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【小野寺史宜おすすめ本】『ひと』から始まる優しい世界と代表作17選

人と人との距離感に少し疲れたとき、自分には何もない気がしてしまう夜に、小野寺史宜の小説はそっと隣に立ってくれる。派手な事件も奇抜な仕掛けもないのに、読み終えるころには「自分の暮らしも捨てたものじゃないな」と思えてくる不思議さがある。この記事では、そんな小野寺作品の魅力がよく伝わる20冊を、世界観のつながりやテーマを踏まえながら紹介する。

 

 

小野寺史宜とは?──街と人の「ありよう」を描き続ける作家

小野寺史宜は1968年千葉県生まれ。法政大学文学部英文学科を卒業後、会社員生活を経て、小説家としてデビューした。2006年に短編「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞、2008年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞し、単行本デビューを果たす。

その名を広く知らしめたのが、2019年本屋大賞で第2位となった『ひと』だ。地方から東京に出てきた青年が、商店街の惣菜屋で働きながら「ひとりだけど、ひとりじゃない」感覚を取り戻していく物語は、多くの読者の胸に残り、のちに宮崎本大賞も受賞している。

作風の大きな特徴は、「街」と「人」の描き方にある。地方都市や東京の片隅、湾岸のマンション、荒川沿いの河川敷、銀座へ通じる地下鉄の出口。そのどれもが観光名所ではなく、誰かの生活の匂いがする場所として立ち上がってくる。そこに暮らす人たちは、冴えないサラリーマン、補欠の高校生、フリーター、郵便配達員、タクシードライバー、留年した大学生……と、どこにでもいそうな顔ぶれだ。

小野寺は、そうした「名もなき人」の足取りを、少し離れた位置から静かに追っていく。大逆転の成功譚ではなく、やっとの思いで踏み出す半歩、誰かからのささやかな一言、偶然の出会い。小さな出来事の積み重ねの中に、人生が少しだけ変わる瞬間を見つけていく。そのあたりは、本人がインタビューで語る「書きたいのは人のありよう」というスタンスともよく響き合っている。

代表作『ひと』『まち』『いえ』の「ひらがなシリーズ」や、「みつばの郵便屋さん」シリーズ、サッカーを題材にした『リカバリー』『ホケツ!』、暗部を描いた『レジデンス』など、作風は幅広い。それでも共通しているのは、「誰もが、もう一度やり直せる」という信念だ。読者はページをめくりながら、自分の暮らしにも同じような再出発の余地があることに、ふと気づかされる。

小野寺史宜おすすめ本の読み方ガイド

小野寺作品を初めて読むなら、まずは『ひと』から入るのがおすすめだ。続けて『まち』『いえ』『と』『ライフ』へ進むと、登場人物や舞台となる店、街がゆるやかにリンクしていることに気づく。ひとつの世界の別の地点を歩いているような連続感があって、読み進めるほど愛着が増していく。

スポーツやお仕事小説の爽快さを味わいたいなら、『リカバリー』『ホケツ!』『タクジョ!』あたりがいい。サッカーやタクシーといった具体的なフィールドを通して、「もう一度ボールを蹴る」「明日もハンドルを握る」人たちの姿が見えてくる。

一方で、人間の暗部や罪、後悔に向き合う重めの作品を読みたいなら、『夜の側に立つ』『レジデンス』『その愛の程度』などが候補になる。ここでは、いつもの柔らかさは少し影をひそめ、「黒小野寺」とも呼びたくなる顔が表に出る。

さらに読み進めていくと、「片見里」や「荒川」など、複数の作品をまたいで現れる土地も見えてくる。『片見里荒川コネクション』『ナオタの星』などを通して追っていくと、小野寺の中で一貫している「地方と東京」「若者と中高年」という対比も浮かび上がってくる。

小野寺史宜おすすめ本20選

ここからは、ストーリーの魅力だけでなく、読後にどんな感触が残るかという観点も含めて、20冊を順番に紹介していく。どこから読んでもいいが、自分の今の気分に一番近い一冊を選ぶのがおすすめだ。

1. 『ひと』

ひと

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2019年本屋大賞第2位となった代表作。鳥取から上京し、大学生として東京で暮らしていた柏木聖輔は、父に続き母も急逝してしまい、二十歳にして天涯孤独になる。学費も生活費も宙ぶらりんのまま、彼は商店街の惣菜屋で働き始める。ひとり暮らしのアパート、バイト先の人たち、商店街の顔ぶれ。どれもきらびやかではないが、読み進めるうちに、この地味な景色から離れがたくなる。

物語の魅力は、「善人ばかり」でも「悪人ばかり」でもない人間模様にある。バイト先のパートさん、ベースを欲しがる少年、商店街の人たち。それぞれに事情があり、少し図々しかったり、ちょっとズルかったりもする。それでも、聖輔と関わるうちに、少しずつ彼の「ひとり」を柔らかく包んでいく。大きな奇跡は起きない。ただ、読者は最後の一言にたどり着いた瞬間、「ああ、この物語はここに向かっていたのか」と胸の奥がじんわり熱くなるはずだ。

誰かの厚意に甘えることが苦手な人、自分の主張を通すよりも譲ってしまいがちな人ほど、この本の痛みと温かさに共鳴すると思う。日々の暮らしの中で、「助けて」と言えなかった過去の自分を、そっと抱きしめ直したくなる一冊だ。

2. 『まち』

『ひと』のあとに読むと、世界が広がる一冊。同じ「みつば市」を舞台に、今度は「どこに住むか」「どこを自分の町と呼ぶか」がテーマになる。引っ越しや住み替えをきっかけに、登場人物たちが自分の居場所を問い直していく構成で、部屋探しや通勤路、スーパーや公園など、生活の細部がしっかり描かれる。

印象的なのは、「この町じゃなきゃいけない理由なんてない」と感じている人物が、日々のちょっとした積み重ねの中で「あれ、ここけっこう好きかも」と思い始めるところだ。駅前のコンビニ、遠回りして通る路地、顔なじみになってしまった隣人。気づけば、「地図上の点」だった場所が、自分の記憶と結びついた「まち」になっていく。

進学や転勤、結婚などで住む場所が変わった経験がある人なら、胸に刺さる場面がたくさん出てくるはずだ。都会のど真ん中ではない、少し外れた住宅地の空気感まで伝わってくるので、読みながら自分の今いる町を散歩したくなる。

3. 『いえ』

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突然、家を相続することになったサラリーマンを軸に、「住まい」と「家族」の関係を丁寧に描く物語。相続した家をどうするかという現実的な悩みからスタートしつつ、話は徐々に、家にまつわる記憶や、そこに住んできた人たちの思いへと広がっていく。

家をめぐるストーリーというと、重たい相続争いや、ドロドロした人間関係を連想しがちだが、この作品では、そうしたドラマティックな方向にはあまり振れない。むしろ、「自分がどんな空間に暮らしたいのか」「一緒に住む相手と、どんな日常を作りたいのか」という静かな問いがじわじわと浮かび上がる。

賃貸暮らしを続けるか、思い切って家を買うか迷っている人、実家の空き家問題を抱えている人には、他人事とは思えない内容だと思う。読んでいると、広さや立地だけでなく、「帰ってきたときにほっとできるかどうか」が、家選びの基準になってくる感覚が生まれてくる。

4. 『ROCKER』

第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞したデビュー作。高校生たちがバンド活動に打ち込む青春小説で、ここでは、のちの作品に通じる「まっすぐな若さ」と「少し不器用な大人」がすでに顔を出している。

部活とバイトとライブハウス。バンドものにおなじみの風景が並ぶが、物語の中心にあるのは「音楽の才能」ではなく、「続けること」「やめないこと」にまつわる気持ちだ。プロになれるかどうかはさておき、青春のある時期を何かに賭けてしまった経験がある人なら、彼らの迷いや焦り、テンションの上がり下がりに、どこか覚えがあるはずだ。

すでに社会人になって久しい読者が読むと、「あの頃に、自分はこんなふうに必死だったかもしれない」と少し胸が痛くなるかもしれない。反面、今まさに進路に悩んでいる高校生・大学生が読めば、「完璧じゃなくても、下手でも、自分のやりたいことを続けていい」と背中を押されるだろう。

5. 『みつばの郵便屋さん』

架空の「みつば市」を舞台にした人気シリーズの第一作。バイクで郵便物を配達する青年・秋宏の日常を軸に、配達先の人々のエピソードが連なっていく。誤配をきっかけに誰かの人生に踏み込んでしまったり、ポストの前で立ち止まる人の背中に事情を感じ取ったりと、配達という仕事の中にドラマが差し込まれる。

「みつばの郵便屋さん」シリーズはどの巻から読んでも楽しめるが、やはり一冊目は、町や登場人物との初対面になる。春の風の中をバイクで走り抜ける場面を追っていると、自分もあの配達ルートの地図を広げてみたくなる。

人と深く関わるのが得意ではないけれど、目の前の仕事をちゃんとやろうとする秋宏の姿は、多くの社会人にとって共感しやすいはずだ。忙しい日々のなかで、自分の仕事が誰かの生活とどこでつながっているのかを、もう一度考えたくなる一冊でもある。

6. 『リカバリー』

プロサッカーチームのベテランゴールキーパー・灰沢考人が主人公の長編。最愛の息子・考也を交通事故で失った彼は、自責の念から自暴自棄になり、家庭もチームでのポジションも失っていく。一方、事故をきっかけに父を亡くした若手選手・砂田佳之也も、プロを目指して必死にボールを追いかけている。

「リカバリー」というタイトルには、サッカー用語としての意味と、人生を立て直すという意味が重ねられている。ミスをしても次のプレーで取り返さなければいけないポジションにいるゴールキーパーは、ある意味で「過去に囚われていられない」役割だ。しかし、息子を守れなかったという痛みは、簡単には上書きできない。

スポーツ小説としての爽快さだけでなく、喪失から立ち上がるまでの時間の長さ、その途中で誰かに支えられることの重みも描かれる。サッカーに詳しくなくても十分楽しめるが、試合シーンや練習の描写にリアリティがあるので、競技経験者にはより刺さるはずだ。

7. 『ホケツ!』

万年補欠の高校サッカー部員にスポットを当てた青春スポーツ小説。幼くして父を亡くし、母も数年前に亡くなった主人公は、家族もサッカーも中途半端なまま、日々を過ごしている。試合に出られないことに慣れすぎてしまった彼が、「このままでいいのか」と自分に問い直すところから物語は動き出す。

この作品の良さは、「レギュラーになること」だけがゴールではないところにある。もちろん、試合に出たい気持ちはある。それでも、「チームのためにできること」が少しずつ見えてくる過程が丁寧に描かれていて、途中から勝ち負け以上のものを応援したくなる。

部活で補欠だったことがある人には、かなり刺さる内容だと思う。「あの頃、ベンチに座っていた自分」に、少し遅れて届くエールのような一冊だ。

8. 『家族のシナリオ』

脚本家の父と、その家族をめぐるホームドラマ。舞台やドラマの台本を書いてきた父が、家族という「最も身近で、最も難しい物語」をどう受け止めるかがテーマになっている。息子の目線を通して、父の仕事への姿勢や、家族の歴史が少しずつ浮かび上がる構成だ。

面白いのは、「家族の会話」がどこか脚本めいて見えてくる瞬間がある一方で、予定調和から大きく外れてしまう場面も描かれることだ。シナリオどおりには進まない現実を前に、父も子も「これは一体どういう話なのか」と戸惑いながら、自分の位置を探していく。

クリエイティブな仕事をしている親をもつ人、あるいは自分がクリエイターで家族との関係に悩んだことがある人は、妙な生々しさを感じるかもしれない。家族という題材を、「感動の物語」ではなく「書きかけの台本」として捉え直す視点が新鮮だ。

9. 『縁』

タイトルは「ゆかり」と読む。少年サッカークラブのコーチ、パパ活経験のある女性、その「パパ」となった中年男性、シングルマザー……など、複数の人物を連作短編集の形で描いた群像劇だ。各章で登場人物の立場が変わり、別の角度から同じ出来事が見えてくる。

たとえば、最初は「ちょっと問題のある親」と見えた人物が、別の章では「どうしようもなく不器用なだけの人」に見えてきたりする。人間関係の「誤解」と「理解し直し」のプロセスが、そのまま物語の推進力になっているのが印象的だ。

人と深く関わることに疲れているときに読むと、「完璧に分かり合わなくても、何とかやっていける」という感覚が少し戻ってくる。大きな事件は起こらないが、静かな余韻が長く残る一冊だ。

10. 『夜の側に立つ』

高校時代に同じバンドで活動していた男女5人の、22年にわたる時間を行き来しながら描く長編。高校時代の夏、湖で起きた事故で親友が命を落とし、「自分だけが生き残った」主人公は、その夜の記憶と向き合えないまま大人になっていく。

現在・高校時代・20代・30代という四つの時間軸を行き来する構成は、一見複雑だが、読んでいるうちに「この時点の彼らだからこその選択」が見えてきて、時間の流れそのものが物語になっていく。恋愛、友情、秘密、喪失。青春の光と影をまとめて抱え込んだまま大人になってしまった人には、かなり刺さる内容だと思う。

本を閉じたあと、「自分の人生にも、あの時あの場所で別の選択をしていたら」という夜があったことを思い出すかもしれない。その感覚に、そっと寄り添ってくれる長編だ。

11. 『レジデンス』

湾岸に立つマンション「湊レジデンス」を舞台に、そこに住む4人の若者の3日間を描いた群像劇。成績優秀な中学生でありながら夜な夜なひったくりに走る望、自転車泥棒に「制裁」と称して暴力をふるう弓矢、マンション内で乱れた関係を重ねる異母兄・充也、事故で就職に失敗したフリーターの根岸。彼らの衝動と本性が絡み合い、次第に取り返しのつかない事態へ転がっていく。

『ひと』や『まち』のような柔らかな空気を期待して読むと、驚くかもしれない。ここでは、人間の暗さや暴力性が容赦なく描かれる。ただ、その中にも「どうしようもなく幼い」感情や、「こうするしかなかった」というギリギリの事情が垣間見え、完全な悪人として切り捨てられないところが、この作品の怖さでもある。

小野寺作品の「光」だけでなく、「影」も含めて味わいたい人に勧めたい一冊だ。読後にすっきり晴れるタイプの物語ではないが、人間の弱さや危うさについて考えさせられる。

12. 『東京放浪』

3年勤めたデパートの外商部を衝動的に辞めてしまった森くんが、東京をあてもなく歩きながら、自分のこれからを考える青春小説。友人のアパートに泊めてもらったり、預かった女の子の面倒を見たり、都内のあちこちを「転がる」ようにして過ごす数日間が、軽やかな筆致で描かれる。社会人になってからの「放浪」という設定が絶妙だ。学生のバックパック旅行のような自由さはないが、かといって中年の現実逃避とも違う。働き方や生き方が多様になった今、「一度全部放り出してしまった自分が、この先どうやって暮らしていくか」というテーマは、多くの人にとって他人事ではない。

東京在住の人が読むと、「このあたりはこういう雰囲気か」と散歩したくなるし、地方在住の人が読めば、「東京という街の別の顔」が見えてくる。気持ちが煮詰まったときに読みたい、静かなロードムービーのような一冊だ。

13. 『ライフ』

ポプラ社の紹介文どおり、アルバイトを掛け持ちしながら一人暮らしを続けてきた27歳・井川幹太が主人公。気楽なアパート暮らしのはずが、隣室に越してきた戸田さん一家との付き合いが始まり、夫婦喧嘩や育児の悩みに巻き込まれていくうちに、「誰にも頼らず一人で生きていくつもりだった」自分の考えが少しずつ揺らぎ始める。

印象的なのは、「頼られること」が幹太の内側を変えていくところだ。隣人から相談され、頼みごとをされ、子どもの面倒を見たりするうちに、彼は自分の中の「押し殺していた願い」に気づいていく。自分には何もないと思っていた人間にも、誰かの人生の中で果たせる役割があるというメッセージが、じんわりと伝わってくる。

『ひと』『まち』『いえ』と世界観がつながっている部分もあり、シリーズが好きな人にはニヤリとできる仕掛けが散りばめられている。ひとり暮らしの部屋に帰ってきたとき、電気をつけた瞬間の心細さを知っている人ほど、胸に響く物語だ。

14. 『タクジョ!』

女性タクシードライバー、通称「タクジョ」を主人公にしたお仕事小説。大学卒業後にタクシー運転手として走り始めた夏子の日常を通して、さまざまな乗客との一期一会の出会いが描かれる。

タクシーの車内は、非常にパーソナルな空間だ。ほんの数十分のあいだに、仕事の愚痴を話し出す客、家族の事情をこぼす客、黙ったまま窓の外を見ている客など、多種多様な人が通り過ぎていく。夏子は、彼らの人生に深入りしすぎず、しかし完全に無関心でもいられない距離感で、ハンドルを握り続ける。

読んでいると、自分がこれまで乗ってきたタクシーの車内も、どこか物語の舞台だったのではないかという気持ちになる。運転手側の視点から街を見る感覚は新鮮で、深夜のタクシーのライトや、雨の路面の反射まで、細部が目に浮かぶようだ。

 

15. 『片見里荒川コネクション』

片見里という地方から東京に出た75歳の継男と、卒論を寝坊して出しそびれ留年してしまった22歳の海平。接点のなさそうな二人が、荒川のほとりで出会うところから物語が動き出す。継男は同郷の知人から「オレオレ詐欺」の受け子の代役を頼まれ、海平は祖母に託された「中林継男を探してほしい」というお願いを抱えている。

老人と若者のペアというと、どこか説教臭くなりがちだが、この作品ではむしろ、二人とも同じように足踏みをしている姿が描かれる。「まだ」75歳、「もう」22歳という言葉遊びが象徴するように、年齢に対する感覚も対照的だ。荒川の河川敷を歩きながら交わされる会話の中に、それぞれの後悔と希望がにじむ。

人生のどのタイミングでも、「ここから動ける」と思えるきっかけは訪れるのだと、静かに教えてくれる長編だ。祖父母と孫世代のギャップを感じている人にも、どこか温かく響くはずだ。

16. 『その愛の程度』

川遊び中、小学生の娘・菜月と友人の娘が同時に溺れかけたとき、主人公・守彦が助け上げたのは菜月ではなく友人の娘だった。それ以来、「お父さんは菜月を助けてくれなかった」と口をきいてくれなくなった娘と、七歳年上の妻との関係は、少しずつ軋み始める。守彦は困り果て、とりあえず家を出るが、会社の後輩やシングルマザーとの会話を通して、自分の中の「愛の程度」と向き合っていくことになる。

この作品が鋭いのは、「誰を先に助けるべきだったか」という倫理の問題に終始しないところだ。読者は、守彦が責められる場面に胸が痛くなりつつも、「じゃあ自分ならどう動けたか」と考え込んでしまう。そのうえで、家族それぞれの視点から見た「守彦の行動」が描かれることで、善悪二元論では割り切れないグラデーションが見えてくる。

家族小説が好きな人、離婚や再婚の経験がある人には、かなり生々しく感じられるかもしれない。それでも、物語の最後には、「不器用な人間なりに、自分の愛し方を選び取ることはできる」という希望が残る。

17. 『ナオタの星』

会社を辞めてシナリオ作家を目指す小倉直丈(ナオタ)が主人公。新人賞に応募し続けるが落選続きの彼のもとに、プロ野球選手として活躍する小学校時代の級友から「ある人物の尾行」という奇妙な仕事が舞い込む。同じ蟹座のB型でありながら、まったく違う人生を歩んできた二人の再会が、物語のスタートラインだ。

作家志望の苦さと、友人の成功への複雑な感情が、ナオタのモノローグを通してじわじわ伝わってくる。それでいて、物語は重苦しくならない。尾行を通じて見えてくる相手の事情や、自分の周りの人間関係を辿るうちに、ナオタの視界は少しずつ開けていく。

何かを目指して挑戦し続けているのに、成果が出ないときにこそ読みたい一冊だ。華々しいサクセスストーリーではなく、「あきらめきれない人間」がどうやって日々を続けていくか、そのリアルが込められている。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

たとえば、『ひと』や『まち』のような作品は、電子書籍なら通勤電車の中でもさっと開けるし、シリーズをまとめて持ち歩くのにも向いている。紙の文庫と電子を併用すると、自宅でも外でも好きなタイミングで読み継げる。

  • 『ひと』『まち』などをまとめて読みたいなら、サブスクでたくさん読めるサービスと相性がいい。
  • 耳で物語を楽しむと、登場人物の台詞回しや間がまた違って聞こえてくる。
  • 日常系の小説は、軽くて持ち歩きやすい端末と相性がいい。

Kindle Unlimited

『ひと』をきっかけに小野寺作品にハマりそうだと感じたら、こうした読み放題サービスで関連作を次々拾っていく読み方もありだ。街や人物のつながりを追っていく読書は、まとめ読みのほうが楽しさが増す。

Audible

『片見里荒川コネクション』や『夜の側に立つ』のような物語は、夜の散歩や長めの移動中に音声で聴くと、タイトルの「夜」や「川」のイメージとよく重なる。声で物語を浴びると、静かな会話のニュアンスが、文字で読むときとは少し違う角度から入ってくる。

Kindle端末

小野寺作品の多くは文庫版も電子版も出ているので、一台軽いKindle端末を持っておくと、『ひと』『まち』『いえ』『と』『ライフ』あたりを「ひとつのシリーズ」としてまとめて持ち歩ける。カバンの重さを気にせず、気分に合わせて読む作品を変えられるのが快適だ。

 

シンプルなマグカップとお茶

派手な展開ではなく、日常の機微を味わう小説は、飲み物と一緒にゆっくり読む時間が似合う。お気に入りのマグカップと、カフェイン控えめのお茶を用意しておくと、「帰宅して本を開く」という習慣が自然と続きやすくなる。

 

まとめ

小野寺史宜の小説は、どれも「昨日とほとんど変わらない今日」を描いているようでいて、気づけば登場人物も読者も少しだけ違う場所に立っている。『ひと』であれば、孤独だった青年が、自分の声を絞り出す地点へ。『まち』であれば、ただの地名だった場所が、自分の町へ。『ライフ』であれば、「誰にも頼らない」ことが強さだと思っていた青年が、「頼られること」の意味を知る地点へ。

ページを閉じたとき、体のどこかに「よし、明日も何とかやってみるか」という小さな力が戻ってくる。その実感が、この作家のいちばんの魅力だと思う。今の自分の気分に近い一冊を手に取って、物語の中で誰かと一緒に歩いてみてほしい。

  • 気分で選ぶなら:『ライフ』『タクジョ!』
  • じっくり読みたいなら:『夜の側に立つ』『片見里荒川コネクション』
  • まず一冊だけ読むなら:やはり『ひと』

どの作品から入っても、最終的には街と人のつながりの中に「自分の居場所」を探す旅になる。自分の生活と地続きの物語を、ゆっくり味わってほしい。

FAQ

Q1. 小野寺史宜を初めて読む場合、どの順番がおすすめ?

いちばん王道なのは、『ひと』→『まち』→『いえ』→『と』→『ライフ』という流れだ。同じ町や店、さりげないつながりが出てくるので、世界が少しずつ広がっていく感覚を味わえる。スポーツ要素が好きなら、『リカバリー』『ホケツ!』を途中に挟んでもいいし、もっと重めのテーマを先に読みたい人は、『夜の側に立つ』を早めに入れてもいい。

Q2. 明るい作品と重めの作品、どれくらい印象が違う?

『ひと』『まち』『いえ』『みつばの郵便屋さん』『タクジョ!』あたりは、基本的に温かくて優しい読後感が残る。一方、『レジデンス』『夜の側に立つ』『その愛の程度』は、人の暗部や後悔に踏み込むぶん、ずしりとした重さがある。気分が沈んでいるときは前者、少ししっかり物語に向き合えるときは後者、という具合に読み分けると負担なく楽しめる。

Q3. 電子書籍やオーディオブックとの相性はどう?

会話が自然で地の文も読みやすいので、電子書籍との相性はかなりいい。行間を開けて表示すれば、スマホでもストレスなく読み進められる。音声で聴く場合は、登場人物同士の距離感や、さりげないユーモアがよりはっきり伝わりやすい。移動時間が長い人や、目が疲れやすい人は、Audibleのようなサービスも検討してみるといい。

Q4. 小説を読み慣れていなくても楽しめる?

難しい比喩や専門知識に頼らない文章なので、小説を読み慣れていない人でも入りやすいと思う。1章ごとの区切りも比較的細かく、日々のすきま時間に少しずつ読み進めやすい。日常の会話やコンビニ、ファミレス、商店街といった「見慣れた風景」が多く出てくるので、自分の生活に近い物語として自然に入っていけるはずだ。

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