「荒地の家族」をきっかけに名前を知ったけれど、どの本から読めばいいのか迷っている。震災や東北というテーマに興味はあるけれど、重すぎたら少し怖い。そんなためらいを抱えたまま、本屋や画面の前で立ち止まっている人はきっと少なくないと思う。
佐藤厚志の小説は、派手な事件で読者を引きずり回すタイプではない。むしろ、誰もが「もう終わったこと」にしてしまいがちな出来事のあとを、静かに、しつこいくらい見つめ続ける。震災から十数年経った宮城、老舗ホテルでくすぶる初老の男、団地の子どもたちの息苦しくもゴキゲンな日々。そのどれもが、今を生きている自分の生活と地続きだとじわじわ分かってくる。
この記事では、『荒地の家族』『象の皮膚』『ジャスティス・マン』『常盤団地の魔人』を軸に、佐藤厚志の「今この社会を生きる感覚」に触れられる本を辿る。どこから読んでもいいし、一冊だけでやめてもいい。ただ、自分のなかの「うまく言えないモヤモヤ」に触れるための入口として、好きな本を一つ選んでみてほしい。
おすすめ本4選
震災から十数年が過ぎ、ニュースの中では「過去の出来事」になりつつあるそれでも、個々の人生のなかでは終わっていない出来事がある。佐藤厚志の小説には、その「終わっていない時間」が静かに横たわっている。ページを開くと、潮の匂いと一緒に、うまく言葉にできない喪失感や、どうしても消えない問いがひたひたと押し寄せてくる。
前編では、第168回芥川賞受賞作『荒地の家族』と、アトピーに悩む書店員の視点から生きづらさを描いた『象の皮膚』という二冊を取り上げる。どちらも、震災と仕事と家族のあいだで揺れる「ひとりの人間」を正面から追いかけた物語だ。
1. 荒地の家族(第168回芥川賞受賞作)
主人公は、宮城で植木職人をしている四十歳の男・坂井祐治だ。十数年前の「災厄」で、彼は仕事道具を一切合切さらわれる。その二年後には、妻が病気で亡くなる。仕事も、家族も、その基盤を支えていたものが音を立てて崩れたあと、祐治に残ったのは、自分の身体を酷使して働き続けることだけだった。
彼は自分を追い込むように働く。肉体の痛みで頭をいっぱいにしておけば、失ったものの大きさを考えずに済むからだ。だが、そのやり方はゆっくりと身体を蝕んでいく。息子との関係はぎこちなく、言葉を交わそうとするたび、うまくいかない沈黙が間に落ちる。昔のように笑い合うこともできないまま、時間だけが過ぎていく。
この小説の核心にあるのは、「なぜあの人は死に、自分は生き残ったのか」という問いだ。祐治はその問いを振り払えないまま、荒地となった故郷を行き来し、防潮堤の向こうに変わり果てた海を見る。あの日、海が膨張し、防潮堤が築かれた。もとの生活は決して戻らないことを、頭では理解しているのに、心のどこかではまだ「戻れるはずだ」と喉の奥で否定しきれずにいる。
佐藤の筆致は、その揺れを大げさに説明しない。庭木の枝ぶり、道端の雑草、汗のしみ込んだ作業着。そうした具体的なものを丹念に描き込むことで、祐治の心の荒地が少しずつ浮かび上がってくる。仕事道具をもう一度揃え、身体に無理をさせ、日々を回す。それでも、失われたものの輪郭はぼやけない。
読んでいてきつい場面も多いのに、この小説が不思議と読者を突き放さないのは、祐治が決して「立派な被災者」ではないからだと思う。息子とうまく向き合えず、過去から逃げようとし、仕事に逃避する。弱くて、かっこ悪くて、でもどこかで共感せざるをえない中年の男として描かれる。その生々しさが、物語を遠い悲劇ではなく、自分の生活の延長線上に引き寄せてくる。
「止むことのない渇きと痛み」を抱えた男の彷徨いを描いた、と紹介にはある。実際、読み終えたあともその渇きと痛みは完全には癒えないまま、読者の内部に残る。ただしそれは、絶望だけを残す痛みではない。荒地の中を、それでも歩き続ける足取りの重さが、どこかで読む側の背中をそっと押してくるような感触がある。
夜にひとりで読むと、ページを閉じたとき、自分の部屋の静けさがいつもより濃く感じられる。そこで初めて、「自分もまた何かを失って生きているのだ」と気づかされるような一冊だ。
2. 象の皮膚(三島賞候補作)
『象の皮膚』の主人公は、五十嵐凜。非正規の書店員として六年目を迎える女性だ。彼女は重いアトピー性皮膚炎に悩まされている。痒みは常に身体のどこかを支配し、肌を人に見られることが怖い。それでも、彼女は今日も書店のフロアに立ち、客に頭を下げる。肌を見られたくない、でも、この苦しみを誰かに知ってほしい。その二つの感情のあいだで揺れながら。
五十嵐は、自分の心を「自動販売機」にして働いている。ボタンを押されれば、決められた商品を決められた笑顔で出す。そうしていれば、相手も自分も傷つかない。客の理不尽な要求にも、職場の理不尽な空気にも、直接向き合わずに済む。だが、その「自動販売機」でいることそのものが、彼女の皮膚と心をじわじわと削っていく。
そんな彼女の目の前で、東日本大震災が起こる。本を求める人々が書店に押し寄せる。停電や混乱のなかで、ひとは何を読みたがるのか。どんな言葉を必要とするのか。五十嵐は、その混雑した店内で、ふだんとは異なる人間の素顔を目撃する。善意も、利己心も、恐怖も、希望も、一日のうちに何度も目の前を通過していく。
この作品のすごさは、アトピーの痒みや皮膚の感覚が、単なる「病の描写」にとどまらず、彼女の生きづらさそのものと分かちがたく結びついているところだと思う。痒みは、常に他人の視線とセットでやって来る。見られたくないのに、隠すこともできない。皮膚が「自分自身そのもの」になってしまった人間が、社会の中でどうやって立っているのか。その姿が容赦なく描かれる。
一方で、彼女が働く書店という空間は、「言葉」が商品として並べられている場所でもある。痒みに耐えながら、本の棚を整え、POPを書き、客におすすめをする。その仕事を通じて、彼女は「人はどんな言葉を求めているのか」「自分はどんな言葉に救われてきたのか」を知らず知らずのうちに見つめさせられることになる。
震災とアトピーと書店。その組み合わせだけ聞くと重そうだが、実際の文章は驚くほど澄んでいる。情緒に偏りすぎることなく、皮膚の感覚と心の動きを淡々と追いかける。その淡々さが効いていて、読者はページをめくるごとに、五十嵐の「象の皮膚」の内側に少しずつ入り込んでいく。
肌のコンプレックスが刺激される読者もいるかもしれない。それでも、この作品を通して、「自分の身体を引き受けながら社会に立っている」ということの過酷さと健気さの両方に、そっと光が当たるのを感じると思う。震災のシーンも、決してショックを煽るためではなく、「そのときそこにいた人の視界」を描くために配されている。
仕事に疲れ切っているとき、生きづらさを抱えたまま働いているときに読むと、かなりきつい。しかし同時に、自分だけが特別に弱いわけではないのだ、とほんの少しだけ肩の力を抜かせてくれる物語でもある。
3. 常盤団地の魔人
『常盤団地の魔人』は、一気に視点が変わる。主人公は、常盤団地に暮らす小学三年生の少年・今野蓮。小児喘息を抱え、二年生までは特別支援学級にいた彼は、転校生のシンイチとの出会いをきっかけに、悪ガキ大将イッセイ率いる「ワコウ軍団」の一員になっていく。
物語の舞台は、団地の中とその周辺──雑木林のひょうたん池、宿敵である管理人室、テレビゲーム禁止令が発令される家庭のリビング、捨て犬失踪事件が起こる路地裏。男の子たちが「世界のすべて」だと信じている空間が、細部まで生き生きと描かれている。読んでいると、自分の小学校低学年の記憶のなかにあった匂いが、不意に立ち上がってくるようだ。
おもしろいのは、この作品が「懐かしい団地ノスタルジー」の範囲にとどまらないところだ。悪ふざけはバカバカしくて痛々しくて、そしてどこか残酷だ。子どもたちは、相手の痛みや立場を考え尽くすことはできない。だからこそ、時にとんでもない一線を平気で越えてしまう。作品の面白さと同時に、その残酷さのリアルさに、読みながら何度かヒヤッとする。
今野蓮自身も、最初から“やんちゃな主人公”として描かれるわけではない。喘息持ちで、おとなしくて、どちらかと言えば受け身の子どもだ。そんな彼が、ワコウ軍団の一員として団地の事件の渦中に身を置くなかで、少しずつ自我を育てていく。とくに、これまで一方的にいじめられてきた二歳上の兄・光平と、とうとう殴り合いになる場面は、成長の苦い通過儀礼として胸に残る。
大人になってしまった読者から見ると、団地の子どもたちの日々は、あまりにも無防備で、危なっかしくて、それでも眩しい。団地の廊下、エレベーター、階段──そこは誰かの家庭の入口であり、同時に子どもたちの「戦場」でもある。作品は、その二重性を瑞々しい筆致で描き切っている。
『荒地の家族』や『象の皮膚』のような重さとは別の方向で、佐藤厚志が「人がどのように育っていくのか」というテーマを追いかけた一冊だと言える。男の子の読者には、自分の過去のどこかを突かれたような痛みがあるだろうし、子どもを持つ親が読むと、胸の奥がざわざわする部分も多いはずだ。
あの頃の「バカで痛くてゴキゲンだった」日々を、ただきれいな思い出にせず、きちんと光と影の両方を描いた成長小説だと思う。
4. ジャスティス・マン(文春e-book)
主人公の大山茂は、仙台の老舗ホテルに三十年勤めてきた初老のホテルマンだ。家庭もあり、仕事もあり、一見すると何不自由ない中年男性。ところが彼の内側には、子どもの頃に夢中になった“悪をくじく特撮ヒーロー”への憧れが、痛々しいほど純度を保ったまま残っている。日課の「ジャスティス体操」、不心得者に放つ必殺技「ダイヤモンドヘッド」。そんな言葉を、本気で信じ続けてしまった大人の物語だ。
彼は自分のことを「皆が全幅の信頼を寄せている」と疑わない。目を見ればわかる、とまで言い切る。だが、読者には、その確信が少しずつ空回りしていることが見えてくる。部下への指導、客への「正しい」対応、家庭での振る舞い。どれも一見まじめで誠実なのに、ズレが積み重なっていく。そのズレを、本人だけが決して認めない。
おそらく誰の職場にも、こういう人が一人はいる。自分の「正しさ」を疑わないまま、周囲に圧をかけてしまう人。『ジャスティス・マン』がおそろしいのは、そうした人物像をステレオタイプな悪役として描くのではなく、「かつての少年が、そのまま大人になってしまった姿」として描き切っているところだ。
子どもの頃にテレビの前でヒーローに心を重ねたことのある人なら、大山の痛々しさには、どこか共感を覚えてしまうかもしれない。正義感は本来、まっすぐで健全な感情のはずだ。だが、それが社会や他人への想像力を失ったとき、誰かを傷つける暴力に変わる。大山はその境目を越えてしまった「正義に狂う大人」として描かれるが、作品を読み進めるうちに、彼だけを笑い飛ばすことはできなくなっていく。
佐藤厚志はここでも、安易な断罪を避ける。大山の視点から見える世界には、彼なりの苦労や孤独もにじんでいる。ホテルのロビー、宴会場の空気、夜勤明けの街の静けさ。そうした風景の中で、彼は「正しいことをしている自分」を保つことで、かろうじて自尊心を守っている。読者はその危ういバランスを目で追いながら、自分の中にも微量に混ざっている「ジャスティス・マン」の成分を意識させられるはずだ。
家庭も職もある五十代の中年男性の「独りよがり」はどこまで許されるのか。あるいは、誰の中にもある「正義」の種をどう扱えばいいのか。ユーモラスさと冷や汗がないまぜになった一冊だと思う。
佐藤厚志とは?
佐藤厚志は、1982年生まれの小説家だ。宮城県仙台市に生まれ、東北学院大学文学部英文学科を卒業。仙台市内の書店、丸善仙台アエル店で働きながら創作を続けてきた。2017年、「蛇沼」で新潮新人賞を受賞してデビューし、「境界の円居」で仙台短編文学賞大賞、「象の皮膚」で三島由紀夫賞候補となり、2023年に『荒地の家族』で第168回芥川賞を受賞して一気に広く知られるようになった。
経歴だけ見ると“受賞歴のある新鋭作家”という一行で済んでしまうが、その作品世界はもっと粘っこい。東日本大震災から十数年が過ぎた宮城の町で、仕事道具も家族も失った植木職人の男が、答えのない問いを抱えたまま日々を生きる『荒地の家族』。アトピーに苦しみながら「心を自動販売機」にして働く非正規書店員を主人公にした『象の皮膚』。どちらにも、ニュースの見出しからこぼれ落ちる「個人の痛み」が、そのままの形で持ち込まれている。
一方で、『ジャスティス・マン』のように、仙台の老舗ホテルに三十年勤めてきた初老のホテルマンを描く作品では、子どもの頃のヒーロー番組への憧れがねじれたまま残ってしまった「正義」の危うさが前面に出る。本人は善意のつもりで振る舞っているのに、その正義感が周囲を追い詰めていく。読んでいると笑っていいのか、顔をしかめるべきか分からなくなるような、居心地の悪いリアリティがある。
さらに『常盤団地の魔人』では視点をぐっと下げ、小学三年生の少年が暮らす団地の世界を描き切る。悪ガキたちのバカバカしい悪戯、宿敵の管理人との攻防、雑木林のひょうたん池の謎。男の子なら誰もが通ってきたような「痛くて、でもゴキゲンな」日々を追いながら、その裏側にある家族の事情や、社会の影も確かに写し込んでいく。
共通しているのは、どの作品も「どこか遠い特別な場所」の話ではなく、今この日本で生きている人たちの生活のすぐ隣にありそうな光景を描いていることだ。震災、非正規雇用、職場の空気、団地の子どもたちの世界。題材だけ見れば重くて暗くなりそうなのに、佐藤の文体は極端なドラマを持ち込むことなく、その場の空気と人物の呼吸を淡々と追いかける。その静けさのなかで、読者は「自分ならどうするか」「自分も同じようなことを思ったことがある」と、自然と自分の生活に引きつけて読んでしまう。
仙台在住の現役書店員であることも、作品の芯に効いていると思う。現場の空気を知っている人間だから書ける、労働の手触りや接客の気まずさ、本を求めて来る人々の姿が、どの物語にも生々しく刻まれている。震災後の東北を描く作家、という枠に閉じ込めてしまうには惜しいが、「あの日から十数年後を生きる人たち」をこんな形で描ける書き手はそう多くない。
今回取り上げる四冊に番外編の佐藤泰志を重ねて読むと、「この社会で、何とか自分の足で立とうとする人たち」が時代や世代をまたいで浮かび上がってくる。その線の上に、書店員であり小説家でもある佐藤厚志が、今まさに立っているのだと感じさせられる。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びや余韻を生活に根づかせるには、読む環境や一緒に使うサービスを少し整えておくといい。ここでは、佐藤厚志の作品をじっくり味わうときに相性のいいツールやアイテムをいくつか挙げておく。
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震災や団地、ホテルのロビーなど、同じ作家の世界を行ったり来たりしたくなったら、定額で読み放題のサービスが便利だ。気持ちが重くなったら一度閉じて、別の軽めの本に避難する、という読み方もしやすい。
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通勤や家事の合間に「荒地の家族」の空気だけでも浴びたいときは、耳から物語に浸るのもいい。東北の風景や、初老のホテルマンの独白のリズムは、音声で聞くとまた違う切なさが出てくる。
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Kindle
- 紙の本も好きだけれど、ベッドの中や真夜中にページを開きたくなるタイプの人には、軽いKindle端末を一台持っておくと楽だ。震災や仕事の話はどうしても心に響きすぎることがあるので、自分の好きな明るさで文字を表示できるデバイスがあると、身体の負担が少ない。
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読書中のBGMとして、静かなジャズやピアノを流しておきたい人には、定額の音楽サービスも相性がいい。団地の夕方やホテルのロビーのざわめきを、少しだけ音楽で補ってやると、没入感が変わる。
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長篇を読み進めていると、どうしても姿勢が固まりがちだ。マグカップ一杯分のコーヒーや紅茶、あるいは夜なら少しだけアルコール度数の低いお酒を用意して、「一杯飲み終えたらここまで読む」と自分なりの区切りをつくると、身体も気持ちも少し楽になる。そういう小さな儀式と一緒に読むと、物語との距離がちょうどよく保てる。
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外で読むことが多いなら、歩きやすいスニーカーや少し暖かいアウターを一着「読書用」と決めておくのもおすすめだ。ページを閉じてその靴を履き、外に出て歩きながら物語の続きを頭の中で反芻する時間は、佐藤作品の余韻を静かに消化するのにちょうどいい。
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