雨の日に読む絵本を探しているなら、ただ「室内で退屈しない本」を選ぶより、雨の音や色、かさを開く瞬間、声に出したときの響きまで味わえる本を選びたい。今回は小学生にも届きやすく、幼児への読み聞かせにも使いやすい雨の絵本を4冊に絞った。
読む目的別の入り口
雨の絵本といっても、静かに眺める本、物語として笑える本、声に出して味わう本では、読後の残り方がかなり違う。今の気分に近いところから入ると、雨の日の時間が少し変わって見える。
- 雨そのものを眺めたいなら、まず 1.雨、あめ。言葉で説明する前の、窓の外の光や水たまりの匂いに近い一冊だ。
- 雨の日の気持ちの変化を読みたいなら、2.おじさんのかさ。かさを大切にしすぎるおじさんの心が、雨音でほどけていく。
- 元気に声を出して読みたいなら、3.あめふり と 4.あめふりくまのこ 雨の日の詩。雨を退屈ではなく、遊びと音の入口にしてくれる。
雨の日の絵本は、外で遊べない日の代用品ではない
子どもにとって雨の日は、予定が変わる日だ。公園に行けない。靴が濡れる。傘を持たなければいけない。大人は洗濯物や移動のことを考え、子どもは窓の外を見ながら「今日はどうするの」と聞く。そこで雨をただの不便として片づけてしまうと、世界の見方も少し狭くなる。
けれど、雨の日には雨の日の観察がある。地面の色が濃くなる。車の音がやわらかくなる。草の先に水滴が残る。傘に当たる音は、屋根に当たる音と違う。いつもの道なのに、においも光も変わる。絵本は、その変化を子どもが自分の速度で見るための道具になる。
小学生に雨の絵本を渡すとき、大人は少し迷うかもしれない。絵本は幼児向けではないか、と感じるからだ。だが、雨の絵本は年齢で切るより、読み方で選んだほうがいい。低学年なら物語の楽しさに入りやすい。中学年でも、絵を細かく見る本や詩の響きを味わう本なら、言葉の授業や音読にもつながる。幼児には読み聞かせとして届き、小学生には「自分で見つける本」として届く。
今回の4冊は、雨を一つの意味に閉じ込めないように並べた。最初に、雨の風景を絵で味わう本を置く。次に、雨の日の小さな心の変化を読む本を置く。そこから、雨を相手に遊ぶような勢いのある絵本へ進み、最後に詩として声に出したい一冊へ着地する。読む順にも、静けさから音へ、観察から言葉へ向かう流れを持たせている。
雨の日に読みたい絵本4選
1.雨、あめ(評論社)
雨の日の絵本を一冊目に置くなら、まずは雨を「事件」ではなく「空気」として味わえる本がいい。『雨、あめ』は、まさにその入口になる。雨が降ったから何か大きな出来事が起こる、というより、雨が降ったことで世界の見え方が少しずつ変わっていく。その変化を、絵の中でゆっくり追っていく絵本だ。
この本のよさは、雨を説明しすぎないところにある。子どもが外へ出る。長靴をはく。水たまりがある。草木が濡れている。空は明るくないのに、ページの中には妙な透明感がある。雨粒のひとつひとつ、道路の反射、濡れた葉の重たさまで、目で触るように読める。
文字の多い本に慣れてきた小学生ほど、こういう絵本に戻る意味がある。文章を追う読書ではなく、絵を読む読書になるからだ。ページのすみを見たり、人物の動きを追ったり、雨の強さを想像したりする。読むというより、観察する。理科の観察に少し似ているが、答えを出す必要はない。
幼児に読むなら、大人が細かく説明しなくてもいい。「ここ、何が濡れているかな」「この子はどこを見ているかな」くらいで十分だ。小学生なら、絵の中から自分で発見できる。葉っぱ、水たまり、排水口、傘、服のしわ。雨の日に外へ出た記憶がある子ほど、絵の中の温度を自分の体で思い出す。
雨を嫌な天気として感じている子には、この本は静かに効く。外に出られない、服が濡れる、予定がなくなる。そういう不満を否定するのではなく、雨の日にも見るものがあると教えてくれる。しかも、説教ではない。ページをめくっているうちに、見過ごしていたものが立ち上がってくる。
大人が読むと、雨の日の子どもの視線を取り戻す本でもある。雨が降ると、つい「早く行こう」「濡れないように」と言いたくなる。けれど子どもは、道端の小さな流れや、長靴で踏んだ水の跳ね方を見ている。急がせる前に、その視線を少しだけ待ってみる。そんな読み方ができる。
小学生には、文章を読む前の土台としても向いている。物語を理解する力は、言葉だけで育つわけではない。風景を見て、順番を追い、人物の気持ちを想像する力も必要だ。『雨、あめ』は、その力を静かに使わせる。雨の絵本の中でも、最初に置くと後の本が読みやすくなる一冊だ。
雨音が窓に当たる日に、急いで読み終えないほうがいい。ページを開いたまま、少し黙る時間があると、この本はよく働く。読み聞かせというより、隣同士で同じ景色を見るような読書になる。
2.おじさんのかさ(講談社)
雨の日の絵本として『おじさんのかさ』を外しにくいのは、雨そのものよりも、雨によって人の心がほどける瞬間を描いているからだ。主人公のおじさんは、立派なかさをとても大切にしている。大切にしているから、雨が降っても使わない。濡らしたくない。汚したくない。かさなのに、かさとして開かれない。
この設定だけで、子どもはすぐに面白がる。かさなのに使わないなんて変だ。雨が降っているのに、どうして開かないのか。けれど、大人は少し別のところで笑ってしまう。大切にしすぎて本来の使い道から遠ざかるものは、身の回りにたくさんあるからだ。きれいなノート、よそゆきの服、もったいなくて使えないシール。おじさんのかさは、子どもにも大人にも覚えがある。
物語はとてもわかりやすい。けれど、単純ではない。おじさんが変わるきっかけは、大げさな事件ではなく、子どもたちの声と雨音だ。雨に濡れることを嫌がっていたおじさんが、音に誘われるように、少しずつかさを開くほうへ動いていく。その変化が、押しつけがましくない。
小学生に読むなら、「おじさんはどうしてかさを使わなかったのか」を話してみると面白い。けちだから、という答えも出るかもしれない。大事だから、という子もいるだろう。恥ずかしかったのかもしれない、と考える子もいる。正解をひとつにしなくていい。おじさんの気持ちを考えることが、そのまま物語を深く読む練習になる。
幼児への読み聞かせでは、音の楽しさが前に出る。雨がかさに当たる音、子どもたちの声、開くまでの間。声に出すと、ページの中の雨が少し近くなる。雨の日に部屋で読むと、外の雨音と本の中の雨音が重なって、子どもがふっと窓のほうを見ることがある。
この本が刺さるのは、子どもが「使うのがもったいない」と感じているものを持っているときだ。新品の鉛筆、買ってもらったばかりの傘、きれいな靴。大事にすることは悪くない。でも、使って初めて見える楽しさもある。『おじさんのかさ』は、その境目をやわらかく見せてくれる。
雨は、おじさんにとって最初は困ったものだった。かさを濡らしてしまうからだ。けれど、物語が進むと雨は、かさを本来の姿に戻すものになる。閉じたままのものを開かせる。飾っておくだけだったものを、生活の中へ連れ戻す。雨の日の心の変化を読む本として、この一冊はとても強い。
読み終わったあと、子どもが自分の傘を少し得意げに持ちたくなるかもしれない。雨の日の登校や買い物が、ただ濡れないための移動ではなくなる。かさを開く音、持ち手の感触、足もとの水たまり。小さな道具が、雨の日の気分を変えてくれることに気づく。
3.あめふり(福音館書店)
静かな雨の本が続いたあとに置きたいのが、『あめふり』だ。ばばばあちゃんの絵本らしく、雨をしんみり眺めるだけでは終わらない。降り続く雨に対して、ただ待つのではなく、何かを始めてしまう。退屈を退屈のまま置いておかない勢いがある。
雨の日の子どもは、体の中に余った力を持て余す。外に出られない。走れない。大きな声を出すと叱られる。そんな日に、静かな絵本だけを渡しても気分に合わないことがある。『あめふり』は、そういう日のための雨絵本だ。雨雲に向かっていくような強さがあり、ページの中の動きが大きい。
ばばばあちゃんの魅力は、子どもをただなだめる大人ではないところにある。困ったことが起きると、自分も本気で動く。少し乱暴で、少し大胆で、でも楽しそうだ。雨が降っているから静かにしていなさい、ではなく、雨が降っているなら雨を相手に何かしよう、という感覚がある。
小学生にとって、この勢いはよく届く。低学年なら、ばばばあちゃんの行動そのものを楽しめる。中学年なら、「こんなことをしていいのか」という面白さも出てくる。現実にはできないことを、絵本の中で思いきりやる。その解放感が、雨の日の閉じた空気を破ってくれる。
幼児への読み聞かせでは、場面ごとの反応が出やすい。何かが起こるたびに、笑ったり、驚いたり、次のページを急かしたりする。雨の日の部屋が少し重たいとき、こういう絵本は助かる。読み終えるころには、外の雨がまだ降っていても、部屋の中の空気だけは少し変わっている。
この本が刺さるのは、雨で予定が崩れた日だ。遠足が延期になった。外遊びができなくなった。楽しみにしていたことが止まってしまった。そういうときに「雨もいいものだよ」と静かに言われても、気持ちが追いつかないことがある。『あめふり』は、まずその不満のエネルギーを受け止める。そこから、笑いに変えていく。
雨を観察する本、雨音を味わう本とは違い、この本では雨が相手になる。相手だから、文句も言えるし、工夫もできる。子どもにとって天気はどうにもならないものだが、物語の中では少しだけ立ち向かえる。その「どうにもならなさ」と遊ぶ感覚が、この本の読みどころだ。
絵にも力がある。雨でぬれた世界のしっとりした美しさというより、動きと表情の楽しさが前に出る。ばばばあちゃんの表情、まわりの子どもや動物たちの反応、場面が転がっていく速さ。じっと見入るというより、声を出しながらページをめくりたくなる。
雨の日の読書を、落ち着いた時間にする必要はない。ときには、雨をきっかけに笑う本があっていい。『あめふり』は、雨の日を「がまんする時間」から「何か起きそうな時間」へ変えてくれる。後半に置くことで、この記事全体の空気も一度ぱっと明るくなる。
4.あめふりくまのこ 雨の日の詩(あすなろ書房)
最後に置きたいのは、雨を音として味わう本だ。『あめふりくまのこ 雨の日の詩』は、物語を追うというより、日本語の響きと雨の気配を一緒に受け取る一冊である。雨の日の絵本をいくつか読んだあと、この本に戻ると、雨が言葉の中にも降っていることに気づく。
子どもに詩を渡すとき、大人は少し構えてしまうことがある。意味を説明しなければいけない気がするからだ。けれど、この本は説明から入らなくていい。声に出す。耳で聞く。絵を見る。もう一度、声に出す。それだけで、雨のリズムが体に入ってくる。
小学生には、音読の本として向いている。長い文章を読む練習とは別に、短い言葉をどう響かせるかを味わえる。声の大きさ、間の取り方、雨の静けさをどう読むか。国語の授業のように正しく読むだけではなく、家でゆっくり声に出すと、言葉の丸みが見えてくる。
幼児に読む場合も、意味を急がなくていい。くまのこが何を見ているのか、雨がどんなふうに降っているのか、絵と声の間を行き来するだけで楽しめる。雨の日に窓の近くで読むと、外の音が自然な伴奏になる。大人が少し小さな声で読むと、子どもも耳を澄ませる。
この本が刺さるのは、にぎやかな遊びよりも、少し落ち着いた時間がほしいときだ。雨が強くて外が暗い午後、寝る前、登校前に気持ちがざわざわしている朝。物語の展開で引っ張るのではなく、言葉の響きで気持ちを整えてくれる。
『雨、あめ』が絵で雨を見せる本だとすれば、この本は声で雨を立ち上げる本だ。『おじさんのかさ』のように心が変化する物語でもなく、『あめふり』のように雨を相手に動き回る本でもない。もっと小さく、もっと近い。言葉の粒が、ぽつぽつと心に落ちる。
詩の本は、読み終わったあとに「で、何の話だったの」と聞かれることがある。そんなときは、無理に説明しなくていい。くまのこが雨の中で何を見ていたか、どの場面が好きだったか、それくらいで十分だ。詩は、物語の筋を覚えるためだけに読むものではない。音や余白を覚えるためにも読む。
小学生が自分で読むなら、声に出してみるとよい。黙読では通り過ぎてしまう言葉が、音にすると残る。雨の日に読むと、ページの中の雨と外の雨が重なり、ふだんよりも日本語がやわらかく感じられる。音読が苦手な子にも、短く区切って読める詩は入りやすい。
4冊の最後にこの本を置くと、雨の読書が静かに閉じる。観察し、心が動き、笑い、最後に声で味わう。雨の日は嫌な天気で終わらない。耳を澄ませる日にも、言葉を味わう日にもなる。その余韻を残してくれる一冊だ。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
読み聞かせ候補を広げるサービス
雨の日の本をきっかけに、季節や天気の絵本を続けて探したいときに使いやすい。紙の絵本とは別に、親が次に読む本の候補を探す場所として持っておくと、雨の日の選択肢が増える。
耳で物語に入るサービス
雨音がしている日は、音で物語に入る体験とも相性がいい。移動中や寝る前に、親子で「聞く読書」を試すと、声の調子や間の取り方が読み聞かせの参考にもなる。
親子で使う雨の日ノート
読み終えたあと、今日見た雨のことを一つだけ書くノートを置いておくと、絵本の世界が生活に戻ってくる。水たまり、傘の音、濡れた葉っぱ。上手な感想文にしなくても、子どもの観察が少しずつ残っていく。
まとめ
雨の日の絵本は、子どもを室内で静かにさせるためだけのものではない。雨を観察する、道具を使う、気持ちが変わる、笑う、声に出す。天気が変わるだけで、読書の入口もこれだけ変わる。
まず読むなら、1.雨、あめ から入るといい。雨の日の世界を目で味わえるので、ほかの本を読む前に感覚が開く。物語として入りたい子には、2.おじさんのかさ が合う。かさを開くまでの心の動きがわかりやすく、小学生にも話し合いやすい。
雨で予定が崩れて機嫌が沈んでいる日には、3.あめふり が頼りになる。静かに雨を好きになろうとするより、まず笑ってしまうほうが気分に合うことがある。寝る前や音読には、4.あめふりくまのこ 雨の日の詩 がいい。雨の音と日本語の響きが、ゆっくり重なる。
- 雨の風景をじっくり見たいなら、雨、あめ
- 雨の日の心の変化を読みたいなら、おじさんのかさ
- 退屈を吹き飛ばしたいなら、あめふり
- 声に出して味わいたいなら、あめふりくまのこ 雨の日の詩
次に進むなら、季節の絵本、音の絵本、詩の絵本へ広げるといい。雨を好きになる必要はない。ただ、雨の日にも見るものがあると知っているだけで、窓の外の景色は少し変わる。
FAQ
雨の日の絵本は何歳くらいから読める?
今回の4冊は、小学生向けの読書案内として選んでいるが、幼児への読み聞かせにも使いやすい。『雨、あめ』は絵を眺めながら親子で話せるので年齢をまたいで読みやすい。『おじさんのかさ』や『あめふり』は物語の流れがあり、低学年にも届きやすい。『あめふりくまのこ 雨の日の詩』は、意味を全部理解するより、声の響きとして楽しむところから入れる。
小学生には絵本より児童書を選んだほうがいい?
小学生にも絵本は十分に意味がある。特に雨のように、音や光や空気を感じるテーマでは、文章量の多さよりも絵を読む力が大事になる。低学年なら読み聞かせと自分読みの間に置けるし、中学年でも観察や音読の本として使える。長い児童書へ進む前に、短い絵本で一つの感覚を深く味わう読書も大切だ。
雨の日が嫌いな子にもすすめられる?
すすめられる。ただし、最初から「雨は楽しい」と言い切る本を渡すより、子どもの気分に合わせたい。静かに見たい子には『雨、あめ』、かさや雨音に関心がある子には『おじさんのかさ』、外で遊べない不満が強い日には『あめふり』が合う。嫌いな気持ちを消すためではなく、雨の日にも別の見方があると知るために読むとよい。
音読に向いている雨の絵本はどれ?
音読なら『あめふりくまのこ 雨の日の詩』が特に向いている。短い言葉の響き、雨のリズム、絵との余白を味わいやすいからだ。物語として声を弾ませたいなら『あめふり』も読みやすい。静かな声で読む本と、元気に読む本を分けると、雨の日の読み聞かせに変化が出る。
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