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【上橋菜穂子おすすめ本11選】『神の蝶、舞う果て』『ほの暗い永久から出でて』生と死と運命をめぐる代表作読書案内

異世界の物語なのに、読み終えると自分の暮らす世界の匂いや手触りが、少しだけ違って感じられる――上橋菜穂子の作品には、そんな不思議な余韻がある。剣と魔法の冒険だけでなく、病や政治、先住民、家族の記憶まで巻き込んで、「人が生きるとはどういうことか」をじっくり考えさせてくれるからだ。ファンタジーが好きな人はもちろん、「小説で世界の見え方を変えてみたい」人にこそ、ゆっくり浸ってほしい作家だと思う。

 

 

上橋菜穂子とは?──文化人類学者でもある物語の語り手

上橋菜穂子は1962年、東京都生まれ。児童文学作家でありつつ、立教大学で文化人類学を学び、博士号を取得した研究者でもある。オーストラリアのアボリジニ社会を長年フィールドワークし、その経験をもとに先住民と近代社会の関係や、多文化が共存することの難しさを研究してきた。

物語の世界で描かれる異民族同士の衝突や、土地に根ざした「カミ」や精霊の存在感は、そうしたフィールドワークの蓄積があるからこそ生まれている。『精霊の木』で地球環境破壊後の惑星を描き、『精霊の守り人』シリーズでアジア的世界観のファンタジーを切りひらき、『獣の奏者』『鹿の王』で、生態系や感染症と政治をからめた重厚な物語を紡いできた。

2014年には「児童文学のノーベル賞」とも呼ばれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞し、翌年には『鹿の王』で本屋大賞と日本医療小説大賞をダブル受賞。いまや日本だけでなく、世界的にも評価されるファンタジー作家になっている。

その一方で、『隣のアボリジニ』『明日は、いずこの空の下』『物語ること、生きること』といったノンフィクションやエッセイでは、自身の旅や研究、読書体験を丁寧に語り直している。フィクションとノンフィクションが互いに照らし合っているのが、上橋作品の大きな魅力だと感じる読者は多いはずだ。

読み方ガイド──どこから入る? 上橋菜穂子ワールド

作品数もシリーズも多いので、「どこから読めばいい?」と迷う人も多いと思う。ざっくりとした入口は、次のあたりだ。

  • 骨太な王道ファンタジーから入りたい人 → 『精霊の守り人』『獣の奏者 I 闘蛇編』
  • 完結した一冊でまず試したい人 → 『狐笛のかなた』『精霊の木』『月の森に、カミよ眠れ』
  • 大人向けの重厚な物語をじっくり味わいたい人 → 『鹿の王 (一) 生き残った者』『香君 上 西から来た少女』
  • 作家本人の視点やバックグラウンドを知りたい人 → 『隣のアボリジニ』『明日は、いずこの空の下』『物語のこと』

「守り人」シリーズは『精霊の守り人』から始まり、その後もバルサとチャグムの物語が長く続いていくので、まず1作目を気に入ったら、そのままシリーズを追っていくのがおすすめだ。一方、『獣の奏者』はI〜IVに加え外伝もある大河物語なので、覚悟を決めてどっぷり浸かるつもりで手に取るといい。

上橋菜穂子おすすめ本11選

1. 精霊の守り人(「守り人」シリーズ第1作)

『精霊の守り人』は、女用心棒バルサが新ヨゴ皇国の第二皇子チャグムを暗殺から守るため、命がけの逃避行に出る物語だ。チャグムは「水の精霊の卵」を宿した存在として、国の不穏な政治と古い精霊信仰の狭間に立たされている。追っ手との戦いだけでなく、チャグムの運命をめぐる神話的な真実が少しずつ明らかになっていく構成が、とてもスリリングだ。

読みどころは、まずバルサという主人公のかっこよさだと思う。強くて冷静で、戦えば無類に強いのに、過去に背負った罪と、守れなかった人への悔いを静かに抱え続けている。チャグムを守ることは、彼女の贖罪であり、新しい生の選び直しでもある。その複雑な心の揺れを、派手な説明に頼らず、行動と言葉の端々から読者に伝えてくるのが上橋らしい。

また、精霊の世界〈ナユグ〉と人の世界の境界の描き方も印象的だ。見えない世界は、異世界ではなく、今ここに重なり合っている。川の流れの奥に、光の粒のような何かがかすかに見えるような感覚が、読んでいる側にも伝染してくる。世界は人間だけのものではない、という感覚が、物語の根底にずっと流れている。

シリーズの1作目でありながら、この一冊でひとまずの物語としては完結するので、試し読みには最適だ。ここで描かれるバルサとチャグムの距離感、王宮の政治的な駆け引き、異文化との接触が、そのまま後続巻の大きなうねりにつながっていく。「おもしろかった」で終わらず、「この世界の先をもっと知りたい」という気持ちが自然に湧いてくるはずだ。

ファンタジーが好きな中高生はもちろん、大人になってから長編を読み返したくなった人にもおすすめできる。アニメ化・ドラマ化もされているので、映像作品から入った人が「原作でしか味わえない細部」を拾い直す楽しみ方もある。

2. 獣の奏者 I 闘蛇編(「獣の奏者」シリーズ第1巻)

『獣の奏者 I 闘蛇編』は、戦に用いられる巨大な獣〈闘蛇〉を育てる村で暮らす少女エリンが、禁忌にふれたことで運命を大きく変えられていく物語だ。決して人が心を通わせてはならないとされる闘蛇が、ある日謎の大量死を遂げ、その責任を問われたエリンの母が処刑される。この事件をきっかけに、エリンは村を追われ、やがて別の地で「獣」と向き合うことになる。

この作品の核にあるのは、「人はどこまで自然を支配してよいのか」という問いだ。闘蛇は人間の戦争のために飼育されているが、その生態は完全には解明されていない。人間にとって都合のいい「管理」の仕方は、本当に彼らにとって幸せなのか。エリンのまっすぐな観察の目は、そんな違和感をひとつずつ掘り起こしていく。

上橋作品らしい、政治と宗教の濃い影も早くから顔を出す。闘蛇を巡る権力争い、隣国との緊張、王権を支える思想。最初はただの「獣好きな少女」の物語のように見えて、いつの間にか国の命運に関わる大きな渦へとつながっていく仕掛けが見事だ。続巻に進むほどに、闘蛇の上位に位置する聖獣〈王獣〉の存在も含め、世界の構造が立ち上がってくる。

エリンの感情の描写も、あまりにも生々しい。母を失った喪失感、自分だけが生き延びてしまった罪悪感、そして再び獣と向き合うときの恐れと高揚。彼女がある決断を下すたびに、読んでいる側も胸のどこかをぎゅっと掴まれるような感覚になる。

「動物が出てくる物語が好き」「生き物と心を通わせる話が読みたい」という人には、まず間違いない一冊だ。ただの「動物もの」の優しさでは終わらない、鋭い問いと広い世界を抱えたファンタジーだと、じわじわ感じるはずだ。

3. 鹿の王 (一) 生き残った者(感染症×ファンタジーの大作)

『鹿の王』は、謎の病が蔓延する世界で、生き延びた元戦士ヴァンと幼い少女ユナ、そして医師ホッサルたちが、それぞれの立場から病と向き合う物語だ。かつて強大な帝国に滅ぼされた故国の兵士だったヴァンは、岩塩鉱で囚人として働かされていたが、〈黒狼熱〉と呼ばれる致死性の病が急襲した夜、なぜかユナとともに生き残る。

一方、医師ホッサルは、黒狼熱の正体を解き明かそうとする若い医療者だ。病は神の怒りなのか、祟りなのか、それとも説明可能な「病原体」のしわざなのか。彼の視点を通して、当時の医学と信仰、民間療法や噂話が入り混じる混沌が、リアルに描かれる。

この物語がすごいのは、感染症を扱いながら、単なるパニック小説になっていないところだ。病を媒介にして、「支配する側/される側」「中央と辺境」「人間と獣」の関係が何重にも浮かび上がってくる。ヴァンは、鹿の群れと深く関わりながら、彼らと人間社会の境界をまたいで生きようとする。その姿は、『獣の奏者』のエリンとも響き合う。

第1巻の時点では、まだ世界の全貌は見えてこない。それでも、各地で同時多発的に起きている出来事が、どこかで一本の線につながっていく予感が、ページをめくるたびに強くなっていく。シリーズ全体を通して読むと、タイトルの「鹿の王」という言葉が持つ意味の深さに、思わず息をのむはずだ。

現実世界で感染症を経験したいま読むと、また違った痛みと納得がある作品でもある。医療と政治、差別と恐怖が絡み合う構図に、妙なリアリティを感じてしまう人も多いだろう。大人がじっくり読むファンタジーとして、強く勧めたい。

4. 香君 上 西から来た少女(『鹿の王』の系譜に連なる最新長編)

『香君 上 西から来た少女』は、『鹿の王』に続く“香り”のファンタジーと呼びたくなる長編だ。植物や昆虫の放つ匂いを敏感に感知し、その意味を読み取る特殊な感覚を持つ少女・アウラを主人公に、巨大帝国を襲う異変と政治的陰謀が描かれていく。物語の魅力はまず、「匂い」という感覚を通して世界を組み立て直しているところにある。腐敗しつつある権力の匂い、澄んだ森の匂い、街に満ちる人の匂い。アウラが感じ取る世界は、視覚中心のファンタジーとはまったく違う手触りをしている。読んでいると、自分の身の回りの空気にも、なにか意味のある匂いが潜んでいるように思えてくる。

また、『鹿の王』同様、帝国と周辺地域の政治状況、疫病や飢饉のリスクなど、きな臭い現実がしっかり物語の背骨になっている。アウラの力は、単に「特別な少女の能力」ではなく、帝国の存亡に関わる「資源」として利用されかねない。彼女を巡る人々の思惑の交錯が、物語の緊張を高めていく。

上巻の段階では、アウラ本人も、自分の力の全貌をまだ掴みきれていない。西方から連れて来られた彼女の出自の謎や、帝国内部の権力争いなど、「わからないこと」が多い分だけ、読者の想像もかき立てられる。たくさんの伏線がばらまかれながらも、決して読みにくくならないバランスの良さは、さすがの一言だ。

『鹿の王』が好きだった人には、ほぼ確実に刺さると思う。生態系や医学を軸にした前作に対して、こちらは植物と匂いの世界を軸に、人と自然の関係を描き直している。今のうちに読み始めておくと、続巻が出るたびに「あの世界に帰っていける」贅沢な時間を味わえる。

5. 狐笛のかなた(人とあやかしの和風ファンタジー)

『狐笛のかなた』は、人間の少女・小夜(さよ)と、狐の一族の少年・野火(のび)の出会いと別れを描いた和風ファンタジーだ。古い掟に縛られる狐たちと、人間の村の暮らしが交錯し、「人ならざるもの」と共に生きるとはどういうことかが、静かに問われていく。

短めの一冊ながら、感情の振れ幅が大きい作品だ。小夜が狐笛を吹き、野火を呼ぶ場面の、あの胸がきゅっと締めつけられるような緊張感。互いに相手を想いながらも、どうしても同じところには立てない切なさ。派手な恋愛描写はないのに、「好き」という気持ちがどれだけ人を強く、弱くするのかが、じわじわと伝わってくる。

舞台は日本的な山里だが、そこに漂う空気は、ただの懐古的なノスタルジーではない。人間の側にも狐の側にも排他性があり、「違うもの」を遠ざけようとする力が常に働いている。その中で、小夜と野火は何を選ぶのか。やさしい言葉で書かれているのに、問いかけは決して甘くない。

ページ数は多くないので、上橋作品に初めて触れる読者にもすすめやすい。一方で、他の大長編を読み終えたあとに読み直すと、「人と異種族」との関係をめぐる原型のようなものをあらためて感じるかもしれない。物語の余韻は長く、小さな狐笛の音が、読み終えたあともどこかで鳴り続けているような一冊だ。

6. 精霊の木(デビュー作にして環境SFファンタジー)

『精霊の木』は、地球の環境破壊の結果、人類が他の惑星へ移住した未来を舞台にしたSFファンタジーだ。ナイラ星で暮らす少年シンと従妹リシアは、滅びたはずの先住民〈ロシュナール〉に関わる不思議な力と歴史の秘密に巻き込まれていく。

設定だけ聞くと硬派なSFのようだが、物語の芯にあるのはやはり「出自」と「選択」の物語だ。リシアに目覚める過去視の能力、ロシュナールと地球人の混血として生まれた二人の出自。自分が何者なのかを知ろうとする彼らの旅路は、そのまま読者にとっても、「自分が立っている場所はどこなのか」を問い直すきっかけになる。

地球環境破壊の果てに訪れた未来という設定は、今読むといっそう生々しい。開発の名のもとに先住民の土地を奪い、歴史を書き換えてきた人間たち。ナイラ星で起きていることは、決して遠い星の寓話ではなく、現代社会のメタファーとしてストレートに刺さってくる。

上橋自身が大学院生時代のフィールドワーク経験に触発されて書いたと言われるだけあって、デビュー作とは思えないほど世界観がしっかりしている。

 後の「守り人」「獣の奏者」へとつながる、人と異種族、支配と共存のテーマがすでに姿を見せていることに気づくと、その「種」のようなものを探しながら読む楽しみも増える。

SFとファンタジーの境界が好きな人、環境問題や先住民の歴史に関心がある人に、とくにおすすめしたい一冊だ。

7. 月の森に、カミよ眠れ(古代日本を舞台にした「カミ」と人の物語)

『月の森に、カミよ眠れ』は、狩猟から稲作へと生活が大きく変わろうとしている古代日本を舞台に、人とカミ(神)の関係が揺らぐ瞬間を描いた長編だ。カミと人の血を半分ずつ受け継ぐナガタチ、月の森の蛇神タヤタに愛される巫女キシメたちの視点から、時代の変化と信仰の変質が語られていく。

この作品で心に残るのは、「カミを殺す」という発想の重さだ。人が生きるために、森を田畑に変え、神の領域だった場所を自分たちのものにしていく。そのプロセスは、文明の発展といえば聞こえはいいが、同時に「見えないもの」との関係を切り捨てていく歴史でもある。その痛みを、上橋はファンタジーとして丁寧に描いている。

ナガタチとキシメ、それぞれが自分の役割と感情の間で揺れる姿も切ない。生まれながらにして「カミの血」に縛られている者が、自分の生き方を自分で選ぶことはできるのか。時代のうねりの中で、個人の小さな願いはどこまで通用するのか。登場人物たちの葛藤は、時代は違えど、現代の私たちが抱えるジレンマと地続きだ。

『狐笛のかなた』と並んで、「日本的ファンタジー」を味わいたい人にぴったりの一冊だと思う。森の匂い、焚き火の煙、湿った土の感触が、文章を通して濃く伝わってくる。静かな場面が多いのに、読後は大きな物語を読み終えた満足感でからだが満たされる。

8. 隣のアボリジニ―小さな町に暮らす先住民(フィールドワークから生まれたノンフィクション)

『隣のアボリジニ―小さな町に暮らす先住民』は、オーストラリアの地方都市で暮らすアボリジニの人々の姿を、文化人類学者としての視点から描いたノンフィクションだ。大自然の中で暮らす「原始的な人々」というステレオタイプとはまったく異なる、「町に暮らす先住民」の現実が淡々と、しかし生き生きと綴られている。

著者は、二つの家系に焦点を当てながら、伝統文化を失い、生活保護と差別の狭間でもがく人々の日常を描いていく。そこには、教科書に出てくるような英雄的な物語はほとんどない。あるのは、酒場でのささいな喧嘩や、役所での事務的なやりとり、家族同士のいざこざといった、「どこにでもありそうな」生活だ。

だからこそ、「隣の」と名づけられた意味がよくわかる。遠くの国の「特別な人々」の話ではなく、自分たちのすぐ隣にいるかもしれない人たちの話なのだと、読むうちに気づかされる。西洋社会の中でマイノリティとして生きる人々の姿は、日本に暮らす私たちにとっても他人事ではない。

この本を読んでからフィクション作品に戻ると、上橋のファンタジーに登場する少数民族や周縁の人々の描写が、どれだけ現実の観察に支えられているかがよくわかる。『精霊の守り人』の呪術師や、辺境の民たちの姿が、単なる「エキゾチックな存在」ではなくなるはずだ。

9. 明日は、いずこの空の下(旅の記憶と物語の原点をたどるエッセイ)

『明日は、いずこの空の下』は、高校生の頃から現在まで、著者が訪れてきた国々や土地での出来事を綴った旅のエッセイ集だ。17歳の夏に初めて一人で訪れたイギリスとフランス、大学時代のフィールドワークで足を運んだ沖縄やオーストラリア、その後の旅先で出会った人や風景。さまざまな瞬間が、ひとつの道のようにつながっていく。

どのエピソードも長すぎず、さらりと読めるのに、じんわり心に残るものが多い。現地の人との何気ない会話、失敗して恥をかいた話、風景の中に突然昔の記憶がよみがえる瞬間。そこには、「フィールドワーク」という学問的な視点と、「旅をするひとりの人間」としての感情が、いい具合に入り混じっている。

面白いのは、この本を読むと、フィクション作品の一場面一場面が、どこかで現実の旅の記憶とつながっているのではないかと感じられてくることだ。『鹿の王』の厳しい雪山の描写や、『獣の奏者』の草原の匂いの濃さは、きっと著者が実際に歩いた土地の感触から生まれているのだろう、と想像したくなる。

旅が好きな人はもちろん、「遠くへ行けないけれど、誰かの旅の記憶を通して世界を眺めたい」という人にも合う一冊だ。少し疲れた夜に、一章だけ読んで眠るような読み方がよく似合う。

 

10. 『物語ること、生きること』

最後に挙げたいのが、創作や読書について語ったエッセイだ。実際の書名としては『物語ること、生きること』などいくつかのバージョンがあるが、いずれも、祖母に語ってもらった昔話や子ども時代の読書体験から、代表作の誕生秘話まで、作品の裏側をたっぷり語る内容になっている。

たとえば、『獣の奏者』のエリンの「本や学ぶことが好き」という側面や、『精霊の守り人』のバルサの「強さへの憧れ」が、著者自身の性格とどのようにつながっているのか。文化人類学を志した理由や、フィールドワークで感じた違和感が、どのように物語のモチーフに変わっていったのか。そうした話を聞いていると、作品を読み返したくてうずうずしてくる。

創作論として読むこともできるが、それ以上に「物語と共に生きる」ということの豊かさを教えてくれる本だと思う。特別な才能がなくても、自分が強く心を動かされた経験や、大事にしてきたものと真剣に向き合うことで、ひとりの登場人物を描ききることはできる、というメッセージは、書き手志望の人にとって大きな励ましになる。

上橋作品のファンにとっては、一種の「ガイドブック」のような一冊だ。作品世界の裏側を知りすぎるのはちょっと怖い、と思う人もいるかもしれないが、読んでみるとむしろ物語への愛着が深まるはずだ。好きな作品を何冊か読んだあと、少し間をおいてから手に取ると、一層味わい深いだろう。

 

11.『ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話(文春文庫 う 38-1)』

作家と医師が交わす、長い往復書簡

『ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話』は、小説ではなく、上橋菜穂子と医師・津田篤太郎による往復書簡だ。きっかけは、上橋の最愛の母の肺がん判明。看取りの過程で出会った聖路加国際病院の漢方医・津田と、作家は手紙を通じて「生と死」について語り合い始める。

文庫版の紹介では、「世界的な物語作家」と「聖路加の気鋭の漢方医」が、「生命を巡る白熱のラリー」を繰り広げる一冊だと書かれている。{index=7} つまりこれは、一方が教え、もう一方が聞くという構図ではなく、立場も前提も異なる二人が、ボールを打ち返し合うように思考を重ねていく本だ。

身体・性・科学・宗教・AI……話題は縦横無尽に広がる

二人が手紙のなかで取り上げるテーマは、とても広い。身体の仕組み、性(セックス)、科学と非科学の境界、自然災害、宗教、音楽、絵画、AI、直感……。漫画や古典文学、最新の医学論文まで引用しながら、議論はあらゆる方向へ枝分かれしていく。:

それでも、不思議とバラバラにはならない。どの話題から出発しても、結局は「生きるとはどういうことか」「死ぬことをどう受け止めるか」という問いに戻ってくるからだ。津田が医学の言葉で世界を説明しようとするとき、上橋は物語の言葉で、個人的な記憶や感覚を差し出す。そのテンポの違いが、読み手にとって心地よい揺らぎを生んでいる。

「答えの出ない問い」を抱え続けるための本

この本の中心には、「人はなぜ生まれ、なぜ生きて、なぜ死ぬのか」という、あまりにも古くて、あまりにも答えの出ない問いが置かれている。公式の紹介文でも、上橋本人がその問いについて「人は、答えが出ないとわかっている問いを、果てしなく問い続けるような脳を与えられて生まれてきたのだろうか」と考える一節が引用されている。

津田は、それを「弱音」と呼びながらも、その弱音こそが優れた物語の源泉だと受け止める。弱さを否定せず、そのまま光に当てていく姿勢は、医師としても、ひとりの人間としても、とても誠実だ。読んでいるこちら側も、「自分の弱音を、この本の中に持ち込んでいい」と思える。

看取りの現場から立ち上がる、静かな切実さ

往復書簡の背景には、上橋が母を看取る日々がある。がんという病名の重さ、治療方針をめぐる悩み、家族のあいだで交わされるささいな言葉。そうした具体的な場面に触れると、一気にページの温度が変わる。

「生と死」というと抽象的になりがちだが、この本はその抽象を、具体的な身体の感覚や時間の流れにしっかり結びつけてくる。看取りの経験がある人なら、自分の記憶と重なる場面がいくつも見つかると思うし、これからそうした局面に向き合う人にとっても、事前に「気持ちを整えるための予習」になりうる本だと感じる。

読み心地は「講義」よりも「同席」

全体の手触りとしては、「賢い人たちの講義を聞く」というより、「たまたま二人の長い対話の場に同席している」感覚に近い。専門用語や難しい概念が出てきても、どちらかが必ず噛み砕いてくれるので、知識量に自信がなくてもついていける。

むしろ、ところどころで置いていかれたような感覚になるくらいがちょうどいい。すべてを理解しようとするより、「この部分はまだ自分の中でうまく言葉にならない」と感じる余白ごと抱えて読み終えるほうが、この本とは相性が良いように思う。

こんな読者に手に取ってほしい

  • 家族の病気や看取りを経験し、「あのとき自分はどうすべきだったのか」と今も考えてしまう人
  • 西洋医学と東洋医学のあいだで揺れる感覚に興味がある人
  • 宗教やスピリチュアルに頼りきるのではなく、しかし純粋な科学だけでも心が落ち着かないと感じている人
  • 上橋菜穂子の物語が「どんな思考の土壌から生まれているのか」を知りたい人

読後には、世界の見え方が劇的に変わる、というより、「自分の中の問いを、そのまま持ち続けていていいのだ」と少しだけ楽になる。そういう種類の一冊だと思う。

関連グッズ・サービス

この二冊は、どちらも「一気読み」より「じわじわ噛みしめたい」タイプの本だと思う。読書の時間そのものを心地よくするための、相性のいいグッズやサービスも挙げておく。

じっくり読みたい人向け:Kindle Unlimited

『ほの暗い永久から出でて』のなかでは、上橋自身の他作品にも何度も触れられるし、『神の蝶、舞う果て』をきっかけに、守り人シリーズや『鹿の王』『香君』を読み返したくなる人も多いと思う。そうなると、紙と電子を行き来できる環境があるととても楽になる。

対象になっている関連書を拾い読みしながら、「自然と人間」「生と死」というキーワードで自分なりの読書マップを作っていくと、上橋作品の世界がぐっと立体的に見えてくる。

目を閉じても物語に浸りたいとき:Audible

疲れていて活字を追えない日でも、耳からなら物語を受け取れることがある。上橋作品や、生と死をテーマにしたノンフィクションを音声で聴くと、また違う場所に響く感触がある。

通勤・家事・散歩の時間に、『ほの暗い永久から出でて』で扱われているような問いに耳を慣らしておくと、実際の読書に戻ったとき、頭の回り方が変わっているのがわかると思う。

読書時間を「儀式」にしてくれる、ささやかなアイテム

あとは、シンプルなルームウェアと、手になじむマグカップ、カフェイン少なめのハーブティーやコーヒー豆が一つあれば十分だ。ページをめくるたびに湯気が立ちのぼり、手足がじんわり温まっていくと、「本を読む時間」を自分の生活の中心に据えやすくなる。

特に『ほの暗い永久から出でて』のような一冊は、読みながら何度も手を止めて考えることになるので、その「立ち止まり」の時間を支えてくれる道具があると、心の負担が少し軽くなる。

 

 

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