ほんのむし

本と知をつなぐ、静かな読書メディア。

【城戸喜由おすすめ本】新人賞受賞作『暗黒残酷監獄』から未収録短編まで辿る作品2選

城戸喜由の作品は、いまのところ量ではなく密度で迫ってくる。作品一覧を眺めても、中心にあるのは新人賞受賞作『暗黒残酷監獄』だ。けれど、その一作が放つ「共感しにくさ」と「推理の快感」は、読み手の倫理や家族観まで揺らしてくる。まずは受賞作を版選びから丁寧に、さらに未収録短編で射程を確かめたい。

 

 

城戸喜由という作家を読む手がかり

城戸喜由は1990年北海道生まれで、『暗黒残酷監獄』により第23回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビューした。受賞作は選考会で賛否が割れたと明言されていて、そこがまず入口になる。万人に迎合するより、ざらついた視点のまま「謎を解く」方向へ突っ込んでいく。

特徴は、主人公に寄り添う読み方が通じにくいところだ。正しさや共感を前提にした物語ではなく、世界が噛み合わない手触りそのものを材料にする。だからこそ、家族という共同体の内側で起きる「秘密」が、単なる設定ではなく、皮膚感覚に近い形で立ち上がる。

現時点の核は長編1作だが、雑誌『ジャーロ』掲載の短編で別方向の挑戦も見える。長編で確かめた「嫌な感じの倫理」と、短編で試す「新しい舞台装置」。この往復で、作家の輪郭が濃くなる。

城戸喜由のおすすめ本

1. 暗黒残酷監獄(光文社文庫)

物語の導火線は強烈だ。友人がいない高校生・清家椿太郎のもとに、姉の死が落ちてくる。姉は十字架に磔にされて殺され、遺されたメモには「この家には悪魔がいる」。ここまでで、ふつうは胸がざわつき、誰かの悲しみに寄り添う準備をしてしまう。ところがこの作品は、その「ふつう」を最初から裏切る。

椿太郎の目は冷たい。冷たいというより、温度が最初から設定されていない。事件は確かに悲劇なのに、彼の言葉は淡々としていて、怒りも恐れも、こちらが期待する形では出てこない。その無風の語りが、読者の神経を逆なでする。ここで離脱する人がいるのも分かるし、逆に「だから読める」となる人もいる。まず、この分岐を自分の体で確かめる本だ。

椿太郎は“身辺調査”をする。探偵のように聞き込み、証拠を集めるというより、家族を観察し、矛盾を拾い、嫌なものを嫌なまま棚に並べていく。父、母、兄、姉。家族の経歴や過去がめくれるたびに、家庭という箱の中に詰まっていたものが、音を立てて崩れていく。しかも崩れ方が湿っぽくない。乾いた手つきで、しかし容赦がない。

読みどころは「家族の秘密」の多層性だ。誘拐事件に関わる父、事故死と報じられたのに生きている母、自殺した兄が残した不可解な小説。設定だけ見ると派手だが、派手さが目的ではなく、家族の輪郭を“信用できないもの”として描くために積み上げられている。秘密は暴露されて終わりではない。秘密が増えるほど、家族という関係が、どんどん名乗れなくなる。

この作品の推理は、すっきりした線で勝利するタイプではない。むしろ「答えのある謎」を足場にして、答えのない場所へ踏み込んでいく。真相に近づけば近づくほど、正義の居場所が狭くなる感覚がある。読後に残るのは安心ではなく、背中に貼りつく薄い寒さだ。その寒さが、日常の会話や家族の表情を、少し違う角度から見せる。

では、誰に刺さるか。読みやすい共感譚が欲しい人には勧めにくい。けれど、倫理が整っていない人物の視点から世界を見ることに、むしろ文学的な快感を覚える人には強い。自分の中の「嫌い」を動かし、そのままページをめくらされる体験がある。あなたは、物語に好かれたいタイプだろうか。それとも、物語に嫌われに行けるタイプだろうか。ここで試される。

読む場面のおすすめは、夜だ。部屋の明かりを少し落とし、スマホの通知を切る。外の音が遠のくほど、椿太郎の無機質な語りが、こちらの呼吸に入り込んでくる。読み終えたあと、冷蔵庫のモーター音がやけに大きく聞こえたら、その夜は当たりだ。

そして最後に、これは「家族って何なんですか」という問いを、飾りではなく本気で投げてくる。 家族が救いだと信じたい人ほど、痛い。家族がただの制度に見える人ほど、奇妙に救われる。矛盾した読後感が、しつこく残る。

2. ジャーロ No.72(城戸喜由「バラバラの薔薇」掲載)

『暗黒残酷監獄』が「家族の箱」を内側から割る長編だとしたら、「バラバラの薔薇」は舞台装置からして別の角度で攻めてくる。VR空間で殺人が起きる、という導入がまず現代的だ。現実の肉体から離れた場所で、暴力や死はどう成立するのか。短編はその問いを、軽く見せながら重く落とす。

雑誌掲載の短編は、作家の“癖”が濃縮されることがある。長編のように丁寧な積み上げができないぶん、最初の一撃で読者を連れていく必要があるからだ。城戸喜由の場合、その一撃が「倫理のズレ」になる。正しさが手すりとして機能しない世界へ、いきなり放り込まれる。

VRという舞台は、便利な小道具ではなく、事件の質を変える。誰が誰か、どこまでが本人か。アバターの外見は嘘でも、内側の衝動は嘘になりにくい。そういうねじれが、短いページの中でぎゅっと鳴る。現実の法や道徳が届きにくい場所で、推理がどんな形を取るのか。ここを味わうと、長編の「家族」もまた、社会の外縁にある閉じた空間だったと気づける。

読み味は、長編よりも速い。けれど読後は速くない。短編なのに、引っかかりが残る。薔薇という題材が示すのは、美しさと棘の同居だ。バラは飾れる。香りもある。だが触ると痛い。触り方を誤ると、血が出る。その比喩が、物語の中で文字通りの意味を帯びる瞬間がある。

この短編を足す意味は、作品数を増やすためではない。作家の射程を確かめるためだ。長編の椿太郎が合わなかった人でも、短編の切れ味は別物として楽しめる可能性がある。逆に、長編が刺さった人は、作家が「家族」以外の場所でも同じ刃を研げるかどうかを試せる。

読み終えたあと、スマホの画面を一度消して、部屋の明かりを見てほしい。現実の光が、さっきまでの仮想の光よりも信用できない気がしたら、短編は成功している。短いのに、視界のピントがずれる。そういう効き方をする。

少ない作品数だからこそ、読み方が効く

城戸喜由を追うときは、「どう読むか」が大事になる。受賞作は、読者に媚びない主人公を正面に置き、共感の手すりを外してから推理へ向かう。 その読み方に耐えられるかどうかで、評価が割れるのは自然だ。

ただ、割れる作品は伸びしろが大きい。好き嫌いがはっきり出るからこそ、読者は自分の読み癖に気づく。物語に慰めを求めるのか、異物としての視点を求めるのか。あるいは、推理の“解ける感じ”だけを求めるのか。『暗黒残酷監獄』は、その違いをはっきり見せる鏡になる。

そして短編で舞台が変わると、同じ刃が別の材質を切る音がする。家族の箱とVR空間。どちらも「閉じた場所」だが、閉じ方が違う。閉じ方が違うと、暴力の形も、推理の形も変わる。数が少ないからこそ、その変化が読み取りやすい。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

読み放題で「まず合うかどうか」を試せると、賛否が割れる作家ほど失敗が少ない。気になるミステリー雑誌まで一緒に追えるのも相性がいい。

Kindle Unlimited

物語の温度が低いほど、声の情報が加わると印象が変わることがある。感情移入の代わりに、言葉の硬さを耳で確かめるのも一つの読み方だ。

Audible

小さなメモ帳と細いペン。家族の秘密が増えるタイプのミステリーは、人物関係と時系列を一行でいいから書いておくと、後半の「残酷な真実」に届く速度が上がる。書きつけた字が汚いほど、読書の熱は本物になりやすい。

まとめ

城戸喜由の入口は、結局のところ『暗黒残酷監獄』だ。共感しにくい語り手の視点に耐えながら、家族の秘密がほどけていく音を聞く。その体験は、推理小説の快感と、生活感覚のざらつきを同時に連れてくる。

さらに「バラバラの薔薇」で舞台を変えると、作家の刃が家族以外にも届くことが見える。数は少ない。だからこそ一冊が濃い。読むほどに、自分の中の「家族って何なんですか」という問いが、簡単には片づかなくなる。

  • まずは受賞作の衝撃を確かめたい人:『暗黒残酷監獄(光文社文庫)』
  • 長編とは別角度の挑戦を見たい人:『ジャーロ No.72(バラバラの薔薇)』

読み終えたあと、家族の会話が少しだけ別の音に聞こえたら、その違和感を大事にしていい。次の一冊は、違和感が消える前に開くほうが効く。

FAQ

Q1. 『暗黒残酷監獄』はグロい描写が多い?

導入に衝撃はあるが、読後に残る主成分は残酷描写そのものより、倫理のずれと家族の崩れ方だ。血の量で怖がらせるというより、正しさの手すりが外れた場所で推理が進む怖さが強い。苦手意識があるなら、夜ではなく昼に読むと受け止めやすい。

Q2. 主人公に共感できないと読めない?

共感を前提に読むと、つらい場面が多い。ただし共感できないこと自体が、この作品の仕掛けになっている。好きになれないまま観察する、という読み方に切り替えると、推理の面白さと文体の刃が見えてくる。自分の読書の癖を試す本だと思うと、入口が広がる。

Q3. 雑誌掲載短編から読んでも大丈夫?

「バラバラの薔薇」は単体で読める。VR空間で殺人が起きる、という舞台の違いがはっきりしているので、長編が合わない人の試金石にもなる。とはいえ作家の核を掴むなら、受賞作『暗黒残酷監獄』を先に読んだほうが、短編の挑戦がより鮮明に見える。

関連リンク

麻耶雄嵩おすすめ本 違和感の論理で転がるミステリー

乾くるみおすすめ本 読後に構造が反転する快感

井上夢人おすすめ本 仕掛けと視点の不安定さを味わう

古野まほろおすすめ本 正義と制度のひずみを読む

長江俊和おすすめ本 日常が崩れる気配に触れる

 

 

Copyright © ほんのむし All Rights Reserved.

Privacy Policy