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【池田満寿夫おすすめ本10選】芥川賞『エーゲ海に捧ぐ』から美術・代表作・代表作恋愛・料理まで読む読書案内

官能的な小説のイメージが強い池田満寿夫だが、実際に本を並べてみると、小説よりむしろエッセイや美術書、料理本まで横断する「生き方の百科事典」のような顔が見えてくる。芸術、恋愛、美、食事、そのすべてを全力で楽しみ、同時に徹底的に疑い抜いた人間の足跡が、本というかたちで残っている。

この10冊を通して見えてくるのは、「どう生きるか」を芸術の問題として引き受けたひとりの人間の姿だ。難しく考える必要はない。ただ、ページをめくるうちに、自分の中の「好き」と「怖れ」が少しずつ輪郭を変えていく。その変化を静かに楽しんでほしい。

 

 

池田満寿夫とは?――版画家、小説家、そして“生き方の実験者”

池田満寿夫は、戦後日本を代表する版画家として国際的に評価されたあと、小説家としても芥川賞を獲った稀有な存在だ。代表作『エーゲ海に捧ぐ』は第77回芥川賞を受賞し、のちに自ら監督して映画化もしている。 版画の世界で培った大胆さと細部への執着が、そのまま文章にも、生活にも、身体感覚にも染み込んでいる。

彼の仕事を振り返ると、肩書きはどんどん増えていく。版画家、小説家、映画監督、エッセイスト、料理人、美術評論家……しかしその中心にあるのはいつも、「人はどこまで自由に生きられるか」という問いだ。性愛、金、美術市場、メディア、家庭。あらゆる場所で人は縛られ、同時にそこから抜け出そうともがく。その葛藤を、池田は楽しげな筆致で、時に残酷なまでの率直さで描き続けた。

今回の10冊は、小説だけでなく、美術論、評伝、料理、雑誌特集号、展覧会図録までを含む。つまり「作品」だけでなく、「池田満寿夫という現象」を立体的に眺めるラインナップだ。芸術家の人生をひとつの連続した物語として読むとき、これらの本はそれぞれ違う角度から光を当ててくれる。

いまの生活やビジネスに直接役立つノウハウ本ではないが、「美の値段」「愛と欲望のかたち」「自分の身体に対する責任」といったテーマは、現代のクリエイターやビジネスパーソンにもじわじわ刺さる。池田の言葉を通して、自分自身のこだわりや欲望と向き合うことが、そのまま日々の選択の解像度を上げることにつながるはずだ。

池田満寿夫おすすめ本10選【読み方ガイド】

まずは今回扱う10冊の全体像をざっと眺めておく。

 

おすすめ本10選

1. エ-ゲ海に捧ぐ (中公文庫 い 6-4)(芥川賞受賞作)

池田満寿夫を読むなら、どうしてもここは外せない。第77回芥川賞受賞作であり、版画家としてすでに成功していた彼が“小説家”としても名乗りを上げた記念碑的な一冊だ。ギリシャやローマなど地中海世界の光に満ちた風景のなかで、性愛、嫉妬、死の気配が絡み合っていく。

物語そのものは決して複雑ではない。妻と愛人、その背後にある記憶と欲望。よくある三角関係のようでいて、描かれるのは「身体と風景の溶け合い」に近い感覚だ。電話の向こうで上がっていく国際電話料金の描写ひとつにも、愛の重さと世界の距離がにじむ。

読んでいて驚かされるのは、文章の手触りのなまなましさだ。海の色、女の髪の光り方、汗の匂い、ベッドのシーツの皺。版画家らしい視覚と触覚の感性が、徹底して言葉に変換されていく。官能小説と呼べばそれまでだが、その奥で常に「人はなぜこんなにも他人の身体に縛られるのか」という問いがうごめいている。

私自身、初読のときはストーリーよりも、断片的なイメージの方が強く残った。たとえば、地中海の強い光と、ホテルの薄暗い室内のコントラスト。そこに横たわる人間の身体は、欲望と孤独の両方を帯びている。読んでいるうちに、自分の過去の恋愛や、忘れたはずの旅行の記憶までがなぜか呼び出されてしまう。

この作品が刺さるのは、必ずしも「激しい恋愛をしてきた人」だけではない。むしろ、自分の欲望をどこか冷めた目で見てしまうタイプの読者にこそ効いてくるはずだ。自分のなかの生々しさを、もう一度受け入れ直すきっかけになる。

池田の他の本を読むとき、この『エ-ゲ海に捧ぐ』で感じた湿度や温度が、料理本にもエッセイにも、美術の話にも共通して流れていることに気づく。そういう意味で、この一冊は“池田満寿夫の原点”として読み返したくなる本だ。

2. 私のピカソ私のゴッホ (中公文庫 M 64-2)(巨匠との出会いを綴る美術エッセイ)

タイトルどおり、ピカソやゴッホといった巨匠たちとの「出会い」を軸に、自身の青春時代と芸術観を語った美術エッセイ集だ。天才たちの神話や作品世界を、自分の人生と重ねながら語るスタイルで、読む側もいつの間にか“自分のピカソ”“自分のゴッホ”を思い浮かべてしまう。

面白いのは、池田が決して彼らを偶像として崇めないことだ。ピカソにしてもゴッホにしても、神棚の上の「偉大な芸術家」ではなく、どこか欠けたところを抱えた人間として語られる。その欠けた部分に、池田は強く惹かれていく。自分の不完全さと天才たちの歪みが、奇妙に共鳴しているような語り方だ。

美術書というと、難解な専門用語や作品分析が並ぶイメージがあるが、この本はむしろ「青春回想記」に近い。初めてピカソの絵を見たときの衝撃、ゴッホの筆致に触れたときの戸惑いと興奮。そうした体験談を通じて、読者も自分の“決定的な一枚”を思い出していく。

私自身、この本を読んだあとで美術館に行くと、展示室の空気の感じ方が変わった。作品を「解説パネルの情報」で見るのではなく、「この画家はどんな孤独や欲望を抱えてこの絵を描いたのか」と想像してしまう。池田の視線にさらわれると、絵の向こうにいる“人”が急に立ち上がってくる。

美術に詳しくない読者にとっても、入り口としてとても優しい一冊だ。ピカソやゴッホの名前は知っているけれど、どこから手をつけていいか分からない、という人にはぴったりのガイドになる。逆に、美術ファンが読むと、池田ならではの「解釈のくせ」が見えてきて、それもまた楽しい。

池田作品全体を眺めると、この本は「美術と人生がどう交差するか」をコンパクトに示した中核の一冊と言っていい。『エ-ゲ海に捧ぐ』の官能性と、『男の手料理』の生活感、その両方の源泉に、美術との出会いがあることがよく分かる。

3. 池田満寿夫-流転の調書(評伝・人生を立体的に読む)

ここからは、一気に視点が変わる。著者は池田本人ではなく、宮澤壯佳による本格的な評伝だ。若い頃の日記や資料を徹底的に読み込み、苦悩と煩悶に満ちた青春時代から、国際的な成功、そして晩年までを追いかけていく。

タイトルにある「流転の調書」という言葉が象徴的だ。調書とは本来、取り調べで作られる記録だが、ここでは一人の芸術家の「変転する生」を克明に記した報告書のようにも読める。池田という人物が、どれほど破天荒で、どれほど繊細で、どれほど孤独だったかが、第三者の冷静な眼差しで浮かび上がる。

池田の文章や版画から受ける印象だけだと、「好き放題生きた自由人」というイメージも強い。しかしこの本を読むと、その裏に隠れていた膨大な葛藤や自己嫌悪、時代との軋轢がはっきり見えてくる。栄光の裏側には、常に「自分はこれでいいのか」という問いが貼り付いていた。

読んでいて特に心に残るのは、成功の瞬間よりむしろ、その手前の「半分失敗している時期」だ。金もなく、評価もなく、それでも版画を刷り続け、小説を書き続ける。その時間の重さが丁寧に描かれていて、今を生きる読者にとっても妙にリアルに響く。

私自身、創作や仕事に行き詰まったときにこの本を開くと、「うまくいっていない時間こそ、あとから意味を持つ」という当たり前のことを思い出させられる。きれいに整理された成功譚ではなく、泥のついたままの人生記録として読むと、池田が急に“同じ時代を生きた先輩”のように近づいてくる。

池田満寿夫にがっつりハマりたい人には、この一冊をどこかのタイミングで必ず挟んでほしい。小説やエッセイ、画集でバラバラに触れていた断片が、ここで一本の線に変わる。芸術家の生き方そのものを物語として味わいたい読者にとって、非常に滋味深い本だ。

4. これが写楽だ: 池田満寿夫推理ドキュメント

写楽とは誰だったのか――この永遠の謎に、池田満寿夫が真正面から挑んだ一冊。NHK番組「謎の絵師・写楽」をもとに書籍化された“推理ドキュメント”で、絵の分析から当時の版元事情、人間関係の網の目まで、ありとあらゆる角度から「写楽の正体」を追い詰めていく。

いわゆる美術史の専門書ではなく、読んでいて感覚に近いのはミステリだ。証言や資料がひとつ出てくるたびに、読者の中で候補者が浮かび上がったり消えたりする。そのスリルを楽しんでいるうちに、いつの間にか写楽の版画そのものの細部――線の震えや構図の妙、顔に刻まれた感情の強度――に目が慣れてくる。

池田自身が一流の版画家であることが、この本の説得力を底支えしている。印刷技術上ありえないこと、板木の性質から見て不自然な点など、作家ならではの視点を武器に、既存の「通説」に遠慮なく切り込んでいく。美術館の解説パネルからは絶対に出てこない、現場目線の疑問がポンポン飛び出すのが痛快だ。

私自身、この本を読みながら何度も写楽の役者絵を検索して眺めた。大きく誇張された顔、ぎりぎりまで寄った構図。最初はただ奇妙に見えていたそれが、池田の“推理”を通して見ると、極端に研ぎ澄ました一瞬の感情の切り取り方として理解できるようになってくる。

写楽の正体に最終的な決着がつくかどうかは、もはや本質ではないのかもしれない。読者も池田と一緒に「この線は何を意味するのか」「この構図にどんな意図があるのか」を考え続ける。その思考のプロセス自体が、ひとつの芸術体験になっている本だと思う。

美術に詳しくない人でも、ミステリを読むような気分で楽しめる一冊。絵を見る目を一段階引き上げてくれる、贅沢な“推理遊び”だ。

5. 池田満寿夫 (日経ポケット・ギャラリー)

日経ポケット・ギャラリーの一冊として刊行された、掌サイズの“池田満寿夫ミニ美術館”。小さな判型の中に、彼の代表的な版画やコラージュ作品がぎゅっと詰め込まれていて、通勤カバンやベッドサイドにそのまま放り込んでおけるような気軽さがうれしい。

単なるダイジェスト版画集ではなく、1点1点に池田自身のコメントが添えられているのが大きなポイントだ。技法や制作の裏話に触れているものもあれば、ほとんど冗談のような一言で終わるものもある。そのバランスが絶妙で、ページをめくる手が止まらない。

実際に眺めてみると、「エーゲ海に捧ぐ」の官能的な世界観と通じるイメージがあちこちに見つかる。女の身体の輪郭、海辺の光、どこか崩れかけた建物。逆に、晩年の静かな作品からは『男の手料理』や『こういう女なら…』の落ち着いたユーモアが反射してくるようで、テキストとイメージの往復が楽しい。

私自身、仕事に行き詰まった日の夜にこの小さな画集をぱらぱらとめくることがある。大判の作品集と違って、気合を入れなくても開けるのがいい。疲れた目でも受け止められる色の強さと、どこか投げやりな線の勢いに、少しだけ気持ちがほぐれる。

池田の版画を本格的に味わうなら大部の作品集ももちろん必要だが、日常的にそばに置いておきたいのはむしろこちらかもしれない。美術館に行かなくても、自分の部屋に小さな展示室がひとつ増えるような感覚をくれる一冊だ。

6. 男の手料理

男の手料理

男の手料理

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タイトルを見ただけで、すでに少し楽しくなる。「男の手料理」と言いつつ、中身はかなり本気の料理エッセイだ。もともと新聞連載だったものをまとめた一冊で、レシピ的な要素と、食べ物にまつわる思い出話、日々の生活感がきれいに混ざり合っている。

登場する料理は、凝ったフレンチでも専門店の和食でもない。魚を一匹さばいてシンプルに焼くとか、野菜を大胆に刻んで鍋に放り込むとか、そういう“家で作れる本気のごはん”が中心だ。だからこそ、読んでいると「今日の夕飯、ちょっと真面目に作ってみるか」という気分になってくる。

池田の文章は、料理の手順を語りながら、いつの間にか人生の話にそれていく。たとえば、火加減を見極める感覚や、塩を入れるタイミングの迷いのなさ。それがそのまま、“この瞬間に決める”という生き方の比喩になっていたりする。大げさな人生訓ではなく、包丁とフライパンの音の中からこぼれてくる実感のような言葉だ。

私自身、この本を読んだあと、冷蔵庫に残った野菜を適当に炒めるときでさえ、少しだけ姿勢が変わった。どうせ作るなら、美味しくしたい。どうせ生きるなら、ちゃんと楽しみたい。そのごく当たり前の気持ちを、料理を通して思い出させてくれる。

料理に苦手意識がある人にも勧めたい。完璧を目指さなくていい、失敗したらそれも含めて面白い、という温度で書かれているので、「自分にもできるかもしれない」と思わせてくれる。食べることと生きることは切り離せないのだと、しみじみ感じる一冊だ。

7. こういう女ならすべて失ってもいい (青春文庫)

タイトルだけ見るとだいぶ物騒だが、中身はただの“女の悪口本”ではない。むしろ、女性への憧れと畏怖と感謝がないまぜになった、かなり正直な恋愛エッセイになっている。共著者の佐藤陽子(ヴァイオリニスト)との関係も含めて、表も裏もさらけ出した一冊だ。

池田はここでも、自分を決して賢い“評論家”の位置には置かない。何度も失敗し、間違え、嫉妬し、みっともなく執着してきた男として語る。その等身大の視線が、読む側に妙な安心感を与える。「こういう女なら」と言いながら、実は「こういう自分でありたい/ありたかった」という裏テーマが透けて見えるのも面白い。

具体的なエピソードはどれも生々しくて、思わず笑ってしまうようなものが多い。デートの失敗談、金銭感覚のズレ、嫉妬で自滅した夜。読者は「いや、そこまで言って大丈夫か」と心配になるが、池田は気にしない。むしろ、そうしたみっともなさを含めて“愛すべき人間の条件”だとでも言いたげだ。

私自身、読んでいて何度も「痛い」と感じた。自分にも似たような失敗や、言わなきゃいい一言があったからだ。その痛みが、なぜか少しだけ優しい方向にねじれていく。人間関係における醜さを、笑いとともに受け入れさせてくれる本だと思う。

恋愛論として読むこともできるし、人間観察のエッセイとして読むこともできる。きれいごとでは終わらないが、ひたすらニヒルというわけでもない。どこかで必ず、「それでも誰かを好きでいたい」という熱が顔を出す。その不器用な温度が、この本のいちばんの魅力だ。

8. 美の値段 (カッパ・ホームス)

タイトルからして直球すぎる一冊。「美の値段」。光文社カッパ・ホームスとして刊行された新書サイズの本で、ページ数は166。制作側がはじめて明かす「絵画損得ウラ事情」をうたった帯文が、そのまま本のトーンを象徴している。

池田はここで、絵画や版画の価格がどう決まり、ギャラリー、画商、コレクター、オークションといったプレイヤーがどう動いているのかを、かなり赤裸々に書いている。美術書というより、ほとんど「現場の内部告発レポート」に近い。もちろん、単純な暴露ではなく、そこに自分自身の葛藤も正直に混ぜているところが池田らしい。

読んでいていちばん刺さるのは、「美しいかどうか」と「高く売れるかどうか」が、ときにまったく別物として動いているという冷徹な事実だ。展覧会の評価、批評家のコメント、受けた賞、ブームの波。そのすべてが値段に影響する。池田はそれを正面から認めたうえで、「それでもなお作品は作られるべきか」という問いに、遠回りしながら答えていく。

私自身、この本を読んだあと、ギャラリーで値札を見るときの感覚が変わった。数字の横に、その作品がそこに辿り着くまでの交渉や迷い、駆け引きが見えてしまう。だからこそ、気に入った一点を買うという行為に、前よりも深い意味を感じるようになった。

同時に、「美に値段をつける」ことの残酷さもこの本は教えてくれる。自分の絵に値札がぶらさがることへの居心地の悪さ、それでも生きていくためには値をつけざるをえない現実。池田自身も、その矛盾に何度も引き裂かれながら、版画と小説とエッセイを書き続けたのだと分かる。

この一冊は、美術に関わる人だけの本ではない。クリエイター、フリーランス、起業家……「好きなこと」を仕事にしようとするすべての人にとっての教科書になりうる。自分の仕事に値段をつけることの怖さと誇らしさを、ここまで真正面から書いてくれる本はそう多くない。

作品だけでなく、その裏の市場構造にも目を開きたい人には、ぜひ一度じっくり読んでほしい。

9. 池田満寿夫展 [図録]

「図録」と一言でいっても、その中身は時期や企画によってかなり違う。ここでは、池田満寿夫展の各種カタログのうち、ひとつの代表例として「追悼 池田満寿夫展 初期から絶作まで」や「池田満寿夫の世界展」「池田満寿夫 知られざる全貌」といったタイプの図録を想像してほしい。いずれも、初期作から晩年作までを網羅した大型の展覧会に合わせて編集されたものだ

図録のいいところは、とにかく時系列が一望できることだ。貧しい時代のモノクロの銅版画から、国際的評価を獲得したカラー版画、陶芸、書の作品まで、数十年にわたる作風の変化が一冊の中で連続して並ぶ。ページをめくる手の中で、「ひとりの人間が変わり続ける」という当たり前の事実が目に見えるかたちをとる。

解説テキストも侮れない。キュレーターや研究者が書いたエッセイや年譜、作品解説には、単行本では触れられない細かい情報が詰まっている。どの作品がどの年に作られ、どんな展覧会に出品され、どの賞を受けたのか。そうした事実を追っていくと、池田の人生のリズムが立体的に見えてくる。

個人的には、図録を読むときいつも、最初から順番にではなく、気になったページを行ったり来たりする。若い頃の作品と晩年の作品を見比べると、線の重さや色の使い方がまるで違う一方で、どこか変わらずに残っている「核」のようなものも見えてくる。その「核」を探す作業が、とても楽しい。

池田の場合、その核はおそらく「人間の欲望と孤独を、どこまで美に変えられるか」という実験だ。裸体、海辺、建物の廃墟、宗教的なモチーフ……図録を通して見ると、モチーフは変わっても同じ問いがずっと続いていることが分かる。

本としての扱いやすさで言えば、重くてかさばるし、読むというより「見る」時間の方が多いかもしれない。それでも、池田満寿夫を本気で追いかけたいなら、どこかで図録を1冊は手元に置いておきたい。テキストの本では伝わらない「質感」や「色の震え」が、ページ越しにきちんと残っている。

10. 版画芸術 176―見て・買って・作って・アートを楽しむ 特集:池田満寿夫栄光の軌跡

最後の一冊は、単行本ではなく雑誌「版画芸術」の特集号。2017年6月1日発売のNo.176で、「特集 池田満寿夫 IKEDA Masuo 栄光の軌跡」というタイトルが表紙を飾る。阿部出版からの刊行で、約160ページ前後のボリュームだ。

この号の面白さは、「見る」「買う」「作る」という三つの動詞を一冊に詰め込んでいるところにある。代表作の図版や論考だけでなく、「今すぐ買える版画の逸品」紹介や、初級者向け版画講座、版画用語辞典のハンドブックまで付いている。つまり、鑑賞者・コレクター・作り手、それぞれの立場を行き来しながら池田満寿夫を考える構成になっている。

特集「栄光の軌跡」という言葉には少し身構えるが、中身は思ったほど堅苦しくない。舟越桂や風間サチコら、現代の作家たちの言葉も含めて構成されており、「いまの目から見た池田満寿夫」が立体的に浮かび上がる。単なる回顧ではなく、現在進行形の対話になっているのがうれしい。

「見る」のセクションでは、代表作からややマイナーな作品までバランスよく紹介されていて、図録とはまた違う編集のリズムがある。「買う」のセクションでは、実際に市場に出ている版画作品の情報が並び、ページを眺めているだけで危険な物欲が刺激される。「作る」のセクションは、刷りのプロセスや道具の基本を教えてくれて、読んでいると自分でも一枚刷ってみたくなる。

私自身、この号を読んだあと、池田の作品を見る目が少し変わった。完結した「歴史的な巨匠の作品」ではなく、いまも市場に出入りし、誰かの部屋に掛けられ、誰かの家から旅立っていく「動いているもの」として感じられるようになったからだ。

雑誌という気軽なフォーマットでありながら、図録や評伝とは違う角度から池田満寿夫を照らしてくれる一冊。版画を買ってみたい、あるいは自分でも作ってみたいと思い始めた人にとっては、とても頼りになるガイドになる。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。池田満寿夫の本を読んで「もっと作品を見たい」「関連する本や音楽にも触れたい」と感じたときに、そっと背中を押してくれるアイテムをいくつか挙げておく。

  • Kindle端末+電子書籍

    図録や画集は紙で持ちたいとしても、エッセイや小説は電子で持っておくと、旅先や美術館帰りのカフェでもすぐ読み返せる。「美の値段」や恋愛エッセイ系をKindleに詰めておくと、ふとした時間に一節だけ読む贅沢が生まれる。

    Kindle Unlimited

  • Audibleで美術・文学の講義やエッセイを聞く

    版画や現代アートの入門書、文学史の講義などは、音声で聞くと意外なほど頭に残る。通勤時間にイヤホンで流しておいて、家に帰ったら池田の図録を開く、というリズムも悪くない。

    Audible

  • お気に入りのワインか日本酒

    池田の官能的な文章や版画を眺める夜は、少しだけいいワインや日本酒を用意しておくと気分が変わる。酔いがまわる前に数ページだけ読んで、あとはぼんやり作品を眺めるくらいがちょうどいい。

[2018]オーパスワン(Opus One)[常温便]

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  • 1.(赤)カベルネソーヴィニヨン
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  • シンプルな木製フレーム

    「版画芸術」や展覧会図録から気に入った図版をコピーして、安いフレームに入れて部屋に飾るだけでも、生活の景色が少し変わる。本物の版画を迎えるのはまだ先、という人にもおすすめの遊び方だ。

  • スケッチブックと柔らかい鉛筆

    池田の線や構図を眺めていると、自分でも何か描きたくなってくる。上手に描く必要はない。思いついた形や身体のラインを、鉛筆でざっとなぞってみるだけでも、作品を見る目が変わる。

まとめ ― 池田満寿夫を「生き方のレッスン」として読む

10冊を行き来していると、池田満寿夫という人間が、芸術と生活と欲望を分けずに抱え込もうとしたことがじわじわ伝わってくる。エロスを描く小説も、美術論も、料理の話も、恋愛の告白も、「美の値段」を語る冷静な筆致も、すべて同じ身体から出てきた言葉だ。

作品だけを見ていると、ときにその生き方が派手で、無茶で、羨ましいような、少し距離を置きたくなるような瞬間もある。それでも本を閉じたあとに残るのは、「自分は自分の美をどう引き受けるか」という静かな問いかけだと思う。華やかな「栄光の軌跡」の裏にあるものを、ここで挙げた本たちはちゃんと伝えてくれる。

最後に、目的別に数冊だけピックアップしておく。

  • 気分で一気に浸りたいなら:『エ-ゲ海に捧ぐ』
  • 美術と人生の関係を考えたいなら:『私のピカソ私のゴッホ』『美の値段』
  • 池田という人間の全体像を掴みたいなら:『池田満寿夫-流転の調書』『池田満寿夫展[図録]』
  • 生活に落とし込みたいなら:『男の手料理』『こういう女ならすべて失ってもいい』
  • 版画そのものの世界に踏み込みたいなら:『池田満寿夫(日経ポケット・ギャラリー)』『版画芸術 176』

どこから読んでもいいし、一冊だけで止めてもかまわない。ただ、どこかのページでふと「自分はどう生きたいか」と問われたように感じたなら、その感覚だけは大事にしておきたい。美を追いかけたひとりの人生の隣で、自分なりの「生き方の美学」を少しずつ組み立てていけばいいと思う。

FAQ(よくある疑問)

Q1. 池田満寿夫をほとんど読んだことがない。どの順番で読むと入りやすい?

最初の一冊としては、『エ-ゲ海に捧ぐ』か『私のピカソ私のゴッホ』がいちばん入りやすいと思う。前者は小説として物語に浸れるし、後者は美術エッセイとして池田の視線のクセがよく分かる。そのあとで『男の手料理』や『こういう女ならすべて失ってもいい』に寄り道し、気持ちが高まってきたところで『美の値段』や図録に進むと、世界が一気に立体的になる。

Q2. 図録や「版画芸術」みたいな本は、高い割に難しそうで手が出ない。

確かに単行本に比べると値段もサイズも重めだが、「家に小さな美術館を持つ」と考えるとコスパは悪くない。全部を読み込む必要はなくて、その日の気分で数ページだけ開くくらいで十分。どうしても躊躇するなら、まずは古本や図書館で試して、「これは手元に置きたい」と感じた一冊にだけ投資する、というやり方もある。

Q3. 池田の恋愛や性愛の描写が少し苦手かもしれない。

そこに引っかかりを覚えるなら、無理に小説から入る必要はない。『私のピカソ私のゴッホ』や『美の値段』のような美術・仕事寄りの本から読むと、池田の思考の骨格が先に見えてくる。そのうえで、「この人が恋愛を描くとどうなるのか」という興味が湧いてきたら、改めて『エ-ゲ海に捧ぐ』や恋愛エッセイに触れてみるといい。距離感を自分で調整できるのも読書の自由だと思う。

Q4. 美術の知識がほとんどないが、それでも楽しめる?

むしろ、美術の知識ゼロでも楽しめるように書かれた本が多い。池田のエッセイは、専門用語に頼らず、体験と感覚から語ってくれるので、読んでいるだけで自然と「見る目」が鍛えられる。気になった画家の名前が出てきたら、スマホで画像検索してみるくらいのライトさで付き合うとちょうどいい。

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