浅田次郎を読むなら、まずは泣かせる短編から入るのがいい。そこから家族の記憶、時代の裂け目、戦争の傷、中国歴史大河へと進むと、この作家の代表作がなぜ長く読まれ続けているのかがよくわかる。人情話の名手と思って開くと、その奥に歴史の重みと、敗者に向けるまなざしの深さがある。作品一覧の広さに迷った人ほど、順番をつけて読むと入りやすい。
入り方に迷うなら、いまの気分に合わせて選ぶと外しにくい。
- 全体像をつかみたいなら、1 → 2 → 3 → 6 → 15。
- 中国歴史大河を太く味わいたいなら、6 → 7 → 8 → 9 → 10。
- 疲れている時期に人の情や再生を読みたいなら、4 → 5 → 17 → 20。
浅田次郎とはどんな作家か
浅田次郎の小説には、まず人の顔がある。歴史の大事件や大きな制度の話を書いていても、最後に残るのは、そこで黙って耐えていた人、言い訳を飲み込んだ人、誰にも見えないところで身を削っていた人の気配だ。だから読後に残るのは、筋立ての巧さより先に、あの人物の立ち姿だった、という感覚になることが多い。
代表作をたどると、その幅の大きさにも驚かされる。『鉄道員』のような短編で市井の哀歓をすくい上げたかと思えば、『地下鉄に乗って』では家族の記憶と東京の時間を重ね、『壬生義士伝』では時代小説の情と残酷さを真正面から受け止める。さらに『蒼穹の昴』以降の中国ものでは、個人の運命と国家の激動が同じ熱量で描かれ、スケールが一気に開いていく。
受賞歴だけを並べても華やかだが、それ以上に印象的なのは、賞ごとに作品の肌ざわりが違うことだ。泣ける、熱い、可笑しい、痛い、広い。作品一覧を眺めると、駅員も課長も新選組隊士も流人も、みな浅田次郎の世界では「時代に押し流されそうになりながら、それでも人として立とうとする存在」としてつながっている。仕事や家庭に少し疲れているとき、あるいは歴史を人の顔から読み直したいときに、浅田作品は妙に深く入ってくる。
まず読むならこの5冊
まず一冊目なら『鉄道員(ぽっぽや)』がいい。短編なので入りやすく、それでいて浅田次郎の涙の運び方、言いすぎない情、最後にじわりと胸へ返ってくる余韻が一冊でつかめる。
次に『地下鉄に乗って』。家族という近すぎる相手を、人はどれほどわかっていないのか。その苦さとやさしさが、ファンタジーの形で無理なく入ってくる。
三冊目は『壬生義士伝』。泣ける時代小説として有名だが、本当に効くのは、貧しさと誇りが一緒にある人間の姿だ。新選組ものが初めてでも問題ない。
四冊目に『蒼穹の昴』を置くと、浅田次郎がなぜ単なる人情作家ではないのかがはっきり見える。個人の夢と帝国の傾きが、同じ呼吸で描かれていく。
五冊目は『一路』。重い作品が続いたあとに読むと、笑いと律義さの配分のうまさがよくわかる。旅の小説としても、仕事の小説としても気持ちよく読める。
まず外しにくい代表作
1. 鉄道員(ぽっぽや)(集英社文庫)
浅田次郎の代表作を一冊だけ挙げるなら、やはりここから始めたくなる。表題作は、雪に閉ざされた終着駅に立ち続ける老駅長の話だ。派手な事件は起きない。むしろ、起きなさすぎるほど静かな日々のなかで、娘を亡くしたこと、妻を亡くしたこと、それでも職務に立ち続けることの重みが、少しずつ胸に積もっていく。その静けさがあるから、最後の奇蹟が安っぽい涙ではなく、人生の帳尻のように見えてくる。
短編集としての完成度も高い。表題作だけで終わらず、「ラブ・レター」や「角筈にて」のように、取り返しのつかなさと小さな救いが同居する話が並ぶので、この作家の持ち味をかなり広い角度から味わえる。うまいのは、弱さを裁かないところだ。格好よく生きられなかった人にも、取り戻せなかった時間にも、浅田次郎は最後まで冷たくならない。仕事に追われて心が乾いているとき、あるいは誰かをきちんと弔えずにいるときに刺さる一冊だ。読後、駅のホームや冬の空気が少し違って見える。
2. 地下鉄に乗って 新装版(講談社文庫)
地下鉄の階段を上がると、そこは三十年前の東京だった。設定だけ見れば大人のファンタジーだが、この小説の核にあるのは、父と子、兄弟、夫婦といった近すぎる関係の痛みだ。家族はわかり合えているはずだという思い込みを、一段ずつ崩しながら、戦前、戦後、闇市の記憶までさかのぼっていく。時間移動の面白さより、そこに連れていかれる感情のほうが強い。
この作品のいいところは、過去を知ったからといって何もかも許せるわけではない、ときちんと書いている点だ。理解はできる。でも傷が消えるわけではない。その苦い地点に踏みとどまるから、最後に見えてくる和解の気配が甘くなりすぎない。東京という街そのものが、個人の記憶の地層として立ち上がってくるのも魅力だ。親との距離感に整理がつかないとき、自分の来歴をどこかで引き受け直したいときに読むと深い。代表作として長く残る理由が、読んでいるあいだに自然とわかる。
3. 壬生義士伝(上・下/文春文庫)
新選組を描いた小説は数多いが、この作品が特別なのは、英雄譚より先に「食えないこと」の切実さを置いているところだ。南部藩の下級武士・吉村貫一郎は、家族を食べさせるために脱藩し、新選組に入る。動機だけ見ればきわめて現実的で、武士の美学からは外れているようにも見える。けれど、だからこそ彼の誠実さと覚悟が、きれいごとではなく迫ってくる。
泣ける時代小説として語られがちだが、本当に読ませるのは、貧しさが人の dignity をどう削るか、それでも守ろうとするものは何かという問いだ。剣の強さより、家族への執着、金への執着、名誉への執着がぶつかり合う。そこに新選組という集団の熱も乗るので、読み味は濃いのに前へ進む力がある。時代小説にあまり慣れていない人でも入りやすいのは、歴史知識より感情の導線がはっきりしているからだ。心がすり減っているのに、まだ守りたいものがある人に効く。上巻を開いたら、そのまま下巻まで持っていかれるはずだ。
4. 天国までの百マイル 新装版(朝日文庫)
会社を潰し、家庭も失いかけた四十歳の男が、心臓病の母を救うために天才外科医のいる病院を目指す。骨格だけ見るとロードノベルだが、旅の途中で露わになるのは、失敗した人生を抱えた人間の情けなさと、それでも捨てきれない身内への思いだ。浅田次郎は、敗者のかっこ悪さを書くのがうまい。そして、そのかっこ悪さのなかにしか出てこないやさしさも知っている。
この作品では、親孝行という言葉が少し違って見えてくる。母を助けたい気持ちはたしかにある。けれどその裏には、自分自身を立て直したい願いも混じっている。その濁りを隠さないから、小説全体がきれいに浄化されすぎない。恋の記憶も、金の不安も、道中で出会う人の体温もまじりあい、人生がしみ出してくる。何かを失ってからでないと読めない本があるが、これはまさにそういう一冊だ。仕事でつまずいた時期、親の老いが急に現実味を帯びてきた時期に読むと、胸の奥の鈍い場所に届く。
5. 椿山課長の七日間(集英社文庫)
突然死した中年の課長が、美女の姿を借りて七日間だけ現世に戻る。設定だけ読むとずいぶん奇抜だが、実際に味わうのは笑いより切なさだ。自分が死んでみて初めて見える家族の本音、職場の空気、子どもの傷。生きている間は「自分が支えている」と思っていた男が、死後の位置からその思い込みを少しずつ剥がされていく過程が痛い。
ただ、痛いだけでは終わらない。浅田次郎はここでも、情けなさのそばに滑稽さを置く。だから重い題材なのに息苦しくならず、むしろ読み進めるほど、人間というものの不器用さにいとおしさが出てくる。死後の世界を描きながら、実はこれは家族小説であり、会社員小説であり、親子小説でもある。過労や責任感に押しつぶされそうなとき、「自分ばかりが抱えている」と感じているときに読むと、少し視界がずれる。泣けるのに、読後は妙にやわらかい。
中国歴史大河を一気に読む
6. 蒼穹の昴(1/講談社文庫)
浅田次郎の作品一覧のなかで、スケールの大きさを真正面から感じたいなら、この一巻を開くべきだ。清朝末期、極貧の少年が予言に導かれるように北京へ向かい、もう一人の若者は科挙へ進む。身分も生き方も違う二人が、やがて王朝の中枢に触れていく。その始まりに、希望と残酷さが同時に宿っている。大河小説らしい大きなうねりがありながら、最初に掴まれるのは空腹や寒さの感覚だ。
このシリーズの強みは、歴史の教科書で見ていた巨大な名前が、ちゃんと血の通った人物として動き出すことにある。西太后や宦官制度、列強の圧力といった重い題材が並ぶのに、読みにくさより先に物語の勢いが来る。浅田次郎は大きな歴史を書くときも、人間の願いや見栄や恐れから離れない。だから清朝末期が遠い世界の話で終わらない。長いシリーズに入るのは気が重い、でも一冊目なら試したい、という人にも向いている。歴史小説の醍醐味を久しぶりに思い出したい時に、これほどいい入口はない。
7. 珍妃の井戸(講談社文庫)
『蒼穹の昴』の熱量を受け継ぎながら、こちらは宮廷ミステリーの色が濃い。列強に踏みにじられ、王朝の威信が崩れていく北京。その中心、紫禁城の奥で、一人の妃が命を奪われる。誰が殺したのかという謎はもちろんあるが、読んでいて強く残るのは、衰亡する帝国のなかで美しさや愛情がどれほど脆いかという感触だ。
浅田次郎は歴史の転換点を、英雄だけでなく、取り残される側の悲しみからも描く。珍妃の存在はその象徴で、華やかな宮廷の奥に閉じ込められた個人の孤独が、国の傾きと響き合う。シリーズものの第二歩として読むと、単なる続編ではなく、世界がさらに陰影を増していく感覚がある。華麗な中国宮廷絵巻を期待してもいいが、それだけでは終わらない。滅びの美しさに弱い人、政治の駆け引きより人の情念から歴史を読みたい人にはとくに合う。読後、井戸というモチーフがひどく深く見える。
8. 中原の虹(1/講談社文庫)
シリーズ第三部にあたるこの作品では、視界がぐっと広がる。満洲の覇者を目指す張作霖の台頭が前面に出てきて、宮廷の内側だけでなく、大地を駆ける者たちの野心と運命が熱を帯びる。英雄譚のようでもあり、成り上がりの物語のようでもあり、そのどちらにも収まりきらない。大きな歴史の流れのなかで、人がどこまで自分の天命を信じられるかが問われる。
ここまで来ると、浅田次郎の中国ものは単なる歴史再現ではなく、運命小説だとはっきりわかる。誰が王者になるのか、龍玉はどこへ向かうのかという物語の推進力が強く、長いのに読み手の熱が落ちにくい。しかも、その熱の底には、国家や軍閥の論理に呑み込まれていく個人の哀しさがある。歴史のうねりの中で上へ上へと昇っていく人間を見るのが好きな人にはたまらないし、逆に、上りつめるほど孤独になる人間を見たい人にも響く。浅田次郎の吉川英治文学賞受賞作として名が挙がる理由を、物語の厚みそのもので納得できる一冊だ。
9. マンチュリアン・リポート(講談社文庫)
張作霖爆殺という歴史的事件を正面から据えた作品で、シリーズのなかでも空気がひときわ張りつめている。国家の思惑、軍の暴走、個人の忠誠、そして時代の流れが、ひとつの破局に向かって収束していく。読みながら感じるのは、歴史の必然というより、誰かの判断や欲望や恐れが積み重なった果てにしか悲劇は起きない、という冷たさだ。
それでもこの小説がただの政治劇に見えないのは、浅田次郎が最後まで人物の体温を失わないからだ。大きな事件の外側で震えている者、巻き込まれていく者、信じたものに殉じる者が、それぞれ別の痛みを背負っている。中国歴史大河の中盤として読むと、ここで一気に世界が暗く深くなる。その暗さがあるからこそ、前後の巻の光までよく見える。気分が軽い時より、世の中の理不尽さにうんざりしている時のほうが入ってきやすい。国家というものの顔つきを、小説で考えたい人に向いている。
10. 天子蒙塵(1/講談社文庫)
シリーズ後半の入口として、清朝最後の皇帝・溥儀と張学良の影が濃く差す一巻だ。失われた帝位、失われた国家、失われた秩序。そのなかで、かつて天命を背負っていたはずの人々が、時代の塵にまみれていく。題名の通り、天子が塵をかぶる物語であり、権威のむなしさがじわじわ迫る。
ただ、むなしいだけでは終わらない。浅田次郎は、没落や失墜の場面を書くときほど、人間の矜持を細かく拾う。だから読んでいると、歴史の敗者を見下ろす気持ちにはならない。むしろ、最後まで何かを守ろうとする姿が胸に残る。長いシリーズの果てにある作品だが、一巻だけでも時代の終わりの気配は十分伝わる。上りつめる物語より、崩れていく場所にこそ人間の本質が出ると感じる人にすすめたい。中国ものを太く読んできた人には、ここでしか味わえない寂しさがある。
円熟期の時代小説・現代小説
11. 終わらざる夏(上/集英社文庫)
終戦間際の占守島をめぐる長編で、戦争小説としてかなり重い部類に入る。だが、この作品の重さは、戦闘描写の激しさだけから来るのではない。東京にも地方にも最前線にも、それぞれの日常があり、役人も兵士も家族も、みな少しずつ違う場所で戦争に巻き込まれていく。その網の目の広さが、戦争を特別な場ではなく、暮らしを食い破るものとして見せる。
浅田次郎は、声の大きい正義を書かない。その代わり、命令に従うしかなかった人、夢を持ったまま動員された人、名もない立場で時代に押し流された人を積み重ねていく。だから反戦のメッセージが、説明ではなく実感として残る。読むには体力がいるが、読み終えたあと、戦争を「過去の出来事」として片づけにくくなる。浅田次郎の受賞作の中でも、とくに視野の大きい一冊だ。軽い慰めがほしい時ではなく、歴史を真正面から引き受けたい時に読む本だと思う。
12. 日輪の遺産 新装版(講談社文庫)
終戦直前に隠された莫大な財宝。その秘密をめぐって、戦争の記憶と戦後の時間が交差していく。設定には冒険小説めいた面白さがあるのに、読み終わると胸に残るのは宝そのものではなく、敗戦の際に人が何を守ろうとしたのかという問いだ。財宝は欲望を照らす装置であると同時に、名誉や犠牲、沈黙の形を浮かび上がらせる鏡でもある。
物語運びのうまさが前面に出た一冊で、浅田次郎のエンターテインメント性を強く感じられる。それでも最後は、単なる謎解きの快感に回収されない。戦争が終わったあとも続く負い目や祈りが、じわりと効いてくるからだ。重すぎる戦争文学はしんどいが、読み応えはほしい、という人にはちょうどいい入口になる。歴史の影を背負いながらも、ページをめくらせる力がある。休日に読み始めると、そのまま最後まで連れていかれるタイプの長編だ。
13. 新装版 お腹召しませ(中公文庫)
幕末の武士たちを描いた短篇集で、題名のどこか滑稽な響きとは裏腹に、読めばかなり切実だ。武士の本義が崩れ、面目と実生活のあいだで人がじわじわ追い詰められていく。表題作では、責任を取れと迫られる男の姿が、いかにも時代小説らしい設定でありながら、現代の会社員にもそのままつながって見える。立場に押され、家庭を背負い、うまく怒ることも逃げることもできない男の苦さがある。
浅田次郎はここで、武士を理想化しない。見栄も弱気も小ずるさも書く。そのうえで、笑ってしまうほど不器用な人間の矜持を救い上げる。だから読後感がいい。胸が塞がるのに、どこか温かい。司馬遼太郎賞と中央公論文芸賞を受けた理由も、単に上手いからではなく、時代小説の形式の中に現代の痛みをきちんと通したからだと思う。責任ばかり増えて、でも投げ出すほど器用でもない、そんな時期に読むと沁みる。
14. 新装版 五郎治殿御始末(中公文庫)
武士という職業そのものが消えていく明治維新期を背景にした短篇集で、こちらは「終わり方」を書いた本だと感じる。時代が変わるとき、人は新しい価値に乗り換える者と、降り損ねる者に分かれる。そのあわいで、老武士や取り残された者たちが、どう始末をつけるかを描く。題材は地味なのに、読み終えると不思議に大きな余韻が残る。
いいのは、滅びゆくものへの哀惜に酔わないところだ。ただ失われていくのではなく、失われる側にも見苦しさや滑稽さがある。それを見せたうえで、なお胸を打つ人物を立たせる。浅田次郎の時代小説が読みやすいのは、歴史への敬意と人間への容赦なさが両立しているからだろう。年齢を重ねること、役目を終えること、古い自分に区切りをつけることを考える時期に合う。派手さはないが、あとからじわじわ効いてくる一冊だ。
15. 一路(上/中公文庫)
参勤交代の行列をきちんと成立させなければならない若侍の苦闘を描く道中小説で、浅田次郎のユーモアと律義さがとても気持ちよく噛み合っている。父の死を受けて突然大役を背負わされた小野寺一路は、古びた行軍録だけを頼りに、無茶な任務をひたすら真面目にこなそうとする。その真面目さが周囲の滑稽さとぶつかって、読んでいて何度も口元がゆるむ。
けれど、ただの痛快時代小説ではない。制度が人を縛る苦しさも、役目を果たすことでしか自分を保てない人間の切なさも、ちゃんと底に流れている。一路の愚直さは笑えるのに、だんだん眩しく見えてくるのだ。仕事小説として読むと、とくに効く。前例と段取りと責任の板挟みで、それでも現場を回さなければならない苦しさは、時代が変わってもあまり変わらない。重すぎる作品の合間に読むと風通しがよく、それでいて浅くない。浅田次郎入門の五冊に入れたい理由がここにある。
16. 帰郷(集英社文庫)
戦争に人生を引き裂かれた人々を描く短篇集だが、声高な告発ではなく、あくまで市井の人の眼差しから戦争を見つめる。そのため、一篇ごとの温度は静かだ。帰る場所を失った帰還兵、戦後の遊園地で働く少年、言葉にしきれない喪失を抱えた人たち。どの話にも、派手ではないが消えない傷がある。反戦小説集という言い方はたしかにできるが、それ以上に、奪われた時間の小説だと思う。
浅田次郎の短編は、最後に大きくねじらず、気づいたら胸の深いところへ入っていることが多い。この本もそうだ。戦争は終わっても、その後の人生には終わらないものが残る。その当たり前を、ひとつひとつ別の顔で見せてくる。感情を激しく揺さぶるというより、静かに居座るような読後感がある。すぐ泣ける本を探している人より、しばらく考え続ける本を探している人に合う。戦争文学の入り口としてもいいが、むしろ「その後」を読む本としてすすめたい。
17. おもかげ(講談社文庫)
定年の日の帰り道に倒れた男の意識が、家族や過去の記憶のあいだをさまよう。設定の輪郭だけを見れば『地下鉄に乗って』と近いところもあるが、こちらのほうがさらに人生の総決算に近い。幼少期の孤独、家庭のぬくもり、亡くしたもの、見落としてきたものが、順番に浮かび上がってくる。浅田次郎は、人があとになってようやく気づく愛情を書くのがうまいが、この作品ではその力がかなり前景化している。
中年以降の読者ほど刺さりやすいかもしれない。何か大きな失敗をしたわけではない、でも本当に大事なものを見切れていたかと問われると心もとない。その曖昧な悔いに、この小説は深く触れる。泣ける作品として挙げやすいが、実際には人生の時間感覚をずらす本だ。日々の忙しさの中で、見ないまま通り過ぎてきたものに目が向く。派手さを求めると違うが、ひとりで静かに読みたい夜にはとても合う。浅田次郎の円熟を感じたいなら外せない一冊だ。
18. 流人道中記(上/中公文庫)
切腹を拒み、蝦夷へ流される旗本と、その押送を命じられた若者の道中を描く。罪人と役人、年長者と若者、ろくでなしに見える男と生真面目な男。この取り合わせだけでもう面白いのだが、読み進めるほどに効いてくるのは、玄蕃という男の掴みどころのなさだ。口も態度も悪い。だが、弱い者を見捨てない。その矛盾が、旅のなかで少しずつ輪郭を持ってくる。
旅の小説としての読みやすさと、人間小説としての厚みがきれいに両立している。道中で出会う人々や土地の空気が、単なる背景で終わらず、玄蕃という人物の見え方を毎回少しずつ変えていくのがうまい。誰が立派で、誰が罪深いのかを簡単に決めないところに、この作品の懐の深さがある。疲れているけれど、重苦しい本は避けたい時にちょうどいい。笑える場面もあるのに、読み終わると生きることの見え方が少し変わる。近年の浅田次郎を読むなら、かなり優先度の高い一冊だ。
19. 大名倒産(上/文春文庫)
巨額の借金を抱えた藩を立て直せるのか。題名からして痛快で、実際かなり笑える。しかも笑いの中身が、無責任な先代、押しつけられる若殿、足りない金、見栄ばかりある組織と、妙に現代的だ。時代小説の形を借りた経営再建ものとして読むこともでき、倹約、金策、利害調整と、やっていることはずいぶん生々しい。
それでもこの小説が単なる娯楽で終わらないのは、浅田次郎が誠実さの値打ちを最後まで信じているからだ。小四郎の真面目さは、最初は危なっかしく見えるのに、だんだん周囲を動かす力になっていく。世の中を渡るには器用さが必要だが、それだけでは人はついてこない。その当たり前を、笑いと涙でちゃんと見せる。仕事の小説として読むとかなり面白い。組織の負債をいきなり背負わされた気分のとき、むしろ元気が出る。軽快だが薄くない、円熟期のエンターテインメントだ。
20. 母の待つ里(新潮文庫)
人生に疲れた三人が「里帰り」を選び、そこで母と過ごす時間を通して少しずつ変わっていく。設定にはどこか寓話めいたやわらかさがあるが、読んでみるとかなり現代的な孤独の小説だ。仕事で役割を演じ続けてきた人、家庭の形が崩れた人、親を看取ったばかりの人。それぞれが抱えているのは、誰にも見せにくい疲れであり、帰る場所のなさだ。
浅田次郎はここで、ふるさとを単なる懐古として描かない。むしろ、人はなぜ「母」に似たものを求めるのか、なぜ他人のぬくもりに救われてしまうのかを静かに問うてくる。囲炉裏端の食事や昔話の気配がやさしいぶん、読んでいる側の欠落も浮き上がる。年齢を重ねた読者ほど沁みやすいが、都会で長く働いてきた人なら世代を問わず響くはずだ。最後に置く一冊としてもよく、浅田次郎の現在地を感じる読後がある。読み終えたあと、自分にとって帰る場所とは何かを少し考えてしまう。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
Kindle Unlimited
浅田次郎を起点に、近いテーマの時代小説や戦争小説、人情小説まで横に広げたいときに使いやすい。気になる作家をつまみ読みしながら、自分の読書の幅を確かめるのに向いている。
Audible
情景や会話の運びがうまい作家なので、耳で入れると別の良さが立ち上がる。通勤や散歩の時間に物語へ戻れるので、長編や再読との相性もいい。
電子書籍リーダー
『蒼穹の昴』系の長編や上下巻の作品を続けて読むなら、紙幅を気にせず持ち歩ける端末があるとかなり楽だ。夜に少しずつ読み継ぐうちに、長い物語が生活のなかへ静かに入り込んでくる。
まとめ
浅田次郎の魅力は、泣けることだけではない。前半の代表作では、市井の人の喪失とやさしさが見えた。中国歴史大河では、個人の運命と国家の傾きが結びつき、物語の空がいっきに広がった。後半の時代小説・現代小説では、円熟した筆が、老い、責任、戦争、帰る場所のなさまで静かに掬い上げていた。
- 浅田次郎の全体像を知りたいなら、『鉄道員』→『地下鉄に乗って』→『壬生義士伝』。
- 歴史の大きなうねりを浴びたいなら、『蒼穹の昴』から中国シリーズへ。
- いまの自分の疲れや年齢に引きつけて読みたいなら、『一路』『おもかげ』『母の待つ里』。
その日の気分に合う一冊から入ってもいい。ただ、読み終えたあとにもう一冊手を伸ばしたくなる作家だということだけは、たぶんすぐわかる。
FAQ
浅田次郎を初めて読むなら、結局どれがいちばん入りやすいか
いちばん入りやすいのは『鉄道員(ぽっぽや)』だ。短編なので構えず読めるうえ、浅田次郎の人情味、喪失の描き方、最後にすっと差し込む救いまで一冊でつかめる。長編から入りたいなら『地下鉄に乗って』、時代小説から入りたいなら『壬生義士伝』が外しにくい。
中国ものは『蒼穹の昴』から読まないとわかりにくいか
基本は『蒼穹の昴』から入るのがいちばん自然だ。世界観と人物の熱がそこで立ち上がるから、その後の『珍妃の井戸』『中原の虹』『マンチュリアン・リポート』『天子蒙塵』へ進んだときの厚みが違う。ただ、宮廷の陰影が好きなら『珍妃の井戸』、国家の暗部に惹かれるなら『マンチュリアン・リポート』から関心を持つ人もいる。
泣ける本が読みたいときは、どれを選べばいいか
まっすぐ泣きたいなら『鉄道員』『壬生義士伝』『おもかげ』が強い。親や家族のことまで含めて胸に来るのは『地下鉄に乗って』と『天国までの百マイル』だ。静かにあとを引くタイプなら『帰郷』や『母の待つ里』もいい。泣けるといっても質が違うので、その時の自分の疲れ方に合わせて選ぶのがいちばん外れにくい。
重い作品が多そうで不安だ
たしかに浅田次郎には重い作品も多いが、全部がずしんと沈むわけではない。『椿山課長の七日間』や『一路』、『大名倒産』のように、笑いがしっかり効いていて、それでも最後には人情が残る作品も多い。むしろ、可笑しみがあるからこそ、後半で来る切なさが深くなる。重さだけで敬遠するのはもったいない作家だ。



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