だるまちゃんの朗らかさに触れたい人も、からす一家の手仕事に憧れる人も、かこさとしの絵本は「遊び」と「暮らし」を同じ机に並べてくれる。代表作から入り、作品一覧として眺め直すと、子どもが世界を信じ直す瞬間が何度も見えてくる。
- かこさとし(加古里子)とは
- おすすめ絵本・児童書19選
- だるまちゃんシリーズ(福音館書店)
- 1. だるまちゃんとてんぐちゃん(福音館書店/絵本)
- 2. だるまちゃんとかみなりちゃん(福音館書店/こどものとも絵本)
- 3. だるまちゃんとうさぎちゃん(福音館書店/絵本)
- 4. だるまちゃんととらのこちゃん(福音館書店/こどものとも傑作集)
- 5. だるまちゃんとだいこくちゃん(福音館書店/絵本)
- 6. だるまちゃんとてんじんちゃん(福音館書店/こどものとも絵本)
- 7. だるまちゃんとやまんめちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
- 8. だるまちゃんとにおうちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
- 9. だるまちゃんとかまどんちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
- 10. だるまちゃんとキジムナちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
- 11. だるまちゃんとはやたちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
- 12. 読み聞かせ用大型絵本 だるまちゃんとてんぐちゃん(福音館書店/劇場版シリーズ)
- 偕成社 かこさとし おはなしのほん/続編系
- 関連グッズ・サービス
- まとめ
- FAQ
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かこさとし(加古里子)とは
かこさとし(加古里子)は、絵本作家であると同時に、子どもの文化を見つめ続けた研究者でもある。工学博士で技術士(化学)という肩書きが示す通り、彼の絵本には「仕組み」や「手順」への眼差しが、息づくように溶けている。
ただし、その知性は説明に傾かない。だるまちゃんの好奇心、からす一家の仕事ぶり、どろぼうがっこうの大騒ぎ。子どもの目線のまま、試して、失敗して、もう一度やってみる。その往復運動が、読者の身体に残る。作品を追うほど、笑いの奥にある「暮らしの倫理」が浮かび上がってくる。
かこさとしの絵は、線が太く、色がはっきりしているのに、不思議と押しつけがましさがない。道具の名前や食べ物の手触りが、画面の端で黙々と働いている。読み聞かせでは、子どもが笑う場面が必ずあり、そして大人の側には、少しだけ胸の奥が温まる場面が残る。
おすすめ絵本・児童書19選
だるまちゃんシリーズ(福音館書店)
1. だるまちゃんとてんぐちゃん(福音館書店/絵本)
だるまちゃんの心は、最初から正しい形をしていない。友だちのてんぐちゃんが持っているものが、どれもこれも眩しく見えて、「ほしい」という気持ちが先に立つ。子どもが初めて出会う“うらやましさ”の温度が、ここにはある。
けれど、この絵本は欲しがる心を叱らない。だるまどんが見せてくれるのは、同じではないけれど、ちゃんと役に立つ別の道具たちだ。世界は一つの正解でできていない、と言葉よりも前に教えてくれる。
読んでいると、家の中の“ガラクタ”が急に宝物に見えてくる。布切れ、木の枝、紐、端切れの紙。子どもが何かを作り始める前の、目の輝きが蘇る。あなたの家にも、だるまちゃんの机はあるだろうか。
最後に残るのは、勝ち負けよりも、工夫の手触りだ。てんぐちゃんの長い鼻だけは真似できない。でも、真似できないものがあるからこそ、関係が面白くなる。親子で読むなら、「同じじゃなくていい」を一番やさしい形で渡せる一冊になる。
2. だるまちゃんとかみなりちゃん(福音館書店/こどものとも絵本)
雨の日の外は、子どもにとって退屈と冒険の境目だ。だるまちゃんは、ただ遊びに出ようとして、空から落ちてきた“困りごと”に出会う。浮き輪が木に引っかかり、どうにもならず、ふたりで途方に暮れる。
ここで効いてくるのが、だるまちゃんの試行錯誤だ。ジャンプしてみる、道具を使う、役割を変える。うまくいかない工程が丁寧だから、うまくいった時の喜びが大きい。子どもが「もう一回」を口にするのは、こういう場面だと思う。
かみなりちゃんは派手で、泣き虫で、どこか孤独だ。だるまちゃんは、相手を理解しようとしながら、自分も困っている。その両方が同時に描かれるので、きれいごとにならない。
読み聞かせの場面では、雨の音や雷の音を少し混ぜると、絵本が部屋の空気を変える。子どもが怖がる音ほど、物語の中で“友だち”になると強い。雨の日が、少し待ち遠しくなる。}
3. だるまちゃんとうさぎちゃん(福音館書店/絵本)
雪の日の白さは、遊びの輪郭をくっきりさせる。だるまちゃんが雪だるまの目にしようとしたリンゴが転がり、うさぎちゃんたちのところへ届くところから、この絵本は動き出す。
偶然の出来事が、交友の入口になる。リンゴを追いかけるだけなのに、雪の坂、足跡、手の冷たさまでが読者の中に立ち上がる。冬の外遊びの、ほっぺたが痛い感じが思い出される。
うさぎちゃんたちは、だるまちゃんとは違うスピードで世界を走る。小さな体の軽さ、集団で動くリズム。そこに合わせようとするだるまちゃんが、少し背伸びして見えるのがいい。
この一冊は、刺激が強いわけではない。それでも読み終わった後、部屋の温度が少しだけ上がる。冬は閉じこもりやすい季節だが、外には“友だちのいる場所”があると、子どもに思い出させてくれる。
4. だるまちゃんととらのこちゃん(福音館書店/こどものとも傑作集)
とらのこちゃんは、ペンキ屋さんの子どもだ。土から色をつくり、町の道路や壁に模様を描いていく。絵を描く、というより、町を“気分よくする”仕事に近い。
子どもの落書きは、ときに大人の秩序とぶつかる。でもこの絵本は、禁止と叱責に寄らない。色をつくる工程、手を動かす時間、模様が広がる気持ちよさを、先に味わわせる。遊びが創造に変わる瞬間だ。
読んでいると、道路の白線や看板の色が、急に“誰かが塗ったもの”に見える。世界は最初から出来上がっていたのではなく、人の手が重なって今がある。その感覚は、子どもにも大人にも効く。
絵本を閉じたあと、クレヨンや絵の具を出したくなる。壁に描かない約束は必要でも、描きたい衝動まで消す必要はない。とらのこちゃんは、そういう許し方を知っている。
5. だるまちゃんとだいこくちゃん(福音館書店/絵本)
だいこくちゃんの「うちでのこづち」は、振ると食べ物が増える。見るからに魅力的で、だるまちゃんの“うらやましさ”がまた動き出す。けれど今回は、ただ欲しがるだけでは終わらない。自分でも作ろうとする。
この絵本の肝は、増える喜びが“独り占め”に向かわないところだ。増えるからこそ、分けられる。増えるからこそ、誰かと食べられる。豊かさが、人間関係の方向へ流れていく。
子どもは「もっと」を言う。大人は「ほどほど」を言う。その間で揺れる気持ちを、この絵本は道具の仕掛けとして描く。増えること自体は悪ではない。どう扱うかが問題だ、と静かに教える。
読後に残るのは、甘い匂いと、工具の音だ。かんかん、ぎこぎこ。作る手の感触があるから、出てくる団子やおにぎりが一段おいしそうに見える。
6. だるまちゃんとてんじんちゃん(福音館書店/こどものとも絵本)
魚釣りで困っていると、青天神ちゃん、黄天神ちゃん、黒天神ちゃんが助けてくれる。結果はうまくいかないが、そこで終わらず、だるまちゃんはお礼として“働く側”に回る。梅を洗い、薪を積み、牛の世話をする。
子どもの手伝いは、たいてい途中で飽きる。けれど、この絵本は「一生懸命やったら、お腹が空く」という当たり前を、気持ちよく積み上げる。たくさんのおにぎりを作り、みんなで食べる場面の幸福感が強い。
働くことを美談にしないのも良い。汗をかき、手が疲れ、でも誰かの役に立つ。その実感が、子どもの背中を少しだけ大人に近づける。しかも、ちゃんと遊びの延長として描かれるから、説教臭くならない。
読み聞かせのあと、台所での手伝いが少し増える家庭もあると思う。増えなくてもいい。ただ「自分もできる」という感覚が、心の奥に残れば十分だ。
7. だるまちゃんとやまんめちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
だるまちゃんは、薬草を摘むやまんばの孫娘、やまんめちゃんに出会う。次の日、風邪で寝込むおばあさんのお見舞いに行き、山の暮らしと植物の力に触れていく。
この絵本の植物は、図鑑のように“知識”として置かれない。遊び道具になり、薬になり、暮らしの道具にもなる。葉っぱを切って鳥を作る場面など、自然の中の工夫が、静かに胸を打つ。
都会の子どもが読んでも、山の子どもが読んでも、同じところで息をのむ。草の匂い、洞穴のひんやり、薬草を手にしたときの確かさ。自然は遠いものではなく、生活と地続きだと感じられる。
体調を崩した日に読むと、さらに沁みる。誰かを見舞うこと、誰かに見舞われること。その往復の中で、人は少しずつ優しくなる。
8. だるまちゃんとにおうちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
舞台はお寺の境内。体が大きく力持ちのにおうちゃんと、だるまちゃんが力比べを始める。相撲、けんけん相撲、指相撲、尻相撲など、体を使った遊びが次々に出てくる。
勝負の絵本は、勝つことに偏ると息が詰まる。けれどここでは、勝負が“遊びの形式”として機能している。負けても終わらない。次の勝負がある。悔しさが、次の工夫に変わる。
いまの子どもは、外遊びの機会が減ったと言われる。だからこそ、この絵本の身体感覚は貴重だ。読んでいるだけで、足の裏がむずむずしてくる。大人にも効く。
読み聞かせのあと、布団の上で“安全な相撲ごっこ”をするのもいい。遊びは、勝敗よりも、笑いながら終われることが大事だと気づかせてくれる。
9. だるまちゃんとかまどんちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
かまどんちゃんは、草や花を使ってままごと料理を作る、静かな女の子だ。だるまちゃんが女の子たちと遊んでいると、こげたにおいがして、近くの家から煙が上がる。ふたりは一緒に火元を消そうと奮闘する。
遊びが、そのまま“現実の危機”に触れる瞬間が描かれる。ここが怖いのではなく、頼もしい。子どもは、怖い話を避けるのではなく、扱える形にして受け取りたい。この絵本は、その形を差し出す。
かこさとしの世界では、助け合いが自然に発生する。ヒーローが現れるのではない。そこにいる子どもが、できることをする。小さな行動が、場を変える。それが胸に残る。
読後、家の防災の話を少しだけしてみてもいい。「煙の匂いがしたらどうする?」と。説教ではなく、絵本の続きを一緒に考えるように。
10. だるまちゃんとキジムナちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
だるまちゃんは、だるまどんと沖縄の小さな島を訪ね、森で小さないたずらっこのキジムナちゃんに出会う。遊びの最中に助けを求める声が聞こえ、毒を持つ巨大なハブに巻きつかれた大人たちを救うため、力を合わせる。
この絵本は、旅の匂いがする。見慣れない森、見慣れない生き物、土地に根づいた存在。子どもにとって旅は、世界が広がるだけでなく、怖さと隣り合わせだ。その距離感がちょうどいい。
キジムナちゃんの“いたずら”は、単なる悪さではなく、生命力の表現に近い。大人の都合に合わせない存在が、結果として大人を救う側に回る。その逆転が爽快だ。
読み終えると、土地の昔話や自然の危険について話したくなる。怖がらせるためではなく、世界を尊重するために。旅の前に読んでも、旅のあとに読んでも残る一冊だ。
11. だるまちゃんとはやたちゃん(福音館書店/だるまちゃんの絵本)
だるまちゃんは、おっかなもりで不思議な形の家に出会い、はやたちゃんと知り合う。はやたちゃんの誘いで、おばけ大会の審査員をすることになり、東西南北のおばけたちが姿や声や動きを競い合う。
怖さがあるのに、読み終わると明るい。これは、恐怖を“遊べる形”にする力だと思う。おばけは子どもの不安のメタファーでもあるが、ここでは観察対象になり、笑いの対象にもなる。
審査という設定がいい。怖いものをただ避けるのではなく、見る、比べる、言葉にする。子どもが「こわい」を自分のものとして扱う練習になる。大人が読んでも、少し肩の力が抜ける。
夜の読み聞かせに向く一冊だ。部屋を少し暗くして、声色を変えてみる。怖がりな子ほど、最後に笑って布団に入れる。
12. 読み聞かせ用大型絵本 だるまちゃんとてんぐちゃん(福音館書店/劇場版シリーズ)
物語は「だるまちゃんとてんぐちゃん」と同じだが、この版の価値は“場”にある。大勢の前で読むとき、絵が大きいだけで反応の波が変わる。笑いが伝染し、ページをめくる気配が一つになる。
だるまちゃんの細かな表情、道具の描き込み、だるまどんの存在感。近くで見る子も、後ろで見る子も同じ情報を受け取れる。読み聞かせは公平な芸だが、大型本はその公平さを助ける。
保育園や図書館の“共有の時間”に強い一冊だ。家で使うなら、来客や親戚が集まる日に出すと、絵本が場の中心になる。テレビの代わりに、絵本が家の空気を作る日があっていい。
内容を知っているはずなのに、再読の新鮮さがある。サイズが変わると、笑いの輪郭も変わる。絵本の不思議を体感できる版だ。
偕成社 かこさとし おはなしのほん/続編系
13. おたまじゃくしの101ちゃん(偕成社/絵本)
101ぴきのおたまじゃくしが遠足に出かけ、途中ではぐれてしまう子が出る。数の多さは賑やかさであり、同時に“不安”でもある。誰かが一人欠けるだけで、群れの空気が変わる。
母親が探し回る場面は、焦りがあるのに過度に暗くならない。池の世界の危険(ざりがになど)をきちんと描きつつ、見守りの温度を落とさない。子どもはハラハラし、大人は胸が締まる。
この絵本の良さは、「数えること」が目的にならないところだ。101という数字は、生活の手触りに近い。呼ぶ声の大きさ、目配せの忙しさ、確認の回数。子育ての現実が、やさしい形で見える。
読み終えると、家族の人数が少なくても“守るべき数”は同じだと思える。一人を探すことは、世界を肯定することに近い。
14. サザンちゃんの おともだち(偕成社/絵本)
サザンちゃんは学校の帰り道、森の動物たちにその日の勉強や出来事を話す。学びが教室の外へ流れ出し、誰かの楽しみになっていく。子どもが“話したくなる”気持ちを、まっすぐ肯定する絵本だ。
日曜日で学校が休みだと知って、がっかりする動物たち。その反応が、やけにリアルだ。サザンちゃんは「じゃあ一緒に行こう」と別の楽しみを提案する。友だちがいる世界は、予定が変わっても続いていく。
読み聞かせをしていると、子どもが途中で口をはさみやすい。「わたしも今日ね」と、生活が絵本に重なる。こういう絵本は、読み手の負担が軽い。絵本が会話を運んでくれるからだ。
園や学校の話をしてくれない子にも、効く場合がある。直接聞くより、絵本の登場人物を経由したほうが話しやすい日がある。サザンちゃんは、その入口になる。
15. からすのおかしやさん(偕成社/絵本)
“からすの町”の時間は進む。大きくなったチョコくんが、おいしそうなおかしがいっぱいのお店を始める。パン屋の続編として、仕事が「家業」から「新しい商い」へ広がるのが面白い。
材料を工夫し、評判が広がり、忙しさが増える。成長の物語なのに、焦燥よりも活気が前に出る。読者は「うまくいってよかったね」と言いたくなるが、その裏で、段取りや分担がきちんと描かれている。
この絵本を読むと、お店という場所が“共同作業の結晶”に見えてくる。お菓子は甘いが、甘さを支えるのは手間だ。子どもにはごっこ遊びとして入り、大人には働き方の感触として残る。
親子で読むなら、「もし自分がお店をやるなら何を売る?」と聞いてみてほしい。答えの中に、その子の好きと怖さが混ざっている。
16. からすのやおやさん(偕成社/絵本)
リンゴさんは友だちのやおやさんで、素敵なアイデアを思いつく。八百屋は、ただ野菜を並べるだけではない。季節、鮮度、声かけ、見せ方。暮らしの知恵が、商いの形で表れる。
からすの町の絵本は、働くことを“かっこいい”だけにしない。朝から動く体、売れない不安、でも工夫で変わる空気。子どもが大人の世界を少し覗くのに、ちょうどいい距離だ。
読み終えると、スーパーの野菜売り場でも会話が増える。「これ、どんな料理にする?」と。絵本が買い物の目線を変える瞬間は、案外こういうところにある。
家族の“仕事の話”が苦手な家庭でも、この絵本は入りやすい。八百屋の工夫を話しているうちに、いつの間にか親の仕事の工夫にも話題が移る。
17. どろぼうがっこうぜんいんだつごく(偕成社/絵本)
くまさか先生と生徒たちは、刑務所からの「だつごく」の計画を立てる。題材だけ見ると物騒なのに、読み味は明るい。悪いことをする人たちが、なぜか“真面目に”計画を練る、その滑稽さが軸になる。
この絵本の面白さは、集団の動きだ。先生が命令するのではなく、みんなが役割を引き受ける。計画というものが、個人技ではなく共同作業だと、笑いながら理解できる。
子どもは「だつごく」という言葉に惹かれる。大人は少し構える。でも読み進めるほど、ここで描かれているのは“段取りの力”だと気づく。段取りは、良いことにも悪いことにも使える。だからこそ、扱い方を考える余地がある。
読み聞かせでは、先生役・生徒役で声を変えると盛り上がる。笑って終われるのに、頭はちゃんと動く。そういう絵本だ。
18. どろぼうがっこう だいうんどうかい(偕成社/絵本)
どろぼうがっこうの面々が、今度は運動会を開催する。愉快な競技や音頭で盛り上がるが、突然“邪魔”が入る。平和なイベントが揺れる瞬間の描き方が、子どもの現実感覚に近い。
運動会の絵本は多いが、この絵本は競技の種類が独特で、発想の角度が変だ。だからこそ、勝ち負けよりも、参加している時間の面白さが前に出る。運動が得意な子だけの行事ではない、という感触がある。
邪魔が入った時、物語は緊張する。けれど、緊張がそのまま恐怖にならない。混乱を立て直すのもまた、集団の仕事だと示す。子どもは「こういう時どうする?」を、笑いの中で考えられる。
運動会が苦手な子にこそ手渡したい。行事の“正しい楽しみ方”が一つではないと、肩の力を抜かせてくれる。
19. 大型絵本 からすのパンやさん(偕成社/ビッグブック)
いずみがもりのからす一家が、工夫してパンを焼き、お店を回していく物語を、大判で味わえる版だ。子どもたちの意見を参考に、形の楽しいパンを焼くという核が、大勢の場でより伝わりやすくなる。
ビッグブックは、細部の“おいしそう”が共有される。パンの形を見て「これがいい」と指をさす子が増え、選ぶ楽しみが場の中心になる。読み聞かせが、鑑賞ではなく参加になる。
家族で読むなら、休日の午前中が似合う。台所の匂いがする時間に開くと、物語と現実が自然につながる。読み終えたあとにパンを買いに行くのも、ひとつの“続き”だ。
この版は、絵本を「一対一の親子の時間」から「一対多の場づくり」へ広げる。絵本が、行事の主役になれることを実感できる。
関連グッズ・サービス
本を読んだ後の学びを生活に根づかせるには、生活に取り入れやすいツールやサービスを組み合わせると効果が高まる。
紙の絵本はもちろん強いが、試し読みで「この家に合う一冊」を探す時間も大切だ。読み比べができると、本棚が少しずつ育っていく。
読み聞かせは、声を出せない日もある。耳から物語に触れる入口があると、移動や家事の時間が少しやさしくなる。
大判絵本や繰り返し読む絵本は、手が疲れることもある。角度が変えられるブックスタンドが一つあると、読み手の呼吸が長く持つ。読み聞かせは体力勝負ではなく、同じ場に居続ける工夫だ。
まとめ
かこさとしの絵本は、子どもに“よい子”を求めない。欲しがる心も、怖がる心も、勝ちたい心も、そのまま抱えて次の工夫へ進ませる。だから読み終えたあと、家の中の空気が少し軽くなる。
目的別に選ぶなら、こんな手触りがある。
- 友だち関係やうらやましさの扱い方を、やさしく学びたい:だるまちゃんとてんぐちゃん、だるまちゃんとだいこくちゃん
- 体を動かす遊びの楽しさを思い出したい:だるまちゃんとにおうちゃん
- 暮らしや仕事の面白さを絵本で渡したい:からすのおかしやさん、からすのやおやさん
- 集団の場で読み聞かせを盛り上げたい:読み聞かせ用大型絵本 だるまちゃんとてんぐちゃん、大型絵本 からすのパンやさん
一冊だけでもいい。ページを閉じたあと、子どもが何かを“試したくなる”なら、それがもう読書の成果だ。
FAQ
Q1. だるまちゃんシリーズは、どれから読めばいい?
最初の一冊なら「だるまちゃんとてんぐちゃん」が収まりがいい。うらやましさから始まり、工夫へ着地する流れがシリーズの骨格になる。次は季節の手触りで「だるまちゃんとうさぎちゃん」、体遊びなら「だるまちゃんとにおうちゃん」と、家庭の好みで枝分かれさせると続けやすい。
Q2. 続編系(からす・どろぼう)は、前作を知らなくても楽しめる?
単体でも読めるが、前作を知っていると「時間が進んだ」面白さが増すタイプだ。とはいえ、続編は“仕事”や“計画”の描写が強く、そこから入っても十分に楽しい。むしろ、子どもの反応で前作に戻る順番もあり得る。
Q3. 読み聞かせで盛り上がるコツはある?
声色を作り込みすぎない方が、子どもが自由に反応できる。だるまちゃんは少し弾む声、だるまどんは低め、くらいの差で十分だ。食べ物や道具の場面は、読む速度を少し落として“見せる時間”を作ると、笑いが遅れてきて場が温まる。


















