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【馬場のぼる絵本おすすめ19選】代表作「11ぴきのねこ」から出会う、読んでほしい本まとめ【作品一覧】

馬場のぼるの絵本は、悪だくみとやさしさが同じ鍋でぐつぐつ煮えている。代表作「11ぴきのねこ」だけで終わらせず、作品一覧をたどると、笑いの芯にある人間くささまで手に触れるようになる。

 

 

馬場のぼるとは

馬場のぼるは、漫画家として出発し、のちに絵本でも独自の世界を築いた作家だ。線は軽やかなのに、画面の奥に生活の重みが残る。腹ぺこ、見栄、欲、ずるさ。そういうものを「悪者の記号」にせず、笑える形にして差し出すのが上手い。だから子どもは無邪気に笑い、大人は自分の胸の小さな痛みを思い出す。

「11ぴきのねこ」は1967年の第1作以来、長く読み継がれ、シリーズとしての厚みも強い。受賞歴や各地の展示など、絵本作家としての評価も積み重なっている。けれどいちばん大事なのは、ページをめくる手が止まらないことだ。いたずらのテンポ、集団の呼吸、最後にふっと残る温度。そこに、馬場のぼるの核がある。 

おすすめ本19冊

11ぴきのねこ関連

1. 11ぴきのねこ(こぐま社/単行本)

はじまりは、空腹だ。分け前はいつも11等分。足りないから、頭をひねる。そういう切実さが、このシリーズのエンジンになっている。

とらねこ大将の号令のもと、10ぴきののらねこたちがぞろぞろ動く。集団の動きが、まるで一本の生き物みたいに見えてくる。誰かが先に走り、誰かが遅れ、でも最後には同じ釜の飯に戻ってくる。

湖の怪魚に挑む場面は、笑いと怖さの配合が絶妙だ。線は軽いのに、怪魚の存在感はしっかり重い。子どもが「こわい」と言いながら、次のページを急ぐのはこの重さだ。

そして、ねこたちの「やっちゃう感じ」が、道徳の説教にならないのがいい。やってしまう。叱られる。反省する。たぶんまたやる。人間の縮図が、猫の体温で描かれている。

読み聞かせなら、同じフレーズが出るところで少し間を置くと、子どもが先回りして声を出す。そういう参加型の楽しさも強い。あなたの家の空気が、少しだけ賑やかになる本だ。

読後に残るのは、「お腹が空くこと」を恥じない感覚かもしれない。欲望は悪ではなく、工夫の種になる。そういう人生の基礎体力を、笑いで渡してくる。

2. 11ぴきのねことあほうどり(こぐま社/単行本)

コロッケ屋を始めた11ぴきのねこが、毎晩の売れ残りにうんざりし、鳥の丸焼きを夢見る。そこへ現れるのが、あほうどりだ。 

この巻は「商売」と「飽き」の匂いがする。揚げ油の熱、同じ味を食べ続けるだるさ。子どもにも分かる単純な欲に見えて、実は生活の疲れが混ざっている。

あほうどりの国へ行く展開は、期待と怖さが同時に膨らむ。食べたい側が、食べられる側になるかもしれない。その緊張を、馬場のぼるは軽妙な間合いで転がしていく。

ねこたちはずるい。だけど、どこか間が抜けている。ここが救いだ。完璧な悪役ではなく、欲に負ける小者の群れだから、笑って見ていられる。

読みどころは、数や行列、反復の面白さが物語の中で機能しているところだ。声に出すとリズムが立ち、絵の列が音になって耳に残る。

疲れているときほど刺さるのは、「飽きた」という本音をちゃんと出していい、と言ってくれるからだ。子どもだけでなく、大人の舌にも効く。

3. 11ぴきのねことぶた(こぐま社/単行本)

旅に出た11ぴきが、空き家を勝手に住み家にしてしまう。そこへ「おじさんの家があるはず」と言うブタがやってくる。家をめぐる騒動が始まる。

この巻は、家という場所の倫理がテーマになる。住んでいいのか。誰のものか。勝手に手を入れてしまったとき、戻れなくなる感覚がある。

ねこたちの行動は、子どもの「やっちゃった」に似ている。最初は小さな出来心で、気づけば引き返せないほど手を動かしている。大人が読むと、胸の奥が少しざわつく。

ブタの存在が面白いのは、正しさを武器にしないところだ。怒鳴り散らすより先に、戸惑いがある。だからこそ、ねこたちの逃げ道が塞がり、物語の圧が増す。

画面の楽しさは、生活のディテールだ。家具、道具、身振り。何気ないものが積み上がって「暮らし」が立つ。ページから、木の匂いがする。

子どもには「やったらだめ」が伝わるが、説教ではない。大人には「居場所を奪う側になる怖さ」が、やわらかく刺さる。誰にとっても、家の温度を考え直す一冊だ。

4. 11ぴきのねことへんなねこ(こぐま社/単行本)

川で魚釣りをする11ぴきの前に、水玉模様の見知らぬねこが現れる。不思議な家へ続く気配が、ねこたちを引っ張っていく。 

この巻の核は「未知」だ。見たことのない柄、見たことのない間合い。理解できない相手に出会ったとき、人は好奇心と警戒心を同時に抱く。その揺れが、ねこたちの表情に出る。

へんなねこは、ただ変わっているだけではない。ねこたちの欲を刺激し、つい手を伸ばさせる。読んでいるこちらも、同じ罠にかかる。次のページが気になる。

魚料理の場面の具体性が、妙においしそうだ。鍋の湯気、刻む手つき、匂いの立ち上がり。ここで一度「家庭」の感触を入れるから、後の不思議がさらに際立つ。

子どもにはミステリーとして、大人には他者理解の寓話として響く。あなたは、知らないものを前にしたとき、まず触りたくなるだろうか。それとも距離を取るだろうか。

読み終えると、「変だ」と切り捨てる前に、もう一秒だけ観察する癖が残る。日常で役に立つ小さな視点だ。

5. 11ぴきのねこふくろのなか(こぐま社/単行本)

遠足に出かけたねこたちの前に、「花をとるな」「橋をわたるな」「入るな」と禁止の立て札が次々現れる。もちろん、ねこたちはやってしまう。

この巻は、禁止と誘惑の距離が近い。立て札があるほど、気になる。子どもの心の動きが、そのまま物語の推進力になる。

ねこたちの「見なかったことにする」表情がうまい。視線をずらし、足だけは前に出る。読み聞かせの場では、ここで笑いが起きる。大人は笑いながら、少しだけ自分の過去を思い出す。

袋の存在は、単なる道具ではなく、境界になる。入ったら戻れないかもしれない。けれど入ってみたい。怖いけど面白そう。その感情の混ざり方が、子どもの冒険心そのものだ。

結末の転び方は、罰ではなく「やれやれ」と「ほっとする」が同居する。叱るための物語ではなく、やらかした後の呼吸を描いている。

最近、規則に疲れている大人にも効く。ルールは必要だが、ルールだけでは生きられない。その当たり前を、猫の背中で思い出させる。

6. 11ぴきのねこどろんこ(こぐま社/単行本)

山の中で恐竜の子どもと出会い、助け合って仲良くなる。けれど、ある日ふっと姿が消える。泥の匂いと別れの気配が同居する最終巻だ。 

どろんこ、という題名のとおり、触感が強い。乾いた土ではなく、足を取られる泥。そこに飛び込む勇気が、ねこたちの無鉄砲さとして描かれる。

恐竜の子どもは、異物であり、友だちだ。大きさも違うし、暮らしも違う。だからこそ、一緒に遊ぶ時間が輝く。子どもは「友だちになれる」と直感で受け取る。

一方、大人は消える場面に胸を掴まれる。理由が全部説明されないから、現実の別れに近い。言葉で整理できない喪失が、静かに置かれる。

それでも後味は暗くない。泥は汚れではなく、遊びの跡だ。出会ったこと自体が、ちゃんと残る。そういう肯定がある。

読み終えたあと、外の水たまりが少し魅力的に見えるかもしれない。汚れることの価値を、思い出させる絵本だ。

7. 11ぴきのねこマラソン大会(絵巻えほん)(こぐま社/大型本)

文章がなく、伸ばすと長いパノラマの絵だけで進む。ねこの国のマラソン大会を、目で追って遊ぶ絵巻えほんだ。

声に出して読めない分、読む側が物語を発明する。どのねこがずるをした、転んだ、迷った。細部が多く、発見が尽きない。

部屋の床に広げたときの幸福感がある。紙がこすれる音、ページを押さえる手、子どもが身を乗り出す気配。読書というより、共同作業に近い。

登場する暮らしの断片が楽しい。沿道の家、店、仕事、遊び。レースの外側に「世界」が描かれているから、マラソンはただの競争ではなく、社会の小さな縮図になる。

集中できない子にも向く。最初から最後まで追わなくていい。気になる場所で止まっていい。読む速度を自分で決められるのが強い。

大人がひとりで眺めても面白い。疲れた夜に、文章を読まずに物語へ潜れる。絵の中の風景が、静かに頭をほぐす。

8. 11ぴきのねこシリーズ6冊セット(こぐま社/セット)

6冊がそろうと、いたずらの「型」が見えてくる。空腹から始まり、商売に手を出し、他者とぶつかり、未知に惹かれ、禁止を破り、別れを経験する。シリーズの呼吸が、一本の長い成長物語になる。 

セットの良さは、読み返しの自由だ。子どもは気に入った巻だけ何十回も読む。大人は順番に読ませたくなる。どちらも正しい。

初めてなら第1作からでいい。ただ、途中の巻から入っても問題はない。猫たちはいつも同じように腹ぺこで、同じように企み、同じように失敗する。その反復が安心になる。

贈り物としても強い。絵本は一冊で完結するが、シリーズは「帰ってこられる家」になる。困ったときに、また同じ猫たちに会える。

子どもが少し大きくなったら、同じページで笑う場所が変わる。昔は怪魚が怖かったのに、今はねこたちの言い訳が面白い。そういう時間の記録にもなる。

絵本・児童書(シリーズ外の人気どころ)

9. ぶたたぬききつねねこ(こぐま社)

しりとりが、そのまま行進になる。ぶた、たぬき、きつね、ねこが、言葉の鎖で踊り出す。絵はにぎやかなのに、読みは軽く、口が勝手に動く。 

この絵本の強さは、勝ち負けがないところだ。正解を当てるゲームではなく、言葉が転がる快感だけがある。だから幼い子も安心して入れる。

ページをめくるたび、動物たちの表情が少しずつ変わる。笑っているようで、どこか間の抜けた顔。馬場のぼるの「抜け」は、残酷さを消して、遊びに変える。

読み聞かせなら、途中で止めて「次は何が来ると思う」と聞ける。子どもが言葉を探す間、部屋の空気がふくらむ。言葉が出た瞬間、嬉しさが跳ねる。

大人にも効くのは、日本語の手触りを思い出せるからだ。意味より先に、音が楽しい。忙しい生活の中で、音の遊びが心を軽くする。

10. こぶたたんぽぽぽけっととんぼ(こぐま社)

好評のしりとり絵本の年少版として、ぶた・たぬき・きつね・ねこの子どもたちが自然の中で遊ぶ。しゃぼんだま、おにごっこ、めいろ。遊びの夕暮れまでが一冊に収まる。

この本は、事件が起きない。だからこそ、生活の匂いがする。草の湿り気、夕方の光、帰り道のだるさ。大きなドラマではなく、今日のよさが描かれている。

言葉のリズムはやさしく、口に含むと丸い。まだ物語の筋を追えない年齢でも、音で楽しめる。子どもが寝る前に、体の力がほどけていく。

最後の「お母さんにおんぶされて帰る」場面がいい。遊び切った体の重さが、ちゃんと肯定される。頑張ったから疲れた。それでいい。

読後、外に出たくなる。公園でしゃぼんだまを吹きたくなる。絵本が生活に手を伸ばしてくる、そういう優しい導線がある。

11. きつね森の山男(こぐま社)

気は優しくて力持ちで、大根作りが上手な山男が、寒がりで毛皮が欲しい殿様とキツネ軍の争いに巻き込まれる。二転三転し、最後はふろふき大根が思わぬ形で効いてくる。 

ここには、馬場のぼるの「正義感」がある。ただし、正しさを振りかざす正義ではない。山男は戦いたくない。ふろふき大根が好きで、畑をやっていたい。その普通の願いが、物語を支える。

殿様の欲も、キツネのしたたかさも、漫画的に誇張されているのに、どこか現実的だ。権力は寒がりで、民は巻き込まれる。笑いながら、現実の構造が見えてしまう。

ふろふき大根がキーになるのが最高だ。豪華な武器ではなく、台所の湯気。争いの硬さを、食べ物の柔らかさでほどいていく。

子どもは冒険として読み、大人は「争わない解決」の難しさに惹かれる。あなたが疲れているなら、山男の「畑に戻りたい」という感情が、妙に救いになるはずだ。

12. かえるがみえる(こぐま社)

「かえるがみえる、かえるにあえる、かえるがかえる、かえるがふえる」。韻の連続にユーモラスな絵がつき、言葉の波で“かえるの国”が立ち上がる。 

これは物語というより、呪文に近い。読めば読むほど、舌が慣れて速くなる。速くなるほど、面白くなる。子どもが声を出したがるのは当然だ。

言葉遊びの絵本は、上手く作らないと疲れる。だがこの本は、絵が受け止めてくれる。笑える表情、少しとぼけた動き。言葉が滑っても、絵が拾う。

読み聞かせの場では、途中でわざと噛むといい。子どもが笑い、もう一回と言う。失敗が遊びになる本は、強い。

大人にとっても、言葉の筋トレになる。意味を追わず、音に身を任せる。日常の思考の癖が、少しだけ外れる。

13. もしものくに(こぐま社)

「もしも羽があったら」「もしも小人になったら」。12人の子どもたちの空想が続き、性格の違いがそのまま“もしも”の形になる。 

空想の本なのに、地に足がついている。飛びたい子、怖がりな子、慎重な子。発想の違いが、子どもの輪郭そのものとして描かれるからだ。

読むと、自分の「もしも」が出てくる。あなたなら何をするだろう。空を飛ぶ? 透明になる? それとも、誰にも見つからない場所で昼寝する?

この本は、空想を競わせない。派手な想像が勝つわけではない。小さな望みも、同じ重さで置かれる。その優しさが、読後に残る。

親子で読むなら、最後に「今日のもしも」を一つ交換するといい。空想が会話に変わる。生活の中に、遊びの余白が増える。

14. 五助じいさんのキツネ(馬場のぼるの絵本/こぐま社)

人のいい五助じいさんに拾われたキツネのコンコンは、化け方が下手で湯たんぽにしか化けられない。仲間と町へ出るが、うまくいかない。あたたかいのに、少し切ない。

この本は、笑いの裏に「向いてなさ」がある。仲間は器用に人間に化けるのに、コンコンはできない。努力しても、うまくならないことがある。その現実が、優しく描かれる。

五助じいさんの存在が大きい。生き物を拾う手つきが乱暴ではない。畑仕事の時間が、生活の匂いとして流れている。読んでいると、薪のはぜる音が聞こえる。

コンコンは弱いが、卑屈ではない。湯たんぽにしかなれないのに、その“しか”が少し可笑しい。ここに、馬場のぼるの人情がある。

子どもには、失敗しても生きていける物語として届く。大人には、適性や環境の問題として刺さる。自分の「湯たんぽ」を肯定できるようになる一冊だ。

15. らしょうもんのおに(こぐま社)

京の都の羅生門に住む、力は強いが心優しい鬼が主人公。都見物が好きで、うどん粉の白塗りで女に化けて出かける。伝説を土台に、ゆかいで優しい空想が広がる。 

鬼の物語なのに、怖がらせるためではない。むしろ「怖そうなものの中にある寂しさ」を描く。鬼は強い。でも、ひとりで門にいる。

化け方が具体的で可笑しい。うどん粉の白塗りという生活感が、伝説を台所の方へ引き寄せる。神話が日常に降りてくる瞬間が、馬場のぼるらしい。

渡辺綱の伝説を知っている大人ほど、解釈のやさしさに驚く。勝ち負けより、相手の事情が先にくる。子どもは単純に面白がり、大人は息をつく。

怖い話が苦手な子にもすすめやすい。怖さはあるが、線が丸い。最後に残るのは、門の冷えではなく、鬼の体温だ。

16. がまくん かろくん(こぐま社)

泳げないがまくんのために、友だちのかろくんが水泳の特訓方法をあれこれ考える。水が苦手な子の気持ちに寄り添う一冊だ。

この話の良さは、努力の押しつけがないところだ。かろくんは熱心だが、がまくんの怖さを笑わない。子どもが安心して自分を重ねられる。

泳げないことは、ただの欠点ではなく、身体感覚の問題だ。水の冷たさ、息が苦しくなる怖さ。そういう感覚が、絵の表情から伝わってくる。

友だちが「できるようにしてあげたい」と思う気持ちも、現実的に描かれる。方法を変え、失敗し、また考える。ここに小さな友情のリアルがある。

子どもが何かを怖がっているとき、この本を一緒に読むと会話が生まれる。「どこが怖い?」と聞く前に、物語が代弁してくれるからだ。

17. アラジンと魔法のランプ(こぐま社)

叔父と名乗る怪しい男に導かれ、古びたランプを手に入れる。こすると魔物が現れ、望みをかなえる魔法のランプ。争奪戦のハラハラが続く。

有名な物語を、馬場のぼるの線が受け止めると、遠い異国の話が急に手触りを持つ。ランプの金属の冷たさ、暗い洞窟の湿り気。絵が空気を描く。

魔法は派手だが、欲望は生々しい。手に入れたい、奪われたくない。アラジンの願いは夢だが、争う理由は現実だ。その両方を同時に見せるのが巧い。

子どもは冒険として読み、大人は「怪しい叔父」の怖さに現実味を感じる。都合のいい言葉で近づいてくる人間の匂いが、きちんとある。

古典の入口としても優秀だ。知っている話を、自分の速度で確かめ直せる。絵本だからこそ、怖さも面白さも過不足がない。

18. アリババと40人の盗賊(馬場のぼるの絵本/こぐま社)

「ひらけゴマ」で有名な物語を、原典の展開を生かして再話。雰囲気のある絵とテンポの良い語り口で、スリルが走る。

盗賊の話は、ただ怖いだけになりがちだ。だが馬場のぼるの絵は、恐怖を「見てしまう面白さ」に変える。暗い場面でも、目が離せない。

洞窟の入口、財宝のきらめき、緊張の間。色と線が、読む側の呼吸を調整する。子どもが怖がるなら、ページをめくる前に一拍置くといい。怖さが“遊び”になる。

賢さが勝敗を決める物語でもある。力ではなく、機転。子どもはその快感を覚える。大人は、ずるさと賢さの境目を考えさせられる。

読み終えると、古い物語が「古いまま」ではないと分かる。欲と恐れは、時代が変わっても同じ形で動く。

作品・資料(絵本以外も含めて押さえる)

19. 馬場のぼる ねこと漫画と故郷と(青幻舎)

没後に残されたスケッチや資料を通して、絵を描く喜びと観察の確かさが見えてくる。絵本だけでなく漫画の仕事や故郷の気配まで、手元に置ける一冊だ。

絵本を読んで「この線はどうやって生まれたのか」と思った人に向く。完成した絵の裏側に、迷いと試行錯誤がある。ラフの線は、完成よりも人間に近い。

猫の描き分けひとつにも、目の置き方がある。ふざけた表情の奥に、観察の冷静さがある。ふわっと可愛いだけではない、という確信が増す。

絵本は子どものためのもの、という思い込みも揺れる。もちろん子どもが主役だが、作り手の人生が滲むから、大人が読む意味がある。

創作をする人にもおすすめだ。アイデアは空から落ちてこない。スケッチブックの積み重ねが、世界を作る。その当たり前が、静かに背中を押す。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

絵本をまとめて試し読みしたいときは、読み放題の仕組みが相性がいい。気になった一冊を「買う前に家の空気で試す」だけで、選び方が変わる。

Kindle Unlimited

読み聞かせが難しい日でも、耳から物語を入れると家庭のリズムが整う。移動や家事の時間に、言葉の温度だけを連れていける。

Audible

夜の読み聞かせには、手元だけ照らせるブックライトが便利だ。部屋を暗くしたままページをめくれると、子どもの眠りの入り口が静かになる。

まとめ

馬場のぼるの絵本は、笑いながら「人間の癖」をそっと見せる。11ぴきのねこで感じた面白さは、シリーズ外の作品に行くほど別の角度から深くなる。しりとりの音、ふろふき大根の湯気、湯たんぽにしか化けられない狐。小さな具体が、読後の生活に残る。

読み方に迷うなら、目的で選ぶといい。

  • まず一冊で強い快感がほしい:1「11ぴきのねこ」
  • 声に出して笑いたい:9「ぶたたぬききつねねこ」/12「かえるがみえる」
  • やさしい余韻がほしい:14「五助じいさんのキツネ」/6「11ぴきのねこどろんこ」
  • 家族で遊びたい:7「11ぴきのねこマラソン大会(絵巻えほん)」

気に入ったら、同じ本を何度でも開けばいい。馬場のぼるの世界は、繰り返すほど面白くなる。

FAQ

子どもは何歳くらいから楽しめる

「11ぴきのねこ」は読み聞かせなら4歳前後から入りやすい。言葉遊びの「ぶたたぬききつねねこ」「かえるがみえる」は、音を楽しめる年齢なら早めでも反応が出る。怖さが気になるなら、15「らしょうもんのおに」や18「アリババと40人の盗賊」は、大人が先に一度読んで温度を確かめると安心だ。

11ぴきのねこはどの順番で読むのがいい

初めてなら1からで問題ない。けれど子どもは「気に入った巻だけ繰り返す」読み方をするので、順番にこだわり過ぎなくていい。むしろ、好きな巻ができたら周辺を読んでいくと、猫たちの癖や物語の型が見えてきて、シリーズが一段おもしろくなる。

シリーズ6冊セットと単品、どちらがいい

贈り物や家の定番にしたいなら8のセットが強い。読み返しの回数が増えるほど、揃っている価値が出る。まず試したいなら単品で始めて、子どもが「この猫たち好きだ」と確信した段階でセットにするのも現実的だ。絵本は置き場所を取るので、家の棚の余白と相談すると失敗が少ない。

11ぴきのねこ以外で、最初にすすめるならどれ

笑いの方向で選ぶなら9「ぶたたぬききつねねこ」、物語で選ぶなら11「きつね森の山男」、しみじみで選ぶなら14「五助じいさんのキツネ」がおすすめだ。馬場のぼるの幅が一気に見えて、次にどこへ進むかが決めやすくなる。

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