緑川聖司のミステリーは、こわさや謎の手触りを残しつつ、読後に心がほどける温度がある。図書館で起きる「日常の謎」から、座敷童子のいるお寺、妖怪が見え隠れする町の七不思議まで、入口がやさしいのに余韻は深い。作品一覧の中でも、いま手に取りやすい13冊を軸に、読みどころを丁寧に辿る。
- 緑川聖司の作風と読み始めのコツ
- 緑川聖司のおすすめ本13選
- 1. 晴れた日は図書館へいこう(ポプラ文庫ピュアフル)
- 2. (P[み]4-2)晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語(ポプラ文庫ピュアフル)
- 3. 晴れた日は図書館へいこう 夢のかたち(ポプラ文庫ピュアフル)
- 4. 晴れた日は図書館へいこう 物語は終わらない(ポプラ文庫ピュアフル)
- 5. 福まねき寺にいらっしゃい(ポプラ文庫ピュアフル)
- 6. 座敷童子の願いごと 福まねき寺で謎解きを(ポプラ文庫ピュアフル)
- 7.座敷童子の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを(ポプラ文庫ピュアフル)
- 8. 七不思議神社(あかね書房)
- 9. 七不思議神社 森に消えた宝(あかね書房)
- 10. 七不思議神社 白い影を追え(あかね書房)
- 11. 七不思議神社 破られた結界(あかね書房)
- 12. 七不思議神社 迷いのまぼろし(あかね書房)
- 13. 1 あやしいヒゲの会事件(ひみつの小学生探偵)
- 関連グッズ・サービス
- まとめ
- FAQ
- 関連リンク
緑川聖司の作風と読み始めのコツ
緑川聖司は、怪談とミステリーの両方を軸にしながら、児童書から一般向けまで幅広く書いてきた書き手だ。2003年に『晴れた日は図書館へいこう』で日本児童文学者協会長編児童文学新人賞佳作を受賞し、デビューしている。謎の立て方は派手なトリック一発ではなく、違和感を少しずつ集めていくタイプが多い。だから読みやすい。けれど、読みやすさは薄さと違う。人の気持ちがほどける瞬間や、言いにくい寂しさの形が、事件の解決といっしょに立ち上がる。
はじめて読むなら、「場所」が好きになれるシリーズから入るのが合う。図書館が好きなら「晴れた日は図書館へいこう」。落ち着く空気が好きなら「福まねき寺」。少し怖い話も欲しいなら「七不思議神社」。この3つは、緑川聖司の“やさしい謎”の幅をそのまま見せてくれる。
緑川聖司のおすすめ本13選
1. 晴れた日は図書館へいこう(ポプラ文庫ピュアフル)
図書館で起きる「日常の謎」系。やさしい雰囲気で、ライトにミステリーを読みたい人向き。新品表示あり。
図書館の空気には、独特の匂いがある。紙の乾いた匂いと、背表紙のインクの甘さが混ざって、呼吸の速度まで落ち着いていく。この本は、その匂いの中に「謎」をそっと置く。大事件ではない。けれど、放っておけない違和感が、棚と棚のあいだにひそんでいる。
主人公のしおりは、図書館に通うことが習慣になっている子だ。司書として働くいとこの美弥子さんがいて、そこに居場所の確かさがある。読者もいっしょに、館内の静けさを歩くことになる。足音を小さくする感じが、文章のリズムにも移ってくる。
起きるのは「本」にまつわる少し変わった事件だ。消えた本、ありえない返却、誰かの癖のような痕跡。謎の輪郭はやわらかいのに、しおりの目線は案外きちんと冷静で、推理の手つきがぶれない。そのバランスが気持ちいい。
図書館が舞台の話は、知識を誇示しやすい。けれど、ここで大切にされるのは本の博識ではなく、「本が誰かの人生に触れてしまう」瞬間だ。返すはずの一冊が、返せない事情を抱えているとき、謎は心の形になる。
読みどころは、解決が派手な勝利にならないことだ。真相が分かっても、誰かが完全に救われるとは限らない。けれど、少しだけ息がしやすくなる。その小さな変化が、児童書の枠を越えて沁みる。
疲れているときに、頭を使うミステリーはしんどい。けれど、謎を追うことで気持ちが整うこともある。そういう夜に、このシリーズはちょうどいい。ページをめくる音が、心拍を少し落としてくれる。
図書館という場所が好きな人はもちろん、昔好きだったのに最近は行けていない人にも向く。読み終えたあと、次に行く図書館の入口が少し明るく見えるはずだ。
2. (P[み]4-2)晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語(ポプラ文庫ピュアフル)
二冊目になると、図書館は「舞台」から「生活」に近づく。しおりにとっては日課で、読者にとっても“戻ってくる場所”になる。その安心感があるからこそ、持ち込まれる謎が少しだけ切実になる。
象徴的なのが、題名の分からない本を探してほしいという依頼だ。記憶の中にある一冊を探す行為は、単なる調べものではない。人の時間を掘り起こすことになる。探す側も、探される側も、どこかで自分の過去に触れてしまう。
本が飛ぶ、何かが消える、奇妙な置き物が続く。そうした出来事は軽やかに転がるのに、最後に残るのは「どうしてそれが必要だったのか」という感情の理由だ。謎の答えは、たいてい感情の裏側に貼りついている。
しおりは、誰かを裁かない。けれど、見逃しもしない。読者にとっても、その距離感が救いになる。推理ものを読むと、犯人探しの快楽に寄りがちだが、このシリーズは「人の事情」を中心に据えたまま、ミステリーの形を守る。
連作の利点も生きている。ひとつの話の後味が、次の話の読み味を少し変える。短編のようでいて、図書館そのものが長編の心臓みたいに鼓動している。
本を探す話が好きな人、読書の記憶を大事にしている人には刺さりやすい。読み終えてから、自分にも「題名を忘れたままの一冊」があることに気づくかもしれない。そして、それを探したくなる。
3. 晴れた日は図書館へいこう 夢のかたち(ポプラ文庫ピュアフル)
「夢のかたち」という題名の通り、この巻は“人が信じたいもの”の輪郭が濃い。夢は現実より曖昧なのに、曖昧だからこそ執着が生まれる。その執着が、図書館という静かな場所で、少しだけ音を立てる。
幻の司書を探す男性、宝の地図のように見えるもの、本を残して家出した少年。出来事だけ並べれば可愛らしいのに、裏には孤独や焦りが透けて見える。緑川聖司は、この透け方を大げさにしない。大げさにしないから、刺さる。
このシリーズの魅力は、謎が「本の世界」と「現実」を結び直すところにある。図書館の棚には、誰かの人生の途中で必要になった本が眠っている。そこへ手が伸びるとき、人は自分の物語を少しだけ書き換える。
推理は、暴くためではなく整えるためにある。誤解の結び目をほどく、言えなかった言葉に形を与える。読み進めるほどに、事件の解決が誰かの呼吸を深くする行為に見えてくる。
しおりの目線は相変わらずまっすぐで、だからこそ周囲の大人の弱さも、子どもの強がりも、同じ高さで映る。ここがこの物語の優しさだ。上から「教えない」。横で「見つける」。
図書館に通ったことがある人なら分かる。あの場所は、何も起きないようでいて、いつも誰かの生活が動いている。夢の形は、棚の隙間に残っている。そんな感覚が、読み終わったあとにも残る。
4. 晴れた日は図書館へいこう 物語は終わらない(ポプラ文庫ピュアフル)
完結巻は、終わり方の温度でシリーズの印象を決める。この巻は、終わりを「閉じる」のではなく、題名どおり“続く”方向へ置く。だから読み終えたあと、喪失よりも、次の一歩の気配が残る。
扱われる謎も、生活の節目に触れるものが多い。出自に疑問を抱く少女、本を探す少年、館内で起きる小さな事件。どれも一見すると静かな話だが、人の人生の底の方が少し揺れる。
図書館は、誰のものでもある場所だ。だからこそ、個人の事情が交差する。交差するとき、すれ違いも起きる。ミステリーは、そのすれ違いを一度止めて、事情を並べ替える装置になる。
この巻の良さは、人物の成長を“成長もの”として押し出さないところだ。しおりは急に大人にならない。美弥子さんも、万能な司書として君臨しない。それぞれが自分の手の届く範囲で、できることをする。その等身大が、読者の生活に降りてくる。
読後に残るのは、図書館へ行く理由が一つ増える感覚だ。借りたい本があるから、だけではない。自分の気持ちを整えたいから、誰かの物語を借りたいから、という理由が増えていく。
シリーズを最初から追ってきた人には、静かな達成感がある。途中から読む人にも、ここから逆に辿りたくなる“引力”がある。物語は終わらない。終わらないから、また戻れる。
5. 福まねき寺にいらっしゃい(ポプラ文庫ピュアフル)
お寺が舞台になると、時間の流れが変わる。鐘の余韻、線香の匂い、掃き清めた石畳。そういうものが、日常のざわつきを一段落とす。このシリーズは、その落ちたところに「相談」と「謎」を持ち込む。
主人公の修平は、実家の寺に呼び戻され、副住職見習いとして動き出す。跡継ぎだった兄の失踪という影があり、のんびりした題名の裏で、心が落ち着かない。けれど修平は、その落ち着かなさを抱えたまま、人の話を聞く側に回る。
持ち込まれるのは、檀家の悩みや、言いにくい違和感だ。恋愛相談のような軽さもあれば、遺言のような重みもある。解くべきものは、事件というより「もつれ」だ。もつれをほどくとき、相手の顔色が変わる瞬間がある。その瞬間が、このシリーズの芯になる。
相棒になる副住職の清隆さんが、毒舌で切れ味がある。寺の空気は柔らかいのに、会話は案外シャープだ。そのコントラストが読み味を軽くして、ページが進む。会話のテンポがいいのに、雑ではない。
「ほんわか」と書かれることが多いが、甘いだけの話ではない。困っている人は、自分の困り方を上手に説明できない。だから寺に来る。修平の優しさは、答えを与える優しさではなく、言葉になるまで待つ優しさだ。
お寺のミステリーは、怪異に寄せても、現実に寄せても成立する。このシリーズは、その中間を選ぶ。少し不思議で、けれど人の心が原因で起きる。読後に残るのは、寺の静けさと、生活の手触りが同時に残る不思議さだ。
疲れたとき、誰かの悩みを読むのは重いと思うかもしれない。けれど、この本は「悩みの重さ」より「ほどける瞬間」の軽さを先に渡してくる。だから読み始められる。
6. 座敷童子の願いごと 福まねき寺で謎解きを(ポプラ文庫ピュアフル)
座敷童子という存在は、怖いというより、家の気配を濃くする妖だ。いるだけで、家が“生きている”ように見える。この巻は、その座敷童子を寺に住まわせてしまう。舞台の縁側が、少しだけきしむ音まで想像できる。
修平は相変わらず流され気味で、清隆さんは相変わらず鋭い。二人の凸凹が整ってきたところへ、寺の中で起きる奇妙な出来事が重なる。わら人形、坐禅会に現れる存在、繰り返される小さな兆候。謎は軽く見えて、実は心の奥に触れている。
座敷童子が絡むと、話が一気に“伝承”の側へ傾きそうになる。けれど緑川聖司は、伝承で読者を圧し切らない。むしろ、伝承があるからこそ、人が何を怖がり、何を願うのかが見えやすくなる、という使い方をする。
願いごとという言葉が出ると、綺麗な話にしたくなる。だがこの巻は、願いが時に他人を縛ることも描く。願いは優しい顔をして、相手の自由を奪うことがある。だから謎解きが必要になる。
推理の面白さは、原因の見立てが二段構えになっているところだ。怪異かもしれない、と思わせながら、現実の事情がにじむ。現実だけでもない。どちらかに決めつけないまま、落としどころを探す。その探し方が、寺という舞台に合っている。
読み終わるころには、寺の台所の匂いまで残る。湯気の立つ湯呑み、掃除のあとの畳、冬の冷え。そういう生活の感覚が、謎の解決といっしょに戻ってくる。心が少し温まる、という言葉が似合う。
7.座敷童子の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを(ポプラ文庫ピュアフル)
シリーズが続くと、読者は「事件」より「場の暮らし」を求めはじめる。この巻は題名からして暮らしに寄っている。幸せごはん。寺の食卓は、外の世界より少しだけ静かで、少しだけ丁寧だ。その丁寧さが、謎の輪郭を浮かび上がらせる。
ごはんは、心の状態を隠せない。食べられるか、味がするか、誰と食べるか。そういう些細なことが、実はその人の“いま”を語っている。福まねき寺に持ち込まれる相談も、言葉より先に生活の歪みとして現れる。
座敷童子という存在がいることで、寺は少しだけ童話のようになる。けれど、童話のままにしないのが緑川聖司だ。童話の光の中に、現実の影を混ぜる。影は怖がらせるためではなく、登場人物の背中を現実に戻すためにある。
謎解きの快感は、食卓の温度といっしょに運ばれてくる。ここが珍しい。普通は推理の場面で温度が上がるが、この巻は湯気が推理の手前にある。だから読者も、肩の力が抜けたまま考えられる。
副住職コンビのやりとりも、尖りすぎず甘すぎず、ちょうどいい。修平の迷いが、清隆さんの言葉で少しずつ形になる。その形が、謎の答えにもつながっていく。人間関係の変化が、推理の一部になっている。
「優しいミステリー」を探している人には、この巻は相性がいい。優しいというのは、痛みを消すことではない。痛みの位置を確かめて、生活へ戻れるようにすることだ。食べる、眠る、片づける。そういう当たり前が、読後に少しだけ戻ってくる。
8. 七不思議神社(あかね書房)
町が変わると、世界の法則も変わる。リクは小学5年生の夏休みに七節町へ引っ越してくる。理由は家族の事情で、そこには少し痛みがある。けれど町は、痛みをそのまま放置しない。妖怪の存在が見え隠れする、ちょっと変わった場所として、リクの感覚を揺さぶってくる。
七不思議神社という名前が、すでに楽しい。子どもの頃、学校や町の七不思議を聞いた記憶がある人は多いはずだ。けれど本作の七不思議は、噂話の飾りではなく、生活のなかに入り込んでくる。だから「怖い話」から一歩進んで、「探す話」になる。
仲間ができるのも早い。怖い話好きという共通点で集まる子どもたちは、軽いようでいて、案外真剣だ。怖さを笑いに変えられるのは、怖さを知っているからだ。その真剣さが、推理の動機にもなる。
怪談がちりばめられ、イラストも多い。読みやすさは前提として、そこに“捜索の筋立て”が乗ってくる。何が起きたのか、誰がどこへ消えたのか、何を見落としているのか。妖怪が絡んでも、見落としを拾う手つきはミステリーのそれだ。
この巻の良さは、怖さが「脅し」にならないところだ。怖さは、未知の輪郭を示す道具になる。未知があるから、探す。探すから、友だちの距離が近づく。読後、リクの町が少しだけ自分の町にも見えてくる。
夜に一気読みするより、夕方から夜にかけて少しずつ読むのが似合う。外が暗くなっていく時間に、ページの中の不思議も濃くなっていく。
9. 七不思議神社 森に消えた宝(あかね書房)
「宝が消えた」。それだけなら冒険の始まりだ。けれどこの巻では、宝は水神さまの宝玉で、頼みごとをしてくるのは河童のギィだ。つまり、消えたものの重さが最初から“人間の外側”にある。そこがこのシリーズのわくわくを強くする。
リクたち4人組は、力を合わせて森の謎に挑む。期限がある。秋祭りまでに解決できるのか、という時間制限が、捜索ものとしての緊張を作る。児童書の捜索は甘くなりがちだが、この巻は「間に合わないかもしれない」焦りをちゃんと置く。
森の匂い、土の湿り、夕方の冷え。そういう感覚が、怪談と相性がいい。怪談は、空気の変化で怖くなる。この巻は、怪談を“挿話”として散りばめつつ、メインの謎に絡めていくので、怖さが遊びで終わらない。
推理のポイントは、怪異をそのまま答えにしないところだ。河童がいるなら、何でも河童の仕業にできる。けれど子どもたちは、森で起きた事実を見ようとする。足跡、言い回し、時間のズレ。そういうものが、ちゃんと手掛かりになる。
読者も一緒に考えられる作りになっている。難解ではないが、簡単に当てさせもしない。だから読み終えたときの満足が、ふわっとではなく、きちんと残る。
怖い話が好きな子に薦めやすい一方で、怖さが苦手な子にも“探す面白さ”で支えてくれる。怖いのに、なぜか最後は元気が出る。その矛盾が、このシリーズの魅力だ。
10. 七不思議神社 白い影を追え(あかね書房)
冬なのに雪が降らない。そこから始まる違和感が、季節の肌感覚に直結していていい。寒いのに、空が乾いている。期待していた白が来ない。その空白が、物語の「白い影」になる。
雪女から手紙が届き、雪娘が家出したという。伝承の存在が、手紙という“現実の形式”を取ることで、話が一気に近づく。けれど探し方は現実的だ。「小さい子どもを探している」と言って回れば大騒ぎになる。だから言い訳をしながら、町の中に紛れた誰かを探す。
ここがミステリーとして強い。怪異を探すのに、聞き込みの要領が必要になる。目撃情報のズレ、言葉の引っかかり、相手の反応。子どもたちの“探偵ごっこ”が、ちゃんと捜査の形を持つ。
雪というモチーフも効いている。雪は世界の輪郭を消す。足跡だけを残して、景色を平らにする。だからこそ、消えた存在を追う話に合う。白い影は、見えにくいのに目立つ。その不思議が最後まで続く。
怪談が散りばめられているが、怖さはじわじわ型だ。突然驚かせるより、背中のあたりが冷える。読みながら、暖房の温度を少し上げたくなるような冷え方だ。それでもページをめくりたくなるのは、子どもたちの会話が明るいからだ。
読後に残るのは、「怖い話を聞いたあとの帰り道」の感じに近い。怖かった。けれど一人ではない。誰かと並んで歩ける。その感覚が、物語の終わりを支えている。
11. 七不思議神社 破られた結界(あかね書房)
舞台は「おひさま食堂」。リクたちがいつもの町の延長で立ち寄った場所に、風変わりな女の子キッコが現れて、「いなりずしがほしい」と言い出す。洋食屋にいなりずし、という最初のズレが、そのまま“結界が破れている”感触につながっていく。
この巻の面白さは、謎が「食べものの注文」みたいに些細な形で始まるところだ。けれど食べたい味には理由がある。懐かしい味は、思い出だけじゃなく、安心の記憶でもある。妖怪たちの不調や願いが、生活の言葉で差し出されるから、読者の手のひらに乗る。
結界という言葉が出ると、いきなり大きな戦いになりがちだが、ここで崩れるのは境目の“調子”に近い。町の側と妖怪の側、その間にあるはずの秩序がガタついて、ズレが生活に滲む。だから解決も、力技ではなく、ズレの原因を探って整える推理になる。
小豆小僧、だいだらぼっちなど、名前だけで空気が変わる妖怪が出てくる。怖がらせるための登場ではなく、「人とわかりあえなかった存在」を可視化するための登場だ。相手が人間じゃないからこそ、こちらの思い込みも炙り出される。
シリーズの良さとして、メインの出来事に絡めて短い怪談話が差し込まれる構成がある。この巻でも、短い話が“気圧”みたいに効く。読み進めるうちに、町の空気が少しずつ冷えたり、ふっと軽くなったりする。短篇の粒が、長篇の背骨を支えている。
読み終わったあとに残るのは、解決の派手さより「相手のお願いを、ちゃんとお願いとして受け取った」感触だ。ミステリーの快感が、勝ち負けではなく、境目が戻る静けさとして残る。夜に読むと、台所の灯りが少しやさしく見える。
12. 七不思議神社 迷いのまぼろし(あかね書房)
夏休み、海辺の旅館へ。旅先の浮ついた空気の中で、海のトラブルが頻発していると聞き、リクたちは“土地の不思議”に巻き込まれていく。人魚やお坊さんの妖怪が出てくるが、ここでも筋立ては「起きていることを観察して、理由を探る」方向へ寄っている。
海が舞台になると、怖さの質が変わる。森や神社の怖さが「暗さ」だとしたら、海の怖さは「広さ」だ。どこまでが安全で、どこからが深いのかが見えにくい。迷いの感覚は、まさにその境界の曖昧さから立ち上がる。
この巻の読みどころは、旅という“非日常”が、逆に推理を難しくする点だ。土地勘がない。人間関係の地図もない。だから聞き込みや観察が、いつもより慎重になる。子どもたちが勢いだけで突っ込まず、少しずつ手がかりを集めていく流れが、ミステリーとして気持ちいい。
人魚や妖怪の登場は、ファンタジーの彩りで終わらない。海のトラブルの背景には、人間側の事情も混ざる。怪異を全部の答えにしないことで、「怖い話」から「解く話」に変わる。このシリーズの強みが、海辺でもぶれない。
また、この巻も旅や海にちなんだ短い怪談話が散りばめられている。旅先で聞く怪談は、家で聞くより少しだけ効く。窓の外が知らない暗さだからだ。その“効き方”が、メインの謎の緊張をちょうどよく保つ。
読み終えたあと、海を見る目が少し変わる。きれいだと思う気持ちの横に、深さへの敬意が残る。恐怖を増やすのではなく、距離感を整える終わり方が、緑川聖司らしい。
13. 1 あやしいヒゲの会事件(ひみつの小学生探偵)
これは“緑川聖司の単独長編”というより、「小学生探偵」という仕組みを楽しむ短編集の入口だ。選ばれた小学生のもとに、ボスから探偵依頼メールが届き、承諾すると謎解きが始まる。密室や暗号など、ミステリーの代表的な遊び場が、読みやすい短い話で並ぶ。
良いのは、ミステリーを“賢さの競争”にしないところだ。事件の難しさより、「手がかりってこう拾うんだ」「推理ってこう組み立てるんだ」という基本の型を、遊びのテンポで覚えさせてくれる。初めて読む子どもに向けた設計が、そのまま大人のリハビリにもなる。
さらに、この巻は古典推理の有名トリックを、現代の小学生が扱える形に置き換えているのがポイントになる。ドイルやルブラン、乱歩に触れる前の“予習”としても機能するし、読んだことがある人には「そう来るか」という楽しさがある。
緑川聖司の持ち味である「怖さの手前の不思議」「日常の違和感」は、ここではスパイスの位置に回る。その分、テンポが速い。章をまたぐごとに舞台も変わり、飽きる前に次の事件へ移る。読書が続きにくい子にも合う。
図書館ミステリーや七不思議神社が“場所に戻るシリーズ”だとしたら、ひみつの小学生探偵は“型を覚えるシリーズ”だ。緑川聖司を軸に読み広げたいなら、気分転換として挟むと、他シリーズの謎解きも一段くっきり見えるようになる。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
紙の本でも電子書籍でも、緑川聖司の作品は「少しずつ読む」リズムと相性がいい。通学や通勤のすき間に、短い章を一つだけ進めるだけで、気分が切り替わる。
音で物語に入ると、図書館の静けさや冬の川原の冷えが、頭の中で立体になる。目を休めたい時期にも続けやすい。
もう一つは、細い付箋と鉛筆だ。手掛かりっぽい一文、言い回しの違和感、登場人物の小さな沈黙に印をつけると、読み返す楽しみが増える。推理の快感が“自分の手”に降りてくる。
まとめ
緑川聖司のミステリーは、怖さや謎を“効かせながら”、読後をやさしく整える。図書館の棚の匂い、お寺の鐘の余韻、雪の来ない冬の空気。そういう手触りが、謎の解決といっしょに残る。
読み方の目的で選ぶなら、次の感覚が分かりやすい。
- 心を静かにしたいなら、「晴れた日は図書館へいこう」シリーズ
- 人の悩みがほどける感じが欲しいなら、「福まねき寺」シリーズ
- 少し怖くて面白い“捜索”を味わいたいなら、「七不思議神社」シリーズ
どれから始めても、読み終えたあとに、自分の生活の場所が少しだけ好きになる。次の一冊は、その場所に合わせて選べばいい。
FAQ
Q1. 子ども向けと聞くと物足りない気がするが、大人でも楽しめるか
楽しめる。謎の難しさで殴ってこない代わりに、違和感の拾い方や、人の事情のほどき方が丁寧だ。大人の読書は、解けたかどうかより「読後に呼吸が変わるか」が効くことがある。緑川聖司は、その変化を小さく確実に起こす。
Q2. まず一冊だけ買うならどれがいいか
図書館が好きなら『(P[み]4-1)晴れた日は図書館へいこう(ポプラ文庫ピュアフル)』が入口になる。図書館の事件という形で、作風のやさしさと推理の気持ちよさが一度に分かる。
Q3. 怖いのが苦手でも「七不思議神社」は読めるか
驚かせる怖さより、じわっと冷える怖さが中心で、しかも子どもたちの会話が明るいので支えになる。怖さは“探す面白さ”のスパイスとして働く。どうしても不安なら、まず図書館かお寺のシリーズで作風に慣れてから入ると安心だ。

![(P[み]4-2)晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物 (ポプラ文庫ピュアフル) (P[み]4-2)晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物 (ポプラ文庫ピュアフル)](https://m.media-amazon.com/images/I/51kcOX59TBL._SL500_.jpg)


![(P[み]4-3)福まねき寺にいらっしゃい (ポプラ文庫ピュアフル み 4-3) (P[み]4-3)福まねき寺にいらっしゃい (ポプラ文庫ピュアフル み 4-3)](https://m.media-amazon.com/images/I/51ggrnWp2VL._SL500_.jpg)







