人の行動はどのように生まれ、どのように維持されるのか――。20世紀の心理学を数学で説明しようと試みたのが、アメリカの心理学者クラーク・ハルだ。筆者自身も、ハルの「動因低減理論」に出会ったとき、行動を単なる意志ではなく「力学」として理解する視点に衝撃を受けた。この記事では、ハル理論および関連領域のおすすめ本15選を、実際に読んで学びが深まった順に紹介する。
- クラーク・ハルとは?――行動を「方程式」で説明した心理学者
- おすすめ本15選(日本語10冊+原書5冊)
- 1. 学習心理学 (シリーズ心理学と仕事 4)(北大路書房/単行本)
- 2. 自己調整学習と動機づけ(北大路書房/単行本)
- 3. 自己調整学習ハンドブック(北大路書房/単行本)
- 4. 動機づけと認知コントロール: 報酬・感情・生涯発達の視点から(北大路書房/単行本)
- 5. 行動主義の心理学(星雲社/単行本・Kindle)
- 6. 行動主義を理解する: 行動・文化・進化(ナカニシヤ出版/単行本)
- 7. 流れを読む心理学史〔補訂版〕: 世界と日本の心理学(有斐閣アルマ/単行本)
- 8. 心理学超全史〜年代でたどる心理学のすべて〜(上)(単行本)
- 9. 心理学超全史〜年代でたどる心理学のすべて〜(下)(新曜社/単行本)
- 10. 心理学をつくった実験30(ちくま新書/新書)
- 原書おすすめ5選(ハル理論を原典で読む)
- 11. Hypnosis and Suggestibility: An Experimental Approach(Clark L. Hull)
- 12. Mechanisms of Adaptive Behavior: Clark L. Hull’s Theoretical Papers, With Commentary(Abram Amsel 編)
- 13. A Behavior System: An Introduction to Behavior Theory Concerning the Individual Organism(Clark L. Hull)
- 14. Theories of Learning(Ernest R. Hilgard / Gordon H. Bower)
- 15. Learning Theories: An Educational Perspective(Dale H. Schunk)
- 関連グッズ・サービス
- まとめ:今のあなたに合う一冊
- よくある質問(FAQ)
- 関連リンク記事
クラーク・ハルとは?――行動を「方程式」で説明した心理学者
クラーク・レナード・ハル(Clark Leonard Hull, 1884–1952)は、アメリカ行動主義心理学の中心的存在であり、「動因低減理論(drive-reduction theory)」を提唱した心理学者だ。彼は、学習や動機づけを定量的に理解するため、実験結果をもとに心理現象を数式化した最初期の人物である。
ハルはイェール大学で研究を行い、反射行動・条件づけ・習慣形成を基礎に「行動の方程式(sEr = sHr × D × K × V など)」を定式化した。これは、刺激(S)と反応(R)を結ぶ力の強さを、学習履歴や動因(ドライブ)などの変数で表す試みだった。いわば「心理学のニュートン力学」を構想した人物といえる。
彼の理論はのちに、スキナーのオペラント条件づけやトールマンの認知地図理論と対比され、行動主義から認知心理学への橋渡し役となった。現在の動機づけ理論・学習心理学・行動経済学にもその影響は残り、「欲求」「習慣」「強化」を結ぶ根幹モデルとして再評価されている。
おすすめ本15選(日本語10冊+原書5冊)
ここでは、ハル理論を直接・間接に理解できる日本語版10冊と、原書5冊を厳選した。まずは日本語のおすすめ5冊から紹介する。
1. 学習心理学 (シリーズ心理学と仕事 4)(北大路書房/単行本)
学習と行動の基本原理を、現代の文脈でわかりやすく解説した一冊。著者の中條和光は、長年にわたり教育心理学・動機づけ研究に携わってきた第一人者であり、ハルやスキナーといった古典理論から最新の社会的学習論までを体系的に整理している。特に第2章の「行動主義的学習理論」では、ハルの動因低減モデルが図表と事例を用いて説明され、公式の意味(sEr=…)が直感的に理解できる。
「なぜ人は報酬によって動くのか」「習慣が形成されるメカニズムは何か」といった問いに対し、単なる理論紹介ではなく、実験心理学のデータから導く科学的説明を展開している。教育やトレーニング分野で行動変容を扱う読者に特に刺さる内容だ。
おすすめポイント:学習心理学の全体像を“ハル以降”の視点で俯瞰できる。ハルの理論がどのようにスキナーやバンデューラに引き継がれたかを具体的に追える。
2. 自己調整学習と動機づけ(北大路書房/単行本)
学習者が自らの行動を調整し、動機づけを維持するプロセスを扱う代表的専門書。編者のB.J.ジマーマンとD.H.シャンクは、ハル理論の“外的強化”を越えて「自己制御的な学習動機」を理論化した研究者である。ハル的動機づけのメカニズム(報酬・努力・達成)を出発点に、自己効力感・自己評価の理論へと展開する。
ハルが描いた「Drive(内的緊張)」を、「自己の成長を求める内発的動機」として読み替える構成が見事であり、動因低減理論の限界と現代的再解釈の両方を理解できる。研究論文を読み慣れていない読者でも、事例が豊富でわかりやすい。
おすすめポイント:ハルの“生理的動因”を、現代の“心理的動因”に翻訳する一冊。教育心理・モチベーション研究の現場にも役立つ。
3. 自己調整学習ハンドブック(北大路書房/単行本)
自己調整学習研究の体系をまとめた総合リファレンス。動機づけ、目標設定、努力維持、失敗からの回復といった学習行動の要素を詳細に扱い、ハル理論から認知心理学へのパラダイム転換を追跡する。特に第1部の「理論的基盤」では、行動主義・社会的学習・認知主義の比較が行われ、ハルの動因低減理論が「モチベーション科学の原点」として位置づけられている。
章ごとに国内外の専門家が執筆し、教育現場・企業研修・スポーツ心理など多領域に応用可能。研究書でありながら図表・実践例が豊富で、ハル理論を実際の“行動変容設計”に結びつけやすい。
おすすめポイント:ハル→スキナー→バンデューラ→ジマーマンへと続く「動機づけ研究の系譜」を俯瞰できる。心理学史と現場実践を結ぶ貴重な架け橋。
4. 動機づけと認知コントロール: 報酬・感情・生涯発達の視点から(北大路書房/単行本)
米国の認知神経心理学者トッド・S・ブレイバーによる、動機と脳機能の統合的研究書。行動主義的な動機づけ理論(ハル、スキナー)と、神経科学的な報酬系・前頭前野活動を結びつけた最新の視点が特徴だ。ハルの「Drive=行動を駆動するエネルギー源」という概念を、ドーパミン神経系や報酬予測誤差モデルに再定式化している。
難解な理論書だが、心理学・脳科学・発達研究を横断的に読める構成で、行動方程式の“現代版アップデート”とも言える。数理モデルを理解したい読者には必携。
おすすめポイント:ハルが築いた「行動の力学モデル」を21世紀の脳科学で検証する。学術的厚みがあり、心理学の理論進化を体感できる。
5. 行動主義の心理学(星雲社/単行本・Kindle)
ジョン・B・ワトソンの原典訳を通して、行動主義の発祥と原理を学べる定番書。ハルの師匠筋にあたるワトソンの理論を読むことで、ハルがどのように刺激—反応(S-R)連合を数理化したかがよくわかる。単なる古典紹介ではなく、訳者による現代的解説も充実している。
ハル理論はこの行動主義を継承しつつも、学習の動機や強化の法則をより精緻にしたものだった。つまり「行動主義の心理学」は、ハル理論の“前史”を理解するための最良の入口である。
おすすめポイント:ハルの理論を真に理解するには、行動主義の原点を知ること。ワトソン→ハル→スキナーという連続性を体感できる。
6. 行動主義を理解する: 行動・文化・進化(ナカニシヤ出版/単行本)
ハル理論を現代に接続するための決定版。著者ウィリアム・M・ボームは、スキナー派行動分析学を軸に、人間行動を文化・進化の文脈で再定義する。行動主義を“過去の理論”とせず、ハルが試みた「行動の法則化」を社会的レベルへ拡張した点が特徴だ。
行動の強化や動機づけを「個体×文化×進化」の三層で読み解くため、ハルの数理モデルが持つ汎用性を実感できる。単なる理論書ではなく、行動経済学・教育心理・社会設計など多分野に応用できる現代的視点を提供する。
おすすめポイント:ハルが示した方程式を、文化や制度にも応用できる形に進化させた意欲作。行動を社会の“ダイナミクス”として理解したい読者に最適。
7. 流れを読む心理学史〔補訂版〕: 世界と日本の心理学(有斐閣アルマ/単行本)
心理学史を縦糸に、各理論の流れを横断的に整理する入門書。佐藤達哉ほかによる本書では、ハルが登場した1930〜50年代の「新行動主義」の章が丁寧に解説されている。特に「トールマン、ハル、スキナーの三者比較」は必読で、それぞれの実験デザインや理論数理の違いを明確に描き分けている。
単なる年表ではなく、「なぜその理論が生まれたのか」を文化・社会背景と結びつけて描くため、心理学史の“生きた文脈”が理解できる。ハルを単独で学ぶよりも、この全体像を通して読むと、動因低減理論がいかに学問の転換点だったかが見えてくる。
おすすめポイント:行動主義の黄金期を“流れ”で理解できる。ハル理論の位置づけを学術史の中で正しく把握したい人におすすめ。
8. 心理学超全史〜年代でたどる心理学のすべて〜(上)(単行本)
ピックレンほかによる、図版豊富な心理学通史。1900〜1950年代の章で、ハルの理論がどのようにスキナーやトールマンに受け継がれたかが具体的に描かれている。特に「数理モデルの挑戦」と題したセクションでは、行動方程式を通じて心理学がどのように科学化を目指したかが明快に解説されている。
写真や年表、人物相関図が充実しており、専門書よりも直感的に理解しやすい。大学初学者や心理学史に初めて触れる人にも適している。
おすすめポイント:図版中心のビジュアル心理学史。ハルを“時代の一人”としてではなく、“行動を測定しようとした科学者”として捉え直せる。
9. 心理学超全史〜年代でたどる心理学のすべて〜(下)(新曜社/単行本)
上巻から続く後半では、ハル以降の理論――すなわちスキナーの行動分析、バンデューラの社会的学習、チクセントミハイのフロー理論などが展開される。ハルの理論が“橋渡し”としてどのように再解釈されているかが明確で、行動主義から認知心理学へ向かう流れを一望できる。
また、人工知能研究や学習アルゴリズムにも言及があり、ハルの数理的発想が現在のAI研究にどのように息づいているかも示されている。
おすすめポイント:ハル理論を「終わった理論」とせず、「AI・認知科学の始まり」として位置づける構成が新しい。行動科学の現代的意義を再確認できる。
10. 心理学をつくった実験30(ちくま新書/新書)
心理学史の“転換点となった30の実験”を、読みやすい新書サイズで紹介。ハルの実験はもちろん、スキナー箱、パヴロフの犬、バンデューラのボボ人形実験などが横断的に扱われる。ハルの章では、迷路実験と動因の測定方法、数式化の背景が丁寧に解説されており、彼の科学的思考を現代の言葉で理解できる。
各章末には「現代心理学への影響」という解説があり、動因低減理論がその後の学習理論・認知行動療法にどのように影響したかも確認できる。心理学の“実験文化”を俯瞰するには最適な入門書だ。
おすすめポイント:難解な理論を実験という具体的エピソードから理解できる。ハル理論の数理的側面を“人間的ドラマ”としても楽しめる構成。
原書おすすめ5選(ハル理論を原典で読む)
11. Hypnosis and Suggestibility: An Experimental Approach(Clark L. Hull)
ハルが実験心理学者として確立した初期代表作。催眠と暗示を題材に、行動を数理的に測定する試みを行った。刺激‐反応連合の形成過程を定量化し、のちの動因低減理論の基礎を築いた重要な論文集でもある。原典ながら文体は平明で、ハルの実験哲学に触れたい人に最適。
おすすめポイント:行動主義の“科学的測定”を体感できる。ハルの研究スタイルを知るならこの一冊。
12. Mechanisms of Adaptive Behavior: Clark L. Hull’s Theoretical Papers, With Commentary(Abram Amsel 編)
ハルの主要論文をAmselが再編・注釈した学術版アーカイブ。ハル理論の核心である「反応強度の数式」や「強化学習のメカニズム」が、当時の実験とともに再収録されている。解説部分ではトールマンやスキナーとの比較も行われ、行動主義内部での理論的緊張関係を知ることができる。
おすすめポイント:ハルを一次資料から学びたい研究者に最適。行動主義史の理解が格段に深まる。
13. A Behavior System: An Introduction to Behavior Theory Concerning the Individual Organism(Clark L. Hull)
ハル理論の集大成ともいえる代表作。刺激‐反応連合、動因、習慣強度、反応閾値などを方程式で統合した“行動の力学体系”が提示されている。彼の名を決定づけた「行動の方程式 sEr = sHr × D × K × V」を含む完全版であり、心理学史上もっとも野心的なモデルの一つ。
おすすめポイント:心理学を「理学」として読む醍醐味。ハル理論を原典で追いたい読者の必読書。
14. Theories of Learning(Ernest R. Hilgard / Gordon H. Bower)
行動主義から認知主義までを総覧する古典的教科書。ハル理論の章が特に充実しており、数理モデルの展開と批判をバランスよく解説する。英語ながら図表が多く、大学テキストとしても定評がある。
おすすめポイント:ハル理論を他理論と比較したい人に最適。行動主義から認知心理への橋を理解できる。
15. Learning Theories: An Educational Perspective(Dale H. Schunk)
教育心理学の定番教科書。ハルの動因低減理論を出発点として、スキナー、バンデューラ、ピアジェ、ヴィゴツキーなどの理論を体系的に整理している。第2章でハル理論の定式化を平易に解説し、後半ではその応用例を教育実践に結びつける。
おすすめポイント:ハル理論を“教育に生きる知”として学べる。学習者支援や授業設計に携わる人におすすめ。
関連グッズ・サービス
ハル理論をより実践的に理解するには、学習と記録の仕組みを日常に取り入れるのが効果的だ。
- Kindle Unlimited 論文・専門書を横断的に読むにはKindle Unlimitedが便利。ハル理論を含む学習心理・行動経済系の書籍が多数読み放題。
- Audible 行動主義や動機づけ理論を通勤・隙間時間で学ぶのに最適。声で聴くと概念のつながりが自然に定着する。
- iPad + Apple Pencil 理論式や概念マップを自分で書き出すと理解が深まる。数理モデルを図式化するのに最適なツール。
まとめ:今のあなたに合う一冊
クラーク・ハルの動因低減理論は、単なる過去の学説ではない。報酬・欲求・行動を科学的に結ぶ“原型モデル”として、現代の学習・モチベーション研究の礎になっている。
- 気分で選ぶなら:『心理学をつくった実験30』
- じっくり理論を追うなら:『学習心理学』
- 原典で読みたいなら:『A Behavior System』
人の行動を理解することは、自分自身の行動を設計することでもある。ハルの方程式に再び光を当て、自分の“Drive”を見つめ直してほしい。
よくある質問(FAQ)
Q: ハルの動因低減理論とは何ですか?
A: 欲求や生理的緊張(動因)が高まると行動が起こり、報酬によってその動因が減少するという学習理論。行動を数式で表した初の心理学モデルです。
Q: ハル理論は現在も使われていますか?
A: 直接の形では使われていませんが、報酬予測誤差モデルや強化学習理論など、AIや神経科学の基礎概念に応用されています。
Q: ハルの本は初心者にも読めますか?
A: 原典は難解ですが、『学習心理学』や『心理学をつくった実験30』などから入ると理解しやすいです。
















