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【サマセット・モームおすすめ本】代表作『人間の絆』『月と六ペンス』から読む20冊【作品一覧】

サマセット・モームの代表作を読みたいが、長編から入るべきか、短編から試すべきかで迷う人は多い。モームは読みやすさの奥に、人間の虚栄、孤独、金銭感覚、欲望の湿り気が静かに沈んでいる作家だ。入口をまちがえなければ、古典が急に遠い棚ではなく、いまの生活に刺さる作品一覧として見えてくる。

 

 

読む目的別の入り方

最初の一冊でモームの輪郭をつかみたいなら、まずは長編の核から入るのがよい。気分に合わせて入口を変えると、この作家の広さが見えやすい。

  • 全体像をつかみたいなら 1 → 2 → 4。代表作の骨格がきれいに見える。
  • 短い作品で相性を試したいなら 11 → 12 → 15。人間観察の鋭さがすぐわかる。
  • 小説の背後にいるモーム自身を知りたいなら 16 → 17 → 20。読書観と人生観がつながる。

サマセット・モームはどんな作家か

モームは、激情を大声で書く作家ではない。むしろ、感情の表面が静かなぶんだけ、人物の小さなずれや見栄、あきらめ、計算がくっきり浮かぶ。医学生として現実を見つめた目と、旅を重ねた観察者としての距離感が、彼の小説に独特の温度を与えている。物語はたいてい読みやすい。だが、読み終えるころには、人が自分で語る「理想」と、実際に選んでしまう「欲望」とのあいだにある裂け目を見せつけられる。

代表作だけを並べても、モームの魅力は一方向ではない。芸術と俗世の衝突を描く長編、植民地の湿気や孤独を封じ込めた短編、人生のまとめのように読める随筆、他人の本を案内しながら自分の美学をあらわにしていく読書案内まで、どれも同じ作家の手から出ている。華やかな思想家というより、よく生きることに失敗し続ける人間を、冷たすぎず甘すぎず見つめる作家だ。疲れているときほど、モームの文章は妙に現実に効く。

まず押さえたい長編の核

1. 月と六ペンス(光文社古典新訳文庫 Aモ 1-1/文庫)

モームの代表作を一冊だけ挙げるなら、まずここに手が伸びる。平凡な生活を投げ出し、絵に取りつかれたように生きる男をめぐる物語だが、単なる芸術家礼賛では終わらない。才能が人を幸福にするとは限らず、むしろ周囲を踏み荒らしながら進むことさえある。その残酷さを、モームは妙に平熱の筆で書く。

この小説の強さは、夢を追うことの美しさより、その代償の重さをちゃんと見せるところにある。主人公の異様さは確かに魅力的だが、読んでいるうちに目が向くのは、置き去りにされる人たちの感情や、理解できないものに引き寄せられてしまう周囲の視線だ。芸術を神話にしすぎず、かといって俗物の論理だけにも落とさない。その中間のいやな揺れが、読後まで残る。

何かを捨ててでも別の人生に行きたい気分のとき、この作品はとくに刺さる。ただし、背中を気持ちよく押してくれる本ではない。理想に見えたものが、他人の人生をどれだけ荒らすかも一緒に見せてくるからだ。転職や独立や創作を考えているときに読むと、軽い自己啓発では届かない陰影が出る。

入門書としても優秀で、文章の運びが軽やかなので古典の構えがいらない。モームの作品一覧のなかでも、読みやすさと深さのバランスがもっともよい一冊だ。最初の一冊に迷ったら、やはりここからでよい。

2. 人間の絆〔上〕(新潮文庫/文庫)

モームを深く読むなら避けて通れない大作の上巻だ。幼少期の孤独、身体的な劣等感、学びへの執着、愛への渇きがゆっくり積み上がり、のちの破滅的な感情の土台をつくっていく。若い主人公の視野は狭く、思い込みも強い。だが、その不器用さが妙に痛いほどわかる。

上巻のおもしろさは、まだ人生が完成していないことそのものにある。人はまだ何者でもない時期に、将来を決めるような恥や憧れをいくつも抱え込む。この小説はその過程を省略しない。教養や芸術や恋愛が、成熟の材料であると同時に、幻想の温床でもあることが静かに描かれる。

読んでいてしんどい場面もある。だが、それは登場人物が弱いからではなく、むしろ人間の弱さがありふれているからだ。うまく振る舞えないこと、自分を見誤ること、相手を必要以上に神格化してしまうこと。そのどれもが、若さの失敗として片づけられない重さで置かれている。

長編に腰を据えて入りたい人、ただの代表作消化ではなく、作家の芯まで触れたい人に向く。読み始めは静かでも、じわじわと自分の記憶に触れてくる。学生時代や、まだ自分の輪郭が定まっていなかった頃の空気が、ふいに戻ってくる本だ。

3. 人間の絆〔下〕(新潮文庫/文庫)

下巻に入ると、上巻で積み上げられた欠落や欲望が、現実の選択にどんどん食い込んでくる。愛にすがり、金に振り回され、自己像を壊し、また組み立て直そうとする。その往復が長い。けれど、この長さがあるからこそ、人が少しずつしか変われないことに説得力が出る。

恋愛小説として読むとかなり苦い。相手を見る目が曇る瞬間、見捨てられてもなお執着してしまう瞬間、自分の惨めさを知りながら抜け出せない瞬間が、いやになるほど丁寧に続く。ここでモームは人物を笑いものにしない。ただ、弱さが弱さとしてあることを隠さない。

その一方で、下巻は再生の小説でもある。劇的な救済ではなく、派手ではない納得へ向かう。その着地がいい。人生を巨大な意味で説明しきるのではなく、日々をどう引き受けるかという話に落としてくるからだ。読後に残るのは高揚より、深い呼吸に近い。

1冊目にするにはやや重いが、モームの最高到達点を知りたいなら外せない。時間をかけて読む価値がある。焦って一気に飲み込むより、数日に分けて読むほうが、この小説の温度が体に入ってくる。

4. お菓子とビール(岩波文庫/文庫)

文学の世界にまとわりつく見栄と社交と俗っぽさを、これほど軽やかに、しかも意地悪く描いた小説はそう多くない。作家の名声、文壇の思惑、過去の記憶、魅力的な女性の輪郭がからみ合い、読みながら何度も笑ってしまう。だが、その笑いは表面だけでは終わらない。

この作品の読みどころは、文化的な価値と、世間がつくる評価とが、いかに雑に結びついてしまうかを見せるところだ。芸術を語る人の上品さが、必ずしも作品の真実に近いわけではない。むしろ、生身の人間の下世話さのほうに、作品の核が潜んでいることさえある。

モームの諷刺は鋭いが、冷酷一辺倒ではない。人の虚栄を見抜きながら、その虚栄のかわいさも少しだけ知っている。だから読み味が乾きすぎない。文壇もの、作家小説、回想小説が好きな人にはかなり相性がいいし、代表作のなかでもとくに通好みの楽しさがある。

人間関係に少し疲れたとき、きれいごとだけでは回らない世界を見たいときに向く。正しさよりも機微を読む本だ。読み終えると、人の評判や肩書きを少し疑って見たくなる。

5. アシェンデン 英国情報部員のファイル(岩波文庫 赤254-13/文庫)

スパイ小説として知られるが、派手な謀略劇を期待すると少し驚く。ここにあるのは英雄譚ではなく、任務のあいだに生じる空白や不安、情報の不確かさ、国家の仕事が個人の感情をすり減らしていく感覚だ。静かな緊張が続く。

だからこそ、この本は古びにくい。任務の大半は地味で、結果は必ずしも気持ちよく回収されない。誰かの人生が国家の都合で処理される。その乾いた現実を、モームは感傷で濁さない。派手な展開より、何かが決定されたあとの寒さが残る。

短い章ごとの積み重ねで読めるので、長編に入る前の一冊としても優秀だ。物語の推進力はありつつ、モームらしい人間観察もしっかり入っている。戦争や政治の裏側を描きながら、結局は人の弱さと役割の摩耗がテーマになっていくところに、この作家らしさがある。

仕事で感情を切り分けすぎて疲れているときに読むと、妙に身に迫る。職務と私情を分けることは正しいようでいて、その代償もまた確かにある。そんな当たり前のことを、静かな筆致で思い出させる一冊だ。

6. ジゴロとジゴレット モーム傑作選(新潮文庫/文庫)

モームの短編の入り口としてかなり使いやすい傑作選だ。長編ほど腰を据えなくても、この作家がどれだけうまく人間の見栄や滑稽さをすくい取るかがわかる。短いぶん、結末の効き方が鋭い。

モームの短編には、落語のような含みと、芝居の幕引きのような鮮やかさがある。人物の小さな嘘、社会的な体面、恋愛の誤算、金銭感覚の卑しさが、数十ページのなかで立ち上がり、ふっと裏返る。その瞬間に、人間が少しだけみじめで、少しだけ愛おしく見える。

長編を読む時間は取りにくいが、作家の力をまず確かめたい人に向く。通勤や寝る前に少しずつ読めるのもよい。気分が沈みきっているときより、むしろ頭は働いているのに心が乾いているときに効く。皮肉が気持ちよく入るからだ。

モーム傑作選という名にふさわしく、作品一覧を広く眺めるための足場になる一冊でもある。ここで相性がよければ、11から15の短編群にも自然につながる。

7. かみそりの刃 上(ちくま文庫 も12-3/文庫)

第一次大戦後の空気のなかで、成功や社交や出世のレールから外れた男をめぐる長編だ。上巻では、周囲が当然と思う幸福と、主人公が求める静かな真理との距離がじわじわ見えてくる。ここでもモームは、理想主義を安易に神聖化しない。

読みどころは、世俗の価値がいかに強く人を縛るか、その強さを否定しきれない形で描くところにある。金も名声も結婚も、たしかに現実を支える。だからこそ、それを降りる選択は美談では済まない。周囲の苛立ちや戸惑いが細かく書かれ、そのぶん主人公の異質さが際立つ。

精神的な探求を扱う作品だが、難解な思想小説ではない。会話や社交の場面が多く、人物関係の温度で読める。生き方を変えたいのに、何を捨てる覚悟がいるのかまだ見えていない人には、かなり切実に響くはずだ。

派手さより、人生の向きを変える静かな違和感を読む小説である。気持ちが少し外向きの成功から離れはじめたときに、よい案内役になる。

8. かみそりの刃 下(ちくま文庫 も12-4/文庫)

下巻では、上巻で蓄えられた問いが、それぞれの人物の人生のかたちとして現れてくる。誰かは豊かさを選び、誰かは愛を手放し、誰かは精神の平安を追い、誰かはとうとう自分を支えきれない。価値観の分岐がはっきりするぶん、物語はむしろ静かに深まる。

この作品の美点は、悟りめいたものを安く書かないところだ。精神の探求は尊いが、それで万人が救われるわけではない。逆に、世俗にとどまる人々もただ浅いのではなく、それぞれの事情と弱さを抱えている。善悪や高低の単純な図式に逃げないのが、モームのうまさだ。

読後感は澄んでいるが、楽観的ではない。人生にはきれいに説明できない選択があり、他人には理解されない幸福もある。その事実を、下巻はかなり静かな声で受け入れさせる。にぎやかな自己実現論に疲れたときに読むと、言葉の効き方が変わる。

上巻とあわせて読むことで真価が出るが、下巻の着地まで含めてこそ、モームの入門書として勧めたくなる理由がわかる。1と並んで、現代の読者にも届きやすい一本だ。

9. 彩られしヴェール(単行本ソフトカバー)

夫婦の不和、裏切り、異国の土地、疫病という素材だけ見ると劇的だが、モームが本当に描いているのは、他人を愛しているつもりで、じつは自分の幻想ばかり見ていた人間の目覚めだ。感情の変化が静かに、しかし容赦なく進む。

この小説は、恋愛の本というより、自己像が崩れる本だ。誰かに見られたい自分、愛されたい自分、賢く振る舞いたい自分が、現実の前で少しずつ通用しなくなっていく。その崩れ方が上品で残酷なので、読んでいて胸が冷える。

舞台の異国性や病の気配が、単なる背景に終わっていないのもいい。閉ざされた環境のなかで、人は言い訳を失い、自分の感情の質を見せつけられる。関係が壊れたあとで、なお生き直す余地があるのか。その問いがじわりと残る。

恋愛小説が読みたい人にも勧められるが、甘さを期待してはいけない。むしろ、関係がだめになったあとに何が残るのかを考えたいときに読む本だ。気持ちの整理がつかない夜によく効く。

10. 魔術師(ちくま文庫 も12-7/文庫)

モーム作品のなかではやや異色の、怪奇と心理が混じる一作だ。題名どおりの妖しい気配はあるが、単純な幻想小説ではなく、人が非合理なものに呑まれていく過程がかなり現実的に描かれる。理性があるはずの人間ほど、奇妙な魅力に引き寄せられてしまう。

ここではモームの観察眼が、社交や恋愛ではなく、恐れと誘惑のほうへ向いている。説明しきれないものに近づくとき、人はどれだけ自分をごまかすのか。その心理の描き方が細かい。異端めいた作品だが、実は人間の弱さという主題ではずっとモームらしい。

代表作から一歩外れて、もう少し濃い味のモームを読みたい人に向く。古典の棚で予想よりずっと不穏なものに出会いたいとき、この本は楽しい。理屈では片づかない不安を、少し芝居がかった形で味わえる。

長編の核を数冊読んだあとに入ると、作家の振れ幅が見えてくる。作品一覧のなかで、こういう横道がきちんと面白い作家は強い。

短編でモームの切れ味に触れる

11. 雨・赤毛 モーム短篇集(I)(新潮文庫/文庫)

モーム短編の真骨頂に早く触れたいなら、この一冊はかなり強い。湿気を帯びた土地の空気、抑圧された欲望、道徳の仮面、その裏にある身勝手さが、短い篇のなかで濃く立ち上がる。とくに表題作の圧は大きい。

短編のよさは、説明の少なさにある。人物の来歴を全部は語らず、それでも行動と会話だけで十分に嫌な感じが伝わる。モームはその匙加減がうまい。誰かが善意のつもりでしていることが、別の誰かには支配でしかない。そのねじれを短距離で見せる。

長編ほど長く一緒にいたくないが、人間の暗部を少しだけ見たい人にはちょうどいい。読むと、きれいな理念が現場でどんな顔に変わるかを思い出させられる。気分がさっぱりする本ではないが、印象は強い。

モームの短編でどれから入るか迷ったら、まずこれを勧めたい。短編作家としての技量がよくわかる。

12. コスモポリタンズ(ちくま文庫 も12-2/文庫)

旅先や異国の社交界、植民地の空気のなかで、人がどれだけ器用に自分を演じるかを味わえる短編集だ。タイトルの洗練された印象に反して、中身はかなり意地悪い。洗練はしばしば表面で、その下には退屈、孤独、嫉妬が沈んでいる。

モームは海外の風景をエキゾチックな飾りにしない。その土地にいることで、人間の本性が少しだけ露出するように描く。慣れない土地では、普段の役柄がうまく機能しないからだ。短編ごとにそのほころび方が違っていておもしろい。

都会的で少し毒のある読書をしたい日に向く。華やかな場所にいるほど、人はむしろ惨めになることがある。そんな逆説が好きならかなり楽しめるはずだ。長編より軽く読めるが、読後に残る苦味はしっかりある。

旅の本というより、旅先で剥がれる仮面の本である。社交の疲れがある人ほど、この短編集の妙味がわかる。

13. カジュアリーナ・トリー(ちくま文庫 も12-5/文庫)

モームの短編のなかでも、人物の内側にある見栄と哀しみの混じり方が印象に残る一冊だ。何気ない日常の会話やふるまいの奥に、長く言えなかった感情や、いまさら戻せない選択が沈んでいる。劇的な事件がなくても読ませる。

この短編集を読むと、モームが結末の作家である前に、途中の空気の作家でもあることがわかる。部屋の温度、目線のずれ、相手の一言をどう受け取るか。そういう細部が、人物の人生をじわりと浮かび上がらせる。大きく泣かせるのではなく、あとから効く。

派手な皮肉より、静かな余韻を求める人に向く。人間関係を断ち切るほどではないが、どこか息苦しい。そんな状態のときに読むと、この短編集のかすかな痛みがよく伝わる。短編でありながら、読後にしばらく心の場所を取る本だ。

モームを代表作だけで終わらせたくない人にすすめたい。短編の棚に入ると、この作家の温度差のつけ方がよりはっきり見える。

14. アー・キン(ちくま文庫 モーム・コレクション/文庫)

題名から少し身構えるが、読んでみるとモームの皮肉と観察がよく出た一冊だ。人は他人を理解したいと言いながら、自分に都合のよい像をつくってしまう。その浅さと執着が、短い物語のなかでむき出しになる。

モームの短編は、人物を裁ききらないところがよい。愚かさを見せるが、完全に切り捨てもしない。だから読者は、登場人物を笑いながら、少し自分も含まれている気持ちになる。この嫌な近さが読書体験の核になる。

短編集のなかでも、やや通好みの入口かもしれない。だが、11や12で短編の相性がよかった人には、その次に読んでほしい。モームがいかに同じ主題を別の角度で変奏できるかがわかるからだ。

人の話を聞きながら、相手の本音より自分の解釈ばかり増えてしまう。そんな疲れがあるとき、この本は静かに刺してくる。

15. 女ごころ(ちくま文庫 も12-10/文庫)

題名どおり、男女の感情の行き違い、思い込み、見えない駆け引きが中心にある。ただし、安易に性差の話へ落とし込む本ではない。むしろ、人が愛情と自己保身をどう混ぜてしまうか、その混ざり方の厄介さを描いている。

モームは恋愛の甘い瞬間より、そのあとに残る勘違いや微妙な優位関係を書くのがうまい。どちらが悪いという単純な話ではなく、どちらも少しずつ自分に酔っている。その気配が短いページのなかで見えてくる。読みながら、誰かの顔より先に、自分の昔の振る舞いを思い出すかもしれない。

恋愛小説というより、感情の見栄を扱う短編集として読むとおもしろい。感傷に流されず、でも人の気持ちを雑にも扱わない。その距離感がちょうどいい。夜に少しずつ読むのが合う。

短編からモームに入るなら、11と並んで印象に残りやすい一冊だ。恋愛の言葉がきれいに聞こえすぎる時期ほど、効く。

作家理解を深める随筆・読書案内

16. サミング・アップ(岩波文庫 赤254-10/文庫)

モームを小説家としてだけでなく、人生をどう整理し、どう諦め、どう持ちこたえた人なのかまで知りたいなら、この随筆は外せない。題名どおり、人生と仕事の総括のような本で、作家の頭の中がかなり率直に見える。

ここで語られるのは、成功談のきらびやかさではない。才能の限界、仕事の習慣、幸福への懐疑、芸術への距離感が、どこか乾いた調子で続く。その乾きがよい。老成した達観というより、ずいぶん見たうえでなお言葉を選んでいる感じがある。

モームの長編や短編で感じた人間観察の鋭さが、どこから来ているのかが見えてくる本でもある。小説の裏側を知るというより、作家の骨格を知る読書だ。派手な名言集ではなく、長くものを書き、長く人を見てきた人の手つきが残っている。

小説を数冊読んだあとに入ると、とてもよい。仕事観や生活観に迷いがあるときに開くと、静かな支えになる。私なら初読の五冊に入れる。

17. 読書案内―世界文学(岩波文庫 赤254-3/文庫)

読書案内の本は、ともすると作品紹介の一覧で終わるが、モームのこれはそうならない。何を読めばよいかを教えるだけでなく、何をどう読むか、その人の美意識や判断の癖まで見えてくる。本を通じてモーム本人に会うような本だ。

案内役としてのモームは、権威ぶらない。だが、評価の軸ははっきりしている。そのはっきりさが気持ちいい。読書は教養の飾りではなく、人生の手触りを変えるものだと、行間から伝わってくる。紹介される作家や作品の並びにも、彼の人間観がにじむ。

これから世界文学を広げたい人にはもちろん役立つが、すでにいろいろ読んできた人が、自分の読み方を見直すためにも使える。好きな本の選び方には、その人の生き方が出る。そんな当たり前のことを、やわらかく思い出させる。

小説の合間に読むと、棚の見え方が変わる。モームの入門書としては変化球だが、かなり贅沢な入口でもある。

18. 世界の十大小説 上(岩波文庫 赤254-4/文庫)

タイトルに大きさがあるぶん、堅苦しい本を想像するかもしれない。だが実際には、名作をありがたがるためではなく、自分の言葉で読み直すための本だ。モームがなぜその作品を選び、どこに力を感じているのかが、平明に伝わる。

上巻では、世界文学の定番に対するモームの読み筋が見えてくる。筋書きの整理ではなく、作品がどう生き残るか、何が読者の内側に残るかという視点で語られるので、古典が急に現在形になる。読むべき名作を命令される感じが薄いのもよい。

読書好きほど、自分の評価軸が固定してくる。この本はその固まりを少しほぐす。他人の判断を借りるのでなく、判断の仕方そのものを眺める読書になるからだ。古典を再読したくなる本でもある。

モーム本人の小説をまだ数冊しか読んでいなくても楽しめるが、1や2や16のあとだとさらに味わいが増す。案内役としての落ち着きがよくわかる。

19. 世界の十大小説 下(岩波文庫 赤254-5/文庫)

下巻に進むと、モームの選書眼がより立体的に見える。何を名作と呼ぶかは、単なる歴史的地位ではなく、読む者の精神にどんな持続を残すかで決まるのだと感じられる。ここでも彼は、知識を並べるより作品の生命力を語る。

読書案内の続編でありながら、下巻はモーム自身の文学観をかなり露わにする。物語の運び、人物の厚み、文体の無理のなさ、人生への視線。そうした基準が、紹介文の背後にずっと流れている。読み手はその基準に同意してもしなくても、自分の好みを言葉にしやすくなる。

本をたくさん読むほど、ただ消費して終わる読書も増える。この本はそれを少し止めてくれる。一冊をなぜよいと思ったのか、どこがいまの自分に必要なのかを考えたくなるからだ。読書の速度を落とすための本でもある。

上巻とセットで読むのが前提だが、後半まで通すことで、モームが小説家である前に、非常に筋のよい読者であったことがわかる。

20. 要約すると(新潮文庫 B4-13/文庫)

モームの随筆や断想に触れたい人には、最後にこの一冊を置きたい。題名のとおり、人生や芸術や人間についての考えが、凝縮された形で並ぶ。説教臭さが少なく、しかし軽くもない。短い文章のなかに、長く観察してきた人の重みがある。

こうした本は、きれいな格言集のように消費されがちだが、モームの場合はもっとざらついている。割り切れないことを割り切れないまま書き残している感じがある。その曖昧さがむしろ信頼できる。人生は整った結論ではなく、いくつかの納得の寄せ集めなのだと思えてくる。

疲れて長編が入らない時期にも読みやすい。数ページだけ読んで閉じても残るものがあるし、気分によって刺さる箇所が変わる。積読の山に埋もれがちな人にも向く。読むたびに、少し違う角度で効くからだ。

モームの作品一覧を小説だけで捉えたくない人には、とてもよい締めの一冊になる。作家の声が、いちばん近い距離で聞こえる。

関連グッズ・サービス

本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。

移動中やすき間時間にモームの随筆や古典を少しずつ進めたいなら、読み放題の選択肢を持っておくと棚が広がりやすい。

Kindle Unlimited

長編は腰を据えて、随筆や再読は耳から入れる、という分け方も相性がよい。古典は声で触れると距離が縮まることがある。

Audible

もうひとつ相性がよいのは、小さめの読書ノートだ。モームは人物の一言や、場面の空気の残り方が強い作家なので、印象に残った一文ではなく「どんな気分で刺さったか」を書いておくと、あとで自分の変化が見えてくる。

まとめ

サマセット・モームは、古典の棚にいるのに、驚くほど現在の気分に届く作家だ。前半の長編では、才能、恋愛、成功、虚栄が人生をどう歪めるかが見え、中盤の短編では、その歪みがもっと小さく鋭い形で刺さってくる。後半の随筆と読書案内に進むと、作品を書いた人のものの見方までつながり、モームという作家が一本の線になる。

  • まず代表作から入りたいなら、1『月と六ペンス』、2・3『人間の絆』、4『お菓子とビール』。
  • 短編で相性を確かめたいなら、11『雨・赤毛 モーム短篇集(I)』、12『コスモポリタンズ』、15『女ごころ』。
  • 作家そのものを知りたいなら、16『サミング・アップ』、17『読書案内―世界文学』、20『要約すると』。

華やかな言葉より、人生の見えにくい部分を静かに言い当てる本がほしいとき、モームはかなり頼りになる。最初の一冊を開けば、そのあとの棚は自然に続いていく。

FAQ

モームを初めて読むなら、どれから入るのがいちばんいいか

迷わず一冊なら『月と六ペンス』が入りやすい。文章の運びが軽く、代表作らしい強度があり、モームの人間観察の冷たさとおかしみがどちらもよく出ているからだ。もっと深く入りたいなら、その次に『人間の絆』上下へ進むと、作家の核まで見えてくる。短編から試したい人なら『雨・赤毛 モーム短篇集(I)』でもよい。

『人間の絆』と『月と六ペンス』は、どちらを先に読むべきか

まず一冊でモームの輪郭をつかみたいなら『月と六ペンス』、じっくり腰を据えて作家の中心へ入りたいなら『人間の絆』が向く。前者は芸術と俗世の衝突が鮮やかで、後者は劣等感、恋愛、生活の選択まで含めて人間の成長を長く追う。読書体力に余裕があるなら『人間の絆』、いまの気分を動かしたいなら『月と六ペンス』という選び方で外しにくい。

短編から読んでもモームのよさはわかるか

十分わかる。むしろモームは短編でこそ、人の見栄や勘違いや社交の滑稽さが鋭く出る。長編より短時間で読めるぶん、結末の苦味や皮肉も印象に残りやすい。11『雨・赤毛 モーム短篇集(I)』は重みのある短編を味わいたい人向き、12『コスモポリタンズ』は異国の空気と社交の仮面を楽しみたい人向き、15『女ごころ』は感情の行き違いを読みたい人向きだ。

小説以外でモームを知るなら、どの本がおすすめか

一冊だけ選ぶなら『サミング・アップ』がもっともバランスがよい。人生観、仕事観、芸術観がまとまっていて、小説の背後にいるモームの輪郭がよく見える。読書好きなら『読書案内―世界文学』や『世界の十大小説』も面白い。名作紹介の形を取りながら、実際にはモーム自身の文学観や人生観を読むことになるからだ。寝る前に少しずつ開くなら『要約すると』も使いやすい。

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