庁文書捜査官〉】

麻見和史の魅力は、凄惨な事件を「過剰に盛る」より先に、捜査の足音と書類の紙の匂いで現場を立ち上げるところにある。シリーズが多くて迷いやすい作家でもあるので、ここでは作品一覧を読む順の目安つきで整理し、入口から深部まで届く20冊をまとめた。

 

 

麻見和史とは

麻見和史は、警察小説のスピード感と、本格ミステリーの組み上げを同じ鍋で煮込める書き手だ。追いかけるのは犯人だけではない。組織の癖、捜査の限界、現場の気温、そして「人が黙るときに何が残るか」までを、事件の骨格にしていく。

とりわけ強いのは、チームで捜す感覚だ。分析班、文書捜査官、公安、凍結事案と部署が変わっても、ひとりの天才がすべてを片づけるより、複数の視線が噛み合う瞬間を見せる。だから読後に残るのは、派手な解決よりも「捜査の手触り」になる。

読む順の目安

迷ったら、まずは「警視庁殺人分析班」を入口にするのが分かりやすい。次に「警視庁文書捜査官」で“文字”という別の証拠を味わい、「警視庁公安分析班」で空気の冷え方が変わるのを確かめる。最後に「凍結事案捜査班」で時間そのものを相手にする捜査へ進むと、麻見和史の幅が一気につながる。

以下の並びは「読みやすさ優先」の整理だ。刊行順や細かな位置づけは版や企画で揺れることもあるので、まずはこの順で体温を合わせていけば十分に楽しめる。

警視庁殺人分析班(講談社文庫)

1. 石の繭 警視庁殺人分析班 (講談社文庫)

シリーズの起点として強いのは、事件の異様さより、現場が立ち上がる速度だ。明るい蛍光灯の下で、鑑識の声、無線の短い報告、段取りの指示が重なり、世界が仕事の形に整っていく。

如月塔子の視線は、感情に飲まれない。飲まれないからこそ、死体が「記号」にならず、むしろ人間として迫る。現場で拾われる細部が、被害者の生活の輪郭を逆に照らしてしまう。

捜査の怖さも丁寧だ。手がかりはいつも足りず、関係者は都合よく語らず、組織の判断は冷たい。正しい順序で動いても、間に合わないかもしれないという焦りが、ページの底に沈む。

この巻の読みどころは、分析班というチームの呼吸が、最初から物語の推進力になるところだ。誰かの推測が、別の誰かの裏取りで固まり、また別の誰かの違和感で崩れる。その往復が、推理の快感になる。

読書体験としては、夜更けに硬い廊下を歩く感覚に近い。足音がやけに響き、扉の向こうの気配だけが濃くなる。怖いのに、立ち止まれない。

刺さるのは、派手なトリックより、積み上げの末にたどり着く真相の重さを求める人だ。読み終えた後、街の静けさが少し変わって感じられる。

2. 蟻の階段 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

手がかりが一気に噴き出すのではなく、断片が少しずつ積もり、いつのまにか形になる。シリーズに慣れていない読者でも、捜査会議の机の端に座っている気分で追えるのがこの巻の強さだ。

タイトルの「蟻」は、事件の巨大さより、反復の仕事を示す。聞き込み、照合、再確認、微妙な違いの拾い直し。地味な作業が、階段として上へ伸びていく。焦れば踏み外すし、慎重すぎれば間に合わない。

塔子の冷静さは、勝利の冷たさではない。現場がどれだけ荒れても、余計な言葉を足さず、必要なものだけを残す。だから、関係者の嘘や恐怖が、余白からにじむ。

読みどころは、事件の核心に近づくほど、むしろ「人間の小ささ」が増すところだ。凶悪さは特別な怪物のものではなく、生活の狭さからも生まれる。そこが後味を苦くする。

読むと、階段や段差が妙に目につく。人が無意識に選ぶ動線が、事件の痕跡にもなると気づかされるからだ。

緊張の種類としては、派手な追跡より、じわじわ詰める捜査が好きな人に向く。読み終えたときの「危なかった」という感覚が、現場型の警察小説の醍醐味になる。

3. 虚空の糸 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

この巻の不穏さは、証拠が足りないこと自体が恐怖になる点にある。現場はある。だが、つながるはずの線が見えない。誰かが糸を張っているのに、空中で切れているような気持ち悪さが残る。

麻見和史は、空白をドラマで埋めない。捜査は淡々と進み、淡々としているぶん、異様さが立つ。小さな矛盾が消えないまま積み上がり、読者の胸に砂がたまっていく。

塔子の強みは、分からなさの正体を言語化するところだ。「何が欠けているのか」「何が不自然なのか」を整理し、チームの視線を揃える。推理は閃きではなく、視界のピント合わせになる。

読みどころは、関係者の言葉の揺れだ。真実を隠す嘘だけではなく、守りたいものがあるゆえの沈黙や、記憶の曖昧さも混ざる。その混濁が、事件の輪郭をさらに歪める。

読書体験としては、霧の中で地図を読む感覚に近い。進めるのに、見えない。見えないのに、進むしかない。

派手な一撃より、「分からない」を積み上げていく警察小説が好きな人に刺さる。読み終えた後、部屋の静けさが少し怖くなる。

4. 聖者の凶数 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

善意や正義が、最初から正しい顔をして現れるとは限らない。この巻は、タイトルが示す通り、清潔そうな言葉が事件の周辺で歪み、凶器のように働く気配が濃い。

分析班ものの読みどころは、途中の判断にある。何を急ぎ、何を待つか。誰の言葉を信じ、どこで疑うか。その選択が、後から振り返ると事件の骨組みそのものになっている。

塔子は、情に流されず、しかし情を捨てもしない。だから、関係者の「正しさ」が揺らいだときの冷え方が鋭い。優しい言葉が、いちばん危ない局面がある。

この巻は、チームの会話が刺さる。誰かの結論にすぐ乗らず、違和感を残して次の確認へ向かう。現場を守るための慎重さが、推理の筋になる。

読後に残るのは、爽快感より、喉の奥の乾きだ。正しい言葉を使うことが、必ずしも正しい結果を連れてこない。

事件のからくりより、人間の倫理の揺れを読みたい人に合う。読み終えてから数日、会話の中の「正しさ」が少し気になる。

5. 女神の骨格 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

骨格という言葉が似合うのは、事件の表面より、構造のほうが先に見えてくるからだ。捜査の断片が、うまく噛み合っていく。その噛み合い方が美しいぶん、見えてくるものが残酷になる。

この巻は、現場の空気が濃い。古い匂い、乾いた埃、音の響き。そうした感覚的なものが、証拠の一部として働く。読者は場面を「見る」より先に「吸い込む」ことになる。

塔子の推理は、派手な断定ではなく、可能性の整理だ。あり得る筋を並べ、あり得ないものを丁寧に外す。その手順が、事件の骨をむき出しにする。

読みどころは、関係者の思い込みが、どれほど強い檻になるかという点だ。誰かの信念が、誰かの救いになり、同時に誰かの破滅にもなる。そこが後味を硬くする。

読書体験としては、暗い展示室で骨格標本を見上げる感覚に近い。静かで、目が離せないのに、長く見ていると気分が冷える。

完成度の高い組み立てを読みたい人に刺さる。読み終えた後、事件の骨組みだけが、頭の中に立ち続ける。

6. 蝶の力学 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

蝶は軽い。軽いから、気づかれにくい。この巻は、小さな揺れが連鎖して、思いもよらない結果を呼ぶ怖さが中心にある。原因と結果の距離が長いほど、捜査は遅れ、その遅れがさらに事件を増幅させる。

分析班の面白さは、数字や傾向の話が、そのまま生活の話に変わるところだ。パターンの背後に、癖や習慣、孤独や見栄が透けて見える。そこを見落とさない筆がある。

塔子たちの仕事は、派手な推理ではなく、見えない風向きを読むことになる。関係者の言葉の揺れ、選ぶ表現、わざとらしい沈黙。そうした軽い違和感が、後半で重さに変わる。

読んでいて怖いのは、「運の悪さ」に見える出来事が、実は仕組みとして起きていると気づく瞬間だ。偶然では済まない、という感覚が胸に残る。

読後、日常の小さな選択が少し怖く見える。自分が羽ばたかせた何かが、知らないところで誰かに届いているかもしれない。

連鎖の設計が好きな人、静かに効く警察小説を求める人に向く一冊だ。

7. 魔弾の標的 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

“標的”という言葉が強い。狙われる側の恐怖と、狙う側の執着が同時に匂うからだ。この巻は、事件の衝撃だけでなく、「なぜその人物なのか」という選別の論理がじわじわ怖い。

捜査は後追いになる。後追いの苦しさは、正しく動いても、取り返しがつかない瞬間があることだ。塔子たちは、焦りを抑えながら、選別の理由を絞り込んでいく。

麻見和史の筆は、犯人を怪物にしない。怪物にしないから怖い。標的の周辺には生活があり、偶然があり、誤解があり、その全てが「狙われやすさ」を作ってしまう。

読みどころは、関係者の距離感だ。近すぎる人の言葉は信用しにくく、遠すぎる人の言葉は届きにくい。その間を捜査が歩く。足元が常にぐらつく。

読書体験としては、窓の外の足音を数える夜に近い。気配があるのに、姿が見えない。見えないから、想像だけが膨らむ。

読み終えた後もしばらく落ち着かないタイプの一冊だ。安全という言葉が、少し薄く感じられる。

8. 鷹の砦 警視庁殺人分析班(講談社文庫)

砦という語が示すのは、防御の硬さと、内側の閉塞だ。この巻は、閉じた状況の圧が濃い。外から眺めているだけでは崩れない壁に、どう手をかけるかという問題が、捜査そのものになる。

現場が動くほど、情報は歪む。噂は増え、推測は早まり、誰かの焦りが判断を引っ張る。塔子たちがやるのは、そうした歪みを一度冷ますことだ。冷ますことで、事実だけを残す。

「鷹」の視点は高い。高いから全体を見渡せるが、高いほど現場の痛みは見えにくい。その矛盾を抱えたまま、捜査が進むのが苦い。

読みどころは、手続きの細かさが、そのまま緊張になるところだ。段取りは安全のためにある。だが段取りがあるから、時間がかかる。時間がかかるほど、状況は悪くなる。

読後に残るのは、派手な勝利ではなく、扉が一枚だけ開いた感覚だ。事件は終わっても、閉塞が完全に解けない。

現場型のサスペンスと、警察小説の実務感が両方好きな人に向く。

警視庁文書捜査官(角川文庫)

9. 緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソード・ゼロ(角川文庫)

このシリーズの主役は銃声ではなく、紙の擦れる音だ。現場に残るメモ、印字、走り書き。人は口で嘘をつくが、文字でも嘘をつく。その嘘の形を読むのが、文書捜査官の仕事になる。

エピソード・ゼロは、能力の披露より、「仕事としての読み」が立ち上がるのがいい。何が読めて、何が読めないのか。推理の前に、読み取りの手順が整備されていく。

文字は、書いた人の癖を隠せない。言葉選び、行間、記号の置き方。些細な差が、人物像の骨組みになる。読者も自然に、文章の端を指でなぞるようになる。

この巻の面白さは、証拠が小さいぶん、世界が近いことだ。誰の机にもある紙片が、事件の扉になる。身近さが怖さにもつながる。

読書体験としては、夜のデスクライトの下で古い手紙を読む感覚に近い。静かなのに、喉が渇く。

推理の快感を「読めた」に寄せたい人に合う。シリーズの入口としても滑らかだ。

10. 追憶の彼女 警視庁文書捜査官(角川文庫)

この巻は、事件の進行と同じくらい、過去の時間が重い。文書や記録は、忘れたはずのものを容赦なく呼び戻す。追憶とは優しい言葉だが、実際に戻ってくるのは痛みのほうが多い。

文書捜査官シリーズの良さは、証拠が「声」ではなく「痕跡」として残る点にある。口は整えられる。だが紙は、整えた形そのものを証拠として残す。そこに逃げ道がない。

主人公たちの仕事は、文章を読むだけでは終わらない。読んだ結果、誰かの人生が動く。動かしてしまう責任を、淡々と背負う。その淡々さが、このシリーズの冷たさであり、誠実さでもある。

読みどころは、記録の中の沈黙だ。書かれていない部分、避けられた言葉、薄い説明。そこに恐怖や保身が見える。

読後、古い写真やメモの扱いが少し変わる。残すことは、いつか自分を刺すかもしれないと知るからだ。

人物の感情を湿らせすぎず、紙の乾いた質感で読ませる。麻見和史らしい苦さがある。

11. 最後の告発 警視庁文書捜査官(角川文庫)

告発は、正義の言葉にも、復讐の言葉にもなる。この巻は、同じ文章が、読む側の立場で刃にも盾にもなる怖さを見せる。誰が誰を告発しているのかが揺れ続ける。

文書捜査官ものの快感は、「犯人が分かった」より「意味が分かった」に寄る。文章の筋が通った瞬間、文字列が感情の形を取り戻し、人物像が立ち上がる。その瞬間が気持ちいい。

ただ、気持ちよさの後に必ず苦さが来る。告発は、誰かの生活を確実に変える行為だからだ。正しさの代償が、具体的に描かれる。

読みどころは、言葉の“向き”だ。どの方向へ刺すために書かれたのか。逆向きに読めてしまう言葉は、危険でもある。

読書体験としては、封筒の糊を剥がす感覚に近い。開けたら戻せないのに、開けずにはいられない。

言葉の倫理に興味がある人ほど刺さる。読み終えると、軽い告発というものが存在しないと分かる。

12. 銀翼の死角 警視庁文書捜査官(角川文庫)

死角は、見えているのに見落とす場所だ。文書捜査は、まさに死角を扱う仕事になる。文章の癖、記号の置き方、言葉の選び方。普段なら気にしない部分に、事件の輪郭が隠れている。

この巻の怖さは、読者も同じように見落とす側だと気づかされる点にある。手掛かりは目の前にあるのに、思い込みが視線を滑らせる。その人間の癖が、捜査の難しさになる。

文書は無機質に見えて、実は感情の器だ。丁寧に書かれた文章ほど、隠したいものが透けることがある。その逆もある。読み手は、文章の温度差を頼りにする。

読みどころは、班の連携が「読み」に特化していくところだ。現場の刑事が持ち帰る紙片が、解読班の視線で別の意味を持ち始める。証拠が変身する瞬間がある。

読後、メールやメモの書き方が少し気になり始めたら、それは作品の勝ちだ。文字は自分を語りすぎる。

静かなミステリーが好きで、読み落としの恐怖に弱い人ほど、長く引きずる一冊になる。

13. 琥珀の闇 警視庁文書捜査官(角川文庫)

琥珀は、閉じ込めて保存するものだ。闇もまた、保存される。この巻は、過去の一瞬が固まって残り続ける怖さが濃い。文書が残るという事実が、救いではなく呪いにもなる。

麻見和史の怖さは、闇を神秘にしないところにある。闇は生活のすぐ隣にあり、仕事帰りの交差点や、普通の部屋の引き出しにも隠れている。その近さが背筋を冷やす。

文書捜査官の読みは、温度が低い。低いから正確だが、低いから傷つく。人の秘密を剥がす作業には、必ず返り血がある。それを淡々と描く。

読みどころは、沈黙の厚みだ。話さない人、話せない人、話してはいけない人。その違いが、紙の上で露わになる。

読書体験としては、固い飴を口の中で割る感覚に近い。甘さより先に、歯に響く硬さが来る。

派手さはないのに、読後の余韻が重い。忘れにくい一冊になる。

14. 影の斜塔 警視庁文書捜査官(角川文庫)

影が伸びると、形が変わって見える。斜塔もまた、まっすぐ立っていないからこそ異様だ。この巻は、事実そのものより、事実の見え方が揺れる怖さが中心にある。

文書捜査官の仕事は、読み替えの連続だ。言葉は同じでも、前提が変われば意味が変わる。だから推理は「当てる」より、「整える」作業になる。揺れた視界を直し、輪郭を戻す。

読みどころは、読者の確信が何度も崩れるところだ。ここまで見えたと思った瞬間に、別の解釈が入り込み、世界が少し傾く。その傾きが快感にも恐怖にもなる。

人物の心理も、言葉の端に乗ってくる。誰が何を言ったかより、どう言ったか。そこに関係性の歪みが見える。

読書体験としては、傾いた階段を降りる感覚に近い。足は前に出るのに、重心が落ち着かない。

文章を扱うミステリーの醍醐味が濃い。読み終えた後も、言葉の陰影だけが残る。

15. 茨の墓標 警視庁文書捜査官(角川文庫)

墓標は終わりの印だが、茨が絡むと終われない。痛みが残る。この巻は、事件の終わり方が主題として効いてくる。解決した瞬間に救いが訪れるとは限らない。

文書が残すのは証拠だけではない。恨みや後悔も残す。だから、正しく読むことには責任がある。主人公の仕事は、解読した結果を引き受けることでもある。

麻見和史の警察小説は、温情でごまかさない。優しさがあるとすれば、傷を「なかったこと」にしないところだ。茨は抜けない。だが、どこに刺さっているかは分かるようになる。

読みどころは、関係者の視線の痛さだ。誰かの言い訳が、誰かの絶望を増やす。その連鎖が、紙の上で立体になる。

読書体験としては、指先に小さな棘が残る感じに近い。大げさではないのに、ずっと気になる。

読後に傷が残る警察小説が好きな人に向く。静かな余韻が長い。

警視庁公安分析班(講談社文庫)

16. 邪神の天秤 警視庁公安分析班(講談社文庫)

公安ものになると、世界の空気が変わる。事件だけを追うのではなく、情報、政治、立場、そして「言えないこと」が一気に増える。その増え方が、読者の呼吸も浅くする。

捜査がどこかで「線」を引く感覚が強い。線の内側は見えるが、外側は見えない。見えないものが、むしろ大事かもしれない。その不安定さが、サスペンスの芯になる。

主人公の筋読みは、正しさだけでは通らない。通らないから工夫する。工夫するほど、別の誰かの都合に組み込まれかねない。ここが警察小説の冷たさとして効く。

読みどころは、会話の温度差だ。曖昧な言い方、断定を避ける言葉、沈黙の間。そうした技術が、事件の進行と同じくらい重要になる。

読書体験としては、冷房の効いた会議室に長くいる感じに近い。身体は冷え、頭だけが回り続ける。

スッキリした解決より、社会の冷気を含んだ警察小説が読みたい人に向く。

17. 偽神の審判 警視庁公安分析班(講談社文庫)

“偽神”は権威の仮面を思わせる。審判は裁く行為だ。この巻は、裁きに似た選別が、どこまで正当化できるのかをじわじわ問う。公安の論理は、正義より運用に寄ることがある。

怖いのは、理屈が通っているのに、納得してはいけない気がする瞬間だ。筋が通るほど、人は安心してしまう。安心した瞬間に、視界が狭くなる。その危うさが物語に張りつく。

主人公は、矛盾の中で自分を保とうとする。保とうとするほど、折れそうになる。その折れかけが、人物を生々しくする。英雄ではなく、仕事の人間として描かれる。

読みどころは、正しい言葉が何度も裏切るところだ。言葉は正しく、手続きも正しく、なのに結果が嫌な方へ傾く。その現実味が刺さる。

読後、ニュースの見え方が少し変わる。表に出る情報だけが世界ではない、という当たり前が重くなる。

重い題材に耐えられる日、頭を冷やして読みたい一冊だ。読み終わった後に少し歩きたくなる。

凍結事案捜査班(文春文庫)

18. 凍結事案捜査班 時の呪縛(文春文庫)

“凍結”は冷たさではなく、時間の停止だ。このシリーズは、未解決事件を扱う部署が、過去の時間と向き合う物語になる。動かなかったはずの出来事が、少しずつ溶けて動き出す。

再捜査の厄介さは、証拠が減っていくことだけではない。関係者の人生が進み、記憶が変質し、語りが自己防衛の形になる。真実に近づくほど、人の生活を壊してしまうかもしれない。

主人公の視線は、事件にだけ向かない。自分の喪失や疲労も一緒に抱えている。その抱え方が、凍結事案ものの温度を作る。熱い復讐ではなく、冷えた執念だ。

読みどころは、古い資料の匂いだ。紙の束、薄いコピー、赤鉛筆の痕。そういう物が、時間の重さとして立ち上がる。事件が物語ではなく「残り物」になって迫る。

読後、過去が終わるとはどういうことか、少し考えてしまう。呪縛は事件にだけかかっていない。

派手な推理より、時間を掘る警察小説を求める人に合う。静かに効く。

19. 凍結事案捜査班 時の残像(文春文庫)

残像は、目を閉じても消えない。事件が解決しても、被害者の時間は戻らない。捜査員の心も元に戻らない。この巻は、その戻らなさが、捜査の重さとして積み上がっていく。

凍結事案の面白さは、真相の奇抜さより、解決までの摩擦にある。関係者が年を取り、証言が曖昧になり、資料の欠落が見つかる。それでも捜査は進む。その進み方が、静かな執念になる。

この巻は、関係者の沈黙の種類が多い。忘れた沈黙、忘れたふりの沈黙、思い出したくない沈黙。再捜査は、その沈黙に触れる仕事でもある。

読みどころは、時間がもたらす優しさと残酷さが同居するところだ。年月は痛みを薄めるが、同時に証拠も薄める。薄まった中で、何を信じるかが問われる。

読後、今日という日の軽さが少し変わる。残像は、現実の時間にも貼りつく。

事件の解決より、時間の回復や和解の感触を読みたい人に向く。

別シリーズ

20. 沈黙する女たち(幻冬舎文庫)

警視庁シリーズとは違う角度で、麻見和史の“冷え”が濃く出る一冊だ。題材の強さが先に来るが、怖いのは刺激ではなく、沈黙が増殖する構造のほうになる。

声を上げられない被害者、沈黙を利用する側、沈黙を見て見ぬふりする周囲。事件が進むほど、「黙る理由」が重なっていく。誰か一人の悪意では片づかない。

読んでいて胸がざわつくのは、遠い闇ではなく、日常の延長にある闇が描かれるからだ。匿名性、距離、好奇心。そういうものが、人を簡単に残酷にする。

この本は、読みやすい快感より、後ろめたさの余韻が残る。解決しても、世界がすっきりしない。それでも、目を逸らさないことが読書になるタイプだ。

読むなら、気分が落ちている日に無理しない方がいい。体力のある日に、静かな時間を確保して向き合いたい。

忘れにくい。読み終えた後、ネットの空気や噂話の軽さが、少し違って見える。

デビュー作の切れ味を確かめたい人へ

21.ヴェサリウスの柩(創元推理文庫)

解剖実習という閉じた場所の硬さが、そのまま密室の圧になる。清潔であるはずの空間に、不穏な気配が混じるときの気持ち悪さが、導入から強い。

医療の現場は、専門性と序列で守られている。守られているから、外から見えない。見えないから、疑いが循環する。真相へ向かう道が、まっすぐではなく、内部の空気に絡め取られていく。

この作品の魅力は、証拠の扱いが鋭い点だ。小さな異物が、組織の歪みや人間関係の綻びを引きずり出す。推理の快感が「暴く」より「剥がす」に近い。

警視庁シリーズの実務感が好きなら、別角度の同じ手つきが味わえる。現場は違っても、人が黙る仕組みと、責任の押し付け合いが立ち上がるところは一貫している。

読後に残るのは、正義の熱ではなく、冷たい納得だ。世界の汚れ方が、意外と合理的だと分かってしまう。

シリーズものの入口ではなく、麻見和史の核を確かめる一本として強い。少し背筋が冷える読書が欲しい夜に合う。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

電子書籍でシリーズをまとめて追うと、登場人物や部署の空気の変化が追いやすい。気になる巻をつまみ読みして、合うシリーズを見つける使い方もできる。

Kindle Unlimited

通勤や家事の時間に“捜査の手触り”だけを耳に流すと、事件の緊張が意外と日常に馴染む。警察小説は会話と状況整理が多いので、音声でも理解が追いつきやすい。

Audible

まとめ

麻見和史は、同じ“ミステリー”でも、部署が変わるたびに証拠の触り方が変わる作家だ。分析班では現場と統計が噛み合い、文書捜査官では文字が人を裏切り、公安では正しさが歪み、凍結事案では時間が敵になる。

  • シリーズを一本太く楽しみたいなら「石の繭」から「警視庁殺人分析班」へ
  • 推理の入口を“文字”に寄せたいなら「緋色のシグナル」から「警視庁文書捜査官」へ
  • 読後に重さが残る社会の冷気が欲しいなら「警視庁公安分析班」や「沈黙する女たち」へ
  • 過去の時間と向き合う物語が好きなら「凍結事案捜査班」へ

最初の一冊を読み終えたら、同じ作家なのに“空気が違う”シリーズへ一歩だけ踏み出すと、麻見和史の作品世界がきれいにつながる。

FAQ

Q1. どれから読むと失敗しにくいか

迷ったら「石の繭」から入るのが一番分かりやすい。捜査の基本形とチームの動きが見えるので、以後の巻で事件の毛色が変わっても置いていかれにくい。次に「蝶の力学」あたりでシリーズの手触りが掴めたら、文書捜査官へ移ると気分転換にもなる。

Q2. シリーズをまたいで読んでも大丈夫か

大丈夫だ。麻見和史は一冊ごとの事件をきちんと完結させるので、途中巻から入っても読める。ただ、登場人物の関係や部署の空気は積み重ねが効く。できれば各シリーズの“入口”だけは押さえてから散歩すると、読後の満足度が上がる。

Q3. 重い題材が苦手でも読めるか

警視庁シリーズは、題材が重くても描写が過剰になりにくく、捜査の手続きがクッションになる。一方で「沈黙する女たち」は題材そのものがきついので、気分の良いときに無理して読む必要はない。自分の体調に合わせて、まずは分析班や文書捜査官から距離感を掴むといい。

関連リンク(人物系)

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柚月裕子おすすめ本:捜査と生活がぶつかる現場の小説

横山秀夫おすすめ本:警察組織の沈黙と責任を読む

今野敏おすすめ本:現場の理と情で読む警察小説

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