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【谷村志穂おすすめ本14選】『結婚しないかもしれない症候群』『海猫』から余命と北海道の物語までたどる読書案内【恋といのちの作家】

恋愛、小さないのち、そして北海道の風景。谷村志穂の本を読むと、自分の人生のどこか片隅にしまっていた感情が、じんわりと溶けだしてくる。結婚や仕事、病や家族のことを、もう一度落ち着いて考え直したくなっているなら、きっと今が谷村作品を開くタイミングだ。

本記事ではデビュー作から医療小説、紀行エッセイまで16冊を選び、それぞれの読みどころと「どんなとき・どんな人に刺さるか」を丁寧に整理した。北海道や海の匂いを感じながら、自分の一本を探してほしい。

 

 

谷村志穂とは?恋といのちを描き続ける作家像

谷村志穂は1962年札幌市生まれ。北海道大学農学部で応用動物学を学んだ、少し理系寄りのバックグラウンドを持つ作家だ。大学卒業後、雑誌編集の仕事などを経て、1990年にノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』でデビュー、この一冊が大きな反響を呼びベストセラーになる。

その後は小説家として本格的に活動を始め、都市に生きる女性たちの恋愛や孤独を描いた『アクアリウムの鯨』、函館近郊の漁村を舞台に激しい愛の連鎖を描く『海猫』などで注目を集める。『海猫』は島清恋愛文学賞を受賞し、映画化もされた代表作だ。さらに乳がんと妊娠・出産の選択を描いた『余命』など、医療現場を背景にした小説も多く、病と生の境界を見つめる視線の鋭さにも定評がある。

一方で、北海道や東北を旅しながら書いた紀行や、食べ物をテーマにしたエッセイも多い。青森のりんごを追いかける『ききりんご紀行』では、約30種のりんごを食べ比べ、その奥深い世界を語りつくして青森りんご勲章を受章している。恋愛小説家としてだけではなく、「土地と人」との結びつきを描く書き手としても、独自のポジションを築いてきた作家だ。

谷村作品の核にあるのは、誰かを深く愛してしまったときの心の揺れと、身体レベルの痛みや違和感まで引き受けながら生きる人間の姿だ。恋愛、結婚、出産、病、家族の看取り――人生の大きな岐路で、きれいごとではない感情をそのまま書き留めてくれるから、読む側も少し勇気を出して自分の本音に向き合える。

読み方ガイド:どこから読む?

作品数が多くて迷う、という人のために、簡単な「入り口マップ」を用意した。

以下では、前編・中編・後編に分けて16冊を紹介していく。気になるところから飛び込んでもいいし、年代順にたどりながら谷村志穂の変化を味わっていくのも楽しい。

おすすめ本

1. 結婚しないかもしれない症候群(ノンフィクション)

まず押さえておきたいのが、作家としての出発点になったノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』だ。バブル景気の影響がまだ色濃く残る1990年前後、仕事も恋もそれなりに充実している二十代・三十代の女性たちの声を、谷村が丹念に拾い集めている。「結婚したいのかしたくないのか、自分でもよく分からない」という揺れを、そのまま「症候群」という言葉でくるんで見せたところに、この本の鋭さがある。出版当時、「結婚しない女」という言葉が社会的なキーワードになり、ベストセラーとして大きな話題を呼んだ一冊だ。

取材対象の女性たちは、いわゆる「勝ち組」「負け組」といった単純なラベルでは括れない。仕事は好きだけれど、ふとした瞬間に孤独がせり上がってくる人。恋人はいるのに、結婚生活のイメージがどうしても結べない人。逆に「結婚して落ち着きたい」と願いながらも、相手探しのゲームに疲れ果てている人。谷村はジャーナリスト然とした距離を保つというより、自分自身も同じ世代の女性として震えながら彼女たちの言葉を受け止めている。その温度感が、ページ越しにも伝わってくる。

今読むと、時代背景は少し古く感じられるはずだが、不思議なことに「結婚する/しない」をめぐるモヤモヤはさほど変わっていない。マッチングアプリがあるかないか、共働きがどれくらい標準化したか、といった環境は違っても、「自分の人生の優先順位をどうつけるか」という問いはそのまま生きている。結婚やパートナーシップについて、一度立ち止まって考えたいとき、自分の気持ちを直接言語化するのがしんどいときに、代わりに悩んでくれる本だといえる。

既に結婚している人が読むと、「あのとき本当はこう感じていたのかも」と、過去の自分の気持ちを遅れて理解するような読後感がやって来るかもしれない。パートナーと一緒に暮らしていても、どこかで「結婚しないかもしれない自分」の可能性を抱え続けている人には、とりわけ刺さる一冊だ。

2. 海猫(恋愛長編小説/島清恋愛文学賞)

谷村志穂の名を一気に広く知らしめた長編が『海猫』だ。舞台は北海道・函館近郊の漁村。昆布漁を営む家に嫁いだ若い女性の人生が、夫との関係、そして夫の弟との激しい恋によって大きく揺さぶられていく。やがて物語は次の世代へと引き継がれ、ひとりの女性の選択が、どのように子や孫の運命にまで影を落としていくのかが描かれる。島清恋愛文学賞を受賞し、映画化もされた、文句なしの代表作だ。

この小説の凄みは、「不倫」や「禁じられた恋」といった単語ではとても回収しきれない、愛の重さをそのまま受け止めているところにある。誰かを激しく求めてしまうとき、人はどこまで自分の理性を信じていられるのか。家庭というシステムを壊すかもしれないと分かっていても、「それでもあなたがいい」と思ってしまった瞬間のどうしようもなさ。谷村はそこから視線をそらさない。潮の匂いが立ちこめるような、湿度の高い筆致で、登場人物たちの息づかいを描き込んでいく。

いっぽうで、漁の風景や、雪に閉ざされる冬の海の描写は、ただそれだけで一篇の詩のようでもある。昆布を干す作業、港の慌ただしさ、台所での素朴な料理。生活の細部がきちんと描かれているからこそ、登場人物たちの感情の爆発も、空中戦ではなく、現実に根ざしたものとして胸に迫ってくる。ドラマチックな物語が好きな人はもちろん、「恋愛小説は少し苦手だ」と感じている人でも、土地と生活の物語として読んでみると、意外なほど入り込みやすい。

読み終えたあと、「正しさ」と「幸せ」のどちらを選ぶのか、あるいは二つを両立できることなんてあるのか、といった問いが、じわじわと後から効いてくる。恋愛の綺麗事だけではなく、生々しさごと味わいたい人にすすめたい一冊だ。

3. 余命(医療長編小説)

『余命』は、乳がんの再発を告げられた女性外科医が、「新しい命を産むかどうか」の決断を迫られる物語だ。主人公は、仕事にも家庭にも恵まれているように見えるキャリア女性。十年目の結婚生活のなかでようやく授かった命を前に、再発したがんの治療を優先するか、リスクを承知で出産にかけるかという、極限の選択を迫られていく。この作品も映画化され、多くの読者に強い印象を残した。

乳がんをテーマにした小説は少なくないが、『余命』の特徴は、主人公が「患者であると同時に医師でもある」点にある。病気の知識があるからこそ、希望的観測だけではごまかせない現実をよく知っている。だからこそ、夫や周囲の「きっと大丈夫」という言葉に乗りきれない。医学的合理性と、母になりたいという感情のあいだで揺れる姿は、決してドラマチックに誇張されていないのに、読み手の心をえぐるように響いてくる。

物語の中盤以降、主人公は自分の「余命」を具体的に意識しながら、残された時間の使い方を選び取っていく。患者としての弱さだけでなく、医師として仲間に頼る場面や、家族に本音を打ち明ける瞬間が丁寧に描かれていて、「強い女」の物語では終わらないところがいい。自分だったらどうするだろう、という問いを、読者にも突きつけてくる。

医療ドラマ的なスリルを求める人には少し静かに感じられるかもしれないが、病と共に生きるということをじっくり考えたい人には、これ以上ない一冊だ。とくに、家族の病気を経験したことがある人や、医療職に携わっている人には、胸に刺さる場面がいくつもあるはずだ。

4. アクアリウムの鯨(恋愛長編小説/小説家デビュー作)

『アクアリウムの鯨』は、ノンフィクションでのデビューに続いて発表された、谷村の小説家としての第一作だ。タイトルどおり、水槽のなかの鯨のようなイメージが、物語全体を貫いている。都会の片隅で、自分の居場所を探してさまよう若い女性と、そのそばにいる男性たちの距離感が、澄んだ水の中に浮かぶような静けさと共に描かれていく。恋愛小説というより、「誰かを好きになることで初めて、自分の輪郭が見えてくる」ような成長譚に近い。

水族館や海のイメージが頻繁に登場し、人と人との関係性が、水槽のガラス越しに触れ合っているようなもどかしさと共に表現される。互いの存在ははっきり見えているのに、どうしても越えられない一線がある。その距離を縮めようとして揺れる心が、透明感のある文体で書かれていて、初期作品らしい尖りと繊細さが共存している。

谷村作品を「完成度の高い代表作」から読み始めるのもいいが、作家としての原点に触れてみたい人は、この一冊を早めに読んでおくと、その後の作品との響き合いがよりはっきり立ち上がってくる。恋愛と孤独、海と都市、といったモチーフの源流をたどってみたい人におすすめだ。

5. いそぶえ(海女の物語長編)

いそぶえ

いそぶえ

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『いそぶえ』は、昭和30年代の志摩半島を舞台に、海女として生きる女性の人生を描いた長編だ。海女だった母を海の事故で亡くした少女・孝子が、やがて自らも海に潜る女として成長していく。志摩高校への進学や、見習い宮司の青年・武雄との出会いを通じて、彼女は恋や仕事、家族との関係に揺れながら、自分なりの生き方を選び取っていく。

特筆すべきなのは、志摩の海の描写だ。岩場に打ち寄せる波の音、冷たい海に潜るときの息苦しさ、潜ったあとに肌に残る塩の感触。そうした身体感覚が細かく書き込まれていて、ページを開くだけで潮風が吹き込んでくるようだ。海女という仕事が、観光ポスターのような華やかさではなく、生活そのものとして描かれているのも印象的だ。

物語としては、恋愛小説の要素も、家族小説の要素も持っている。孝子の周囲には、彼女を縛ろうとする古い価値観もあれば、彼女の背中を押す新しい価値観もある。優柔不断な男たちや、意地悪な姑の姿にイライラしながら読み進めつつも、最後には「それでも前に進んでいくしかない」という主人公の選択に、静かな励ましを感じるはずだ。

都会に住んでいると忘れてしまいがちな、「土地に根を下ろして働く」という感覚に触れたい人。海の物語が好きな人。女の一生をじっくり追いかける物語を読みたい人。そんな読者にぴったりの一冊だ。

6. 尋ね人(ミステリータッチ長編)

『尋ね人』は、亡き母のかつての恋人を探す旅が、いつしか自分自身の人生の謎解きへと変わっていく物語だ。母がひそかに胸の内にしまい込んでいた過去の恋。その相手を探していくうちに、主人公は母の知らなかった一面を知り、同時に「自分はこれからどう生きていくのか」という問いに向き合わされる。

ミステリー仕立ての構成でありながら、殺人事件や派手なトリックがあるわけではない。焦点はあくまで、人の心の中にある「言葉にならなかった何か」を探しに行く旅だ。旅先の風景や、そこで出会う人々との会話が丁寧に描かれ、その土地ごとの空気が物語の色合いを変えていく。

親の世代の恋愛を知ることは、自分のルーツを知ることでもある。母の過去を辿るうちに、主人公の恋愛観も少しずつ揺れていく様子は、読者自身の家族の物語と自然に重なってくるだろう。家族の秘密や、親の若い頃の話にどこかモヤモヤを抱えている人には、しみる一冊だ。

7. 移植医たち(医療サスペンス)

『移植医たち』は、臓器移植という現代医療の最前線を舞台にした、社会派色の強い医療サスペンスだ。脳死判定、ドナー家族の葛藤、受ける側の切実な願い――それぞれの立場から見える「命の線引き」が、複数の医師たちの視点を通して描かれる。医療現場にいる人間だけでなく、行政や世論といった要素も絡んでくるため、物語としてのスケールが大きい。

谷村は、専門的な医療情報を詰め込むのではなく、そこにいる人間たちの感情を軸に物語を組み立てていく。医師だからこそ抱く罪悪感や恐れ、ドナー家族の怒りと悲しみ、命を待つ患者のわがままさと尊厳。そのどれもが「間違っている」と単純に切り捨てられないことが、読むほどに分かってくる。

医療制度や臓器移植の是非について、明快な答えを提示する物語ではない。しかし、ニュースで「臓器移植」という言葉を見聞きするとき、この物語で描かれていた顔や声がよみがえってくるような、重い余韻を残す一冊だ。エンタメ性と社会性のバランスがよく、医療ドラマが好きな人にも読みやすい。

8. 大沼ワルツ(北海道大沼・家族小説)

『大沼ワルツ』は、北海道・大沼の豊かな自然を背景に、三代にわたる家族の物語がゆっくりと紡がれていく長編だ。湖畔の宿や観光業に関わる一家を軸に、戦後から現代にかけての時代の変化が描かれる。ひとつの土地に根を下ろし続けることの重さと、そこから離れていこうとする人の心の揺れ。その両方が、四季折々の大沼の風景とともに描かれている。

印象的なのは、湖面を渡る光と影の描写だ。春の解氷、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪景色。大沼という場所が、ただの「舞台」ではなく、登場人物たちと一緒に呼吸しているように感じられる。ワルツのように、少しずつステップを踏みながら時代が進んでいく感覚が、読んでいるうちに心地よくなってくる。

「地元」との距離感に悩んでいる人や、地方と都市のあいだで揺れている人には、とても身近なテーマに感じられるはずだ。北海道旅行が好きな人、いつか大沼を訪れてみたいと思っている人には、旅行前の予習として読むのもおすすめだ。

9. 過怠(医療ミステリー)

過怠

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『過怠』は、医大生たちの実習現場で起きた出来事をきっかけに、家族の秘密や医療現場の「見て見ぬふり」が浮かび上がってくる医療ミステリーだ。タイトルの「過怠」には、「過失」と「怠慢」の両方のニュアンスが込められているように感じられる。誰かの小さな判断ミスや怠りが、患者の人生にどんな影響を与えるのか。物語を追ううちに、その問いがじわじわと重みを帯びていく。

医療ドラマ的な緊迫したシーンもありつつ、物語の焦点はむしろ、「もしあのとき、違う一言をかけていたら」という後悔にある。学生たちの未熟さだけでなく、彼らを指導する立場の医師や家族側の弱さも描かれるので、「加害者/被害者」という単純な構図には決して落ちない。読者もまた、自分ならどう振る舞ったかを考えざるをえない。

医療現場のリアリティに惹かれる人、責任や罪悪感というテーマに興味がある人には、特に読みごたえのある一冊だ。サスペンス的な面白さを味わいつつ、読後には少し胸が苦しくなる、そのバランスが絶妙だ。

10. セバット・ソング(青春長編小説)

『セバット・ソング』は、北海道の広大な自然のなかで、傷ついた若者たちが再生していく姿を描いた青春長編だ。都会でつまずいた若者が、何かに導かれるように北の地へ流れ着く。そこで出会った人々や、風景、仕事との関わりのなかで、彼らは少しずつ「自分の声」を取り戻していく。

タイトルの「セバット・ソング」が示すように、物語の背景には音楽のモチーフも流れている。自分の中でうまく言葉にならない感情を、ときに歌やリズムに託すようにして、登場人物たちは互いに近づき、離れ、また出会う。どこか不器用で、でも真剣なその動きが、読み手の胸を静かに揺らしてくる。

進路や仕事、人間関係に行き詰まり、「一度すべてをリセットしたい」と感じている人には、特に寄り添ってくれる物語だ。北国の澄んだ空気を深く吸い込みたい夜に読みたい。

11. 蒼い乳房(乳がん短編集)

『蒼い乳房』は、乳がんをテーマに、女性としての喪失と再生を描いた短編集だ。乳房という、身体のなかでもとくに「女らしさ」と結び付けられがちな部位にメスが入るとき、心の奥底で何が起きるのか。谷村はセンシティブなテーマを、決してセンチメンタルに流れすぎることなく、しかし冷たく切り捨てることもなく描いていく。

手術後の違和感と向き合う女性、パートナーにどう打ち明けるか迷う女性、母としての役割と患者としての立場のあいだで揺れる女性。それぞれの短編で描かれるのは、病名こそ同じでも、まったく違う「生き方」の物語だ。病に「負けない」ことだけが正解ではない、というメッセージが、静かに行間からにじみ出ている。

乳がんに限らず、身体の一部を失う経験をした人、またはそのパートナーにとって、大きな慰めとヒントを与えてくれる本だろう。ヘビーなテーマではあるが、一話一話を少しずつ噛みしめるように読むと、むしろ心が軽くなる瞬間もある。

12. 雪になる(恋愛短編集)

雪になる

『雪になる』は、降り積もる雪のように静かで、それでいていつの間にか心の奥深くまで染み込んでくる恋愛短編集だ。派手な事件や劇的な展開はあまりない。むしろ、何気ない日常のなかでふと起こる心の変化や、言葉にならない違和感をすくい取った作品が多い。

雪の季節は、楽しい記憶と寂しい記憶の両方を連れてくる。誰かを思い出して胸が痛くなったり、過去の恋をふと振り返ったり。そんな冬特有の感情の揺れを、谷村は雪の描写と重ねながら描いていく。読み終えたあと、窓の外を見ると、たとえ雪が降っていなくても、心のどこかに白い気配が残っているような不思議な余韻がある。

短編なので、一編ずつゆっくり読んでもいいし、何本か続けて読んで「谷村志穂の冬」を一気に味わうのもいい。恋の記憶をそっと撫で直したい夜に、そばに置きたい一冊だ。

13. 半逆光(恋愛小説)

半逆光

半逆光

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『半逆光』は、タイトルどおり、光と影が半分ずつ混じり合うような恋の物語だ。正面から光を浴びているときには見えなかった相手の表情が、少し逆光気味の場所に立って初めて見えてくる。恋の相手だけでなく、自分自身の輪郭もまた、半逆光のなかでくっきりと浮かび上がる。

許されない恋、周囲には言えない関係、といった要素も含みつつ、物語のトーンはどこか静謐だ。登場人物たちは感情を爆発させるのではなく、むしろ抑え込もうとする。その抑制がかえって、行間に強い熱を感じさせる。誰かを好きになってはいけない、と思えば思うほど、その人のことが頭から離れなくなる――そんな経験がある人には、細部がいちいち刺さるはずだ。

「正しい恋」だけを肯定するのではなく、少し半端で影のある関係にも、そこなりの真剣さと美しさがあるのではないか。そんな視点をそっと差し出してくれる一冊だ。

14. ききりんご紀行(旅エッセイ)

最後に紹介したいのは、小説ではなく紀行エッセイ『ききりんご紀行』だ。北大農学部出身の恋愛小説家である著者が、りんご約30種を半年間ほぼ毎日食べ比べ、その奥深い世界を綴った一冊である。もともとは青森の地方紙「東奥日報」に連載していた「りんごをかじれば」をもとに、大幅に加筆してまとめられた。

サンふじと有袋ふじの違い、葉とらずりんごのおいしさの理由、りんごの「お父さん」「お母さん」と呼ばれる品種たちの物語――農学的な知識と、単純に「おいしいものが好き」という気持ちが、ちょうどよく混ざり合っている。理屈っぽくなりすぎず、しかしうんちくだけに終わらない。そのバランスが心地いい。

りんごという身近な果物を通して、農家の人々の工夫や苦労、土地ごとの気候や文化の違いまで見えてくる構成なので、単なる食エッセイではなく、ちょっとした社会科見学のような楽しさもある。小説とはまた違う文体で、しかし確かに「谷村志穂の言葉」だと分かる文章が並んでいるので、ファンにとっては新しい一面との出会いになるはずだ。

小説を読む気力はないけれど、何かやわらかい文章に触れたいとき。旅に出る余裕はないけれど、台所でできる小さな旅をしたいとき。そんなときに、熱いお茶とりんごを用意して開きたい一冊だ。

谷村志穂作品を貫くテーマと魅力

ここまで16冊を見てきて分かるのは、谷村志穂の作品世界には、いくつかの太い軸があるということだ。ひとつは、「愛すること」と「生き延びること」のあいだの緊張だ。『海猫』『黒い滝』『半逆光』では、誰かを好きになること自体が、ときに人生を危うくする。それでもなお、登場人物たちは「好きになってしまった」という事実から目をそらさない。その潔さが、読者を惹きつけている。

もうひとつは、「病」や「老い」といった身体の問題と、どう付き合うか。『余命』『蒼い乳房』『過怠』『移植医たち』に通底するのは、病を「感動的なエピソード」に回収せず、その不条理さや理不尽さを引き受ける視線だ。医療側の視点と、患者側の視点の両方を描けるのは、取材力と想像力の賜物だろう。

そして忘れてはならないのが、「土地」の力だ。北海道・函館やオホーツク、大沼、志摩半島、青森のりんご園。『いそぶえ』『海氷の音』『大沼ワルツ』『セバット・ソング』『ききりんご紀行』などでは、風景そのものが物語の登場人物のように息づいている。土地に縛られて苦しむ人もいれば、その土地に救われる人もいる。その両方を描ける作家は、意外と少ない。

恋愛小説として読むもよし、医療小説として読むもよし、紀行文として読むもよし。どこから入っても、最終的には「ああ、人ってこうやって生きていくしかないんだな」という、少し苦くて少し温かい感覚にたどり着く。それが谷村作品の大きな魅力だと思う。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の余韻を、生活のなかに少し長めにとどめておきたいなら、読書まわりの道具やサービスも一緒に整えておきたい。ここでは、谷村志穂の世界観と相性のいいアイテムやサービスをいくつか挙げておく。

まずは電子書籍派・乱読派の強い味方。

Kindle Unlimited

『海猫』や『余命』のような長編をじっくり読むときも、『雪になる』や『蒼い乳房』のような短編集をつまみ読みするときも、サブスクで気軽に試せるのは大きい。気になっていたけれど紙で買うほど踏ん切りがつかなかった作品を、まずは電子で拾ってみる読み方とも相性がいい。

音で物語を浴びたい人には、通勤や家事の時間を読書時間に変えてくれるオーディオブックも心強い。

Audible

北海道や海が舞台の作品は、耳で聞くと、より風景が立ち上がってくる感覚がある。目を閉じて声に身を預けると、自分の中の記憶の風景と、小説の風景が重なってくるのが面白い。

長編を読むときは、身体をゆるめてくれるルームウェアや、温かい飲み物も欠かせない。体をしっかり休めたい夜には、リカバリー系ルームウェア(たとえば TENTIAL の BAKUNE シリーズなど)のように、着るだけで少し呼吸が深くなるアイテムを用意しておくと、読書の集中力も変わってくる。

飲み物は、苦味強めのコーヒーか、カモミールやハーブティーのような穏やかなものがよく似合う。『ききりんご紀行』を読むときだけは、ぜひりんごジュースかホットアップルサイダーを用意して、ページの中と外の味覚をリンクさせてみてほしい。

 

 

 

まとめ:どの一冊から始めるか

谷村志穂の本は、どれも「生きていくこと」の手触りが濃い。恋愛の甘さだけでも、病の暗さだけでもない、その間にあるグラデーションを、北海道や海の風景と一緒に描いてくれる。読み終えたあと、身体のどこかに、冷たい風と温かい体温が同時に残っているような不思議な感覚がある。

最後に、目的別のおすすめを簡単に整理しておく。

  • 物語の力で一気に持っていかれたいなら:『海猫』
  • 医療と家族の物語で深く泣きたいなら:『余命』
  • 自分の生き方・結婚観を見つめ直したいなら:『結婚しないかもしれない症候群』
  • 海と土地に生きる女の強さに触れたいなら:『いそぶえ』
  • 北国の四季と三世代家族を味わいたいなら:『大沼ワルツ』
  • 軽やかにエッセイから入りたいなら:『ききりんご紀行』

どの一冊から始めても、きっとどこかで自分自身の記憶と響き合う場面に出会うはずだ。心と時間に少し余裕のあるとき、谷村志穂の本を一冊、ゆっくりと開いてみてほしい。

FAQ:谷村志穂の本選びでよくある疑問

Q1. 初めて読むなら、どの一冊から入るのがいちばんいい?

物語としての面白さと、谷村作品らしさの両方を味わいたいなら、『海猫』がやはり王道だと思う。恋愛小説としての力強さと、北海道の風景描写、家族の物語としての厚みがバランスよく詰まっている。医療テーマに抵抗がなければ、『余命』から入るのもおすすめ。ノンフィクション寄りの視点で読みたいなら、『結婚しないかもしれない症候群』が、その後の小説世界を理解するうえでの良い入口になる。

Q2. 恋愛小説が少し苦手でも楽しめる作品はある?

恋愛要素が薄めで読みやすいのは、『ききりんご紀行』のような紀行エッセイや、『移植医たち』『過怠』といった医療ものだ。人間関係の濃さはしっかりありつつも、「恋の行方」そのものより、仕事や制度、家族といったテーマに比重が置かれているので、恋愛小説が得意でなくても入りやすい。また、『いそぶえ』『大沼ワルツ』のように、土地と家族の物語としても読める作品も、恋愛一色ではない読み味が楽しめる。

Q3. 北海道が舞台の作品だけを読みたい。どれを選べばいい?

北海道らしさを存分に味わいたいなら、『海猫』『大沼ワルツ』『セバット・ソング』『海氷の音』あたりが鉄板だ。函館近郊の漁村、大沼の湖畔、広い原野、流氷の海――それぞれ違う顔を持つ北海道が描かれているので、数冊まとめて読むと「北海道文学小旅行」のような体験になる。『ききりんご紀行』は青森がメイン舞台だが、著者の北海道出身者としての視点も強く感じられるので、セットで読むと面白い。

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