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【戦争テーマの絵本・児童書おすすめ】当たり前の日常が一瞬で変わる本10選【子どもと平和を考える】

戦争を「いけないことだ」と頭ではわかっていても、自分の暮らしとの距離が遠いと、実感を持って想像するのはむずかしい。この記事では、いつもの生活がふとした瞬間に壊れてしまう、その「断ち切られる感覚」が胸に刺さる本を10冊まとめた。どれも、戦争体験のない大人や子どもが、自分の生活と地続きの問題として戦争を考えられるようになる一冊だ。

 

 

当たり前の生活を一変させる「戦争」の絵本・児童書10選

1. せかいいちうつくしいぼくの村へかえる (えほんはともだち 40)

アフガニスタンの小さな村を舞台に、少年ヤモの日常が淡々と描かれる絵本だ。春になると李や桜、梨の花が咲き、夏には実ったさくらんぼをロバのポンパーと一緒に町へ売りに行く。戦争という言葉は物語の背景に静かに横たわっているだけで、最初のページには、ただ「せかいいちうつくしい村」の日々の暮らしがある。読んでいるこちらも、気づけばその空気の中で深く息を吸い込んでしまうような、濃い生活の手触りがある。

戦争を知らない子どもにとっては、まず「こんな村の暮らしがあるんだ」という驚きから入れる一冊だと思う。四季の移ろい、家族での仕事、兄の不在を当たり前として受け入れているヤモの姿に、遠い国の話なのに妙な親しみを覚える。普段ニュースで見る「アフガン内戦」という言葉の裏側に、こんな生活が一軒一軒あったのだと、胸の奥がじわじわ熱くなる。

ヤモの兄は戦争に行ったまま帰ってこない。けれど、この絵本は「悲惨さ」を前面に押し出さない。むしろ、戦火の中でも花は咲き、果物は実り、人々は暮らし続ける。だからこそ、読者は「この生活を壊してしまうものが戦争なのだ」と、言葉より先に身体で理解させられる。子どもに戦争を教えるとき、「恐ろしい」「残酷だ」とだけ伝えるのでは足りないと感じている人にすすめたい。

作者の小林豊は、実際にアフガニスタンの村を訪ね、その体験をもとにこの作品を描いている。現地の空気を吸い込んだ人の目線だからこそ、異国の村の景色が、遠くの「どこか」ではなく、読者自身の暮らしの隣にすっと並んでくる。文章も絵も静かだが、読み終えたあとに残る余韻はとても長い。一冊で終わらず「なぜ戦争が起きたのか」を子どもと一緒に調べてみたくなる本だ。

2. さがしています (単行本絵本)

「さがしています」。その一言とともに、広島平和記念資料館に残された遺品たちが語り始める。止まったままの時計、焼け焦げたお弁当箱、片方だけ残った靴。どのモノにも「持ち主」がいた。朝のあわただしい時間に「いってきます」と言って出ていった子どもや、仕事に向かったおとながいた。その「当たり前の朝」が、原爆投下の一瞬で失われたことを、遺品たちの声が伝えてくる。

この絵本の優れているところは、「悲惨さ」だけでなく、そこにあった生活の温度を丁寧に描き出している点だと思う。例えば、弁当箱なら、詰めてくれた人の手つきや、作ってもらった子どもの気持ちが、言葉少なに浮かび上がる。写真としての資料ではなく、モノの視点から語らせることで、読む側に「これは自分の家の台所にもありそうな弁当箱だ」と思わせる力がある。

戦争を知らない世代にとって、広島や長崎はときに「遠い歴史」になりがちだ。この絵本は、その距離を一気に縮めてくる。遺品たちの「さがしています」という声は、未来に生きるわたしたちへの問いかけでもある。何をさがしているのか。失われた家族か、もう戻らない日常か、それとも「二度と繰り返さない」という約束か。

作者のアーサー・ビナードはアメリカ生まれの詩人で、日本語で創作を続けている。その立場から原爆の遺品に耳を澄ませるという構図にも、重い意味がある。巻末には資料的な解説と作者のことばも添えられており、大人が読み込んでから子どもに手渡すのにも向いている。小学校高学年以上なら、自分で読みながら平和学習のきっかけにできる一冊だ。

3. ナム・フォンの風 (あかね・ブックライブラリー 8)

ベトナム戦争を背景に、難民となった少女ナム・フォンの心の旅路を描く物語だ。今、彼女はオーストラリアでベトナム料理店を営むおばさんと暮らしている。店から漂うフォーの香りがするとき、ナムは遠く離れた故郷や、離ればなれになった家族をありありと思い出す。物語は、現在の生活と過去の記憶が行き来しながら進んでいく。

「あたりまえの生活」が一瞬で奪われる、というテーマがここではとても生々しい。ある日、父は兵士に連れて行かれ、ナムは祖父とともに小さなボートで国を出る。何が起きたのか、なぜそうしなければならなかったのか、子どもには最後まで理解しきれない。けれど、読者には「彼女のふつうの暮らし」が、戦争という巨大な力によってねじ曲げられたことが伝わる。

難民という言葉はニュースでは聞き慣れているが、ひとりの少女の心の中まで想像できているかというと、正直あやしい。この本は、難民の「統計」ではなく、ひとりの子どもの孤独と希望を、丁寧に描き出す。新しい学校での戸惑い、言葉の壁、過去を話せない苦しさ。それでも少しずつ友だちや先生に心を開いていく過程は、読者に静かな勇気をくれる。

文章は子ども向けながら、テーマはとても重い。だからこそ、大人も一緒に読んでほしい本だと思う。読み終えたあと、「もし自分の住む町が戦場になったら」「もし自分の子どもが避難しなければならなくなったら」と、自然に想像が内側から立ち上がってくる。戦争が国境の向こう側だけの話ではないことを、現代の読者に突きつけてくる一冊だ。

4. へいわとせんそう

この絵本は、とてもシンプルな仕掛けで「平和」と「戦争」の違いを浮かび上がらせる。一つの見開きの左側には「へいわ」の世界、右側には「せんそう」の世界。同じ場所、同じ人々、同じモノが、状況だけを変えて並べられている。たとえば公園のすべり台や、家族の食卓、友だちと遊ぶ広場が、平和なときと戦争中でどれほど姿を変えてしまうかが、一目でわかる構成だ。

言葉はほとんどなく、たにかわしゅんたろうの短いフレーズと、Noritakeのミニマルな線画だけで世界が立ち上がる。だからこそ、読む側の想像力が大きく働く。言葉で「戦争は怖い」と何度説明されるよりも、同じ「ぼく」の表情や周りの景色の変化を見比べるほうが、子どもの心には刺さりやすい。何より、そこに描かれているのは日常の風景ばかりだ。

「戦争の本」と構えて読むというより、ふだんの読み聞かせのなかにさらっと紛れ込ませたいタイプの絵本だと思う。読み終わったあと、「こっちのページのほうがいいね」と子どもが言ったら、「どうして?」と聞き返してみる。そこから自然と、戦争が当たり前の生活をどう変えてしまうのかという話題に入りやすい。

作者は詩人とイラストレーターのコンビで、どちらも現代の空気をよく知る表現者だ。現代的なデザイン感覚でつくられているので、大人が見てもおしゃれで美しい。戦争や平和の話題を「重くて苦手」と感じている人ほど、この絵本から入るといい。部屋にさりげなく置いておいて、ふとしたときにページを開きたくなる、そんな一冊だ。

5. ちいちゃんのかげおくり (あかね創作えほん 11)

夏のある日、小さな女の子ちいちゃんは、家族と一緒に「かげおくり」をする。空に向かって三つ数え、自分の影を見つめる遊びだ。ごくふつうの、のどかな家族の時間。そのすぐあとに、空襲警報のサイレンが鳴り響く。物語は、戦争の描写よりも、日常の温度と、その日常が失われる瞬間のギャップを中心にして進んでいく。

この作品のすごさは、戦争の悲惨さを声高に語らないことだと思う。ちいちゃんは、何が起きたのかを大人ほど理解していない。ただ、いつもと違う大人たちの様子や、空が赤く染まる夜の恐ろしさから、自分が置かれている状況の異常さを肌で感じている。その視点が読者の胸に刺さる。子どもにとっての「当たり前」は、大人が思う以上にもろく、しかし強い。

読み聞かせをしていると、ラスト近くで声が詰まりそうになる。けれど、この物語を知らないまま大人になるのは、どこか片手落ちのようにも感じる。物語の中の「かげおくり」は、失われた命と残された者をつなぐ小さな儀式でもある。読み終えたあと、窓辺で実際にかげおくりをしてみると、ちいちゃんの世界と自分の世界の境界が少し揺らぐはずだ。

小学校中学年くらいから一人読みもできるが、最初はぜひ大人と一緒に読んでほしい。分からないところや怖く感じたところを、その場で言葉にしてあげられるからだ。教科書に採用されている版もあるが、絵本版なら絵の力も借りて、当時の暮らしや空気をもっと具体的にイメージできる。家に一冊置いておきたい「戦争の本」の代表格だ。

6. 広島の原爆 (福音館の科学シリーズ)

 

タイトルだけ見ると、いかにも「資料集」という印象を受けるかもしれない。だが、この本は単なる科学的解説ではない。1940年ごろの広島の街の様子から始まり、戦争に向かっていく社会の空気、そして原爆投下によって一変してしまう人々の暮らしを、絵と文章でじっくりたどっていく構成になっている。

特に印象的なのは、爆心地周辺の「日常」を丁寧に描いたページだ。電車が走り、商店街がにぎわい、子どもたちが学校へ通う。そのどれもが、ほかのどの日本の都市とも変わらない、ごくふつうの風景だとわかる。だからこそ、その街が数秒のうちに破壊される事実が、読者の胸を強く打つ。「あのとき広島にいた人たちの暮らし」と「いまの自分の暮らし」の距離が一気に縮まる。

福音館の科学シリーズらしく、爆発の仕組みや放射線の影響についても科学的な説明が丁寧になされている。ただし、小学校高学年以上を想定した書きぶりなので、低学年には少し難しいかもしれない。そのぶん、大人が読んでも学びが多い一冊だ。親が先に読み込み、子どもと一緒にページをめくりながら、分かりやすくかみ砕いて話していく読み方もおすすめだ。

「戦争の本は感情的で苦手」という人にこそ、この本を手に取ってほしい。感情だけに流されず、しかし血の通った視点で「原爆がもたらしたもの」を考える土台を用意してくれる。戦争が科学技術の暴走でもあること、その暴走が日常生活をどう破壊していくのかを、落ち着いて見つめ直せる良書だ。

7. かわいそうなぞう (おはなしノンフィクション絵本)

 

第二次世界大戦末期、上野動物園の象たちに実際に起きた「戦時猛獣処分」を題材にした絵本だ。戦争によって空襲が激しくなり、「爆撃で檻が壊れたら猛獣が街に出てしまう」という理由で、多くの動物が処分されていく。その中で、賢い象たちが最後まで毒の入った餌を食べず、飢えに苦しみながら死んでいく姿が描かれる。:

人間の戦争が、なぜ動物の命まで奪うのか。この本は、子どもにとって非常に衝撃の強い内容だと思う。読み聞かせしていると、途中で子どもが涙ぐんだり、怒ったりすることもある。けれど、その感情こそが大切だとも感じる。象に感情移入することで、「戦争は人間だけの問題ではない」という感覚が、体に刻まれる。

この物語も、冒頭はごく「ふつうの」動物園として始まる。子どもたちが象に餌をあげ、楽しい時間を過ごす。その日常が、戦争によってひっくり返される。戦争は遠い戦地だけで起きているわけではなく、街の真ん中にある動物園や、子どもたちの遊び場にまで影を落としていくのだということが、子どもの視点からよくわかる。

読み終えたあと、「どうしてこんなことになったんだろうね」と対話する時間をぜひ取ってほしい。象を守れなかった大人のひとりとして、自分はどうしたいか。子どもの問いかけに、すぐに答えは出ないかもしれない。だが、その「答えの出なさ」も含めて、戦争と向き合う入口になる一冊だ。

8. ガザ: 戦争しか知らないこどもたち

パレスチナ・ガザ地区で暮らす子どもたちの姿を、写真と文章で伝えるフォト絵本だ。がれきの中で遊ぶ子ども、爆撃で壊れた家の前で笑う兄弟、診療所で治療を受ける人々。そこには、戦争状態が「日常」になってしまった世界が広がっている。タイトルどおり、彼らは生まれてからずっと戦争しか知らない。

この本が突きつけてくるのは、「当たり前の生活」が何かという基準の揺らぎだ。わたしたちにとっての「ふつう」は、学校へ行き、家に帰り、夜は電気のついた部屋で眠ることかもしれない。ガザの子どもたちにとっては、空爆の音を聞きながら眠ることが「ふつう」になっている。その事実を前にすると、自分の生活の前提がいかに脆いものかを思い知らされる。

写真絵本なので、小学生でも直感的に状況を理解しやすい。一方で、映っている現実は重く、読み手の心に深く食い込んでくる。大人が一緒にページをめくり、子どもが感じたことをそのまま受け止める時間がほしい本だ。安易な「かわいそう」で終わらせず、「自分に何ができるか」を一緒に考えるところまでつなげていきたい。

国際支援の現場で活動してきた医療者の視点から書かれているので、現地の状況が淡々と、しかし切実に伝わってくる。ニュースでは断片的にしか入ってこないガザの姿が、ひとりひとりの子どもの顔とともに具体的な像を持ち始める。現代の戦争を、過去の歴史ではなく「いま起きていること」として子どもと共有したいときに、強い力を持つ一冊だ。

9. 風が吹くとき

風が吹くとき

風が吹くとき

  • ジョン・ミルズ
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イギリスの田舎で暮らす老夫婦ジムとヒルダの日常を描いた絵本だ。二人は慎ましやかな年金生活を送り、庭仕事をし、紅茶を飲み、新聞を読みながら日々を過ごしている。そんなある日、ラジオから核戦争の危機が伝えられる。政府から配られたパンフレットを頼りに、彼らなりの防空対策を始めるが、やがて原子爆弾が落ち、世界は一変してしまう。

この作品の怖さは、ジムとヒルダが「どこにでもいるふつうの老夫婦」として描かれている点にある。二人は政府の言うことを信じ、指示どおりに準備を進める。読者から見れば、その対策があまりに心もとないことは明らかだが、当の本人たちは「きっと大丈夫」と信じている。そのギャップが、読み進めるほど胸を締めつける。

戦争や核兵器の恐ろしさを、ショッキングな写真やグロテスクな描写ではなく、「不器用な優しさ」をまとった老夫婦を通して描いているところが、レイモンド・ブリッグズらしい。彼らの会話はときおりユーモラスですらあり、そのたびに読者は少し笑い、次のページでその笑いが裏切られる。その揺さぶりが、核戦争の不条理さを強く印象づける。

日本の子どもに手渡すときは、大人の側にある程度の準備が必要だと思う。ストレートなハッピーエンドではないからだ。それでも、核の時代に生きるわたしたちにとって、この物語が放つ問いは重い。自分の日常を守るために、何を知り、どう行動するのか。黙ってページを閉じることができなくなる一冊だ。

10. ぼくのとってもふつうのおうち: 「ふつう」のくらしをうばわれたなんみんのはなし

タイトルにある「とってもふつうのおうち」という言葉が、まず胸に刺さる。物語の主人公は、どこにでもいそうな男の子だ。自分の部屋があり、お気に入りのおもちゃがあり、家族と一緒にごはんを食べる。そんな「ふつう」の生活が、戦争や紛争によって突然奪われ、彼は難民となる。物語は、彼の視点からその変化をたどっていく。

特に印象的なのは、最初のほうの「ふつう」の描写がとても丁寧なことだ。部屋のポスターや机の上のもの、窓から見える景色。そこに描かれているのは、ウクライナを含むどこかの国の風景でありながら、同時に日本の子ども部屋とあまり変わらない。だからこそ、その部屋が空っぽになり、家族が離れ離れになっていく過程が、読者の心に強く響く。

この本は、難民を「かわいそうな人たち」として遠くから眺めるのではなく、「自分と同じようにふつうの暮らしをしていた人たち」として描いている。その視点が、戦争と自分の生活との距離を一気に縮めてくれる。読み終えた子どもが、「もし自分の家がこんなふうになったら」と想像し始めたら、そのとき初めて戦争は本当に「自分ごと」になるのだと思う。

文章はシンプルで、絵もやさしいタッチだが、テーマはとても重い。だからこそ、何度も読み返したくなる余白がある。巻末には、ウクライナ難民との交流から生まれた作品であることも記されており、現実と物語のあいだを行き来しながら、今起きている戦争について考えるきっかけにもなる。家庭でも学校でも、これから長く読み継がれてほしい一冊だ。

 

戦争で犠牲になるのは、いつも「市井の人びと」の暮らしだ。今日のごはん、明日の予定、週末の楽しみ。そのすべてが、一瞬で奪われてしまう可能性があることを、これらの本は教えてくれる。全部を一度に読む必要はないが、気になる一冊から、少しずつページを開いてみてほしい。自分や身近な人の生活の輪郭が、きっと少し違って見えてくるはずだ。

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