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【若竹七海おすすめ本19選】葉村晶から広がるおすすめミステリー【読んでほしい作品一覧】

若竹七海の小説は、読み終えたあとに笑いの余熱が少し遅れて冷える。タフで苦い探偵ものも、軽妙な街の謎も、どこかで生活の疲れとつながっている。作品一覧を眺めるように、いまの気分に合う入口を19冊で用意する。

 

 

若竹七海という作家の輪郭

若竹七海の書く謎は、派手に燃え上がるより先に、日々の摩擦でくすぶる。人が誰かに優しくするときの小さな打算、正しさが少しだけズレる瞬間、言い訳が積もって嘘になる速度。そういうものが事件の芯に沈んでいる。だから読後に残るのは、解決の爽快感だけではなく、暮らしへ戻ったときの息のしにくさだ。

一方で、重さ一辺倒ではない。会話のテンポや、視線の斜め具合、皮肉の角度が軽い。コージー寄りのシリーズでは、その軽さが「人間の嫌なところ」を包んで運ぶ。苦さが得意な人にも、軽快さから入ってあとで深みに落ちたい人にも、入口が散らばっている作家だ。

葉村晶シリーズ(タフで苦い私立探偵もの)

1.依頼人は死んだ(文藝春秋/文春文庫)

探偵ものの入口として親切なのに、優しくはない。頼まれごとの形をした小さな謎が、気づくと「人の生活を壊す力」に変わっている。

葉村晶の足取りは軽快ではない。調べるほど泥が増えるし、親切に見えた人の言葉が、別の顔を見せる。乾いた観察があるから、感情の爆発ではなく、鈍い痛みで読ませる。

街の空気が湿っている。路地の夕方、安い蛍光灯、電話の呼び出し音。そういう小道具が、事件を派手に飾るのではなく、逃げ場のなさを濃くする。

切れ味の良さは、筋立てより「後味」の作り方にある。真相に触れた瞬間、胸の奥で小さく音が鳴る。分かった、の次に、嫌だ、が来る。

晶はかっこよすぎない。強さの横に、疲れがある。だからこそ、読む側も無理に気丈にならずに済む。疲れている日の読書に合うのは、こういう硬さだ。

探偵小説に、正義の旗を求める人には向かない。代わりに、世界の濁りを見過ごさず、それでも歩く話がほしい人に刺さる。

読み終えてから、ひとつだけ自分の生活を見直したくなる。いま「頼まれごと」を抱えているなら、なおさらだ。引き受ける前の呼吸が変わる。

2.悪いうさぎ(文藝春秋/文春文庫)

軽い依頼に見えるほど危ない、という感覚が最初から張り付く。失踪、沈黙、空白。見えないものが増えるほど、読者の想像が勝手に走り出す。

葉村晶の捜し方は、華麗というより粘りだ。聞き取りの一言、相手の手の動き、部屋の匂い。細部を積み重ねて、逃げ道を塞いでいく。

人間関係の泥が濃い。善意と自己保身の境目が曖昧で、助けるふりをしながら、誰もが自分を守っている。その感じが妙に現実的だ。

読みどころは、情報が揃うほど安心できないところにある。分かったはずの輪郭が、次のページでまたズレる。探偵の目線が、読者の目線そのものになる。

晶の言葉は淡々としているのに、感情の圧が抜けない。冷静でいるための力が、逆に疲れとして滲む。そこがこのシリーズの苦味になる。

派手なトリックより、選択の残酷さが残る。誰かが少し違う言い方をしていれば、という後悔が遅れてやってくる。

失踪ものが好きな人だけでなく、日常の会話がすれ違っていく話に弱い人にも効く。言えなかったことの重さを、事件に変換している。

読み終えたあと、連絡先の一覧を眺めたくなる。連絡しない理由を増やしていないか、という小さな問いが残る。

3.プレゼント(中央公論新社/中公文庫)

贈り物は、好意の顔をして届く。けれど、好意の奥には、期待や支配、罪悪感が混ざる。その混ざり方が事件になる。

この本は、短めの尺で晶の手触りを確かめられる。長編の消耗に入る前に、彼女の呼吸と距離感を体に入れる感じがある。

受け取る側の「断れなさ」が怖い。断れば角が立つ、受け取れば縛られる。どちらでも少しずつ傷つく。生活の細い道を歩かされる。

晶は、その細い道の先にある汚れを見つける。正しさを振りかざさず、でも見逃さない。探偵の仕事が、倫理の話に落ちてくる。

読みながら、包装紙の手触りが想像される。光沢のある紙、リボン、袋の底。物の存在感が、人の気持ちの重さに繋がる。

後味は甘くない。贈り物が残るのではなく、残ったものの処理が残る。片づけの現実が、事件の余韻になる。

人間関係を「いい話」にしたくない人に合う。いい話の形を借りた怖さが、きちんと描かれている。

短いぶん、刺さるところだけが濃い。読後、あなた自身の「受け取ってしまったもの」を思い出すかもしれない。

4.さよならの手口(文藝春秋/文春文庫)

別れ方には、その人の生き方が出る。綺麗に終わる人もいれば、終わりを誰かに押し付ける人もいる。晶は、後者の後始末に立たされる。

この巻は、調査が進むほど「取り返しのつかなさ」が増える。時間の層が厚く、過去がいまを引っ張っている。探偵の仕事が、時間の清算になる。

晶の視線は、情に流れない。それでも、流れないための筋肉が疲れている。読みながら、その疲労がこちらにも移る。

舞台の空気が冷たい。病室の灯り、廊下の音、夜の窓。終わりを扱う話には、こういう温度が似合う。

読みどころは、綺麗事に落とさないところだ。救いの形が用意されても、手放しでは受け取れない。現実の重さが勝つ。

苦い現実派のミステリーを求める人に向く。爽快感ではなく「そういう終わり方もある」という納得が残る。

シリーズの中でも、晶の人生の輪郭が少しずつ見える。仕事のために生きているのか、生きるために仕事をしているのか、その境目が揺れる。

読み終えたあと、さよならの場面を思い出す。言った言わないではなく、置き去りにしたものの感触が残る。

5.静かな炎天(文藝春秋/文春文庫)

真夏の静けさは、穏やかさではなく、息苦しさに近い。汗が乾かない感じが、そのまま不穏の前触れになる。

短編で切れ味よく、晶の観察が冴える。嘘や見栄が、ほんの小さな言い回しで漏れる。その漏れを拾っていくのが探偵の仕事だ。

短編集でも「探偵がそこにいる」気配が濃い。事件の大小ではなく、晶の姿勢が芯になる。ページを開くたび、同じ人の影が立つ。

会話が上手い。軽口の奥に棘があり、棘の奥に疲れがある。笑っていいのか迷う瞬間が、ちょうどいい間になる。

読者への要求も程よい。難解な仕掛けで置いていかない代わりに、嫌なものを見せる。見せられたくない人は、途中で目を逸らすかもしれない。

暑さの描写がうまい。肌に張り付く服、日陰のぬるい風。そういう具体が、事件の現実感を支える。

シリーズの中盤以降へ進む前の、良い補給になる。長編の消耗ではなく、短編の痛みで体を慣らす。

読み終えてから、炎天下の歩道を想像する。影が短いほど、人の影も濃くなる。そんな感覚が残る。

6.錆びた滑車(文藝春秋/文春文庫)

回らなくなったものを無理に回すと、音が鳴る。この長編は、その音を最初から最後まで聞かされる。

事件は大仰ではないのに、生活がきしむ。職場、家、金、人間関係。どれか一つが壊れると、残りも連鎖する。その連鎖が滑車の比喩に重なる。

晶の冷静さが魅力だが、同時に消耗も濃い。誰かの事情に踏み込むたび、自分の身体がすり減る。探偵の代償が具体的だ。

感情を煽らないぶん、痛みが逃げない。かわいそう、と泣かせるのではなく、そうなるよな、と黙らせる。

読みどころは、人の弱さを裁かないところにある。弱さは弱さとして、状況は状況として置く。だから余計に残酷に見える。

空気の色がくすんでいる。曇り空の午後、埃っぽい部屋、錆の匂い。そういう色が、ページの隙間から出てくる。

探偵ものの強度と、生活小説の体温が同居している。どちらかだけを求める人にも、両方欲しい人にも届く。

読み終えて、あなたの生活の「錆」を探してしまう。放っておいた摩擦音が、急に耳に入る。

7.不穏な眠り(文藝春秋/文春文庫)

眠れない夜は、過去が勝手に再生される。静かな部屋で、記憶だけが騒ぐ。その騒ぎが事件の入口になる。

晶が踏み込むのは、表の顔と裏の顔が同じ速度で崩れる場所だ。派手なトリックではなく、隠したい小さな罪が折り重なる。

読みどころは、読者の感情を簡単に逃がさない点にある。怖い、と言わせる前に、まず居心地を悪くする。嫌な夢のように。

晶の語りは乾いている。けれど、乾いた言葉の下に、疲れと執念がある。自分を守るための乾きが、逆に痛い。

夜の描写が効く。カーテンの隙間の光、遠い車の音、冷えた床。眠りの話は、音と温度で説得力が増す。

心の奥に引っかかり続けるタイプのミステリーが好きなら合う。読み終えても、すべてが片づいた感じがしない。

シリーズを追っている人には、晶の「眠り」の質が見えてくる。休めない人間の体温が、物語の背骨になる。

読後、眠りについて少し考える。眠るために忘れるのか、忘れるために眠るのか。答えは出ないまま残る。

8.まぐさ桶の犬(文藝春秋/文春文庫)

年を重ねた探偵の身体感覚が、事件のテンポを決める。若さの無茶ではなく、積み重ねた疲れの上で歩く速さだ。

街の変化も一緒に映る。店の入れ替わり、言葉の流行、気配の薄い危険。晶の仕事は、そういう変化の中で同じ痛みを繰り返す。

判断は乾いているのに、どこか諦めきれなさが残る。人間を嫌いになりきれない探偵、という矛盾が魅力になる。

タイトルの感触が、そのまま物語の後味だ。手放せない執着、目の前の餌、抜け出せない輪。読む側も少し絡め取られる。

読みどころは、積み重ねの重みだ。シリーズを追うほど、晶の過去の痕が効いてくる。単発で読んでも暗さは掴めるが、続けると刺さり方が変わる。

場面の匂いが濃い。雨上がりの路面、古い建物の湿気、紙の匂い。探偵の仕事は、匂いの記憶と相性がいい。

「うまく生きる」話ではない。うまくいかないまま、折れずにやる話だ。そこに救われる人がいる。

読み終えたとき、晶の背中が残る。勝利の背中ではなく、歩き続ける背中だ。

葉崎市シリーズ(コージー寄りの軽妙さと毒)

9.ヴィラ・マグノリアの殺人(光文社/光文社文庫)

閉じた空間の社交は、優雅さより息苦しさが先に来る。笑顔の裏側に、順位と体面が貼り付いている。

このシリーズの良さは、軽いテンポで毒を運ぶところだ。読みやすいのに、人間観察は鋭い。笑って読んだ直後に、笑った自分が少し怖くなる。

事件は「外から来た悪」ではなく、内側で熟した悪意が形になる。だから空間が狭いほど、気配が濃い。

小道具の使い方が上手い。インテリアや持ち物が、性格の説明になり、そのまま動機の匂いになる。視覚の情報でページが進む。

重厚長編の合間の気分転換に向くが、軽さだけで終わらない。読後に残るのは、社交の疲れと、少しの苦味だ。

コージーを「安全な娯楽」として読みたい人には、少し刺が強い。逆に、その刺こそが好きなら癖になる。

人物の立て方も巧い。嫌な人が出てくるのに、顔が見える。嫌いなのに目が離れない。

読み終えたあと、誰かの笑顔を思い出す。あれは本心だったのか、という疑いがふっと残る。

10.古書店アゼリアの死体(光文社/光文社文庫)

本の匂いがする場所ほど、人の執着も濃い。古書は物だが、物ではない。持ち主の時間が染みている。

この話は、収集癖と秘密が絡まり、事件が「手放せないもの」の物語になっていく。読みながら、棚の奥の影が濃くなる。

小道具の楽しさがある。書名、紙の色、値札の角。そうした具体が、ミステリーの手触りを作る。

一方で後味は苦い。好きなものほど、他人の目が怖くなる。好きなものほど、奪われたくない。そういう感情が、事件を現実に引き戻す。

コージー寄りの軽さと、若竹七海らしい棘のバランスがいい。軽快に読んでいたのに、最後に少し沈む。

読書好きなら、なおさら刺さる。あなたにも「説明したくない好き」があるはずだ。その部分を静かに触ってくる。

人物の言い訳がリアルだ。自分でも完全には理解できない執着を、言葉で取り繕う。その取り繕いが、かえって正直に見える。

読み終えたあと、古書店に入りたくなる。匂いを嗅いだ瞬間、別の怖さも一緒に思い出す。

11.猫島ハウスの騒動(光文社/光文社文庫)

のどかな観光地の顔と、共同体の面倒くささが同居する。かわいさで包まれた場所ほど、揉めるとしつこい。

読みやすさは強い。人物の癖が立っていて、会話だけでページが進む。連休にするっと読めるのに、記憶には残る。

事件は、遠くの悪より近くの軋みから生まれる。善意が善意のまま通らない場面が、観光の明るさと噛み合って不気味だ。

猫というモチーフが、癒しにだけ使われない。かわいい存在がいるからこそ、人の都合が浮き彫りになる。そこが若竹七海の冷たさだ。

コージーを期待して読んでも、安心だけでは終わらない。笑いの裏で、共同体の圧が見える。

疲れているときほど読める。重いものは無理だが、軽すぎるものも嫌だ、という気分に合う。

小さな違和感の拾い方が巧い。誰かの一言、視線のズレ、妙な沈黙。日常の粒が謎になる。

読み終えたあと、旅先の「いい思い出」が少しだけ揺れる。あの空気の裏側もあったのだろう、と。

12.みんなのふこう(ポプラ社/ポプラ文庫)

不幸は平等ではないし、見せ方にも作法がある。誰かの不運を「物語」にして消費する視線まで含めて、皮肉に描く。

軽快なのに、笑いが安全地帯にならない。笑った瞬間、自分の立ち位置が少し気になる。そこが読みどころだ。

日常の中の「比べる」感覚がテーマに沈んでいる。あの人よりマシ、私のほうが損。そういう計算が、気づかぬうちに人を削る。

文章のテンポが良く、重いテーマを重く見せない。けれど、軽く見せる技術そのものが、怖さにもなる。

刺さる読者は、最近ちょっと疲れている人だ。元気なときは流せる一言が、疲れているときは棘になる。その棘を丁寧に拾う。

読書体験としては、昼の光の中で読むのが合う。明るい部屋ほど、皮肉が際立つ。笑いが乾く。

読後に残る変化は、誰かの不幸に触れたときの距離感だ。近づきすぎず、遠ざけすぎず。自分の目つきが変わる。

軽い入口に見えるが、実は深い。短時間で「自分の中の嫌な部分」を見つけたいときに向く。

13.プラスマイナスゼロ(ポプラ社/ポプラ文庫)

得したと思った瞬間に、別のところで損が始まる。日常の収支がじわじわ崩れていく感触を、事件として組み立てる。

破滅は大げさではない。だから怖い。少しの油断、少しの見栄、少しの言い訳。その「少し」が積み上がって、戻れなくなる。

読みどころは、因果の筋が生活の手触りに沿っている点だ。頭で納得するより先に、身体が嫌な感じを覚える。

登場人物が、完全な悪にならない。むしろ「自分でもやりそう」の側にいる。そこが読者の逃げ道を塞ぐ。

読む場面の空気が冷える。夜更けの台所、薄いカーテン越しの街灯、無音のスマホ画面。そういう光が似合う話だ。

刺さるのは、生活を立て直そうとしている人だ。頑張るほどズレる、という怖さがある。努力の純度が逆に危ない。

読後に残る視点は、損得の計算が人間関係に混ざる瞬間への敏感さだ。自分の中にも、その計算があると気づく。

読み終えたあと、レシートや明細を見る目が少し変わる。数字だけの問題ではない、と感じる。

14.クール・キャンデー(祥伝社/祥伝社文庫)

甘いものほど冷たく固まる瞬間がある。表向きのスマートさと、内側の粘着質が入れ替わるように動く。

この本は、軽さに見せて最後にじわっと嫌な余韻を残す。読みやすいのに、読み終えたあとに口の中が乾く。

会話の上品さが、怖さになる。丁寧な言葉ほど、相手を追い詰めることがある。その丁寧さの刃が見える。

読みどころは、感情が「見えない形」で操作されるところだ。怒鳴り声はないのに、支配がある。暴力ではなく、仕組みの暴力。

刺さる読者は、人間関係の表面が整っているほど不安になる人だ。整っていることが安心ではない、と知っている人に効く。

読書体験の情景は、冷たい飲み物に合う。氷が溶ける音と、この話の静けさが噛み合う。

読後に残るのは、言葉の温度への意識だ。優しい言葉が本当に優しいのか、冷たい言葉が本当に冷たいのか。

軽い一冊に見えるぶん、油断して刺される。その刺され方が好きなら、忘れがたい。

御子柴くんシリーズ(甘味×バディ×捜査)

15.御子柴くんの甘味と捜査(中央公論新社/中公文庫)

糖分のゆるさと捜査の緊張感を同じページに置いて、テンポよく転がす。重さに寄りかかりすぎず、人の癖と会話で進む。

葉村晶の苦味とは別の入口だ。肩の力を抜いて読めるのに、謎はちゃんと気持ちよく残る。軽さが仕事をしている。

甘味の描写が、単なる飾りではない。食べる、分ける、選ぶ。そういう動作が、関係性の温度を示す。事件の硬さをほどく手つきになる。

バディものの快感がある。相手に苛立つ、助けられる、理解が進む。捜査の進行と心の進行が揃っている。

読みどころは、嫌な現実を薄めずに、読みやすさへ変換する技術だ。陰惨さを避けるのではなく、光の当て方を変えている。

向く読者は、疲れていてもミステリーを楽しみたい人。暗さで沈むより、会話のテンポで持ち上げられたい日に合う。

読書体験の情景は、夕方のカフェ。甘い匂いと、紙の匂いが混ざるとちょうどいい。短い時間で満足できる。

読後に残るのは、事件の解決より「相手とやっていく」感覚だ。明日も会話が続く感じがある。

16.御子柴くんと遠距離バディ(中央公論新社/中公文庫)

距離があるからこそ、誤解も連携も生まれる。見えない相手を信じるしかない状況が、謎の手触りになる。

シリーズの空気感を掴んだあとに読むと、関係性の伸びが味わえる。会話の温度が少し変わり、読み手の気持ちも変わる。

遠距離の不安は、恋愛だけのものではない。仕事でも友情でも、距離は勝手に想像を増やす。その想像が事件へ繋がる。

読みどころは、テンポの良さを保ちながら、相手の不在をきちんと怖く描く点だ。軽いのに、軽くない。そこがうまい。

向く読者は、人間関係の「すれ違い」に敏感な人だ。言わなくても分かる、が一番危ない、という感覚がある。

読書体験の情景は、移動中の車内や電車内。自分も移動していると、距離のテーマが体に馴染む。

読後に残る視点は、連絡のタイミングの大切さだ。早すぎても遅すぎても壊れる。その繊細さが残る。

重い葉村晶の合間に読むと、呼吸が整う。甘味で整える、というより、会話で整える一冊だ。

短編集・単発(闇とユーモアの振れ幅)

17.暗い越流(光文社/光文社文庫)

短編の形を借りて、世界の嫌な部分を静かに撫でる。読みやすいのに、読後に「何を見せられたんだろう」が残る。

闇の質が上品だ。血や叫びより、無表情の選択が怖い。日常の延長線上にある崩れ方が多い。

一つ一つの話が短いぶん、逃げ切れない。息をつく間に次の嫌さが来る。けれど、その運び方が巧いので、読む手が止まりにくい。

読みどころは、ユーモアの混ぜ方だ。笑いが救いではなく、照明になる。照らされるほど、汚れが見える。

向く読者は、長編の重みより短編の刺を求める人。短い時間で濃い読書をしたい日に合う。

読書体験の情景は、夜の机。静かな音楽を流すより、無音がいい。無音のほうが、短編の冷たさが立つ。

読後に残る変化は、自分の判断への疑いだ。自分なら違う、と言い切れない場面が多い。

一冊で若竹七海の暗さの質感を掴みたいなら、強い入口になる。軽い気分で読むと、後から効く。

18.殺人鬼がもう一人(光文社/光文社文庫)

犯人探しの外側に、もう一段「語りの罠」がある。読者が気持ちよく推理しているところを、少しずつずらしてくる。

怖さの中心は血よりも、人の思い込みと都合のよさだ。自分に都合よく物語を作る、その癖が事件の燃料になる。

読みどころは、視線の操作だ。どこを見せ、どこを見せないか。その選択が上手いので、読後に自分の視線が信用できなくなる。

短編(あるいは短い単発)の強みが出ている。勢いで読めるのに、勢いだけでは終わらない。最後に足首を掴まれる。

向く読者は、トリックの巧みさより「心理の嫌さ」を味わいたい人。推理の勝利より、認知の崩れが欲しい人だ。

読書体験の情景は、昼より夜が似合う。暗い部屋で読むと、罠の輪郭がはっきりする。自分の呼吸が少し浅くなる。

読後に残るのは、断定の危うさだ。分かった、と思った瞬間が一番危ない。ミステリーを読む態度そのものが変わる。

読み終えてから、タイトルが増殖する。もう一人、は物語の中だけではない気がしてくる。

19.海神の晩餐(光文社/光文社文庫)

海に沈んだ時間が、紙の上で息を吹き返す。導入にはロマンがあるのに、途中から欲と恐れの現実へ引き戻される落差がうまい。

旅情を甘くしない。景色は美しいのに、そこにいる人間は綺麗ではない。美しさがあるぶん、醜さが際立つ。

読みどころは、物語が人を狂わせる瞬間の描き方だ。大声で狂うのではなく、静かに方向が変わる。その静けさが怖い。

海の描写が効く。湿った風、潮の匂い、遠い波音。感覚が先に入ってくるので、事件の現実感が増す。

向く読者は、閉じた街や共同体の空気が好きな人。外から来た人間が、内側のルールに絡め取られる話に惹かれる人に合う。

読書体験の情景は、少し肌寒い日がいい。暖房のない部屋で読むと、海の冷たさがそのまま届く。

読後に残る視点は、「語られた物語」を疑う感覚だ。美談にしてしまう前に、ひと呼吸置けるようになる。

読み終えたあと、海が少し怖くなる。怖さは自然ではなく、人間のほうから来る。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

Kindle Unlimited

軽めのシリーズを一気に流し読みして、好みの温度を先に見つけたいときに向く。気に入った一冊だけ紙で買い直す使い方も相性がいい。

Audible

暗い短編集は、声で聴くと皮肉の角度が変わって入ってくることがある。家事や移動の時間に、会話のテンポを先に掴むのも手だ。

小さめの読書ノート(無地)

葉村晶ものは、人物の一言や手触りが後から効く。刺さった一文だけを抜き書きしておくと、読後の苦味が「使える視点」に変わる。

まとめ

若竹七海のミステリーは、解決より「残るもの」の輪郭が濃い。葉村晶シリーズは、現実の苦味を正面から受け止める体力がある日に効く。葉崎市シリーズや御子柴くんシリーズは、軽快さで入りつつ、最後に棘が残る。短編集・単発は、短い時間で濃い冷たさを浴びたいときに向く。

  • 苦い探偵ものを浴びたい:1〜8(葉村晶シリーズ)
  • 軽妙さで入りたい:9〜14(葉崎市シリーズ)
  • テンポと会話で整えたい:15〜16(御子柴くんシリーズ)

いまの気分に合う入口を一冊だけ決めて、読み終えたあとの生活の呼吸を確かめてみるといい。

FAQ

葉村晶シリーズは刊行順に読むべきか

刊行順で読むと、晶の消耗や街との距離感が少しずつ変わるのが分かり、積み重ねの重みが効く。とはいえ短編集(1や5)から入っても魅力は掴める。まず一冊で「苦味の質」を確かめ、合えば順に戻る読み方が安全だ。

重い読後感が苦手でも読める入口はあるか

ある。葉崎市シリーズ(9〜14)はテンポが軽く、会話の読みやすさが先に立つ。御子柴くんシリーズ(15〜16)も、甘味やバディの空気で呼吸が整いやすい。軽く入ってから、苦味の強い巻へ進むと疲れにくい。

短編集・単発はどれから入るのがよいか

一冊で作風の暗さの質感を掴むなら17が向く。短い話の刺が連続し、読み終えたあとに視線が少し変わる。トリックの感触を楽しみたいなら18、海や土地の空気を含む物語が好みなら19が合う。

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