スズキコージの作品一覧を眺めると、絵が「説明」ではなく「出来事」になっているのがわかる。読み聞かせでも一人読みでも、ページをめくる手が止まる瞬間が必ずある。かわいさだけに寄らない不穏さと笑いが混ざるから、子どもは絵を追うだけで物語の入口に立てる。
- スズキコージという「絵」の作家
- おすすめ絵本12選
- 1.エンソくん きしゃにのる(福音館書店/大型本)
- 2.?あつさのせい?(福音館書店/大型本)
- 3.きゅうりさんあぶないよ(福音館書店/大型本)
- 4.かぞえうたのほん(福音館書店/大型本)
- 5.ガラスめだまときんのつののヤギ(福音館書店/大型本)
- 6.ブラッキンダー(イースト・プレス/単行本)
- 7.サルビルサ(ビリケン出版/単行本)
- 8.でんでんでんしゃ(交通新聞社/単行本)
- 9.大千世界の生き物たち(KADOKAWA/単行本)
- 10.ぶたのぶたじろうさんは、みずうみへしゅっぱつしました。(新日本出版社/単行本)
- 11.まざあ・ぐうす(福音館書店/単行本)
- 12.ウシバス(あかね書房/単行本)
- 関連グッズ・サービス
- まとめ
- FAQ
- 関連リンク
スズキコージという「絵」の作家
スズキコージは、線が先に走り、色が遅れて追いかけてくるような速度を持つ絵本作家だ。絵本だけでなく、挿画やポスター、舞台美術の領域まで行き来しながら、絵が人の気分を揺らす瞬間を作り続けてきた。
絵の魅力は、わかりやすい輪郭の外側にある。かわいい、こわい、へんだ、おもしろい、という感情が同時に立ち上がり、読む側が自分のペースでどれを前に出すか決められる。だから読み聞かせでは、言葉を急がなくても成立する。見開きで止まり、子どもの視線がどこに吸い寄せられているかを待てば、物語は勝手に動き出す。
福音館書店の仕事では、ことばのリズムや反復が、絵の運動と結びついている作品が多い。いっぽう単行本では、絵の毒気や不穏さをもう少し長く抱え、親子で反応が割れる時間まで含めて作品になっている。子どものための絵本なのに、大人の中にも残っている「へんてこに惹かれる感覚」を露骨にくすぐってくるのが、この作家の強さだ。
受賞歴も含めて見ても、スズキコージは「子ども向けの枠」に収まらない表現を積み重ねてきた。絵本の賞を取ることと、絵が危うさを持ち続けることが、同じ線の上で両立している。
おすすめ絵本12選
1.エンソくん きしゃにのる(福音館書店/大型本)
この絵本の主役は、列車そのものより「のってしまった瞬間の気分」だ。ホームに立っているときはまだ日常なのに、箱に乗り込むと世界が勝手に動き始める。窓の外が流れ出した瞬間、子どもの目は少しだけ遠くを見る目になる。
スズキコージの線は、まっすぐに走らない。うねり、跳ね、ところどころで急に力が入る。その癖が、そのまま車輪の振動や車内のざわざわに変わる。読む側は筋を追うより先に、ページの中を移動してしまう。
読み聞かせなら、速く読もうとしないほうがいい。絵の中には寄り道の場所がたくさんある。気づいたことを拾って話すだけで、子どもは自分の旅を作り始める。どこを見て笑ったか、どこで黙ったか。そこがその子の「乗り心地」だ。
落ち着きなくページをめくる子ほど、実は向いている。集中できないのではなく、視線が速いだけのことがある。この本は視線の速さを叱らない。むしろ「もっと走れ」と背中を押す。
いま、家の中で冒険が足りないと感じているならどうだろう。外へ出られない日でも、この本は窓を開けてくれる。音や匂いまで動き出すような、あの感覚が戻ってくる。
読後に残るのは、物語の結末ではなく「移動の手触り」だ。どこかへ行きたくなる。けれど行けなくても、行けない日の体の中に、走り出す列車だけが残る。
親が一文を読み、子が絵で続きを言い当てる。そんな遊びが自然に起きる。読み聞かせが対話へ変わる瞬間を、いちばん作りやすい一冊だ。
2.?あつさのせい?(福音館書店/大型本)
暑い日の午後、空気がふやけて現実が少しだけ歪む。あの体感を、ページの中に閉じ込めた絵本だ。理屈より先に「今日はなんか変だ」が来る。その違和感が、子どもには遊びになり、大人には記憶の引き金になる。
この本の面白さは、世界が変になっていくのに、どこか笑えるところにある。怖さへ一直線に行かない。スズキコージの絵が、変さを生き物のように呼吸させているからだ。変なものが「そこに居ていい」空気がある。
読み聞かせの場面を想像するといい。扇風機の風、麦茶の氷、汗の匂い。そういう生活の感触が、ページをめくる手に戻ってくる。季節の本として強いのに、冬に読んでも効くのは、体が暑さを思い出してしまうからだ。
「こわい?」と聞くより、「へんだね」と一緒に言うほうが合う。子どもが安心できるのは、正解があるときではなく、気分を共有できるときだ。変さを共有できると、怖さは半分になる。
日常がふっと異世界になる話が好きな子には、入口になる。いっぽう、普段は物語より図鑑が好きな子にも効く。理由は簡単で、これは「説明」ではなく「体感」だからだ。
あなた自身は、暑さで頭がぼんやりした日に、何が一番変に見えた記憶があるだろう。犬の鳴き声、道路の照り返し、空の白さ。そういう小さな記憶が、この本の中でふいに光る。
読後に残るのは、世界の輪郭が確かなものではないという感覚だ。ただし不安ではなく、遊びの余白として残る。その余白が、子どもの想像力の居場所になる。
夏の夜、寝る前に読むのもいい。部屋の暗さと、ページの色の熱がぶつかって、妙に目が冴える。その「冴え」が、物語の体温になる。
3.きゅうりさんあぶないよ(福音館書店/大型本)
タイトルだけで、笑いと危機感が同居している。きゅうりが危ない。そんな馬鹿げた設定なのに、ページを開くと妙に説得力がある。危ないのに陽気で、目が離せない。そのバランスが絶妙だ。
スズキコージは、安心の輪郭をわざと崩すのがうまい。だから「怖い」を薄めないまま、子どもが自分の手で調整できる。怖がりな子ほど、実はこの手のナンセンスに惹かれる。覗きたい気持ちが、怖さを上回る瞬間がある。
読み聞かせでは、声色を作り込みすぎないほうが効く。淡々と読んでも、絵が勝手に暴れる。むしろ淡々と読んだほうが、絵の熱が引き立つ。子どもはその熱に当たりに行く。
この本が残すのは恐怖ではなく、明るい警戒心だ。危ないかもしれない。でも面白い。面白いから見たい。そんな、人間の素直な欲を、絵本の形で肯定してくれる。
子どもが笑ったところを覚えておくといい。大人が想像する「ここが面白い」と、子どもの笑いはずれることがある。そのズレが、この本の価値になる。子どもの感性の場所が見えるからだ。
あなたが子どものころ、危ない遊びをした記憶はあるだろう。やめたほうがいいとわかっていて、でも手を伸ばした瞬間。その手の感覚に、この絵本は触れてくる。
読後、冷蔵庫のきゅうりが少しだけ別物に見える。日常のものが、物語の入り口に変わる。その変換が、スズキコージの得意技だ。
怖がりだけど覗きたい子、言葉より絵の勢いで笑う子に向く。家の中に「ちょっと危ない笑い」を置きたいとき、この本がちょうどいい温度になる。
4.かぞえうたのほん(福音館書店/大型本)
数えることが、暗記ではなく遊びになる。数字の並びが、音とリズムで体に入ってくる。子どもが勝手に口を動かし始めるのは、絵が「次の数」を先回りして誘惑してくるからだ。
この本は、正しさで子どもを縛らない。間違えても進む。数が「学び」ではなく「遊び」になる瞬間がある。大人が教えようとしないほうが、子どもが主役になる。
読み聞かせはテンポ重視が合う。ゆっくり丁寧に読むより、歌うように流す。子どもが途中で声をかぶせてきたら、そのまま任せる。むしろかぶせさせるための本だ。
文字を追うのが苦手な子でも、声に出すと主役になれる。視線と声が別々に動いていい。目で拾ったものを声に出し、声で言ったものを目で確かめる。そんな往復が自然に起きる。
家の「毎日棚」に置けるタイプでもある。寝る前の一回、朝の一回。短い時間で、言葉と数の筋肉がほぐれる。気分が沈んでいる日でも、リズムは人を持ち上げる。
あなたは「数」をどんな顔で覚えただろう。叱られた記憶か、褒められた記憶か。数に感情がついてしまった人ほど、この本はほどいてくれる。数はただの順番で、ただの遊びだと戻してくれる。
絵は、子どもの注意を散らさない。散らすのではなく、飛ばす。視線が飛ぶことで、リズムが生まれる。じっと座れない子の身体感覚と相性がいい。
数に苦手意識が芽生える前に、数を「声の遊び」にしてしまう。そんな使い方ができる一冊だ。
5.ガラスめだまときんのつののヤギ(福音館書店/大型本)
昔話の骨格に、硬質なイメージが刺さる。ガラスの目玉、金の角。触れたら冷たそうで、割れそうで、でも光る。物語の怖さが、物質の手触りとして残る絵本だ。
スズキコージは、異物感を異物のまま描く。かわいくまとめない。だから昔話が「安全な教訓」に薄まらない。怖さが残るのに、子どもはページを戻して確かめたくなる。怖いからこそ、見たいのだ。
読み聞かせでは、怖さを消そうとしないほうがいい。「大丈夫だよ」と言い過ぎると、子どもは逆に不安になる。怖いなら怖いで、怖いまま読めばいい。怖さを共有できると、子どもは自分で距離を取れる。
この本の怖さは、音ではなく光に近い。きらっと光るものが、同時に刃物みたいに見える。夜に読むと、その光が部屋の暗さに刺さる。昼に読むと、光がひらけて少しだけ笑える。
「昔話って、こんなに冷たかったっけ」と思う瞬間があるはずだ。大人のほうが驚くかもしれない。子どもは怖さに慣れている。大人は慣れていない。だから親子で反応が割れる。
この割れ方が、読み聞かせの面白さでもある。子どもが平気で、大人がぞくっとする。その逆もある。その差を話すだけで、物語が家の中に残る。
昔話を「いい話」に整えたくない人に向く。怖さや残酷さを、人生の感触として残したい人に向く。子どもは怖さの中で、意外としぶとい。
読後に残るのは、ガラスの冷たさと金の光だ。しばらく、指先が少しだけ冷える。その冷えが、昔話の力だ。
6.ブラッキンダー(イースト・プレス/単行本)
黒い何かが歩いてくる。それだけで世界の温度が変わる絵本だ。説明が増えるほど怖くなるタイプではない。見た瞬間に胸がざわつく、その一撃が中心にある。
スズキコージの黒は、ただ暗いのではない。ユーモアと危うさを両方含んでいる。だから子どもは怖さを笑いに変え、大人は笑いの下にある不安を拾う。ここでも反応は割れる。
読み聞かせで大事なのは、間を恐れないことだ。ページをめくる前の沈黙が、黒の輪郭を濃くする。子どもが先に言葉を出してきたら、それを受け取って進めばいい。物語は、こちらが支配しないほうが生きる。
怖いものを遠ざけるのではなく、近づけて確かめる。子どもが本でやっているのは、実はそういう訓練でもある。この本は、その訓練を押しつけないまま成立させる。怖いのに手を伸ばしてしまう感覚を、肯定してくれる。
あなた自身は、黒い影を見て「気のせいだ」と言い聞かせたことがあるだろう。その言い聞かせの前にある、ほんの一瞬の確信。あの瞬間が、この本にはある。
親子で読むなら、読後の会話が面白い。子どもは「へん」と言い、大人は「こわい」と言うかもしれない。どちらも正しい。その違いを面白がれる家だと、この本は長く残る。
ナンセンス+不穏の配合が好きなら刺さる。絵本を「癒やし」だけの道具にしたくない人にも向く。家の中に小さなざわつきを置くことで、逆に安心が輪郭を持つ。
読み終えたあと、夜道の影が少しだけ濃く見える。その濃さを笑えるなら、もうこの本は効いている。
7.サルビルサ(ビリケン出版/単行本)
タイトルを声に出しただけで、口の中が少し変になる。サルのようでビルのようで、その境目が曖昧なまま進むのが気持ちいい。わからないのに、納得してしまう。そんな不思議が最初から最後まで続く。
スズキコージの絵は「合成」が得意だ。あり得ないものを、あり得ないまま成立させる。子どもは形の面白さで笑い、大人は社会の影を連想してしまう。どちらの読みも、絵が許す。
読み聞かせで大事なのは、意味をまとめないことだ。まとめた瞬間に、この本は小さくなる。子どもが勝手に意味を作るのを待つ。意味が生まれなくてもいい。その「生まれない」時間も含めて、この本は楽しい。
ページを眺めながら雑談が生まれるタイプでもある。「これ何に見える?」と聞くだけで、子どもは自分の世界を話し始める。親は正解を持っていないほうがいい。正解がないほうが会話が伸びる。
あなたは、日常の中で「名前のつかない気分」を抱えることがあるだろう。嬉しいとも悲しいとも言いにくい、変な気分。その気分の形を、この本は絵で作ってしまう。
だから読むと少しすっきりする。言葉にできないものが、絵として居場所をもらうからだ。子どもも同じで、うまく説明できない興奮を、笑いにして出せる。
ビリケン出版らしい、尖りを丸めない強さもある。家に置くと、絵本棚の温度が変わる。かわいい絵本の隣に置くと、なおさら効く。
読後に残るのは、形の余韻だ。ふとした建物の影がサルに見える。そういう見え方のズレを、子どもと共有できたら楽しい。
8.でんでんでんしゃ(交通新聞社/単行本)
言葉の反復が、そのまま乗り物の揺れになる絵本だ。読むほどに、視界が窓みたいに流れていく。スズキコージが描くのは写実の電車ではなく、音や気配としての電車だ。
谷川俊太郎の言葉は、意味よりリズムが先に立つ。そこへスズキコージの絵が乗ると、言葉は車体になり、絵は車輪になる。読む声が速度を持ち、部屋の空気が少し移動する。
読み聞かせは、恥ずかしがらないほうが勝つ。少し歌うように、少し叫ぶように。子どもが笑い始めたら、その笑いが車内アナウンスみたいになる。家庭の中に、ちいさな旅が生まれる。
この本の良さは、読後に「物語を理解した」感じが残らないところだ。残るのは、口の中のリズムと、目に残る色の揺れ。理解より体験が前に出るから、何度でも戻ってこられる。
電車好きの棚に入れてもいいが、「ことばの乗り心地」を味わう本として強い。文字が好きな子にも、音が好きな子にも届く。どちらか片方ではなく、両方が同時に動く。
あなた自身は、声に出して読まれることで救われた言葉があるだろうか。文字だけでは薄かったのに、声になった瞬間に意味が生きた言葉。その瞬間を、絵本の形で再現してくる。
読後、子どもが勝手に口ずさみ始めることがある。意味がわからなくても、口が覚える。その「口が覚える」が、言葉の一番強い学びだ。
声の時間をもう少し増やしたいなら、耳で言葉を浴びる習慣を混ぜるのも相性がいい。
9.大千世界の生き物たち(KADOKAWA/単行本)
生き物を並べる本は多いが、これは「分類」より「気配」が前に出る。知識のための図ではなく、出会いのための絵になっている。ページを開くたび、何かに見られている感じがする。
スズキコージのタッチは輪郭を決めすぎない。だから見る側の想像が勝手に動く。「この生き物、なんか怖い」「かっこいい」「触りたくない」。そういう反射が先に来る。理科の前にある、身体の反応が出る。
図鑑に飽きた子に効くのは、情報が薄いからではない。情報の代わりに「感触」があるからだ。知識は後からいくらでも足せる。でも感触は、最初に出会ったときの一回しか作れない。この本はその一回を濃くする。
読み聞かせで使うなら、説明しないほうがいい。名前を言って終わりでもいい。子どもが質問してきたら、そのときにだけ答える。先回りして説明すると、この本の気配が逃げる。
あなたも、虫や魚を見て「きれい」と同時に「ぞわっとする」ことがあるはずだ。好きと苦手が同居する感覚。その複雑さを、この本はそのまま肯定する。生き物は単純に可愛いだけではない。
大人が読むと、自分の中の偏見が見える。「これは好き」「これは嫌」。その好き嫌いがどこから来たのか、ふっと考えてしまう。子どもと一緒に読むと、その違いが会話になる。
読後に残るのは、名前ではなく目の記憶だ。ページの中の視線が、しばらくこちらを見ている。その見られている感じが、自然への敬意に変わる。
理科が好きになる前の子に効く、というより、理科の入口を「恐れと好奇心」で作り直してくれる本だ。
10.ぶたのぶたじろうさんは、みずうみへしゅっぱつしました。(新日本出版社/単行本)
「ぶたが出発する」だけで、もう勝ちの設定だ。旅のわくわくと、小さな不安と、寄り道の連続が、絵の密度で押し寄せる。目的地へ一直線ではなく、途中の景色が主役になる。
スズキコージの描く移動は、足音や車輪の音が聞こえてくる。紙の上の静止画なのに、音がある。色が賑やかで、線が忙しいから、目が旅をしてしまう。読み手はじっとしていられない。
読み聞かせなら、寄り道のページで止まっていい。子どもは寄り道を覚えている。結末より、途中の「へん」を覚える。だからこの本は、遠足前夜に読むとテンションが上がり、雨の日に読むと気分が外へ開く。
旅が好きな子の相棒になるが、実は旅が苦手な子にも向く。知らない場所が不安な子ほど、絵で予行演習ができる。旅は怖いけれど、面白い。怖さと面白さが同時にあることを、ぶたが体で教える。
あなた自身も、旅の思い出って、目的地より道中の匂いで残っていることがあるだろう。車内のビニールの匂い、道の駅の油、湖の湿り気。この本は、その「道中の匂い」を先にくれる。
読後、子どもが「次はどこ行く?」と聞いてくるかもしれない。行けなくてもいい。話すだけで旅になる。家の中に小さな地図ができる。
絵本を読み終えたあとに、紙とクレヨンで「自分の寄り道」を描くのも相性がいい。スズキコージの線は、子どもの線を許す。上手い下手の前に、勢いが正解になる。
読後に残るのは、湖そのものより、出発の気分だ。出発できるという感覚が、子どもの生活を少し軽くする。
11.まざあ・ぐうす(福音館書店/単行本)
童謡の集まりは、読む人の体調で顔が変わる。本書は特に、絵が「無邪気さ」の裏側まで照らすので、甘いだけにならない。かわいい詩ほど不気味で、乱暴な詩ほどおかしい。その混ざり方が、生きている。
スズキコージの絵は、笑いを取りながら、目を離させない影を残す。子どもは笑い、大人はぞくっとする。どちらも同時に起きるから、ページを閉じたあとも気分が続く。
読み方は順番でなくていい。開いたところから拾うのが合う。寝る前の一篇、朝の一篇、と生活に混ぜられる。詩の意味がわからなくても、音が残れば十分だ。
読み聞かせでは、声の抑揚を過剰につけなくていい。詩のリズムが勝手に働く。子どもが笑ったらそこが正解で、黙ったらそこも正解だ。黙った場所には、子どもなりの怖さや引っかかりがある。
あなたは「かわいい」と「こわい」を別のものとして扱ってきたかもしれない。でも子どもの世界では、かわいいものほど怖いことがある。ぬいぐるみが夜に動きそうな感じ。あの感覚を、この本はわざと残す。
新品はタイミングで値が跳ねることがある。手元に置きたいなら、気分が乗ったときに確保してしまうのも一つの手だ。生活に混ぜる本は、迷っている間に生活から遠ざかる。
短い言葉を日々浴びる時間を作るなら、電子書籍でまとまった読書をする日も混ぜやすい。
12.ウシバス(あかね書房/単行本)
地平線の向こうから、ありえない乗り物が来る。その瞬間の高揚だけで、子どもはもう掴まれる。牛なのか、バスなのか。どっちでもいい。どっちでもいいのに、目が離せない。
スズキコージのナンセンスは、だらだら不条理を続けない。勢いで笑わせ、勢いのまま次の場面へ連れていく。読み聞かせが「走る」感覚がある。声が追いつかないくらいがちょうどいい。
乗り物好き、怪獣好き、意味より迫力が好きな子に強い。けれど「意味がわからないから嫌」と言う子にも、試す価値はある。意味がわからないまま笑う経験が、実はその子の世界を広げるからだ。
読み聞かせのコツは、解説を挟まないこと。間を空けず、勢いで読む。子どもが笑い出したらそのまま押し切る。笑いはブレーキではなくエンジンになる。
あなたは、正しさのないものに出会ったとき、どんな顔をするだろう。意味を探して疲れるか、面白がれるか。この本は、面白がるほうの筋肉を育てる。子どもだけでなく大人にも効く。
反復読みが起きやすいのも、この本の良さだ。子どもは同じ場面を何度も見たがる。繰り返すことで怖さが薄まり、笑いが強くなる。繰り返しは、子どもが自分で世界を飼いならす方法でもある。
読後、家の中の椅子や箱が「乗り物」に見えてくる。床の上が道になる。そうやって遊びが発生する本は強い。絵本が遊びの種になるからだ。
勢いで笑い、その笑いが一日を少し軽くする。ウシバスは、その軽さを運んでくる。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
読み聞かせの時間を増やしたい日、電子書籍で気軽に読書量を確保したい日に相性がいい。
声とリズムの作品に触れる日を作ると、絵本の読み聞かせも「声で遊ぶ」方向へ広がる。
もう一つは、太めのクレヨンと大きめのスケッチブック。スズキコージの線は「上手く描く」より「勢いで描く」を肯定するので、読後に一枚描くだけで作品が生活に残る。机が汚れるくらいのほうが、次のページをめくる手も軽くなる。
まとめ
スズキコージの絵本は、物語を理解する前に、目と身体が先に動く。列車の加速、暑さのゆがみ、ナンセンスの笑い、昔話の冷たさ。どれも「気分の手触り」として残り、日常の輪郭を少しだけずらす。
読み方に迷ったら、目的を一つだけ決めるといい。
- 読み聞かせの場を盛り上げたい:『でんでんでんしゃ』『ウシバス』
- 暑い日・眠い日を「体感」で塗り替えたい:『あつさのせい?』
- 怖さと面白さを同時に味わいたい:『ブラッキンダー』『ガラスめだまときんのつののヤギ』
- 日々の短い読書を続けたい:『まざあ・ぐうす』
絵本棚に一冊、少しだけ毒気のある色を混ぜると、家の会話は意外と長持ちする。
FAQ
何歳くらいから楽しめる?
3〜4歳なら、まずは絵の勢いが強いものから入るのが合う。『でんでんでんしゃ』『ウシバス』のように、声と絵が同時に走る本は「意味がわからなくても楽しい」が成立する。5〜6歳以降は『ガラスめだまときんのつののヤギ』の冷たさや、『大千世界の生き物たち』の気配も、怖さ込みで味わえる。
怖がりな子に読んでも大丈夫?
怖がりでも読める。ただし「怖くないよ」と消そうとしないほうがいい。怖いなら怖いまま、ページを閉じる選択肢も含めて一緒に読む。『きゅうりさんあぶないよ』のように笑いが混ざる本から入ると、怖さを子どもが自分で調整しやすい。怖がった理由を聞くより、怖がった場所を一緒に見返すほうが会話になる。
読み聞かせのコツは?
スズキコージは、言葉より絵が先に走る。だから読み聞かせは「読んで聞かせる」より「一緒に眺める」に寄せると伸びる。見開きで止まり、子どもの視線がどこに行ったかを待つ。途中で話が逸れても戻さなくていい。逸れた会話そのものが、その日の読書になる。
作品一覧をもっと広げたいときは?
福音館書店の著者ページを起点に追うと、同じ作家でも「こどものとも」「傑作集」「単行本」で手触りが変わるのが見える。 出版社ごとの作風の出し方の違いを味わうと、次に買う一冊の狙いが立ちやすい。図鑑寄り、詩寄り、ナンセンス寄り、と気分で棚を増やせるのがスズキコージの強みだ。







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