社会心理学の研究史において、「善」と「悪」の境界を最も鮮やかに照らしたのが、スタンレー・ミルグラムによる服従実験だ。そしてその全貌を継承・再検証したのが、心理学者トマス・ブラス(Thomas Blass)である。この記事では、ブラス自身の著作と彼の研究に連なる名著10冊を、Amazonで買える本から厳選して紹介する。自分の中の“善”を信じたいときこそ、状況や権威の力を直視する必要がある。ここからの10冊は、そのための確かな道具になるはずだ。
- トマス・ブラスとは誰か ―― 服従と道徳を科学した社会心理学者
- おすすめ本10選
- 1. The Man Who Shocked the World: The Life and Legacy of Stanley Milgram(Thomas Blass)
- 2. Obedience to Authority: Current Perspectives on the Milgram Paradigm(Thomas Blass 編)
- 3. 服従の心理(スタンレー・ミルグラム/河出文庫)
- 4. ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき(フィリップ・ジンバルドー)
- 5. 死のテレビ実験――人はそこまで服従するのか(クリストフ・ニック)
- 6. 悪事の心理学 善良な傍観者が悪を生み出す(キャサリン・A・サンダーソン)
- 7. The Social Psychology of Good and Evil, Second Edition(Arthur G. Miller 編)
- 8. 38人の沈黙する目撃者 キティ・ジェノヴィーズ事件の真相(A.M.ローゼンタール)
- 9. Moral Disengagement: How People Do Harm and Live with Themselves(Albert Bandura)
- 10. 人はなぜ悪をなすのか(ブライアン・マスターズ)
- 関連グッズ・サービス
- 権威と服従の心理を学ぶ意味
- まとめ:善と悪の境界線を“自分の中”に見る
- よくある質問(FAQ)
- 関連リンク:社会心理学と道徳心理の系譜を読む
トマス・ブラスとは誰か ―― 服従と道徳を科学した社会心理学者
トマス・ブラス(Thomas Blass, Ph.D.)は、スタンレー・ミルグラムの生涯と実験を多角的に検証した第一人者だ。伝記『The Man Who Shocked the World』で人物像と研究の射程を描き、編著『Obedience to Authority: Current Perspectives on the Milgram Paradigm』で服従研究を現代へ橋渡しした。彼の貢献は、個人の善悪を断罪するのではなく、「権威・集団・制度」という状況要因が人の道徳判断をどう歪めるかを実証的に示した点にある。服従は弱さの問題ではなく、構造の問題だ――この視点を社会に定着させた功績は大きい。
おすすめ本10選
1. The Man Who Shocked the World: The Life and Legacy of Stanley Milgram(Thomas Blass)
ミルグラム研究の決定版伝記。ブラスは未整理の資料や周辺証言を掘り起こし、服従実験の設計・再現・批判・社会的反響を一冊に束ねた。権威に従う心理を、単なる「悪の暴走」としてではなく、制度・規範・役割期待が絡み合うダイナミクスとして立体化する。六次の隔たりや手紙回送実験など、ミルグラムの“もう一つの顔”も丁寧に跡づけ、善悪の境界線がどこで、いかに移動してしまうのかを描く。伝記でありつつ方法論の本でもあるため、研究者の実践知(研究費・倫理審査・広報戦略)まで浮かび上がる。服従研究の「歴史」を知ることは、そのまま現代の組織倫理を読み解く鍵になる。
刺さる読者像:服従実験の全体像を一次資料に近い密度で把握したい人。研究史・研究倫理・メディア論まで視野を広げたい教育者や実務家。自社のコンプライアンス/ハラスメント防止に理論的基盤を持たせたいリーダー。
おすすめポイント:伝記なのに“方法の書”として読めるのが強い。エピソードの積層から、状況が人をどう変えるかが腑に落ちる。自分の中に「自分は大丈夫だ」という過信があったことを、良い意味で打ち砕かれた実感がある。
2. Obedience to Authority: Current Perspectives on the Milgram Paradigm(Thomas Blass 編)
ミルグラム・パラダイムの現代的展開を集めた論集。個人差(パーソナリティ)と状況要因の相互作用、実験の再現・変法、組織・軍隊・医療における服従構造など、善悪判断の“現場”に即した知見が凝縮される。単純な「命令—服従」図式を超えて、同調・責任拡散・道徳的脱関与が重なったとき、善良な人が悪事に巻き込まれるメカニズムが見えてくる。研究法・倫理審査の最新論点も押さえられ、教育用シラバスの骨格にもなる。
刺さる読者像:研究・教育で一次研究のレビューを必要とする人。実験心理・社会心理のエビデンスを組織研修に落とし込みたい人。医療安全・品質管理・公的機関のガバナンス担当。
おすすめポイント:「状況の力」を“具体的手順”として可視化できる。現実の会議室や現場に持ち込める切り口が多く、読後すぐに研修プログラムを書き換えたくなる。
3. 服従の心理(スタンレー・ミルグラム/河出文庫)
“人はどこまで命令に従うのか”。歴史に残る名著の邦訳決定版。実験手順・統制・数値・被験者の言葉が淡々と記述されるからこそ、読み手の中に倫理的なざわめきが生まれる。命令の段階的エスカレーション、実験者の白衣、責任の外部化――小さな要因が積み重なるとき、善良な人は容易に境界線を越える。善悪の道徳哲学を、実験心理学がどこまで切り込めるかを体感できる一冊。文庫・Kindle対応でアクセスも良い。
刺さる読者像:原典を自分の言葉で語りたい学生・研究者。研修で“引用に頼らず”一次情報を示したい担当者。倫理教育をやり直したい医療・教育・行政の実務者。
おすすめポイント:訳註と原典の距離感がちょうどよく、数値や逐語が頭に残る。抽象論では動かなかった自分の行動基準が、少しだけ実践寄りに変わった実感がある。
4. ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき(フィリップ・ジンバルドー)
スタンフォード監獄実験を軸に、「普通の人が悪に転じる」条件を徹底的に検証する大著。役割割り当て、去個人化、匿名性、責任の分散――状況の力が善悪判断を一段ずつ侵食していく過程が、日常の組織行動と地続きで示される。ミルグラムと読み合わせることで、命令への服従と“場”の力が補完関係にあることがはっきりする。企業倫理・学校風土・オンライン空間のモラル設計まで応用可能。
刺さる読者像:組織開発・人事・校務・警察・矯正など、集団規範と行動設計に関わる人。研究と現場を往復したい大学院生。炎上・不祥事の“再発防止”を本気で設計したい担当者。
おすすめポイント:ページを閉じた後に、自分の職場の“場の設計”を見直したくなる。制度と人の間にある微妙なスキマに、悪が生まれる温床があると気づかされる。
5. 死のテレビ実験――人はそこまで服従するのか(クリストフ・ニック)
フランスのTV番組で行われた“現代版ミルグラム実験”を追ったルポ。白衣の実験者ではなく「テレビ」という権威が、どこまで人を従わせてしまうかを検証する。観客・演出・スポンサー・視聴率という複合的圧力の中で、善悪判断が崩れていく。SNS時代の権威は、必ずしも専門家や上司とは限らない――プラットフォームや演出が“命令”の役割を担い得る。この本は、その不穏さを可視化する。
刺さる読者像:メディア研究・広報・広告・番組制作・SNS運用担当。教育現場で“場の圧力”を可視化したい教師。コンプラ研修に実例を織り込みたい人事担当。
おすすめポイント:番組設計という具体的プロセスの記述が強く、抽象的概念が現実の意思決定に落ちる。読後、視聴者である自分の立場も“参加者”だと実感する。
6. 悪事の心理学 善良な傍観者が悪を生み出す(キャサリン・A・サンダーソン)
「悪をなす人」よりも、「見て見ぬふりをする人」に焦点を当てた新しい社会心理学書。ハーバード卒の心理学者サンダーソンが、ミルグラムやブラスの研究を引き継ぎつつ、日常生活に潜む“傍観者効果”と“道徳的沈黙”を分析する。職場でのパワハラ・差別・不正の多くは、加害者そのものよりも、周囲の沈黙によって強化されるとする。自分がその「善良な傍観者」になっていないかを問い直す構成が秀逸。
刺さる読者像:チームリーダー、教育現場、行政・NPOなど“声を上げる文化”をつくる立場の人。自分の周囲の倫理を変えたい人。
おすすめポイント:理論だけでなく介入方法まで具体的。声を上げる行動を心理的・組織的に支える手法が豊富。読後、職場の沈黙に気づく感度が上がる。
7. The Social Psychology of Good and Evil, Second Edition(Arthur G. Miller 編)
「善と悪の社会心理学」をタイトルに冠した学術的集大成。ミルグラム、ジンバルドー、ブラスらの研究を横断し、人が善行を選ぶ条件・悪行を正当化する条件を多面的に整理する。前半は“悪”の心理(服従、傍観、攻撃性、集団同調)、後半は“善”の心理(共感、利他、赦し、勇気)で構成され、人間理解を単純な二項対立から解放する構造。倫理・宗教心理・行動科学を架橋する名著。
刺さる読者像:大学・大学院で道徳心理学や倫理学を教える人。研究テーマとして“善悪”を扱いたい修士・博士課程。倫理教育・社会課題に関心をもつ社会人。
おすすめポイント:英語だが、章ごとに独立して読める。理論とデータのバランスが良く、引用可能なエビデンスが多い。善悪を“条件”として捉える視点が新鮮。
8. 38人の沈黙する目撃者 キティ・ジェノヴィーズ事件の真相(A.M.ローゼンタール)
1964年ニューヨークで実際に起きた「キティ・ジェノヴィーズ殺害事件」。38人の目撃者が通報せず、女性が殺害された——この事件が“傍観者効果”研究の出発点となった。本書はその一次報道を行った記者ローゼンタールによる記録であり、後の心理学実験の社会的背景を理解するための必読書。ブラスやミルグラムが追った「なぜ人は悪に沈黙するのか」という問いの原風景がここにある。
刺さる読者像:社会心理学を社会事件から学びたい人。報道・メディア研究・市民倫理に関心がある人。臨床心理のケース教材を探している教育者。
おすすめポイント:データではなく現実の重みで迫る。善悪の理論を“人間の弱さ”として感じさせるドキュメント。時代を超えて震える。
9. Moral Disengagement: How People Do Harm and Live with Themselves(Albert Bandura)
社会的学習理論の創始者バンデューラによる「道徳的脱関与」理論の集大成。人は悪事を働くとき、いかにして罪悪感を回避するか——その心理メカニズムを八つのプロセスで整理する。正当化・責任の転嫁・被害の過小化・非人間化など、ミルグラム的服従構造の“内部メカニズム”を精緻に描く。ブラスが構造面を扱ったのに対し、バンデューラは内面の認知過程をモデル化した補完関係にある。
刺さる読者像:倫理・組織・臨床の分野で「なぜ人は罪を正当化するのか」を研究したい人。経営倫理・リーダー研修・教育心理に携わる専門家。
おすすめポイント:読後、ニュースの見え方が変わる。個人攻撃ではなく、思考パターンの問題として“悪”を見る視点を得られる。
10. 人はなぜ悪をなすのか(ブライアン・マスターズ)
連続殺人犯の生涯を通じて「悪とは何か」を問うノンフィクション。犯罪心理の極端な事例を描きながらも、作者は“異常者”としてではなく“人間”として犯人を見つめる。権威・支配・依存・孤立といった構造が個人の内にどう沈殿し、破壊的行動に変わるか——そこにブラスやミルグラムの理論が重なる。悪を理解することは、悪を許すことではなく、再発を防ぐことに直結するという著者の姿勢が貫かれている。
刺さる読者像:犯罪心理・司法心理・社会病理を学ぶ人。倫理的判断と感情的拒絶の間で揺れる読者。実話から心理理論を学びたい人。
おすすめポイント:理論を越えて「人間の影」に触れる読書体験。善悪を語る前に“共感の限界”を自覚させる一冊。
関連グッズ・サービス
「善と悪の心理」を理解したあと、行動を変えるには体験的な学びが効果的だ。聴く読書や電子書籍を活用すれば、長い理論書でもスムーズに取り組める。
- Kindle Unlimited —— 『服従の心理』『悪事の心理学』など関連書が多数対象。スマホでいつでも再読できる。
- Audible —— 実験心理・倫理学の英語原書を耳で聴ける。通勤時間に『The Man Who Shocked the World』を聴くのもおすすめ。
- —— 紙よりも蛍光マーカーが活用しやすく、引用管理にも最適。長文読書を支えるツールとして定番。
権威と服従の心理を学ぶ意味
「人はなぜ命令に従うのか」「善良な人がなぜ悪をなすのか」――この問いは、心理学・倫理学・社会学の交点にある。トマス・ブラスはミルグラムの実験を再検証し、服従行動を単なる性格や道徳心の問題ではなく、状況と構造の心理として描き出した。彼の研究が今も引用され続けるのは、現代社会がこの構造を再生産しているからだ。
職場の指示、組織の慣習、SNSの同調圧力――私たちは日々、形を変えた「権威」と向き合っている。服従心理を理解することは、権威に抗うための知識ではなく、自律的に判断する力を育てる実践だ。ミルグラム実験、ルシファー・エフェクト、傍観者効果、道徳的脱関与――これらの理論を横断的に学ぶことで、善と悪の境界線がいかに曖昧で、いかに自分の中に存在するかが見えてくる。
ブラスの仕事が伝えているのは、「人間を信じるためには、まず人間を疑う勇気を持て」ということだ。社会心理学は、人を疑う学問ではなく、人の弱さを理解し、よりよく生きるための科学である。この視点を身につけることこそ、善と悪を超えた“成熟した道徳”への第一歩になる。
まとめ:善と悪の境界線を“自分の中”に見る
トマス・ブラスが示したのは、「悪は特別な人の中にあるのではなく、状況と制度が人を変える」という冷静な洞察だった。善と悪の心理を学ぶことは、他者を裁くためではなく、自分の行動を省みるための知である。
- 気分で選ぶなら:『悪事の心理学』
- じっくり読みたいなら:『The Man Who Shocked the World』
- 短時間で衝撃を受けたいなら:『服従の心理』
悪を理解するとは、善を信じるための知的鍛錬だ。次にその瞬間が訪れたとき、あなたは「従う側」ではなく「問い返す側」でいられる。
よくある質問(FAQ)
Q: トマス・ブラスの本は日本語で読める?
A: 代表作『The Man Who Shocked the World』などは英語版のみだが、内容の多くは『服従の心理』(ミルグラム著)や『死のテレビ実験』で日本語でも学べる。
Q: 善と悪の心理を学ぶメリットは?
A: 自分や組織の行動を理解し、倫理的判断を状況要因から分析できるようになる。職場・教育現場のモラル向上に直結する。
Q: Kindle UnlimitedやAudibleで読める関連書はある?
A: 『服従の心理』『ルシファー・エフェクト』『悪事の心理学』など一部は対応している。サービス登録で聴読・再読が容易になる。










