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読書はみんなのサプリ

「旅をしたい」時におすすめの本。

「小説の中の旅」を旅してみる

読書をしていると、その本の舞台となった土地を旅してみたいと思うことがよくあります。
流行りの「聖地巡礼」ですが、夏目漱石「坊ちゃん」の愛媛松山、川端康成「伊豆の踊子」の伊豆天城などありますが、それらはピンポイント的なエリアです。
小説の主人公が実在する土地をもっと広範囲に移動する一冊はないのでしょうか?

 

幻化

桜島 日の果て 幻化 (講談社文芸文庫)

 

それが梅崎春生が書いた「幻化(げんか)」です。「幻化」は昭和40年に発表された梅崎の遺作となった小説です。梅崎は戦後すぐに自分自身の体験を基にした「桜島」を発表し、新進作家として一躍注目されました。その後、「ボロ家の春秋」で直木賞を受賞、主に短編小説を中心に作家活動を行ってきました。
「幻化」という題名は陶淵明の詩から取ったものだそうですが、大学生でも馴染みのない言葉です。題名からして抽象的で小難しい小説を連想しがちですが、さにあらず。文体は軽やかでリズムがあり、主人公といっしょに旅の歩を進めている気分になる、そんな小説となっています。
発表された後、このような小説を書きたかった、と山口瞳や日野啓三、江藤淳ら多くの作家や評論家が憧れた小説でもあります。
主人公は五郎という中年男で、小説の冒頭は鹿児島空港へ向かう飛行機の窓から、翼を這う無数の「虫」を見つけることからスタートします。なにやら不吉な予感の出足ですが、このトーンが小説全体を覆っています。

 

あらすじ

五郎は精神に失調をきたして精神病院に入院していた男であり、無断で病院を抜け出して飛行機に乗っているのは、若い頃に過ごした九州の土地を訪ね歩くのが目的です。飛行機の中で声をかけられ、知り合ったのが丹尾という訳あり風な年下の男で、この映画のセールスマンとつかず離れずしながら道中を共にすることになります。
鹿児島空港で降りた二人は戦時中に特攻基地があった知覧へ向かい、その後、枕崎へ向かいます。丹尾をだんだん疎ましく感じてきた五郎は枕崎で丹尾を巻いて、一人で歩いて坊津へ向かいます。
坊津はこの小説の主要舞台ともいえる町で、古くは密貿易で栄えていた町ですが今は寂れ、小説の中では「冥府」として表現されています。坊津は戦時中に特攻隊の発進基地があった所で、五郎は通信兵として配属されていたのです。その当時のことをあれこれ思い出しながら、知り合った出戻りの女と関係をもったり、かつて密貿易屋敷だった、風変わりな宿に泊まったりしながら小説は進んでいきます。
その後、広大な砂丘が広がる吹上浜に立ち寄ったり、五郎が学生時代を送った熊本市を訪ねたりして、最後の目的地である阿蘇山を目指します。
阿蘇山へ向かうバスの中で五郎は偶然に丹尾を発見して、二人で阿蘇山の山頂の火口へと向かいます。そして、二人して火口を眺めて弁当を食べているとき、丹尾が五郎に奇妙な賭け事を提案してきます……。
五郎は平和な時代にあるにも関わらず腑抜けのように状態になっています。逆に戦時中は過酷な体験があったにも関わらず、生きているという充実感があった男です。
「死」の予感を漂わせている男であり、それを体験こそ違え同様の状態にいる丹尾に嗅ぎつかれ、二人はお互いに見え隠れしながら旅をしていく、という小説です。

 

桜島 日の果て 幻化 (講談社文芸文庫)

 

おすすめポイント

鹿児島から熊本の阿蘇山へと続くロードムービー的小説で、実際の地名や名物なども出てくるので、ガイド雑誌的な役割もあります。それでいてどこか生と死のあわいを漂っている非現実的な雰囲気があり、読み手によってさまざまに解釈が可能な傑作短編小説です。
ちょっと仕事に疲れた社会人の方や、将来に悩む大学生など、機会があったらぜひとも一読をオススメします。

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