ほんのむし

本と知をつなぐ、静かな読書メディア。

【山内マリコおすすめ本18選】読んでほしい小説まとめ、代表作『ここは退屈迎えに来て』『あのこは貴族』から『一心同体だった』まで

地方都市のだるさも、東京のきらめきへのモヤモヤも、どちらも自分のものとして抱えている人は多いと思う。山内マリコの小説やエッセイを読むと、その「居場所のなさ」や「生きづらさ」が、笑いと毒とちょっとした希望に変換されていく感覚がある。

この記事では、デビュー作からエッセイ集まで、山内マリコの世界をたっぷり味わえる本を10冊厳選して紹介する。地方から東京へ向かう途中の人も、すでに東京にいるのにどこかよそ者だと感じている人も、自分の歩いてきた道を少し違う光で見直せるはずだ。

 

 

山内マリコとは?──地方都市と東京のあいだを行き来する視線

山内マリコは1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、2012年『ここは退屈迎えに来て』でデビューした作家だ。

デビュー作の舞台は、東京から見れば「どこにでもある」地方都市。そこに暮らす女の子たちの閉塞感や、うまくいかなかった青春の後味を、ポップな文体でねっとりと描ききった。続く『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』といった作品では、「地方女子」と「東京女子」、そしてそこに刻まれた階層やジェンダーの問題に、物語として正面から取り組んでいる。これら三作はいずれも映画化され、より広い読者に届いた。

小説だけでなく、買い物や美術館、結婚生活などをテーマにしたエッセイも多い。プロフィールを眺めると、『買い物とわたし』『山内マリコの美術館はひとりで行く派展』『The Young Women’s Handbook』など、生活感に根ざしたタイトルがずらっと並ぶ。日々の実感から考えをほぐしていくタイプの作家なのだとわかる。

共通しているのは、「女の子らしさ」や「こう生きるべき」という呪いをいったん全部ばらして、別の形に組み直してみせるところだ。地方か都会か、結婚しているかいないか、お金があるかないか。そうしたラベルの向こう側にある、生身の感情やみっともなさを、ユーモアを混ぜながら最後まで見届ける。その視線に救われる読者は多いと思う。

山内マリコおすすめ本18選

1. ここは退屈迎えに来て

デビュー作にして代表作。舞台になるのは、北陸地方を思わせる地方都市だ。かつて「町で一番かわいい」ともてはやされた子、東京に出て失敗して戻ってきた子、地元のテレビ局で働く子。かつて同じ高校に通っていた面々が、十数年後、別々の生活を送りながらも同じ町の空気を吸っている。

物語は、登場人物それぞれの一人称で語られる短編の連なりのような構成になっている。高校時代の伝説のイケメン・椎名くんをめぐる記憶が軸にありつつ、話者が変わるたびに「当時の物語」が少しずつ別の顔を見せてくる仕掛けだ。自分の青春も、誰かの語りの中ではまったく違う物語になっているかもしれない、とふと怖くなる。

読んでいていちばん刺さるのは、キラキラした青春ではなく「何も起こらなかった側」の時間が、こんなにも丁寧に書かれているところだと思う。地元のショッピングモール、車でしか行けないファミレス、深夜のコンビニ。どれもドラマにはならない風景なのに、その場所で交わされたどうでもいい会話が、読み進めるうちに妙に愛おしくなってくる。

自分もどこかの地方都市でくすぶっていた記憶があるなら、この本は痛いくらい身に覚えがあるはずだ。読みながら、昔の友だちの顔を次々に思い出してしまう。あの子はいまどうしているだろう、あの夏、結局何も言えなかったな、と、読書中なのに頭の中では同窓会が始まる感覚がある。

逆に、ずっと東京育ちで「地方のだるさ」を知らない読者にとっては、ある種のカルチャーショックになるかもしれない。地方には地方の幸福もあるが、それをきちんと描くためには、まず「動かない時間」の重さに目を向けなければならない。そのことを、この小説は静かに教えてくれる。

通勤電車や休みの日に少しずつ読むより、休日に時間をまとめてとって、一気に浸かったほうが体験として濃くなるタイプの本だと思う。電子書籍なら、地元への帰省の新幹線の中でこっそり読むのもいい。たとえば Kindle Unlimited に入っているタイミングなら、ふと思い立ったときにすぐ読み返せるのもありがたい。

「あの頃は楽しかった」と懐かしむためではなく、「あの頃のダサさや情けなさも、ちゃんと自分だった」と確認するために読み返したくなる一冊だ。

2. あのこは貴族

『あのこは貴族』は、東京の「お嬢さま」階層と、地方出身の働く女性という、二つのまったく違う人生を対比させた長編だ。代々続く資産家の家に生まれ、お見合いでの結婚を当然のように期待される華子と、地方から上京し、自力でキャリアを積み上げようとする美紀。二人の視点が交互に語られていく。

華子の世界には、港区のタワマンや会員制レストラン、家柄の良い友人たちがいる。一方、美紀の世界には、時給で稼ぐアルバイト生活や、狭いワンルーム、年上男性との不安定な関係がある。二人は同じ東京に住みながら、まったく違う都市を生きているのだとわかる構造になっている。

おもしろいのは、どちらか一方だけが「正義」でも「かわいそうな側」でもないことだ。華子の世界は外から見るときらびやかだが、その内部には窮屈なルールや、結婚できない女でいることへの恐怖がある。美紀のほうも、自由である代わりに、何度も「選ばれない側」に回されてきた傷を抱えている。

二人の人生が交差する場面は、ドラマチックというより、むしろ淡々としている。その距離感が現代的だと思う。異なる階層の二人が出会ったからといって、決定的な「友情」や「裏切り」が起こるわけではない。お互いに相手の世界をちらりと覗き込み、「こういう生き方もあるのか」と自分の立っている場所を少しだけずらしてみる。その微妙なズレが、大きな変化のきっかけになっていく。

個人的には、美紀が地方に帰省したときの空気の描写が好きだ。東京での戦いに疲れて、地元の友人と飲んだ焼酎の味。親との会話に混ざる「良い会社」「正社員」といった言葉の重さ。読んでいて胸がきゅっとするけれど、同時に「どちらの世界にも属しきれない人」のリアルを感じて、少しほっともする。

映画版を先に観た人でも、小説を読むと印象が変わると思う。映像では描ききれない細かなニュアンス、登場人物たちの頭の中のモノローグが、より複雑な余韻を残してくれるからだ。

東京で働いている人はもちろん、「結婚」や「家柄」という言葉にざわざわするすべての人に、一度は通過してほしい長編だと思う。

3. アズミ・ハルコは行方不明

タイトルにある「アズミ・ハルコ」は、地方都市で突然行方不明になった30代のOLだ。物語は、彼女と直接の接点がない若い女の子たちの視点から、断片的に語られていく。夜の町で男たちにスプレーで落書きをして回る女子高生たち、コンビニでバイトをしながらSNSに鬱屈を吐き出す女の子。彼女たちの存在がいつの間にか「アズミ・ハルコ伝説」と結びついていく。

表向きは失踪ミステリーだが、読み進めるほど、「行方不明になったのは誰なのか」という問いが変形していく。姿を消したのがアズミ・ハルコ本人なのか、それとも、「いい会社に入り、常識的な結婚をして、それなりの暮らしを送る」という人生のテンプレートなのか。物語は、はっきりした答えを提示しないまま、読者にその問いを渡してくる。

地方都市の夜の描写がとにかく生々しい。繁華街といっても、チェーン店の居酒屋やカラオケが並んでいるだけの、どこにでもある通り。そこに集まる若者たちは、SNSや広告を通して「東京のリア充な夜」を知ってしまっているからこそ、自分たちの夜がどれだけ貧しいかを痛いほど自覚している。

個人的に印象に残ったのは、女の子たちが「モテ」とか「かわいい」を武器にすることに、うっすら嫌気がさしながらも、結局そこから逃れられない場面の数々だ。男に傷つけられる側でありながら、同時に男の承認を求めてしまう。その矛盾を、彼女たちはうまく言語化できない。だからこそ、アズミ・ハルコという「行方不明の女」の伝説に、自分たちの怒りや願望を投影していく。

「フェミニズム」や「ジェンダー論」を正面から語る本ではないが、読み終わるころには、自分の中にも沈殿していた怒りの正体が少しだけ輪郭を持ってくる。あの時笑って流したあの発言、本当はぜんぜん笑えなかったな、と、過去の場面がいくつも蘇るかもしれない。

地方に住んでいる読者には、身近すぎてしんどい部分もあるかもしれない。ただ、痛みをちゃんと言葉にしてくれる物語に出会うと、不思議と孤独感は薄まる。この作品には、そういう効能があると思う。

4. かわいい結婚

『かわいい結婚』は、結婚生活の「夢」と「現実」をコミカルに描いた三つの短編からなる作品集だ。表題作では、結婚して仕事を辞め、専業主婦になった29歳のひかりが主人公として登場する。家事能力は低く、部屋は散らかり放題。夫とは仲が良いのに、「こんなに家事が延々と続くなんて聞いてない」という戸惑いと苛立ちが、じわじわと積もっていく。

「結婚=ゴール」ではなく、「結婚=生活の始まり」として描いているところが、この本の面白さだ。インスタや雑誌で見かける「かわいい生活」の裏側で、実際にはどれだけの雑用や我慢が発生しているのか。山内マリコはそこを遠慮なく書いてしまう。だからこそ、既婚者の読者は笑いながらも耳が痛くなるし、未婚の読者は「結婚ってやっぱり簡単じゃない」と変に冷静になる。

他の短編「悪夢じゃなかった?」「お嬢さんたち気をつけて」も、それぞれ結婚観への皮肉が効いている。ある朝目覚めたら「女になっていた男」の話など、設定だけ聞くと荒唐無稽だが、読んでいるうちにジェンダーのダブルスタンダードが浮き彫りになってくる仕組みになっている。

自分の周りでも、「結婚してからのほうが孤独になった」とぽつりと漏らす友人は少なくない。この本は、その孤独を否定も肯定もせず、「そういうことも、普通にある」とフラットに並べてくれる。だから、既婚・未婚を問わず、読後に妙な安心感が残るのだと思う。

「結婚しても、しなくても、どちらもめんどうで、どちらも悪くない」という感覚を持てたら、人生の選択肢はかなり広がる。この本は、その感覚へたどり着くための、小さな練習問題のような一冊だ。

5. 地方女子たちの選択

ここからはエッセイ・共著のパート。『地方女子たちの選択』は、社会学者・上野千鶴子と山内マリコの共著で、富山の女性たち14人への聞き取りをもとに、地方で生きる「女子」のリアルな選択を描いた一冊だ。

「地方の女性流出」といった言葉はニュースでよく見聞きするが、その裏にいる具体的な一人ひとりの顔はなかなか見えてこない。本書では、進学や就職で出ていった人、結婚や介護で戻ってきた人、ずっと地元で暮らし続けている人など、それぞれの「選択」の経緯が丁寧に語られる。統計のグラフではなく、生身の声として読めるところがいちばんの価値だと思う。

構成もおもしろい。第1章では「出ていった私たち」として、上野と山内それぞれのエッセイが並び、第2章では14人のライフヒストリー、第3章で上野×山内の対談が置かれている。地方から都市へ出た世代の先輩と後輩が、それぞれの時代感覚の違いを踏まえながら議論しているのが興味深い。

読んでいると、「地方に残る/出る」という二項対立自体が、あまりにもざっくりしたものだったと気づかされる。実際には、「出たいけど出られない」「出たけど戻りたい」「戻りたいけど戻れない」といったグラデーションの中で、人は何度も選択し直しているからだ。その複雑さを、泣き笑い混ざった語りで受け止めているのが良い。

地方出身で都市に住んでいる読者には、自分の決断を振り返るきっかけになるし、ずっと地元にいる読者には「外に出た人の本音」を知る手がかりになる。山内マリコ作品のフィクション世界の裏側にある「現実の声」を知りたい人にも、ぜひ手に取ってほしい一冊だ。

6. きもの、どう着てる?――私の「スタイル」探訪記

『きもの、どう着てる?』は、着物の季刊誌『七緒』の人気連載を書籍化した一冊。自らを「着物迷子」と語る山内マリコが、スタイルある20人の着物好きにインタビューし、それぞれの着方・生き方から見えてきた「らしい」スタイルを綴っている。

おもしろいのは、着物本なのに、コーディネートのハウツーに終始しないところだ。「なにを着ているか」よりも、「どう生きてきたか」「どうなりたいか」という、その人のストーリーに焦点が当たっている。年齢も職業もばらばらな20人の話を読んでいると、「着物は生き方がにじみ出る服」という言葉がすっと腑に落ちてくる。

着物に興味はあるけれど、どこから入っていいかわからずに足踏みしている人には、とてもいい入り口になる。レンタル店でなんとなく選ぶのではなく、自分の好きな色や質感、長く付き合いたい柄について考えてみたくなるからだ。逆に、着物は着ないけれど「自分のスタイル」について悩んでいる人にとっても、十分読みごたえがある。服の話をしているようで、実は人生の話をしている本だからだ。

写真も多く、眺めているだけで楽しい。とはいえ、「オシャレの押しつけ」になっていないのが山内らしいところ。肩の力を抜いた語り口のおかげで、着物に限らず、「自分の好き」を少しずつ形にしていきたい人の背中を、やわらかく押してくれる。

7. パリ行ったことないの (集英社文庫)

タイトルからして軽やかだが、中身はかなり濃い短編集。パリに実際に行ったことのある人も、行ったことのない人も含め、10人の日本人女性が主人公として登場する。彼女たちは「パリに行けば自分が見つかるのか」「私は何がしたいのか」「何ができるのか」と戸惑いながら、自分の人生を見つめ直していく。

印象的なのは、パリが「願いをかなえてくれる魔法の都市」としてではなく、「自分の立ち位置を測り直すための背景」として描かれていることだ。パリに行くチャンスを逃し続けている人もいれば、行ってみたけれど何も変わらなかったと感じる人もいる。どの物語にも、「パリ=特別な場所」というイメージと現実のズレが、さまざまな形で現れてくる。

短編同士は独立しているようで、読み進めると意外なつながりが見えてくる構成になっている。ラストで登場人物たちがプロヴァンスに集う展開は、やりすぎない程度にドラマチックで、読後感がすっと明るくなる。小さな選択を重ねてきた10人の人生が、決して壮大ではないけれど、それぞれのかたちで肯定される瞬間だ。

海外に出ることそのものへの憧れや不安を抱いている読者には、とてもリアルに響くと思う。「パリに行った/行かない」に限らず、「こうなれば変われると思っていた何か」がうまく機能しなかった経験は、誰にでもあるからだ。そんな経験をそっと撫でてくれるような一冊だ。

8. 買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて (文春文庫)

『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』は、週刊文春の連載を中心にまとめたお買い物エッセイ集。「本になるほど 記憶に残る買い物がしたい」という惹句が話題になったように、「何を買ったか」だけでなく、「そのとき自分がどう生きたかったか」までが鮮やかに切り取られている。

社会人のスタートラインに買ったプラダの財布、思い切って購入した4Kテレビ、ユニクロとの付き合い方、本を「買う」ことへの偏愛など、テーマはさまざまだ。どのエピソードも、値段やブランドの話にとどまらず、「そのモノを選んだ自分」の気分やコンプレックス、背伸びの感覚まで包み隠さず書いているところが痛快だ。

読んでいると、「買い物」に対する罪悪感が少し和らぐ。浪費を正当化するのではなく、何にどれだけお金と時間をかけるのかという問いを、ゆっくり自分のほうに返してくれるからだ。30代に突入し、「安くてカワイイ」からは卒業したいけれど、じゃあ何を選べばいいのかよくわからない──そんな人には、まさにドンピシャな一冊だろう。

ショッピングが好きな人はもちろん、「買うより捨てるほうが得意」というミニマリスト気味の人が読んでもおもしろい。自分が何を買い、何を手放してきたかを振り返ることは、そのまま自分の人生の変遷を振り返ることなのだ、と素直に納得させられるからだ。

9. 一心同体だった (集英社文庫)

『一心同体だった』は、1990年から2020年までの平成30年史を背景に、10歳から40歳まで、それぞれの年代を生きる女性たちの友情をバトンのようにつないでいく連作小説集だ。体育で誰とペアになるか悩んだ小学校時代、親友への憧れと嫉妬で傷つけ合った中学時代、「うちらが最強で最高だった」と信じていた高校時代……と、時代と年齢が少しずつ進んでいく。

どの章にも、「本当はもっと仲良くできたはずだった私たち」への悔しさや愛しさが滲んでいる。進路や恋愛、就職や結婚といったイベントをきっかけに、いつの間にか疎遠になってしまった友だち。久しぶりにSNSで見つけても、話しかける勇気が出ない相手。そうした存在を、「人生の背景ノイズ」ではなく、きちんと物語の中心に据えているところが、この本の大きな魅力だ。

平成という時代の空気感も、細部の描写からじわじわと伝わってくる。ガラケーからスマホへの転換、プリクラやカラオケボックス、就職氷河期、リーマンショック、そしてコロナ禍。ニュースの年表だけでは実感しづらい出来事が、「あのとき10代だった」「あのとき新卒だった」女の子たちの視点から読み直されていく。

友情ものの物語が好きな人にはたまらない一冊だし、「あの頃の友だちに未だに謝りたいことがある」と感じている大人にとっても、心の整理をする手がかりになる本だと思う。読み終えたあと、思わず昔のクラスメイトの名前で検索してしまうかもしれない。

10. すべてのことはメッセージ 小説ユーミン

『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』は、その名の通り「小説ユーミン」。八王子の呉服店の娘として生まれた少女・荒井由実が、のちに日本を代表するシンガーソングライター松任谷由実へと成長していくまでを、ノンフィクション・ノベルとして描いた大作だ。

ピアノとの出会い、清元の稽古、ミッション系女子校での学生生活。高度経済成長期の東京で、ユーミンが米軍基地やジャズ喫茶、ミュージカル『ヘアー』、伝説のレストラン「キャンティ」などを回遊していくさまが、当時の空気とともに立ち上がる。まだ何者でもない少女が、さまざまなサブカルチャーに触れながら、自分のスタイルを見つけていく過程は、ユーミンファンでなくても胸が高鳴る。

山内マリコ自身がポップカルチャーへの愛に満ちた作家だからこそ、ユーミンという存在が、単なる「成功した有名人」ではなく、「時代と真剣に遊んだ女の子」として描かれているのが印象的だ。名曲「ひこうき雲」が生まれるまでの道のりも、偶然の連続というより、「何度も選び直した結果としての必然」として納得できる描写になっている。

音楽ノンフィクションとして読むのはもちろん、「好きなものを追いかけ続ける人生」の物語としても、若い読者に強く勧めたい一冊だ。自分の好きなものを信じることが、どれだけ時間と勇気のいる行為なのか。その代わりにどんな景色が見えるのか。ページを閉じたあと、自分の10代・20代を少し優しい目で振り返りたくなる。

11. 結婚とわたし (ちくま文庫)

『結婚とわたし』は、同棲生活を経て34歳で結婚した著者が、結婚生活の現場で感じた違和感や怒り、笑いを綴った日記エッセイ。家事分担をめぐる攻防戦や、夫へのフェミニズム教育など、「家庭内男女平等」を目指すレジスタンスの記録でもある。

たとえば、パートナーが片づけをしているふりをして、むしろ家事を三倍にしてしまう「家事モンスター」と化すくだり。笑い話として読める一方で、「これはうちのことでは?」とドキッとする読者も多いはずだ。結婚生活の中で、どこまでを我慢と呼び、どこからを搾取と呼ぶのか。その線引きが、日々の小さな出来事の積み重ねの中で問われていく。

単行本未収録の部分と後日談を大幅増補した文庫版は、まさに「ちくま文庫でしか読めない完全版」。結婚から数年後の変化まで追いかけているので、「結婚初期のドタバタ」だけでなく、その後の落ち着きや諦め、アップデートの過程まで眺めることができる。

結婚している人が読めば心のガス抜きになるし、これから結婚を考えている人にとっては、かなりリアルな予習になる。結婚しない選択をした人にとっても、「家庭」という場で起きている構造を知るための参考書になるだろう。どの立場で読んでも、「結婚」という制度の虚像と実像のギャップを、少し笑いながら受け止められる本だ。

12. 選んだ孤独はよい孤独 (河出文庫)

『選んだ孤独はよい孤独』は、タイトルこそ穏やかだが、中身はかなり骨太な短編集だ。これまで女性の物語を多く書いてきた山内マリコが、「男性のリアル」に挑んだ一冊でもある。地元仲間とのしがらみにがんじがらめになっているアラサー男、付き合った彼女の積極性が怖い男子高校生、仕事ができないことをひた隠しにしているサラリーマンなど、情けなくも愛すべき男たちの19の物語が収められている。

読んでいると、「男だから」という理由で弱音を吐きづらい社会の空気が、じわじわと伝わってくる。同時に、「その不器用さや臆病さは、女性の側にもどこか覚えがある」と感じる場面も多い。性別は違っても、人が人と関係を築くときの怖さや、孤独を選ぶときの逡巡には、共通する部分がたくさんあるのだと気づかされる。

「選んだ孤独」と「選ばされている孤独」の違いも、この本の大きなテーマだと思う。自分の意志で一人の時間を大切にしているのか、それとも、関係を築くことに何度も失敗した結果、一人でいるしかなくなったのか。その境目は案外あいまいで、人は状況に応じて行ったり来たりしている。その揺れを、そのまま肯定せず否定もせず、じっと見つめているところに好感が持てる。

男性読者が読めば、「こういうふうに見られているのか」という驚きと、「分かってもらえた」という安堵が同時に来るかもしれない。女性読者が読めば、「男の人もなかなか大変だな」と肩の力が抜けるかもしれない。いずれにせよ、「孤独」をめぐる自分自身の感覚を、もう一度ゆっくり考えてみたくなる一冊だ。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

たとえば、通勤時間や家事の合間にも物語の世界に浸りたいなら、耳で読書ができる Audible が相性がいい。山内作品の会話劇は、声で聞くと登場人物同士の温度差がより立ち上がってくる。

いろいろな作品を横断的に読みたい人には、定額で多くの本を試せる Kindle Unlimited も便利だ。気になった作品を片っ端から開いて、数ページ読んで「今日はこれ」と選べる感覚は、図書館の棚をさまようのに近い。

紙の本派なら、軽めのKindle端末を一台持っておくと、旅行や出張のときにも心強い。山内マリコの作品は、地方と東京、国内と海外を行き来する話が多いので、移動中に読むと、物語と現実の移動がちょうど重なってくる。

もうひとつ地味におすすめなのは、シンプルなノートか手帳だ。読んだ本の気になったフレーズや、そのとき自分が考えたことを数行メモしておくと、あとからその時期の自分の心の状態まで一緒に記録されているのがわかる。「あのときの自分は、こういうところに引っかかっていたんだな」と振り返るのも楽しい。

 

 

まとめ──「よくやってる」自分に気づくための読書

山内マリコの本を続けて読んでいると、地方都市のだるさも、東京のきらめきも、結婚生活のぐだぐだも、「全部ふつうのことなんだ」と体でわかってくる。誰かにとってはくだらない悩みでも、自分にとっては十分すぎるほど重い。その重さを笑いながら持ち上げてみせるのが、彼女の物語の力だと思う。

気分や読書目的に合わせて選ぶなら、こんな組み合わせもある。

  • 気分で選ぶなら:『ここは退屈迎えに来て』『アズミ・ハルコは行方不明』
  • じっくり読みたいなら:『あのこは貴族』
  • 短時間で読みたいなら:『かわいい結婚』
  • 自分をねぎらいたい夜には:『あたしたちよくやってる』
  • 新しい視点を仕入れたいなら:『山内マリコの美術館はひとりで行く派展』

どの本も、「あたしたち、よくやってる」と最後にそっと言ってくれるような読後感がある。今の生活がどんなに不格好でも、とりあえず今日までたどり着いている自分に、少しだけ優しくなれる。そのための一冊を、ここから選んでもらえればうれしい。

 

FAQ

Q. 初めて山内マリコを読むなら、どの一冊から入るのがいい?

いちばんオーソドックスなのはやはり『ここは退屈迎えに来て』だと思う。地方都市の空気感や、山内作品ならではの語りのリズムが一冊でつかめる。映画化もされているので、原作と映像を見比べる楽しみ方もできる。東京と地方の階層差やジェンダーの問題により踏み込みたいなら、『あのこは貴族』から入るのもおすすめだ。

Q. フェミニズムやジェンダーの本としても読める?

著者自身が「フェミニズム宣言」を掲げているわけではないが、どの作品にも「女の子らしく」の呪いをほどいていく視点が一貫してある。『アズミ・ハルコは行方不明』や『選ばれなかった私たち』、『あたしたちよくやってる』あたりは、いわゆるジェンダー論の入門書よりずっと身体感覚に近い形で、違和感や怒りを言語化してくれる。理論書と並行して読むと、お互いの理解が深まるタイプの本だと思う。

Q. 小説よりエッセイが好きだけど、どれを選べばいい?

エッセイ好きなら、『あたしたちよくやってる』と『山内マリコの美術館はひとりで行く派展』の二冊が特に推しだ。前者は、年齢や結婚、仕事など、女の子として生きるうえで避けて通れないテーマが詰まった短いテキスト集で、好きなところからつまみ読みできる。後者は、美術館めぐりの記録を通して、「よくわからないものをわからないまま楽しむ」感覚を教えてくれるやさしいアート入門書でもある。普段あまり本を読まない人でも、コラム感覚で読み進められる。

Q. 映画から入っても大丈夫?小説と印象は変わる?

『ここは退屈迎えに来て』『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』の三作は映画化されているので、映像から入るのもまったく問題ない。ただ、小説では登場人物の内面のモノローグや、時間のねじれ方がより細かく描かれているので、映画を観てから原作を読むと、「あのシーンはこういう気持ちだったのか」と二度おいしい体験になる。逆に原作を読んでから映画を観ると、キャスティングやロケ地の選び方に「ああ、この解釈もありだな」とうなずけるはずだ。

 

関連記事

Copyright © ほんのむし All Rights Reserved.

Privacy Policy